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鬱るんです
躁鬱病の元ITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、派遣のエンジニアをやったり小さなIT企業でほそぼそと働いたり、Web制作事業を立ち上げようとしたりしたが、今は就労継続支援B型事業所でリカバリーを頑張っている毎日。

カテゴリー:就職活動

昨日は21時半に寝たが、やはり寝付けず。なんだか波が激しいな。50分経ってからいったん起きて、またケロッグのチョコクリスピーを食べた。その後PCを起動してから何かやっていた。何をやっていたっけ?イベントログによると22時41分にログオフしている。なんだっけな。夜もしっかり眠れた感はない。朝は8時半にやっと起きれたがまだつらい。明後日は試験なので8時前に家を出ないといけないのに、こんなので大丈夫か、と思いながら朝食を食べていた。

いつもなら多少調子が悪くてもなんだかんだPCに向かってるのに、今日はあまりにもつらくてすぐに横になった。それから動けなくなり、久々に少し大きな鬱に襲われた。今日は午前中は鬱との戦い。午後は少しましになったものの、頭の中がもやもやとして鈍く、体もだるくてずっと横になっていた。ちょっときつかった。

午前中は眠っているのか起きているのかわからない状態。とにかく嫌な感覚が自分を襲い、離人感もする。動こうと思っても体が動かない。目の前に寝室の景色がある。手を目の前で振ってみても手が映らない。見えてない。偽物の風景。自分がその場所に固定されている。自分が自分の深層心理に騙されている。これはいったいどういう状態か。

これはおそらく、行きたくないのだろう。試験にである。昔カウンセリングで一番はじめに指摘されたこと、それは自分がフロイトのいうところの「超自我」、つまり「~しなければならない」というのに支配されており、「エス」と呼ばれる自分の欲求、「~したい」がわからなくなっているという。上に書いたような「偽物の風景」状態には、昔調子が悪いのに会社やデイケアに無理やり行っていた頃によく陥った。そして「起きて行かなきゃ、行かなきゃ」と思ってなんとか起きて行ったけどそれがまた夢だった、という夢を繰り返し見たりもした。行きたくない自分と行かねばならないと思っている自分、その葛藤の狭間で、行きたくない自分を守るために鬱が出現する。「行きたくないと思っている自分が存在する」という自分に都合の悪い事実から目を背けることは「否認」と呼ばれる。鬱は防衛反応であり、否認の病なのだ。

これはどうやって克服したらいいか。どうやってコントロールすればいいか。これもまたカウンセリングを通じてわかってきたことだが、「認める」ということだ。「ねばならない病」は無意識の領域に根を張っている。無意識下にあるものはコントロールできない。しかしそれを言語化し、意識上に持ってこれればコントロール可能になる。理屈の上ではそうなる。だから「行きたくない自分」を認めるところから始まる。

会社だってみんながみんな行きたくて行ってるとは限らない。遊んで暮らせるのならその方がいい、そうは思っていても、まあそういうわけにもいかないから生活のために毎日せっせと会社に行く。ちゃんと心の折り合いがついてる人はよけいな防衛反応なんて必要ない。

そしてなぜ試験を受けたくないのか。これは昨日から書いてるように、受かったはいいがいざ働きだしてから調子を崩して休みまくったりして「使えねーやつ」と思われるのが嫌で、その予防線を張っているからだろう。今の体調ではまだ自信がない。とは言え受けて落ちるのはプライドが許さない。「体調不良で受けられなかったのならしかたがないじゃないか」ということにしておきたいのだ。

さらに言えば、試験は明後日なのに今からこんな状態なのは、自分がアリバイを作っているような気がする。「ほら、何日も前から調子悪かったじゃない。この仕事はまだ無理だったんだよ」そういう言い訳を作るために、鬱が出てきたのだ。自分はそう分析する。じゃあ自分はどうすればいいのだろう。「本当は行きたくないんだろう」と気がついている分だけ昔に比べるとはるかに進歩してはいると思うのだが、さてそこから先である。どうすればいいのか。

