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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

月別アーカイブ: 2022年2月

昨日は21時半に寝た。よく眠れた。朝は7時半に起床。起きるのはちょっとつらいが、トトノエライトの眩しい光を浴びたらしゃきっとした、はずである。そう思い込むことにしよう。思い込みよ、激しくあれ。

出勤して仕事。ずっと調べ物。いろんな資料やいろんなファイルの中身を見ながら、調べたことを整理して書いていったら定時になった。他の職員は、来年度に引き続きいろんな業者と随意契約を結ぶのにこれだけの予算が必要だということを然るべき部門に説明しないといけないというのがたくさんあった日らしくて忙しそうだった。ああ長ったらしい。役所というのはいろいろめんどうなようだ。

昼休みにお昼ごはんを買いに隣のスーパーへ行ったら、お弁当のコーナーが半分くらい海苔巻きだった。ああ節分ね。すっかりどこもかしこも恵方巻きだなあ。その手には乗るものか、と思いつついろいろ見ていたら、つい買ってしまった。

まぐろ巻きずし

「本まぐろ食べ比べ巻」で、中とろ、赤身、すきみ、たたきが1本ずつ入っている。まぐろを出されたら手を出さないわけにはいかない。ちょっと高かったが、つい買ってしまった。食べるときは黙って。いや最近はみんな黙食である。方角は気にしなかった。いやいや、昼間からまぐろは贅沢だった。

あまり疲れを感じないまま、家に帰ってきた。でも疲れているのだろうか。ちょっと自分でもわからない。光療法が効いているのかなあ。まぐろのおかげかなあ。明日はメンタルクリニックに通院なので、とりあえず主治医に光療法のことは報告だ。まぐろのことも報告だ(嘘)。

昨日は21時半に寝た。よく眠れた。夜中1回目が覚めたら3時半だった。スマホのスマートウォッチと連動したアプリでは「夜中目が覚めても時計を見ないでください」と毎日変わるアドバイスに表示されるが、つい確認してしまう。朝方になって、まぶたを閉じているけどトトノエライトがもう明るいのがわかるぞ、と思って目を開けたらまだ光ってなかった。幻の光か。7時半に目覚ましで起床。「徐々に明るくなって、徐々に体が起きていく、目が覚めていく」という感じはないが、とにかく朝に光を浴びるのがいいのだ。

今日も元気に出勤して仕事。急ぎで頼まれた作業をやっていると、係長が「みんな集まって」と言う。なにごとかと思ったら、単にうちの職員がオンラインで研修をやるので(こっちが講師)、その内容がためになるのでみんなで聞きましょう、ということだった。その職員の周りに集まって、カメラに写り込まないように気をつけてみんなで聞いていたが、確かにためになった。

午後も午前中の作業の続きで、それが終わったら、次はちょっと放ったらかしになっていた仕事をした。昨日までやっていた資料の調査は今日はできなかったが、まあ明日がある。同僚にわからないことを聞きたかったが、出張でいなかった。隣りに座っているこの同僚は、今の業務に関してものすごい知識量で、彼に聞かないとわからないことがいっぱいあるのに、年数から考えると間違いなく今年で異動になる。それは困るから、できる限りのことは引き継がないと。

少数精鋭の今のセクションだが、それだけに属人的なところが多い。誰かが抜けたら大変だと思うのだが、それでもそれなりに組織は回るから不思議である。

昨日は21時半に寝た。昨日も赤い光を浴びて寝たのだが、寝付くのに少し時間がかかったような気がする。前日はトトノエライトの設定を、7時から光り始めて徐々に明るくなり、7時半にアラームが鳴るようにしていたが、ちょっと変えてみた。光り始めるのはアラームの30分前より早くできない。それだと30分しか光を浴びれない。だが、アラームの音は鳴らさないという設定ができる(もはやアラームではないが)。そこで、6時半から光り始めて7時に最も明るくなり、そのまま光り続けて7時半は普通の目覚ましで起きるようにした。これで1時間光を浴びれる。

うーん、うまくいったかどうかわからない。ああ、明るくなってるや~とまどろみながら思って、7時半の目覚ましで起きたのだが、少し眠いのかしんどいのか。「スッキリ!」とはいかなかった。1日だけで早くも疲れが溜まったか。

