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鬱るんです
躁鬱病の元ITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、派遣のエンジニアをやったり小さなIT企業でほそぼそと働いたり、Web制作事業を立ち上げようとしたりしたが、今は就労継続支援B型事業所でリカバリーを頑張っている毎日。

カテゴリー:就職活動

昨日は21時半に寝たのだが、寝付けなかった。眠剤がデエビゴに変わってからよく眠れてたのだが、眠れないのははじめてだ。なぜだろうか。少し思い当たる節はある。いつも40分前に眠剤を飲むので昨日も20時50分に飲んだのだが、21時半より少し前に眠気が来てふらついていたのに、ちょっとやりかけのことがあったので、眠気を少し我慢してそれをやってから寝た。そうすると寝られなかった。45分経ってからいったん起きてコーンフレークを食べたら眠れたが、やはり最初に眠気が来たときに布団に入らないといけないのかもしれない。タイミングを逃すと眠れないのかな。夜中はよく眠れて朝は7時10分起床。疲れは若干残っている。が、なんとか頑張って作業所へ。雨が降ってなくて助かった。

今日の作業はひたすら箱折り。注文が入ってるので全員で全力で折る。そして昼休み。今日のお昼ご飯はローソンの「麺屋一燈監修 冷し塩らーめん~ピリ辛香味ネギだれ~」。名前が長い。

冷しらーめん

昨日書いた「徐々に負荷を上げていく件」について昼休みにボスにちょこっと相談した。もし公務員に受かったら来年の4月から週30時間の勤務になるが、いきなりそれはきついので、時間をかけて少しずつ体を慣らしていきたい。大雑把な計画として、3ヶ月くらいかけて徐々に負荷を増やして週25時間(1日5時間)にもっていき、それができたらまた3ヶ月かけて週30時間(1日6時間)まで、ということをやりたいという話をした。ここでそういうことができるか考えているし、できなければどこか他のところヘ行けばできるのか調べようかと思っている、と。1日6時間ということはおそらく9時~16時くらいの拘束時間になると思うので、私の一番の目的はそれだけの時間活動できるように「体を慣らす」ことである。

ボス曰く、今から他のところを探しても難しいと思いますよ、ここでできることはさせてあげます、とのこと。たとえば今はメンバーは9時40分に始業だが、職員は9時に出勤して作業をしている。自分も9時に出勤してそれを手伝う。それから15時になると作業終了で掃除当番以外は帰ってしまう。しかし職員はトイレ掃除やその他後片付けなどの仕事をやって、その後の時間で残りの作業をやっている。職員は17時(あるいはそれ以降)までだが、16時までは自分も職員の仕事を手伝わせてもらう、というようなことである。もちろん工賃は出ない。

作業所の枠組みとしてそういうものはないが、ボスの裁量で、ボランティアという形でそういうことを時間外にさせてもらうことは可能だという。ここで継続してそういうことをさせてもらえるのなら手っ取り早い。「まあ、受かってからの話なんで」と言っておいたが、7月31日の一次選考の結果発表で受かっていたら動き出すかな。そこから先、二次面接は8月で最終結果発表は9月11日である。その時点で4月まで半年きっている。体調調整はそれまでに開始したい。

作業所を14時半で早退して皮膚科へ。いつもめっちゃ混むのだが、先月は妻に15時に診察券を出してもらったら17時半頃とめっちゃ遅くなったので、今日は14時に出してもらっておいた。それでも15時15分と言われたと連絡があった。しかしこれでもだいぶ早い方だろう。皮膚科についてエレベーターに乗ると、相変わらず針のむしろ感。

エレベーター

皮膚科に着いてしばらく待ち、診察室に呼ばれてからまた看護師が来るのをしばらく待つ。そのとき壁に貼ってある一枚の紙を妻が見つけた。

「令和2年9月18日で診療を終了させていただきます。」

は?

