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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

就職から前兆まで

就職就職から前兆まで

大学を卒業して情報システム関連の会社に就職した自分は、情報工学科で培ったスキルを買われ、先進的なシステムを開発する部署に配属された。即戦力として技術的な仕事を任され、精力的にこなしていた。2年目には担当サブシステムの全面再構築を任され、新システムの仕様を設計してレビューしたり、詳細設計の細かい部分まで自ら行い、システムを完成させた。自分の人生は順風満帆だと思っていた。

環境の変化

入社3年目になり、子会社が設立されて所属部署ごとそこに異動になった。それに伴って勤務地が変更になり、それまで寮から会社まで40分ほどの通勤時間だったのが、最低でも1時間40分、帰りの電車の接続が悪いと2時間かかることは当たり前になった。毎日地獄のような通勤ラッシュの中、窒息しそうになりながら通勤していた。

勤務内容は引き続き担当システムのエンハンスと開発環境の管理だったが、業務は多忙を極め、終電でへろへろになって帰る日も多かった。寮まで遠いので自腹でタクシーを使うこともできなかった。タクシー代なんて出してくれる部署ではなかった。システム自体は先行投資的なもので、コストセンターな部署だったから。

前兆

その年の冬に同じ課の同僚が異動になり、自分は今までの仕事を抱えたまま、彼の仕事をまるごと引き継いだ。しかし、彼が担当していたのは自分と違ったプラットフォームのもので、その内容は技術的な面で私にはちんぷんかんぷんだった。そんな中、彼から引き継いだとたんにそのシステムでトラブルが頻発し、手さぐり状態で必死に勉強してトラブルを解決しようとした。

しかし、なかなかトラブル対応は進まずに行き詰まってばかりになり、自分が元から担当しているシステムも火を噴き、トラブルのバックログが溜まっていく一方だった。そのうち毎朝のように胸がむかむかするようになり、嘔吐したら血が混じっていた。胃腸科の病院に行ったが、軽い胃炎という診断で胃薬をもらっただけだった。