どうすればいいんだろうねえ。(;´Д`)

なんだかいろんな自分の黒歴史と重なってきたようでちょっとしんどい。なぜこの募集に応募したのか。受かって働けたらいいというより、「受かったらすごいねえ」と言われたいからか。そんな気がする。他人の期待に応えるために生きるのはもうおしまいにしたはずなのに。自分の優秀さを認めさせるために高いハードルを越えようとするのもおしまいにしたはずなのに。そういうことのために次に挑戦すべきではない。体調がしっかり整って自信がついてから、A型の事業所や就労移行支援、または短時間のアルバイトや障害者雇用から始めるなどのステップを踏むべきだろう。

試験を受けるのはやめた。受かったら受かったで、来年の4月まで「なんとしてでも体調を回復させねばならない」というプレッシャーで潰れてしまう。かつて何年も休職していて、休職のリミットが刻一刻と迫っていたあの頃のように。あれは結局自分の体調にはマイナスに働いた。プレッシャーとの戦いの後に「十分に回復していないのに復職」という形で勝ち取ったものは、「もう休めない(休職できない)のに体調を崩してはいけない」という新たなプレッシャーだった。あの時は半年で潰れた。その後の冬の時代も厳しかった。今回も同じだろう。「週30時間働かないといけない」。そのプレッシャーで、働きだしてから潰れてしまう。

そんなことやってみないとわからないかもしれないが、だめだったときの代償は高くつく。「細く長く」「最低でも現状維持」が私のモットーである。週30時間というのは、今の「細く」をかなり「太く」する。正直今の体調からあと9ヶ月でそこまでは太くできそうにない。「現状維持」ができなかったとき、また体調はどん底に落ちるだろう。その状態から引っ張り上げるのはかなり大変で、今の状態より悪化して戻らなくなると厄介である。作業所すら通えなくなる。ぐだぐだ書いたが、要は「今こんな状態なのに、来年から週30時間は無理。よけい調子崩す」それに尽きる。

歴史は繰り返させない。引き返す勇気。

昨日は22時半に寝たが、寝付けない。寝る前にSuperflyなんか聴いてたからだろうか。45分経っても眠れないのでいったん起きて牛乳を飲み、塩レモンバウムクーヘンを食べた。塩レモンバウムは妻がおとといKALDIで買ってきたものだ。そしてPCを起動し、またSuperflyを聴き始めた。それでいいのか?そのままずっと聴いていたのだが、0時頃になって眠たくなって寝た。夜はしっかり眠れたようで、7時半起床。日曜日で目覚ましもかけてないにしては早い。

朝から昨日取り込んだCDアルバムをiTunesで再生してチェックしていた。Superflyはいい。三浦大知は曲によるな。やはり踊りながら歌っているのを見るのが一番の醍醐味だろう。

来週の今日は横浜市の会計年度任用職員の一次試験。一般論文なのだが、何が出題されるのだろう。この種の職員の募集は去年から始まったのだが、去年の場合は論文は履歴書、受験申込書と一緒に提出で、そのお題が「働くうえで社会人として大事なことは何ですか。これまでの経験を交えて、あなたの考えを600字以内で述べなさい」というものだった。そういう感じのものなのね。

今年はどういうのが出るかわからないが、頭の中に思い浮かんだことをPCでなく手書きで書いてどれくらいの分量になるか、いまいち勘が鈍っていたので、適当に「公務員の仕事とはどういうものか述べなさい」というお題でA4のレポート用紙に書いてみた。思ったほど頭は鈍ってないが、なんか短く終わった。レポート用紙の4分の3くらい。しまった、時間を計るのを忘れた。