どうやらこの病院、再来月でおしまいらしい。その後はどこへ行けばいいの?よく読むとその先に、

「年内をめどに他の場所で診療を再開する予定」

とも書いている。看護師に聞いてみたら、辞めるわけではなくて、いやいったんは辞めるのだが、そのあと場所を移して再開するみたい。しかし曖昧でよくわからない。近隣の皮膚科一覧の紙をくれた。わりと近くからちょっと遠くまで6つの病院名が書いてある。年内をめどに、ということは12月にわりと近い場所で再開してくれたら10月と11月だけどこかの病院で薬をもらえばいい。どこへ移転するのだろう。本当にどこかで再開してくれるのだろうか。してくれても遠かったら通えないなあ。ここにはもう20年近く通ってるのに。せっかく丁寧でいい先生だったのに。皮膚科はどこへ行っても混んでいると言うが、ここに溢れている患者はどこへ行くのだろう。

皮膚科のあとは、ついでなので2人一緒に内科に行った。2人とも来月は特定健診&がん検診なのでそれを予約。今日だけで医療費が15,300円もかかった。もう泣きそうである。薬代が高い!これでも今日私が飲んでいる薬が1種類ジェネリックになったんだけどな。

こういうことを書いていたら、昨日書いたクズを思い出す。そいつが皮膚科の軟膏が大量に余っている、という話をしていたので職員が「余っていたら貰わなかったらいいじゃない。みんな3割負担してお金払っているのよ」と言っても「だってくれるんだも~ん」とへらへら笑って言う。ちょっとかちんと来て私が「俺が嫁さんと2人で皮膚科行ったら5,000円以上かかるんだぞ」と言っても知らん顔。クズがうつるとやだなあ。この作業所では昨日も書いたけど、そういう「施されるのを当たり前」と思っているやつらが平然とこういうことを言うので疲れる。こういう奴らこそ税金泥棒というべきだろう。前に別の文脈で書いたが、「困っている分だけ施す」のが真の公平だと思う。こっちがこれだけ医療費を払ってるのに、こいつは「医療費はただ」と勘違いして湯水のように医療費を使う。世の中は不公平だ。

その後は、皮膚科で遅くなったときのルーティーンとなっている商店街の中華料理屋へ。最近ばてているから精をつけなければ、と思ってレバニラ炒めを食す。うん、なんか元気出てきた(ような気もしなくもない)。

レバニラ炒め

帰る途中に見かけた金魚。商店街のお店の前でひっそりと泳いでいた。本当ならこの季節には1ヶ月に3回縁日があって、金魚すくいとかも出てるんだけど、今年は全部中止。テキ屋はどこでどうしてるんだろう。

金魚

昨日はぐだぐだ書いていたが、結局試験を受けられたら受けようと思い、早く寝た。19時半に寝た。幼稚園児並みである。しかしいくら眠剤を飲んでもそんなに早くは眠れんだろう、と思っていたら、眠れた。夜中何回か目が覚めたがたっぷり寝て6時半起床。なんかスッキリ。

朝食を食べた後、スマホの天気予報を見てみた。う、大雨警報が出ている。と思ったら豪雨予報が来た。

豪雨予報

「非常に激しい雨(62mm/h)」やめて~。雨雲の動きを見てみると、ちょうど試験会場に行く頃が一番降ってるやん・・・。ザックカバーとレインウェアを取り出し、ズボンはめんどくさいからジャケットだけ羽織り、ザックカバーを装着しようとしたが、やっぱりやめた。カバーを掛けると水が取り出せないから途中で水分補給できない。バスに乗ってる時間が長くて外はあまり歩かないから雨具はいいや。この雨で受験者数は減るだろうか。

しかもお腹が痛くなってきた。トイレに駆け込む。こういう時に限って。昔からそうである。それでもお腹がもやもやしたまま、定刻通りに家を出た。バスに乗っているときにまたもや腹痛が。う~、これはやばい。乗換駅である横浜駅に着いてからダッシュでトイレに駆け込むと、男性用の個室は使用中。顔面蒼白。ここがだめならポルタのトイレに行くしかない。なんとか我慢してポルタまで行った。ここが空いてないといろんな意味でアウトだな、と思っていたが無事空いてて、なんとかセーフ。この前もだったけど、なんで最近お腹壊すんだろう。外でやばくなるなんて何年もなかったのに。神経から来てる?

