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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

月別アーカイブ: 2001年8月

昨日もよく眠れた方だった。リラックス体操のおかげかもしれない。睡眠障害は回復の傾向にある。21:00の就寝後0:00に目が覚めて、そのときは寝付けなかったので0:30に追加眠剤をもらう。その後は3:30までぐっすりである。追加眠剤が3時間もった。その後もう一度寝ると4:00に目が覚め、そして10分おきに目が覚めるモードに入ったので起きてきた。

喫煙所では、最近いろいろと制限が厳しくなったことについてみんなで愚痴をたれる。たとえば、喫煙所のテーブルにはいろいろモノを置きっぱなしにしてることが多いが、それが全部ダメになった。私も自分の肩たたきを、みんなが使えるようにわざと置きっぱなしにしていたのに、いつの間にか見あたらない。どうも置きっぱなしにしているものは、片っ端から看護婦が回収して預かっているらしい。しかし、「喫煙所のテーブルにものを置きっぱなしにしないでください」と言う連絡は一度もなく、「テーブルにあったものは看護婦が預かっています」と言う連絡も一度もない。みんな「ここに置いてあったんだけど、ないない」と探し回って、ようやく看護婦が持っていったことを知る。なんなんだ、ここの看護婦は。

それから、看護婦によって「いい」と言ったり「悪い」と言ったり、言うことが違う。Tさんが梨を切ろうとして、看護婦に許可をもらってから、包丁とまな板を借りて切っていたら、別の看護婦が飛んできていきなり怒られたそうである。せめて「それは誰かに許可を得ました?」とまず聞いてくれたりすればいいのに、なんでそう頭ごなしに怒るんだろう。看護婦によって言うことが違うのは、前にも書いたが、経験などによって目のつむりどころがわからなかったり違ったりするのだろうが、「看護婦全員で統一してください」と言うと、どうせ厳しい方向で統一されるのは目に見えている。一番確実なのは婦長に直接許可をもらうことで、他の看護婦に何か言われても「婦長の許可を得ましたので」と言うと、その看護婦は何も言えない。だが、婦長は忙しくていつも病棟にいるとは限らない。

法律を含め、私はどんな規則でも「原則として」というのが頭につくと思っている。つまり裏を返せばどんな規則でも例外はあるということだ。例外をどこまで認めるか、それは看護婦によって違う。看護婦の間で「今日はこういうことを見逃しちゃいました」「それくらいならみんな大目にみましょう」という会話や議論はされているのであろうか。おそらくないだろう。みんな自分の経験と勘でやっている。その辺の感覚を統一するのは、職人の技を工業化するように難しい。それにしても、ここの看護婦は怒りんぼが多い。私は別の病気で過去2回入院したけど、看護婦さんは基本的に優しい人ばかりだった。それはたまたまだったのだろうか。

今朝も散歩に行こうとしたら、玄関を開けると土砂降り。土砂が降ってきて痛い痛い。ではなくて雨がかなり強く降っている。中にいるときはぜんぜん気がつかなかった。グランドには行けないので、作業棟の玄関の前の屋根の下で、みんなでおしゃべりしたり私がオカリナを吹いたりした。Tさんが、また息子から手紙が来たから、後で読んでみて、と言う。毎日手紙を書いて出すと、少年院から早く出られるらしい。ひらがなしか書けないが、丁寧な字で一生懸命書いているという。息子さんは勉強ができなかったけど、何か自分のやりたいことをやらせたい、とTさんは思い「何がやりたい?」と言うと、ドラムがやりたいというので、しばらくドラムをやっていたそうだ。それが、中学生の終わりの頃からバイクがやりたくなって、免許を取るとドラムはやめてバイクに走ったそうだ。それが、どこかで方向が狂ったのか、今ではこの地域一帯の暴走族のヘッドになっているらしい。「今つかまってよかったよ」Tさんは言う。暴走族は問題があるが、そのヘッドになれるということは、統率力もあって、みんなから信頼される人柄の持ち主なのであろう。少年院を出たら、いい方向に進んでその良さを発揮してもらいたいものだ。サラリーマン金太郎を思い出す。

今日は午前中は昨日紹介された皮膚科に行く。金曜日なので、本当なら作業療法でエアロバイクを漕ぐところなのだが、今日はできないので残念。これから皮膚科に行くときは、作業療法や入浴、体育館レクなどの予定が入ってない曜日と時間を狙って行くことにしよう。まだ土砂降りが続いているが、3段式のしょぼい折り畳み傘しか持ってないので、病棟の置き傘を借りていく。

