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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったりと紆余曲折したが、今は地方公務員。

カテゴリー:就職活動

昨日は21時半に寝た。よく眠れた。朝は7時10分起床。疲れはない。よっしゃ、という感じだ。今日も元気に作業所に行って、また昨日と同じ仕事をして、午前中だけで帰ってきた。途中の中華料理屋でお昼ご飯。めっちゃおなかすいてた。

帰ってきたら「自分で買った就職祝い」が届いていたので、しばらくそれで遊ぶ。むむ、こいつちょっとおかしいぞ。それについては別記事で書くとして、16時から配属先で面談だったので、スーツに着替えてはじめて職場へ。

面談は「ジョブコーチ」という、障害を抱えた職員と現場の職員との橋渡し役みたいな人と、配属先の方2人とで行った。最初に自分の障害についていろいろ説明して、調子が悪くなるとどういう風になるか、どういうときに調子を崩しやすいか、など病気について理解してもらう必要があることをいろいろ説明した。いろいろ質問もされたが、なんかえらく和気あいあいとした人達だった。

その後はどういうお仕事をする予定なのか、という話に移ったのだが、自分の予想よりかなりいろいろなことをやらせてもらえそうだ。これからは今までのような「作業所でこんなことやったよ」みたいに仕事の内容に関わることは書けないのだが、まあ大雑把に言えばIT関連のお仕事である。エンジニアとしてめちゃくちゃ関わる、というわけではないが、自分の知識を生かしてできる補助業務など、募集要項に書いていたシュレッダーやらコピーやらそういう事務補助ではない。向こうの人は「詳しい人が来て助かる」みたいな感じだった。

勤務時間は9時半~16時半と決まった。歩いて20分なので、今家を出ている時間と変わらない。終業後にも余裕で他の病院に行ける。今ほど余裕はなくなるのでこんな日記は書けないだろうが、まあちょこっとでも何かアップできたらいいや。と言うか、毎日書く必要はないんだよ、と自分に言ってみる。

担当者も職場の雰囲気も和気あいあいとした感じでよかったし、ジョブコーチの人も面倒見の良さそうな人でよかった。そこは重要なところだ。本当なら職場実習があるはずだったが、コロナのこともあってなくなったらしい。次に行くのはもう4月1日である。あと21日だ。エンジニアではないが、その経験を生かせる仕事につけるのは本当に嬉しい。体調は崩さないようにしなければ。

昨日の夜はめちゃくちゃだった。

21時半に寝たのだが、ぜんぜん眠れない。昨日は焼肉でテンションが上がってしまい、そのまま興奮状態が続いていた。1時間経ってからいったん起きてココアを飲んで、また寝たのだがそれでもまだ眠れない。横になっていると、昨日送った書類に大事なことを書いていなかったことに気がついた。それをどうしたものか、といろいろ考えていた。どうしたものか、と言っても書類は送ってしまった。

配属先に提出した書類に自己紹介シートというのがあり、5ページに渡っいろいろ記入したのだが、「現在の症状、医師の意見など」という欄に、「体調は比較的安定している」みたいなことを書いてしまった。しかしそれは去年までの話である。ここに「今年に入ってからは調子を崩し気味で、4月の時点で週30時間は無理な状態になるかもしれない」ということを書くべきだった、と気がついた。

先日調子が悪いことを人事部に伝えた時に、配属先からもう少ししたら連絡があるから、懇談(説明会)の場で伝えてください、と言われていたので、その時に伝えればいいと思っていたのだが、この書類は障害の状態や自分の能力、その他について事細かく書くようになっているので、そこに書いておけばよかったと思った。そんな大事なことは口頭で伝えるのでなく、文書で書いておくべきである。

それから不整脈のことについても何も書いていない。と言っても他の病気について書くところはほとんどなく、「今までに経験した大きな疾患等はありますか」というのがあるだけだ。「大きな疾患」とはどこまでをさすのかわからないが、尿管結石、帯状疱疹、大腸ポリープ、う~んどれも大きなというほどでもないか、と思って空欄にしていた。