まだもやもやしたお腹を抱えたままバスターミナルに戻ってきた。幸い時間に余裕を持っていたので、予定の次のバスに乗って試験会場には集合時間の30分前に着いた。試験会場でも念のためトイレに行ったら和式。かなりきつかった。

精神障害の区分の受験者は座席表を見ると50人で、欠席率は多分1割くらい。座席は密対策で3人掛けの机に1人ずつ。受験者の年代は20代から50代まで様々といったところか。驚いたのは、半分以上の人がスーツを着ていたこと。面接ならともかく、筆記試験でスーツって必要?私なんかTシャツにジーンズだぞ。いやまあ私みたいな格好の人もいたけど、う~ん民間企業の入社試験ならさすがに私でもスーツを着ていくと思うが、こういう試験なんて服装で判断されることなんてないんじゃないの?と思うのだが、まあ念には念を入れ、ということなのかなあ。そんなの選考基準とは関係ないと思うけど、自分が甘い?

開始15分前になって問題用紙と解答用紙が配られて、ああこれか、と一瞬がっくり。600文字の原稿用紙。しかしよく見たら「用紙が足りない場合は追加するので手を挙げてください」と書いている。何文字でもいいようだ。先週試しに適当なお題で2本書いてみたら、1,400~1,500文字くらいだった。多分そんなには書けないだろうが、600文字とはいかないだろうな、と思った。

試験が始まったが、問題を見たら思ったより難しい。問題用紙も回収されたし、ここでどんな問題か書くことはできないのだが、これは実際に仕事をしていても必ずぶち当たる問題で、答えなんてない。かなり難しい問題だぞ。ちょっと頭が働かなかったのだが試験時間が40分とのんびり考えてる暇はないので、とりあえず適当に頭の中で組み立てながら書いてみる。が、失敗した。

自分の解答は聞かれたことに答えてない。「○○な場合、具体的にどうすればいいか」という問いに対して「そんなもの××という方法論があるのでそれをやればいい。それがうまくいくためには、日頃から△△を実践していればいい」という抽象論で書いてしまい、肝心な「具体的に」が抜けてしまっている。用紙をおかわりして35分かけて全部で700文字くらい書いたが、読み返してみて「内容薄~」と思ってしまった。これは落ちたかな。これで一次が受かったら全体のレベルが怪しい。とは思ったが、問題が難しいので他の人もどれだけまともに書けてるかわからないし、と気を取り直す。

試験会場となった横浜市の施設。二次面接もここだが、もう二度と来ることはないかもしれないので記念撮影。

試験会場

試験終了後、バスで横浜駅に戻り、早めのお昼ご飯を食べる。ポルタ辺りに行こうかと思ったが、めんどくさかったので終点の「横浜駅前」という横浜駅から離れた停留所まで行って(横浜駅に近いのは「横浜駅改札口前」)、そのままエレベーターで上がってスカイビル10階にある安定の壱八屋へ。ネギラーメンをいただく。おなか壊してるのに我ながらチャレンジャーだ。

ネギラーメン

そのあとは、せっかくそごうに来たからには寄らないといけない。御座候で赤あんを1つ。焼けるまで少し待たされたが、おかげで焼きたてのほくほくを食べることができた。

御座候

今日神戸の友達とLINEでやり取りしていたので、この写真を送って「兵庫県ではこれをなんと呼ぶ?」と聞いてみたら「回転焼きか御座候」との返事。やっぱりそうなのか。以前ネットでこれをなんと呼ぶか、県別の一覧があったのだが、私が育った大阪では回転焼き、関東では今川焼き、その他地方によっていろいろだったのだが、兵庫県だけ「御座候」となぜか固有名詞だった。ほんまかいな?なぜに?と思ったが、どうやらほんまらしい。「これは御座候で買った」と書いたら「関東にも御座候があるの?」と驚いた様子。そんなに驚くことかな。上京した頃は関東にも王将があったことの方が驚いたぞ。