これで何文字くらいなのかわからないので、記録も兼ねてテキストに起こしてみた。1,584文字。長いのか短いのかよくわからんが、去年みたいに600文字だとぜんぜん収まらんな。書き起こしていると、推敲したいところがいっぱいあるが、これは手書きだともうどうしようもない。内容も、理路整然としたことを述べてはいるが自分の経験によるところが入ってない。ちょっとだめだな。他のお題でも書いてみるか。問題を予想してみよう。

ということでもう1本書いてみた。論文というか、自分にとってはほぼ作文なのだが、これは論文と言えるのだろうか?お題はもっと漠然と「働くということについて」。また時間を計るのを忘れた。学習してない。これも打ち込んでみた。1,490文字。長さ的には自分としては論文どころか小論文にしても短いような気がするが、これくらいでいいのかなあ。障害者の試験だし、業務内容は書類の仕分けだとか封入封緘、郵便局へのお使い、シュレッダーといった事務補助だからそんなに高度なものは出ないはずだ。脱字はないが誤字がちょこちょこある。気をつけないと。

しかしまあ、この試験は受けるは受けるが、自分は受かるとは思っていない。作業所のメンバーは「はまーさんだったら余裕で受かるでしょう」と言ってるのだが、能力的な問題ではない。体調の問題である。正直仕事の内容なんて上に書いたような事務補助で、当たり前のことが当たり前にできたら務まるような、今作業所でやっていることに毛が生えた程度のものっぽい。それが普通にできる程度の能力があれば十分であって、それ以上いくら高いスキルがあっても無駄である。それ以上に重要なのは「毎日ちゃんと来れるか」だろう。週30時間である。1日6時間、週5日。休まずに来れるかどうか。そっちの方がよっぽど気になる。面接では絶対に体調のことを聞かれる。聞かれたら、

「現在は就労継続支援B型事業所で1日4時間働いています。体調はおおむね安定していますが、ときどき体調を崩して月に1日か2日くらい休んでしまうこともあります」

と正直に答えるしかない。「週30時間勤務する自信はありますか」と問われれば、

「今すぐにというのは自分でも無理があると感じています。ただ、ここ数年尻上がりに調子がよくなってきて、去年の4月から作業所に通えるようになり、最初は週1日から始めて週2日、3日と増やしていき、今は5日通っています。この調子でいけば、来年の4月時点では週30時間働けるようになる可能性は十分にあると考えています」

ぎりぎりの線の答えでこれくらいだ。これを聞いて向こうがどう判断するか。自分が選考する側だったら、今の時点でそういう不確定要素の多い人間は採らない。今現在週20時間でときどき休んでいる状態で、来年の4月に週30時間働けるようになってるか、その可能性にかけるなんて博打である。

作業所でそういう話をすると「月1日とか2日くらい休んでもいいんじゃないすか?」と他のメンバーはいう。甘い。世の中を知らない。「お腹が痛い」「頭が痛い」「なんかしんどい」。みんなそうやってすぐ休む。しかし月1日休んだら1年で12日。公務員はどうだか知らないが、民間企業だと1年目の年次有給休暇なんて10日だぞ。欠勤を有休に振り替えても足りんではないか。有休は1年毎に1日か2日ずつ増えていくが、6年を過ぎたら20日で固定される。それ以上は休めないのだ。その有休も全部取得できない人が多いという現実を知らない。障害者に対してはなんらかの配慮があるのかもしれないが、最初からそれを期待してはいけないだろう。

受験票が到着した。試験は10時からで、9時半集合。開場は9時。9時に着くためには、乗り換え検索で調べたら8時前には家を出ないといけない。9時半までに着けばいいのだが、バスを乗り継いで行くので遅れたらまずい。試験の2時間くらい前に家を出るくらいがちょうど頭もまわっていいかもしれない。その日はちょっと頑張らないとな。