しかし先月の健康診断で心電図で引っかかり、循環器内科を受診したら心房粗細動と診断され、治療を始めて、今後は必要があれば手術をするかもしれない、それは4月以降になるかもしれない、ということは伝えておいたほうがいいだろう、と思った。

結局そういうことを考えていたらますます眠れなくなり、これは別途文書で伝えたほうがいいと思い、上に書いたようなことをまとめて「追記事項」として送ることにした。23時半くらいにもう一度起きて、眠いのか眠くないのかよくわからない頭でワードを立ち上げてキーボードを叩いていた。できあがったら0時を過ぎていた。それからようやく寝た。いったい何をやってるんだか。

昨日は21時45分に寝た。もう少し早く寝るつもりだったが、なんだかんだやっていたら少し遅くなった。しかもまたなかなか眠れず、1時間くらい経ってからいったん起きてコーンフレークを食べ、PCを起動して何かやっていた。何をやってたっけ?結局23時に寝た。夜中はよく眠れて、7時の目覚ましで起きてびっくりした。4時とか5時とかに一瞬目が覚めることが多いのだが、そんなこともなくノンストップで深く眠っていたのだ。目覚ましを止めたはいいが、すぐに起きることができずに7時15分起床。市役所に通うのには遅すぎる。

山のように書かないといけない書類、コピーしないといけない書類があるので、8時くらいに書き始めた。書くところ多すぎ!ここはどう書けばいいの?書き方の注意が裏面に書いてある。

書き方の注意

老眼をなめてるのか!しかもコピーが荒い。なんで?経費削減?

荒いコピー

めっちゃ細かいが、非常に重要なことが書いてある。障害者の場合は手帳の交付年月日まで書かないといけないとか、そういうのに不備があったら最悪の場合は障害者控除が受けられないじゃない。

全部書き終わったら10時半を過ぎていた。2時間半もかかったよ。それから更に見直して、全部の書類をコピー、というかスキャナーで取り込んだらもうお昼。貴重な日曜日の午前中を返せ~。しかし平日だったらもっと大変なところだった。

15時頃に家を出てバスに乗り、横浜中央郵便局へ。午前中に必死に準備した書類を特定記録郵便で送り、そのままムービルの牛角へ行った。私の配属先と勤務地が正式に決まったら、お祝いで焼肉に行こうと前から話していたのだった。何をお祝いするのかいまいちよくわからんが、まあ比較的近くの市役所勤務でよかったということで。2回乗り換えないといけないような区役所だとドアツードアで1時間半コースである。

しかし、行ってみたら、こんな貼り紙が。

リニューアルオープン

「2021.2.27リニューアルオープン」え?ということは?

閉まってた・・・。う~ん、運が悪い。

しかしここは横浜駅周辺。他に店舗は2軒ある。ハマボールのそばの店に行ったところ、無事あいていた。牛さんマークがお出迎え。

牛さんマーク

去年の6月にムービル店に行った時に「密の対策が少し甘いな」と思いつつ「まあいいや」と思って今日やってきた。こっちの店舗ははじめて来たが、ムービル店よりも対策がしっかりしているようなお店の構造だった。ムービル店もそういう風に改装しているのかもしれない。2,980円の食べ放題コースと480円のソフトドリンク飲み放題のコースを注文。

お肉山盛り。

お肉山盛り

焼くべし!焼くべし!