デパ地下の御座候の近くに笹があった。そうか、世の中は七夕の季節だったな。短冊がいくつもあった。

コロナが終わりますように

そうだね、みんなの願いだね。

早くたくみさんに会えますように

会えるといいですね♥

特待生入試に合格できますように

まず漢字の書き取りから始めよう。

単位がほしい

それは自力で頑張れ。

仕事がなくなりますように

おいこら!仕事がなくて困ってる人もいるんだぞ!(`ヘ´) プンプン。

うちも七夕には角ハンガーに願い事を書いた靴下でも吊るすか。(何かが間違っている)

昨日は20時半に寝た。調子が悪い時はとにかく早く寝ることで体調を整えるのに成功してきたので、いつもより早く寝たのだが、寝付けない。どれくらい経ってからかは忘れたが、また起きてきてコーンフレークを食べて、PCを立ち上げて何かやっていた。結局寝たのは22時を過ぎていたと思う。

眠りも浅かったような気がする。朝方たびたび目が覚めた。そして動けない。9時になんとか起きたが体がしんどい。体調調整は失敗した。相変わらず調子が悪い。朝食を食べてから、今日も1日中横になっていた。

横になって改めて考えてみた。昨日、一昨日と横浜市の試験を受けることに関してうだうだ書いたが、もっと根本的なところがありそうだ。

まず、作業所であの横浜市の障害者の職員募集の案内を見せてもらった時の心境はどうだったか。

「週30時間か、それはまだきついな」

まずはじめにそう思ったはずだ。

しかし、ボスの

「はまーさんなら受かるんじゃない?」

その一言で、眠っていたよけいな自尊心が目を覚ましてしまったのかもしれない。

「そう言われるとそんな気がする。よし、受かってみせよう。そして「さすがはまーさん」と言わせてみせよう」

実に本質を欠いた不純な動機である。私が大学や新卒で入社した会社を受けた時とあまり変わらん。要は「見栄」である。この時点で「受かる」ことが目的化していた。受かった後のリスクについては若干の不安を感じてたものの、極力考えないことにして目を背けていた。

そして主治医にも話して「いいんじゃないですか?」と言われてますます空の自信をつけ、生活支援センターの職員に話して感心され、「頑張ってください」と言われて「ふっふっふっ、公務員の募集に応募するのだよ。思う存分応援するがよい。」と鼻高々。

などと、かなり誇張した表現ではあるが、まあそういう「期待に応えるために生きてきた自分」「周りにすごいと言われるために生きてきた自分」が今回の応募動機となっていた。今の自分にとってはそんなレガシーな行動原理は真綿にくるんでから重箱の隅に突っ込んでぐるぐるとす巻きにして三途の川に流してしまえばいい。(かなり意味不明)

そんな理由で受けることにしたものの、いざ試験が近づいてくると、否が応でも「受かってから続けられるかどうか」ということに自分の考えの焦点が移り、とたんに自信がなくなってきた、というわけだ。

もっと地に足をつけよう。

と言いつつ、焼肉の件で作業所に電話したら、ボスに「試験明日でしょ!頑張って!」と言われて「は、はあ・・・。体調悪いけど、頑張って行きます」と言ってしまった自分がいる。ここで「いや、受けないことにしました」と言う勇気はない。

どうしよっかなあ。腕試しだと思って一次だけ受けるという手もあるし、まあ明日偶然にも7時までに起きれて体が動いて頭がまわって8時前に家を出られたら、ちょっと受けてみるか。

何も構えない。

明日のことは考えない。

出たとこ勝負。

昨日は21時半に寝たが、やはり寝付けず。なんだか波が激しいな。50分経ってからいったん起きて、またケロッグのチョコクリスピーを食べた。その後PCを起動してから何かやっていた。何をやっていたっけ?イベントログによると22時41分にログオフしている。なんだっけな。夜もしっかり眠れた感はない。朝は8時半にやっと起きれたがまだつらい。明後日は試験なので8時前に家を出ないといけないのに、こんなので大丈夫か、と思いながら朝食を食べていた。