出勤して仕事する。先日からやっている、業者さんからあるものの保守を引き継ぐお仕事。資料を読んだり資料を読んだり資料を読んだり、いろんなフォルダを漁って中身を見たり、リモートデスクトップで他のPCに入って中がどうなっているか探索したりラジバンダリ(古い)。はあ、これは大変だわ。もっと詳しい資料がないか業者さんに出してもらいたいと思っているが、なんだかなさそうだなあ。自力でなんとかするしかないのか。資料と現在の状態が食い違っているのは、よくあること過ぎる。

昼休みにPCの話になったが、私ともうひとり同年代の職員が昔話をし始めたら、他の職員が「へー!」という状態に。今の職場で活躍しているのは20代と30代前半のメンバーで、昔のPC環境のことは思った以上に知らないようだ。

以下、職員A、職員B:20代の職員
職員X:同年代の職員

私「今はUSBでなんでも繋がるからいいよね」
職員A「そうなんですか」
私「昔はデバイスによって接続する規格が違って、ハードディスクはSCSI、プリンターはパラレル、通信はRS-232C、キーボードやマウスはPS/2とか」
職員A「そんなにいろいろあったんですか」
私「USBというものが発明されて、この辺の環境はがらっと変わった。便利になった」

その後Windowsの話題に。

私「昔はWindows NTとかMeとかいろいろあって」
職員A「聞いたことないです」
私「NTは私が学生時代にリリースされたから、1993年とかそれくらいかなあ」
職員A「生まれてないです。あと、Windows miniですか?」
私「いやいや、Meと書いてミーと読む。Windows史上最低のOSだった。あとWindows CEというのもあってな」
職員A「聞いたことないです」
私「普通のPCでなく、ハンドヘルドPCという、スマホの元祖の元祖みたいなハードウェアで動く、なんちゃってWindowsなんだが」
職員B「(ネットで調べたらしく)本当だ!電子辞書みたい」
職員A「キーボードめっちゃ小さいですね」
私「おう、むっちゃ打ちにくかった」
職員A「これ、どうやって通信するんですか?」
私「ドコモからP-in Compactというコンパクトフラッシュ型のPHSが出ていて、それで通信したんだよ」
職員B「PHS?」
私「昔はダイヤルアップと言って、電話回線でインターネットに繋いでいたんだよ」
みんな「えー!電話で?」
職員A「ADSLというやつですよね」
私「いや、ADSLはまだ進化した方で、その前はもっと低速だった」
職員X「ピー、ガガガってFAXみたいな音がしたんだよ」
みんな「ふーん」
職員A「コンパクトフラッシュというのは?」
私「ああ、それももう使わないんだ。記録メディアだったんだけど、今ではUSBメモリーとかSDカードしか使わなくなったな」
職員A「いろいろあったんですか」
私「そう、いろんなメディアが乱立していて、カードリーダーと言っていろんな種類のメディアを挿せるのがあった」
職員X「その前はMOとかあったよね」
私「あー懐かしいなあ。MOはけっこう使われましたよね」
職員X「その前はフロッピーで」
職員A「フロッピーと何が違うんですか?」
私「容量が全然違う。MOは何MBだったか忘れたけど、フロッピーは1MBちょっとしか入らなかった」
職員A「そんな少ないんですか」
職員B「MOって、音楽のMDみたいなものですか?」
私「そうだね。昔のフロッピーがカセットテープだとしたら、MOはMDみたいなものかなあ」
職員A「フロッピーディスク、使ったことないです」
職員X「昔のパソコンにはフロッピーを入れるところが2箇所あって、フロッピーを入れないと動かなかったんですよ」
みんな「え?なんで?」
私「MS-DOSと言ってね、フロッピーからOSを起動していたんだ。もう1枚のフロッピーがデータ用」
職員A「OSをディスクから?」
私「うん、今ではUSBメモリーからLinuxを起動できたりするけど、そんなものだね」
職員A「なんでわざわざフロッピーから起動するんですか?」
私「ハードディスクというものが内蔵されていなかったからだよ」
みんな「ハードディスクがない!」
私「そう。私が学生時代に買ったパソコンも内蔵ハードディスクがなかったから、外付けのやつを買ったんだけど、130MBで10万円した」
みんな「・・・」

というようなところで雑談は終わった。「歴史の授業でしたね」と職員Aには言われたのだが、本当に若いんだなあ。今ではExcelとかWordの保存ボタンに描かれているアイコンが、何の絵かわからない若者が多いという。「フロッピーディスク」は死語か。

そして午後も同じように調べて調べて終わったのだ。ちょっとこれは。もし資料がもうないんだったら、追加で作ってもらわないといかんな。はあ。