お肉焼いているところ

注文はタブレット。

オーダー用タブレット

食べ放題だと値段を気にせずに注文できるからそれはいいのだが、その代わり「元取らないと」と思って無理して食ってしまうパターンが多い。妻は腹八分目にしておいたと言っているが、私は腹十分目くらいか。6月に来た時は十二分目くらい食べてしまった。

食後のデザート。妻はパイナップルで、私はシューアイス。

パイナップル

シューアイス

腹いっぱい食べてお店をあとにする。牛さんマークがお見送り。

牛さんマークThanks

帰ってきてから、せこいことにレシートを見て、食べ放題でなかったらいくらかかっていたか計算してみた。その金額、13,128円。実際に払ったのは7,111円。その差額6,017円。十二分に元は取れた。

これで精をつけたから、明日からまた頑張れる、と信じよう。4月まであと39日だ。

待ちわびたものがついに来た。配属先の通知である。

勤務地は市役所であった。

よかった~。これが知りたかったのだ。1月に通知が来たときには「◯◯局(所属課は後日に連絡します)」と書かれていたので、◯◯局について横浜市のHPの組織図で調べたら、大きな組織で市役所以外にも横浜市の各地に関係機関があり、どこか遠くの区に飛ばされたらやだなあ、なんて思っていたのだ。市役所なら45分くらいだ。これでいろいろ計画を立てられる。

提出しないといけない書類がいっぱいある。

  1. 通勤届兼口座振込申込書
    移動はバスと地下鉄で、福祉特別乗車券があるので交通費はかからないのだが、それでもその旨を書いて提出しないといけないらしい。
  2. 住民票のコピー
    コンビニに行って取ってきた。マイナンバーカードがなかったら区役所まで行かないといけないところだった。
  3. 通帳の口座番号がわかる部分のコピー
    ああ、給料が出るのね。(当たり前)
  4. 年金手帳または基礎年金番号通知書のコピー
    そうだ、厚生年金になるんだ。何年ぶりかわからない。
  5. 雇用保険被保険者証のコピー
    前に雇用保険に入ってたのは遥か昔だったから、探すのに苦労した。
  6. 個人番号確認票
    自分と妻のマイナンバーカード(ない時は通知カード)をコピーして切り抜いて枠の中に貼る。めんどくさい。
  7. 横浜市職員厚生会加入等意向確認届出書
    厚生会というのがあるらしい。入るとお金は少し取られるが福利厚生の制度がいろいろ利用できる。
  8. 令和3年分扶養控除等(異動)申告書
    おお!めっちゃ懐かしい様式の紙ではないか。
  9. 宣誓書
    公務員だとこんなの出すのね。
    宣誓書
  10. 職員証用証明写真
    「履歴書に添付している写真を使用します。不都合がある場合のみ提出をしてください」とある。別にそれでいい。
  11. 同意書
    同意せざるを得ない。
  12. 自己紹介シート
    5枚もある。自由記入欄は障害の状態などを書くところが少しあるだけで、あとはどういうことができる、できない、得意、不得意かということを明らかにするためのアンケートみたいなの。めっちゃ細かいが、ここが細かいのはよろしい。

これらの書類を揃えて2月26日までに送ってくれ、とのこと。おいおい今日は20日だぞ。住民票みたいに区役所に行かないといけない書類もあるのに(私はマイナンバーカードを持っているのでコンビニで取れたが)、なかなかのお役所仕事だな。まあお役所なんだけど。ああ、自分もお役所の人になるのだった。

3月上旬に採用前の事前説明があるらしい。それはいつ連絡があるの?そんなのばっかり。まあ配属先がわかったから、あとは通勤訓練を開始。8時45分始業と仮定したら、定時の10分前着席をしようとしたら7時45分には家を出ないといかんな。今の状態ではかなり厳しいが、やるしかないのだ。

あと40日。体調を崩すな自分。

昨日は21時に寝た。また寝付けない。最近睡眠が乱れてきている。1時間以上経っても眠れないので、いったん起きて牛乳を飲み、全く眠気が来ないのでPCで「眠くなる動画」を見ていた。眠くならない。他にないかな、と探してまた見てみる。眠くならない。22時半くらいにまた寝たのだが、眠れない。もう開き直ってSEKAI NO OWARIの「EYE」を聴き始めた。眠れないなら眠れないでいい。音楽でも聴いていればいい。そのうち眠れた。多分23時頃だったと思う。