いつもなら多少調子が悪くてもなんだかんだPCに向かってるのに、今日はあまりにもつらくてすぐに横になった。それから動けなくなり、久々に少し大きな鬱に襲われた。今日は午前中は鬱との戦い。午後は少しましになったものの、頭の中がもやもやとして鈍く、体もだるくてずっと横になっていた。ちょっときつかった。

午前中は眠っているのか起きているのかわからない状態。とにかく嫌な感覚が自分を襲い、離人感もする。動こうと思っても体が動かない。目の前に寝室の景色がある。手を目の前で振ってみても手が映らない。見えてない。偽物の風景。自分がその場所に固定されている。自分が自分の深層心理に騙されている。これはいったいどういう状態か。

これはおそらく、行きたくないのだろう。試験にである。昔カウンセリングで一番はじめに指摘されたこと、それは自分がフロイトのいうところの「超自我」、つまり「~しなければならない」というのに支配されており、「エス」と呼ばれる自分の欲求、「~したい」がわからなくなっているという。上に書いたような「偽物の風景」状態には、昔調子が悪いのに会社やデイケアに無理やり行っていた頃によく陥った。そして「起きて行かなきゃ、行かなきゃ」と思ってなんとか起きて行ったけどそれがまた夢だった、という夢を繰り返し見たりもした。行きたくない自分と行かねばならないと思っている自分、その葛藤の狭間で、行きたくない自分を守るために鬱が出現する。「行きたくないと思っている自分が存在する」という自分に都合の悪い事実から目を背けることは「否認」と呼ばれる。鬱は防衛反応であり、否認の病なのだ。

これはどうやって克服したらいいか。どうやってコントロールすればいいか。これもまたカウンセリングを通じてわかってきたことだが、「認める」ということだ。「ねばならない病」は無意識の領域に根を張っている。無意識下にあるものはコントロールできない。しかしそれを言語化し、意識上に持ってこれればコントロール可能になる。理屈の上ではそうなる。だから「行きたくない自分」を認めるところから始まる。

会社だってみんながみんな行きたくて行ってるとは限らない。遊んで暮らせるのならその方がいい、そうは思っていても、まあそういうわけにもいかないから生活のために毎日せっせと会社に行く。ちゃんと心の折り合いがついてる人はよけいな防衛反応なんて必要ない。

そしてなぜ試験を受けたくないのか。これは昨日から書いてるように、受かったはいいがいざ働きだしてから調子を崩して休みまくったりして「使えねーやつ」と思われるのが嫌で、その予防線を張っているからだろう。今の体調ではまだ自信がない。とは言え受けて落ちるのはプライドが許さない。「体調不良で受けられなかったのならしかたがないじゃないか」ということにしておきたいのだ。

さらに言えば、試験は明後日なのに今からこんな状態なのは、自分がアリバイを作っているような気がする。「ほら、何日も前から調子悪かったじゃない。この仕事はまだ無理だったんだよ」そういう言い訳を作るために、鬱が出てきたのだ。自分はそう分析する。じゃあ自分はどうすればいいのだろう。「本当は行きたくないんだろう」と気がついている分だけ昔に比べるとはるかに進歩してはいると思うのだが、さてそこから先である。どうすればいいのか。

どうすればいいんだろうねえ。(;´Д`)

なんだかいろんな自分の黒歴史と重なってきたようでちょっとしんどい。なぜこの募集に応募したのか。受かって働けたらいいというより、「受かったらすごいねえ」と言われたいからか。そんな気がする。他人の期待に応えるために生きるのはもうおしまいにしたはずなのに。自分の優秀さを認めさせるために高いハードルを越えようとするのもおしまいにしたはずなのに。そういうことのために次に挑戦すべきではない。体調がしっかり整って自信がついてから、A型の事業所や就労移行支援、または短時間のアルバイトや障害者雇用から始めるなどのステップを踏むべきだろう。