受験票

試験まではコロナにはかかるわけにはいかんな・・・。いや、試験後もかかるわけにはいかないぞなもし。

その公務員試験とは別に、今の作業所は来年の3月でいったん終わりにして、来年の4月から別のところに行ってみようかと今日思いついた。公務員に受かったらもちろんそっちに行くが、それが落ちても「一歩進む」ために、A型か就労移行支援事業所にチャレンジしてみたい。いずれも実際の就労の前段階として、B型の次のステップとして位置づけられる機関である。体調が安定すれば、と漠然と考えていたが、「来年の4月を目処に」という明確な目標を持っていたほうがいいかもしれない。何年も行ってない障害者就労支援センターに顔を出してみるのもいいかもしれない。就労移行支援事業所のことは実はよくわかってなかったのだが、友達が利用を検討していると言うので改めて調べてみたら、ちょっと意欲が出てきた。

少しずつ情報を集めようかな。時間をかけて準備を進めるのだ。一歩先の未来に足を踏み出すために。

そして今日も当たりましたよ。2日連続。なぜこんなに当たるんだろう?

ダブルエスプレッソラテ当たり

昨日は21時半に寝たのだが、またもや眠れない。なんで眠れないのかなあ。1時間近く経ってから起きてきて、コーンフレークを食べてしまった。あかんやん、食欲を抑えるために追加したトピナが効いてないのか。そのままPCを起動したりLINEを読んだりしていた。自分が泊まる宿なんて高くても1万5千円くらいだったのに、みんなたいがい金持ってるしなあ、となんだか置いてきぼりをくらったような気がする。お金はなくてもないなりに生きてはいけるが、あればあったなりに生活が潤うのは事実である。ブログの記事を書いて寝た。

朝は7時の目覚ましを止めて起きようとしたが動けず。7時半になって、なんとか起きようと半身を起こしたが、そこで力尽きてまた横になり、7時50分になんとか力を振り絞って起きた。朝起きるのが途方もなくつらい。

8時45分になるのを待って区役所に電話。障害者手帳を今日更新手続きに行っていいか聞いたら「どうぞどうぞ」と言うので、今日行くことに。続いて市役所の人事課に電話。応募要項には受験票に「郵便番号、住所、氏名のみ記入」と書いているのに、チェック表では「受験区分は記入しましたか」と書いてある件について尋ねたら、「採用選考申込書にも区分を書く欄がありますが、受験票にも書いてください」とのこと。まあそうだと思ったけど、矛盾しているんだけど、と指摘したら少し慌ててたな。他に問い合わせた人いなかったのだろうか。

今日はなんとか作業所に出勤。行ったら工賃をくれた。おお、そう言えば今日は給料日だったか。でも私は先月は2日しか出勤してないし、残念。と思って中を見たらなんかやたら多い。ああまた事務が間違えやがったと思ってボスに言った。明細には出勤日数に「2」と書いてあるのに支給額は半月以上行ったことになってある。ボスも「全くもう」とぷりぷりしていて、「ちょっと事務に一言言ってくる」とのこと。

今日の作業はもうお馴染みとなったいつもの封入。黙々と作業をしてたら、第一作業所に私の工賃明細の件を確認しに行っていたボスが戻ってきた。結論としては、工賃の額は間違ってないとのこと。そうなのか?詳しくは今日の終業後に第1に行って所長に聞いてくれとのこと。

今日のお昼ごはん。ローソンの大盛冷しぶっかけそば。おそば大好き。

大盛冷しぶっかけそば

おやじみたいで乙女みたいな性格のメンバーが今度は紫陽花を持ってきた。ついでにまたクリスマスプレゼントを持ってきたと言ってコナンのグッズを持っていた。この前も抱き枕を持ってきてたけど。意味がわからない。

紫陽花

終業後に第1作業所に行って改めて工賃のことについて所長に確認したら、このコロナ騒ぎでうちの作業所も来たい人は来てもよかったが、来るのが怖い人は来なくてもよいことになっていた。自分の都合で来れないわけではないので、職員もそうだが利用者も休業補償が認められており、休んでいたメンバーに関しては昨年度の実績が云々とかいろいろあって、結局4月分と同じ給料を5月分として支給しました、ということだった。