朝はまたしんどかった。7時の目覚ましが鳴る。起きるのがつらい。動きたくない。作業所に行きたくない。ずっと寝ていたい。今日は元から止めずにスヌーズにしていたので何回も鳴ったが、ぜんぜん動けない。困った。8時になってやっと起きれたが、4月からこんな時間に起きてちゃアウトだろう。

なんとか9時前に家を出て作業所に行った。足が重い。坂がきつい。歩くのがこんなに辛かったっけ?作業所についてソファに座り込む。どうにもしんどい。結局行くだけで精一杯。この状態で仕事をするのは到底無理なので、そのまま帰ってきた。9時35分に作業所を出て家に着いたら10時5分。いつもは20分ちょいで着くのに30分かかっている。調子が悪いと歩くのが遅くなる。自分が自覚している以上に調子は悪いようだった。

正直、作業所すらこの状態なのに4月から公務員としてまともに働けるとは思えない。まだ様子を見てみるが、3月になっても体調がこんな状態だったら、もう辞退しようかと思っている。昨日妻にそう話したら、妻もそうした方がいいと思っていた、と言う。

何をもったいない話を、と思われるかもしれないが、発症してから今まで24年間の自分の経過を思い返してみると、その「もったいない」に引っ張られ、体調が整わないのに見切り発車で「なんとかなるかもしれない」と思って休職から復職したり、あるいは新しい仕事に就いたりして、なんとかなった試しはない。

「このままでは休職のリミットが来て自動的に退職扱いになる。せっかく大企業でいい給料をもらっているのに、ここを辞めるのはもったいない。ダメ元で復職してみよう」

「調子が悪いけど、せっかく先輩が仕事を紹介してくれたから、断るのはもったいない。ダメ元でチャレンジしてみよう」

その結果ボロ雑巾のようになって、仕事を始める前よりもずっと体調が悪くなり、そのまま元に戻らないということが何度もあった。そのうち2回は入院している。そりゃ仕事を始めたタイミングで運良く体調が急に回復するなんてことはないので、調子が悪いのに急激に負荷をかけたら潰れるのは当たり前のこと。同じ轍を踏むわけにはいかない。

直近でどこかで働いたのは、先輩に紹介してもらった小規模のIT企業で2011年から1年間、契約社員をやっていたとき。その時もめちゃくちゃで、半分も出勤できなかった。ぼろぼろになった上に先輩の顔に泥を塗った。

そこを辞めてから働けなくなり、2年半経ってからなんとか事態を打開しようとして、自分で事業を始めようとした。それで無理に無理を重ねて結局潰れてしまい、5ヶ月入院。そこから作業所に通えるまで体調が回復するのに、実に4年もかかっている。無理して潰れるのはあっという間なのに、そこから回復するのには数年のスパンなのだ。

そういう私をそばでずっと見てきた妻である。何ヶ月も何年も寝たきりの自分を見てきたからこそ、客観的に見て「今働くのは危ない」と感じているらしい。妻のそういう判断は自分で考えるより正しいことが多い。

とにかく、自分が常に気をつけないといけないことは「自分のキャパを越えることはしない」なのだ。チャンスはまた来るかもしれない。今はとにかく体調優先。いや、「今は」でなく「常に」である。自分の人生を俯瞰して決定を下さなくては。

入る前に辞退するのと、入ってからすぐに潰れて辞退するのではどっちが迷惑をかけずに済むだろうかと考えたが、自分がクライシスのときは、誰に迷惑がかかるだとかそんなことは一切考えなくてもいいんだった。誰が言ったっけ。

そんなことを考えつつ、今日は寝ながらスマホをいじって過ごした。4月まであと44日。スタートラインだったのに、いつの間にかデッドラインになっている。