試験を受けるのはやめた。受かったら受かったで、来年の4月まで「なんとしてでも体調を回復させねばならない」というプレッシャーで潰れてしまう。かつて何年も休職していて、休職のリミットが刻一刻と迫っていたあの頃のように。あれは結局自分の体調にはマイナスに働いた。プレッシャーとの戦いの後に「十分に回復していないのに復職」という形で勝ち取ったものは、「もう休めない(休職できない)のに体調を崩してはいけない」という新たなプレッシャーだった。あの時は半年で潰れた。その後の冬の時代も厳しかった。今回も同じだろう。「週30時間働かないといけない」。そのプレッシャーで、働きだしてから潰れてしまう。

そんなことやってみないとわからないかもしれないが、だめだったときの代償は高くつく。「細く長く」「最低でも現状維持」が私のモットーである。週30時間というのは、今の「細く」をかなり「太く」する。正直今の体調からあと9ヶ月でそこまでは太くできそうにない。「現状維持」ができなかったとき、また体調はどん底に落ちるだろう。その状態から引っ張り上げるのはかなり大変で、今の状態より悪化して戻らなくなると厄介である。作業所すら通えなくなる。ぐだぐだ書いたが、要は「今こんな状態なのに、来年から週30時間は無理。よけい調子崩す」それに尽きる。

歴史は繰り返させない。引き返す勇気。

昨日は22時半に寝たが、寝付けない。寝る前にSuperflyなんか聴いてたからだろうか。45分経っても眠れないのでいったん起きて牛乳を飲み、塩レモンバウムクーヘンを食べた。塩レモンバウムは妻がおとといKALDIで買ってきたものだ。そしてPCを起動し、またSuperflyを聴き始めた。それでいいのか?そのままずっと聴いていたのだが、0時頃になって眠たくなって寝た。夜はしっかり眠れたようで、7時半起床。日曜日で目覚ましもかけてないにしては早い。

朝から昨日取り込んだCDアルバムをiTunesで再生してチェックしていた。Superflyはいい。三浦大知は曲によるな。やはり踊りながら歌っているのを見るのが一番の醍醐味だろう。

来週の今日は横浜市の会計年度任用職員の一次試験。一般論文なのだが、何が出題されるのだろう。この種の職員の募集は去年から始まったのだが、去年の場合は論文は履歴書、受験申込書と一緒に提出で、そのお題が「働くうえで社会人として大事なことは何ですか。これまでの経験を交えて、あなたの考えを600字以内で述べなさい」というものだった。そういう感じのものなのね。

今年はどういうのが出るかわからないが、頭の中に思い浮かんだことをPCでなく手書きで書いてどれくらいの分量になるか、いまいち勘が鈍っていたので、適当に「公務員の仕事とはどういうものか述べなさい」というお題でA4のレポート用紙に書いてみた。思ったほど頭は鈍ってないが、なんか短く終わった。レポート用紙の4分の3くらい。しまった、時間を計るのを忘れた。

これで何文字くらいなのかわからないので、記録も兼ねてテキストに起こしてみた。1,584文字。長いのか短いのかよくわからんが、去年みたいに600文字だとぜんぜん収まらんな。書き起こしていると、推敲したいところがいっぱいあるが、これは手書きだともうどうしようもない。内容も、理路整然としたことを述べてはいるが自分の経験によるところが入ってない。ちょっとだめだな。他のお題でも書いてみるか。問題を予想してみよう。

ということでもう1本書いてみた。論文というか、自分にとってはほぼ作文なのだが、これは論文と言えるのだろうか?お題はもっと漠然と「働くということについて」。また時間を計るのを忘れた。学習してない。これも打ち込んでみた。1,490文字。長さ的には自分としては論文どころか小論文にしても短いような気がするが、これくらいでいいのかなあ。障害者の試験だし、業務内容は書類の仕分けだとか封入封緘、郵便局へのお使い、シュレッダーといった事務補助だからそんなに高度なものは出ないはずだ。脱字はないが誤字がちょこちょこある。気をつけないと。

