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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

月別アーカイブ: 2022年2月

昨日は21時半に寝た。寝付きはよく、夜中もよく眠れて一度も目をさますことなく、7時半の目覚ましで起きた。今日は反対画を向いて横向きに寝ていたのでトトノエライトの光に気が付かなかった。ちゃんと正面から光を浴びないといけないんだろうけど、後ろから照らされるのは意味があるのだろうか。ちょっとしんどかったが、なんとか10分くらいして起きた。昨日の夜の感覚では、また不調がぶり返しそうな気がしていたのだが、落ちてなくてよかった。マイナスを覚悟しているとプラマイゼロでもラッキー感満載である。自分に期待しない人生は幸せなのか不幸なのか。

出勤して仕事。今日はもうちょっとで完成しそうなドキュメントの最後の仕上げをやっている途中で定時になった。調子がいいときでも、少し「調子が悪い時に意識したこと」を意識できるようになってきた。水の呼吸である。ただし集中はするが全集中はしない。没頭はしない。突っ走らない。

今日はそんな感じで終わった。明日は次のドキュメント作成にとりかかれるかな。

昨日は20時半に薬を飲んで寝た。その前もずっと横になっていたのだが、さすがに疲れたら夜は寝る。しかし寝付けなかったので、1時間ちょっと経ってからいったん起きて、ホットミルクとチョコをちょこっと。その後は眠れて8時起床。少し疲れが残っている。最近入眠が悪いな。寝てしまえば起きれるのだが、先週辺りまで入眠もよかったので、まだまだ要注意だ。

今日はずっと横になってスマホで漫画を読んでいた。「左ききのエレン」を24巻まで全部読んでしまった。と言っても完結ではない。まだこの漫画、連載中なのだ。あー続きが気になる。あいかわらず刺さるセリフが多い。自分も頑張らなくては、と思えてくる。

この前のっけたのと同じセリフがまた出てきた。この主人公の熱さは、自分の暑苦しさみたいである。

オレたちは無力じゃない

それだけで今日は終わったが、満足である。以前は「漫画読んだだけで終わった」と思ったかもしれないが、今はそれでいい。幸せになりたければ幸せのハードルを下げなさい、ということだ。

昨日は22時過ぎに寝た。21時半に寝る予定で、21時に眠剤を飲んだのだが、その後調べ物をし始めたら止まらなくなってしまい、気がついたら22時を過ぎていたので慌てて寝た。

そこから体がおかしくなった。眠れないのはともかく、寒気がするのか暑いのかよくわからない状態になり、吐き気がしてきた。なんだこれは。我慢して横になっていたら、突然鼻から何か垂れてきた。鼻血かと思ったが、違った。胃液だった。逆流性食道炎だろうか、胃液が上ってきて口を通り越して鼻から出てきた。慌ててトイレに行ったが、それ以上は何も出なかった。胃酸で喉が痛い。

眠剤を飲んだ後にずっと起きていたからか、体がおかしくなってしまったのか。しかたがないから洗面器とタオルを枕元に用意してもう一度寝た。あいかわらず気分が悪かったが、こういうときは最近はまず「覚悟を決める」ことにしている。これは夜中の0時を過ぎても1時を過ぎても眠れない時に編み出した(というのも変だが)自分の対処法で、「今夜は一睡もできないかもしれないが、それはもう想定の範囲内で、一晩中でも起きている覚悟をする」ことによって、つらくても多少精神的に楽になるというものだ。昨夜も「気分悪いけど、明日の朝まで我慢すれば大丈夫だ。それよりも前に眠れたら儲けものだ。今は耐えるべし」という覚悟をもって寝てみた。いつの間にか眠れて、朝になると気持ち悪さはなくなっていた。

覚悟を決めた人間は強いと思っている。「最悪の事態を想定して、それを受け入れる心の準備ができたら怖いものはない」というのはデール・カーネギーの「道は開ける」という本に書いてあった言葉だが、これはいろんな場面で応用できると思う。「ぼんやりとした不明瞭で不安な未来に怯える」という状態から「どんな未来も受け入れる。覚悟を決めた」状態まで進化できれば、また少し未来へ行けると思う。

そう言えば昨日書いた「受け流す」というので思い出したが、昔読んだ本に「流動的思考」という言葉が出てきた。いろんな外部からの刺激があるが、不要な刺激や情報は受け流して気に留めないようにする、ということである。動線がめちゃくちゃで人がいろんな方向に行き交う、渋谷よりも歩きにくいと言われる横浜駅でも「ちくしょう、あちこちから人が来て邪魔だな、よけるのめんどくせえ」と思うのでなく、遠くの方と全体をぼうっと眺めて、よけいなことを考えずに力を抜いてするすると避けていくと負担が少ない、というようなことだったと思う。