まあ、そういうことならありがたくいただくが、休んでマンガを読んでいた私が出勤して仕事をしていた他のメンバーと同じ給料をもらっていいのだろうか。なぜボスが把握していなかったか。先月所長がボスに説明したらしいが、今月もその対応をとるというのをどうやらボスが忘れていたようだ。なぜ忘れていたか。それはうちに関してはコロナで休んでいたのが私ひとりだったからだと思う。みんなツワモノだなあ。

それからちょうどいい機会だから所長と焼肉の企画の話をした。所長は、第1のメンバーは第2、第3とは別にやると言う。所長は今回のコロナ禍に関してかなり慎重で、横浜ではかなり沈静化していて1日の新規感染者数は0か1という日が続いているが、万が一お店でクラスターが発生したら、第1から第3作業所まで全てのメンバーや職員が共倒れになる可能性があるので、それをリスク分散したいという。被害の局所化という面では妥当な判断だろう。

それから第1のメンバーはかなりセンシティブな人が多く、コロナに対してはまだかなり恐怖心を抱いていて、東京に近い区から来ている人は東京アラートが怖いだとか、まだステイホームで出てこないメンバーもいるという。そういう中で「こういうイベントやります」というのは、第1としてはまだ時期尚早ということらしい。

というわけで第2と第3(第3は少数)は、それはそれで話を進めてください、ということでお金の交渉をし、自己負担1,000円、作業所からの補助3,000円という満額回答を引き出して妥結。

その後は区役所に行って期限の切れた障害者手帳に新しい有効期限の日付をスタンプしてもらい・・・と思ったら手書きだった。手書きなんて今まであったっけ?なぜかしら。未だに「令和」のスタンプがない?まさか。まあいいや。その後歩いて帰ってきたが、暑くて頭の中がどろどろになりそうである。月曜日からこんな調子で大丈夫かいな。作業所の中でマスクをして作業していたら苦しくて気が遠くなりそうになるのは、湿度が高いせいかなあ。早く解放されたいよう。

これで横浜市への応募書類が揃ったので、最終チェック。ちゃんとチェックリストがついているので、ひとつずつチェックしていく。え~と、

「午齢は令和3年4月1日時点で記入してありますか」

ん?

「午齢は令和3年4月1日時点で記入してありますか」

ん?

令和3年4月1日」

ん?

「令和3年」

しまったーーー!!!!

今の年齢を記入してしまった。履歴書と採用選考申込書、あわせて3ページ。えっと、なんとかごまかせないかな。えっと。50歳を51歳にすればいいから、+1とか書いておけばいいか、それとも0を強引にぶっとい1に・・・。

無理である。無駄である。全部書き直しである。書き直したのである。ひいひい言いながら書き直したのである。もう手書きなんでやだ。写真が4枚あって助かった。ぎりぎり足りた。

なんとか書き直して最終チェックを終えた。明日郵便局に持って行こう。

昨日は寝たのが0時頃になってしまった。夜中になってちょっと調べ物をしていたら、また遅くなってしまった。昨日は別に変なことをやらかしてしまったわけではない。先にアップした記事に書いた、一般論文のことを調べていて、はあこれはこれは、とか思っていたのだ。それからはぐっすり寝て、朝は8時に起床。この時間に寝て8時に起きれるのは、まあいいほうだろう。

午前中から昨日断念した履歴書の作成。4回目にしてようやく完成した。はあ、手がつる。よくもまあ昔はなんでも手書きで書いていたものだ。手書きなら手書きでの有利さがある。自分で書くのも何だが、人柄は文字に現れる。この文字で勝負だ。