しかしまあ、この試験は受けるは受けるが、自分は受かるとは思っていない。作業所のメンバーは「はまーさんだったら余裕で受かるでしょう」と言ってるのだが、能力的な問題ではない。体調の問題である。正直仕事の内容なんて上に書いたような事務補助で、当たり前のことが当たり前にできたら務まるような、今作業所でやっていることに毛が生えた程度のものっぽい。それが普通にできる程度の能力があれば十分であって、それ以上いくら高いスキルがあっても無駄である。それ以上に重要なのは「毎日ちゃんと来れるか」だろう。週30時間である。1日6時間、週5日。休まずに来れるかどうか。そっちの方がよっぽど気になる。面接では絶対に体調のことを聞かれる。聞かれたら、

「現在は就労継続支援B型事業所で1日4時間働いています。体調はおおむね安定していますが、ときどき体調を崩して月に1日か2日くらい休んでしまうこともあります」

と正直に答えるしかない。「週30時間勤務する自信はありますか」と問われれば、

「今すぐにというのは自分でも無理があると感じています。ただ、ここ数年尻上がりに調子がよくなってきて、去年の4月から作業所に通えるようになり、最初は週1日から始めて週2日、3日と増やしていき、今は5日通っています。この調子でいけば、来年の4月時点では週30時間働けるようになる可能性は十分にあると考えています」

ぎりぎりの線の答えでこれくらいだ。これを聞いて向こうがどう判断するか。自分が選考する側だったら、今の時点でそういう不確定要素の多い人間は採らない。今現在週20時間でときどき休んでいる状態で、来年の4月に週30時間働けるようになってるか、その可能性にかけるなんて博打である。

作業所でそういう話をすると「月1日とか2日くらい休んでもいいんじゃないすか?」と他のメンバーはいう。甘い。世の中を知らない。「お腹が痛い」「頭が痛い」「なんかしんどい」。みんなそうやってすぐ休む。しかし月1日休んだら1年で12日。公務員はどうだか知らないが、民間企業だと1年目の年次有給休暇なんて10日だぞ。欠勤を有休に振り替えても足りんではないか。有休は1年毎に1日か2日ずつ増えていくが、6年を過ぎたら20日で固定される。それ以上は休めないのだ。その有休も全部取得できない人が多いという現実を知らない。障害者に対してはなんらかの配慮があるのかもしれないが、最初からそれを期待してはいけないだろう。

受験票が到着した。試験は10時からで、9時半集合。開場は9時。9時に着くためには、乗り換え検索で調べたら8時前には家を出ないといけない。9時半までに着けばいいのだが、バスを乗り継いで行くので遅れたらまずい。試験の2時間くらい前に家を出るくらいがちょうど頭もまわっていいかもしれない。その日はちょっと頑張らないとな。

受験票

試験まではコロナにはかかるわけにはいかんな・・・。いや、試験後もかかるわけにはいかないぞなもし。

その公務員試験とは別に、今の作業所は来年の3月でいったん終わりにして、来年の4月から別のところに行ってみようかと今日思いついた。公務員に受かったらもちろんそっちに行くが、それが落ちても「一歩進む」ために、A型か就労移行支援事業所にチャレンジしてみたい。いずれも実際の就労の前段階として、B型の次のステップとして位置づけられる機関である。体調が安定すれば、と漠然と考えていたが、「来年の4月を目処に」という明確な目標を持っていたほうがいいかもしれない。何年も行ってない障害者就労支援センターに顔を出してみるのもいいかもしれない。就労移行支援事業所のことは実はよくわかってなかったのだが、友達が利用を検討していると言うので改めて調べてみたら、ちょっと意欲が出てきた。

少しずつ情報を集めようかな。時間をかけて準備を進めるのだ。一歩先の未来に足を踏み出すために。

そして今日も当たりましたよ。2日連続。なぜこんなに当たるんだろう?

ダブルエスプレッソラテ当たり