昼前に家を出て福祉施設へ行った。少ししんどかったが、「しんどくても動きながら休む」の休日版をやってみようと思ったのだ。疲れても明日の日曜日に休めばいい。ということでいろんなことを受け流しながら福祉施設へ。

一昨年まで私の担当で、去年の1月から産休で休んでいた職員が去年の秋に復帰したのに、まだまともに話ができていない。妻が先日自分の担当職員と面談に行った時に、私の元担当職員がいたので話をしたらしいが、私のことを聞きたがっていたという。タイミングが合えばつかまえて話ができるかな、と思ったが今日は休みだった。しかし来週の水曜日、祝日は出勤らしい。そうだった、祝日という手があった。また水曜日に行こう。この施設は日曜日以外、土曜日も祝日もやっている。職員は大変だ。

その後はラーメンを食べに横浜駅に出た。少ししんどかったが、これもまた訓練。疲れないように行動するにはどうすればいいか。まだまだ模索中だ。行きも帰りも横浜駅は混んでいた。コロナ流行前ほどではないが、そこそこ人がいる中で、気がついた時に力を抜いてみた。流動的思考である。とりあえずは視野を広げて遠くの方と全体を見るのだ。何も考えないわけではない。受け流しながら考えて行動するのだ。雑踏はいい訓練場かもしれない。

バスに乗ってても、ふと気がつけば力が入っている自分がいて、「受け流すんだった」と思い出す。そういう風に自分で思い出す、気づくのが大事。気づきを大切に。

そう言うと、調子が悪い時に寝ながら読んでいた漫画「左ききのエレン」で出てきたセリフが刺さったので、著作権に問題があるが、勝手に載せておこう。

俺たちは無力じゃない

昨日1週間ぶりに出勤したら、係長(推定年齢自分と同じくらいの女性)からメールが来ていて、「昨日はバレンタインデーだったから、冷蔵庫にチョコ入ってます。はまーさん持って帰ってください」と書いてあった。そうであったか、と思ったけど昨日は持って帰ってくるのを忘れた。今日冷蔵庫から取り出して、係長に「ありがとうございます。これですよね」と確認したら、「あ、そうそう、みんなから」と言われた。

みんな?

うちのチームは12人。男性が6人で女性が6人である。てっきり係長個人からみんなへ、と思っていたのだが、「みんな」ということは、女性陣からということなのだろうか?「ありがとうございます」と言って帰ってきたが、今どき職場で義理チョコとかやってるんだと不思議に思った。

私が職場で義理チョコをもらったのは、入社して2年目くらいまでだったと思う。当時は女性陣がチョコを配って、男性陣はその3倍返しをしないといけないという謎のルールがあった。思えばバブルの頃の感覚を引きずっていたのだと思う。新人のときはそのお返しを買いに行かされて、デパートで途方に暮れて適当に選んだら、偶然にも好評だったということがあった。男性陣から金を集めて回ったりして、超めんどうだった。

入社3年目だったか、全社を上げて「虚礼廃止」というのが謳われた。別に規則で禁止というわけではないけど、「そういう意味のないことはやめましょう」ということになってきて、バレンタインデーにチョコが配給されることもなくなり、これはどちらかと言うとお返しがめんどうな男性陣に好評であった。

その他にも上司へのお中元やらお歳暮はなしにしましょうとか、今ではどうかわからないが、当時は会社どうしでお中元やお歳暮を送り合っていたのを、それもなしにして、取引先や得意先に「うちはお中元もお歳暮も送らんし、受け取らん。送ってきたら送り返すで」というのをアナウンスしてまわった、ということがあった。

その後に働いた職場でも、バレンタインデーにチョコを配るだの、そういう風習はどこもなかった。なので、そういうものは消え去ったのかと思ったが、なんだかまあほっこりした職場である。お返しは、20代の職員が適当に考えてくれるのだろう。

いただいたチョコレート。紙袋がおしゃれ。「DRYADES」というのは見たことがないが、「ドリュアデス」と読むらしい。

チョコの紙袋

中身は2つ。箱に入ったものと丸いチョコ。

中のチョコ

箱を開けると、こんなのだった。

薪のトリュフ

どうやらこれらしい。「薪のトリュフ」。

薪のトリュフ

すごい上品な味がした。おいしゅうございました。