手書きの履歴書

スキャナで読み込んでファイルに保存。他のチェック項目も確認していったのだが、募集案内の冊子には「受験票には63円切手を貼って、郵便番号、住所、氏名のみを記入してください」とあるのに、チェック表には「受験票に受験区分は記入してありますか」とある。受験区分はどっちなんだ?自分で書くのかどうなのか。明日電話で問い合わせてみなければ。多分自分で書くんだろうけど、わざわざ募集案内には「郵便番号、住所、氏名「のみ」を記入」と書いてるのもなんだかな。こういう肝心なところで不備があると、ある種の障害者の場合はどうしたらいいかわからなくてパニックを起こすかもしれない。まあそういう人はこういう仕事は無理なのかもしれないが(そこから選考ははじまってる?)。

午後は牛角のメニュー一覧をプリントアウトして、所長へのプレゼン資料をパワポで作っていた。なんだそりゃ・・・。焼肉の話を進めないといけない。今のところ第2と第3作業所のメンバーだけでLINEグループを作って話を進めているが、第1の連中は非協力的だからなあ。と言ってもやつらを無視して話を進めたら、また花見のときみたいにあとから話をひっくり返される。第1のメンバーを巻き込むのはどうしたらいいものか。

午前中に神経を使いすぎたのか、夕方になったらしんどくなって、しばらく横になってしまった。明日からまたお仕事だ。まずは明日、朝一番に区役所に障害者手帳の件で電話して、作業所のあとにでも区役所に行って更新手続きをしなければ。最高気温が34℃の予報なのが憂鬱。歩くとけっこうあるんだよな・・。家に帰って手帳も含めてスキャナで全部の書類を取り込んで、火曜日に郵便局に行って簡易書留で出すか。作業所に行く前に寄りたいのだが、郵便局は10時からだから帰りに寄るか。なんで10時からなんだろう。コロナの影響でついこの前まで10時~15時だったのが今は17時までに戻ったのだが、10時からってのは元からそうだったっけ?

昨日の夜中のことだが、横浜市の障害者の職員募集に応募するのに、一次選考の一般論文ってどういうのが出題されるのだろう、何か同じような「過去問」ではないが、そういう自治体の障害者採用での出題例とかないかな、というのを検索していた。

すると、今回の会計年度任用職員というのは2回目の募集で、1回目は昨年度だったのだが、その募集要項がまだ横浜市のサイトに載っているのを発見した。そしてその1回目は一般論文は応募書類と同時に提出だったらしい。今回は一次選考の会場に行って、その場で出題されてその場で書く。しかし前回は予め応募書類にテーマが書かれていて、それを書いて一緒に書類を送るようになっていた。その「問題」がそこに掲載されていた。

これ、いくらでも時間をかけられるし、いくらでも書き直せるし、PCで書いて清書すればいいし、どこかからパクってくることもできるよ。学生のレポート提出とか(Wikipedia丸写しとかあるらしい)、カンニングができる試験みたいだ。しかもそのテーマが「働く上で社会人として大事なことはなんですか。これまでの経験を交えて、あなたの考えを600字以内で述べなさい」だと。600字以内!

ここまででこの記事は987文字だぞ。どうやって私が何かを論じるのに600文字で収めればいいのか。Twitterも140文字までだから、4スレッド分か。それはそれで難題だ。これはきついな。しかしなんで形式を変えたのかな。応募書類と同時に提出だったら、やはりいかにも「お手本通りに書きました」みたいなのばっかり集まってしまって選考にならなかったのだろうか。

今回のテーマはなんだろう。事前に書いて出すのでなく、試験会場で一発勝負で書くのだとテーマ自体は易しくなるような気がするが、易しいとかえって他者との差別化が難しいかもしれない。まあなんでも適当に書ける自信はあるのだが、やはり文字数がネックだ。「いろんなことを詰め込みたい」と思うところで、まず何を削ぎ落とすか最初によく考えないといけないだろう。

手書きだとますます、これくらい書いたら何文字だ、というのが見積もりにくくなるから、最初に全体の構成を考えたあとは、書きながらバランスを考えて書くしかないなあ。ちょっと練習が必要かもしれない。ひょっとしたらもっと難しいテーマで文字数も増えるかもしれないし、あまり難しく考えないほうがいいかもしれない。