バスに乗ってふと思った。借りてきたこの何の特徴もない黒い傘、皮膚科に入って傘立てに立てたとして、帰りにどれだったか思い出せるだろうか。何か目印をつけておこう。そう思ってデイパックの中をごそごそ探したところ、この前に家電量販店で買い物したときの袋に、店の名前の入ったテープがくっついていたので、それをはがして傘の柄に貼りつける。利用できるものは何でも利用しなきゃネ。

皮膚科は駅からすぐのところだが、入ってみると予想通り混んでいる。「平気で2、3時間待たされるよ」同じ皮膚科に通院経験のあるOさんが昨日言っていた。今朝、この皮膚科に行くことをKさんに話したら「あ、俺も行くよ。俺8時から行っていいって許可もらってるから早く行くけどね」なんと、本当は外出許可時間は9時からなのだが、こういう場合はちゃんと融通はきくようだ。私もこれからそうさせてもらおう。

それにしても、子供と老人が多い。私が普段通院している皮膚科もそうなのだが、皮膚科とはそういうものなのだろうか。子供のアトピーが増えていると聞くから子供が多いのはわかるが、老人が多いのはなぜだろう。歳を取るとともに免疫力が衰えて、やはり皮膚に何らかの症状が出るのであろうか。どの受診科に行ってもやはり圧倒的に多いのは老人なのか。それはおいといて、とりあえずこの日記を書くのは名前を呼ばれるまでの暇つぶしにうってつけだ。

お、30分くらいで名前を呼ばれたぞ。どうやら紹介状があると優先的にまわしてもらえるようだ。ま、最初の一回だけだろう。自分はアトピー歴が長いので、普段自分の使っている薬があれば自分でコントロールできる、と話し、薬の種類を言って処方してもらう。診察は全くなしですんだ。

思ったより早く終わったので、帰棟予定時刻まではけっこう時間が空いた。Pocket Excelで作った時刻表でバスの時間を確認し、駅の下のスーパーで買い物をしていく。ふりかけは忘れずに。スーパーの中に小さなラーメン屋があって、ラーメン食いたいと思ったが昼食前なので、入って餃子だけ注文する。餃子食って帰ってたら一発でばれるかなぁ。「にんにく依存症患者」が入院していたら、中に入れてもらえないかもしれない。今日は人混みで買い物をしてもあまりストレスを感じない。少し慣れてきたからなのか、田舎の駅前で、午前中で人がまだそんなに多くないからなのか。

病棟に戻った。買ってきたものなどを整理しているうちに、ちょうど昼食の時間になった。食事中に、何だか少し疲れを感じてきた。じんましんが出たときもそうだったが、どうも疲れが後から出てくるようだ。やはり自分では気がつかないうちに神経を使っていたのか。知らず知らず緊張していたのか。その緊張が解けたとき、溜まっているものが一気に出てくるようだ。午後の予定は入浴だけだ。ゆっくり神経を休めよう。ベッドに横たわって眼を閉じる。BGMは先日送ってもらったCDから、トライトーンの「A Cappella J-Pop Christmas」。J-POPのクリスマスソングを集めてアカペラにアレンジしたアルバムで、超お気に入りのCDの一つ。季節外れではあるが、とても優しく心に語りかけてくるような音楽で、聴いているととても心が安らぐ。

風呂に入って、体中をよく見るとアトピーがかなりひどくなっている。じんましんは治まったものの、完全に治りきらずにアトピーとして残ったような感じだが、そういうことってあるのだろうか。まあ、アトピーも悪くなるときは一気に悪くなるし、強烈なストレスのために、じんましんが出ると同時にアトピーが一気に復活したのかもしれない。脱衣所にいた看護婦と看護士が見てびっくりしていた。

アトピー患者は本当は毎日風呂に入らなければならない。清潔を保つのがまず第一なのだ。それがスキンケアの基本である。放っておくと、炎症部分に黄色ブドウ球菌が繁殖して、ますます悪くなってしまう。それは石鹸で軽くこすると落ちるのだが、ここでは毎日風呂に入れるわけではない。風呂に入れない日は、しかたがなくタオルで体を拭いていた。だが、タオルでごしごし体を拭くのも本当はよくない。それ自体が刺激になるからだ。アトピーは「掻いてはいけない」のが原則なのだが、タオルでこするのは掻いてるのと同じことなのだ。シャワーさえ浴びさせてくれれば、石鹸で体を洗うことはできる。入浴日以外に特別にシャワーを浴びさせてもらえないか、だめもとで看護婦さんにお願いしてみた。アトピーは外見上、非常に目立ち「いかにもつらそう」というイメージがあるらしいし、看護婦さんも私の四肢を見てるので、うまくいけば認めてもらえるかもしれない。

とりあえず、風呂からあがって、強めのステロイド剤を塗りまくる。ステロイド剤は使い方が難しい。強すぎても弱すぎてもよくないが、私は炎症を起こしている部分には3種類の強さのステロイド剤を症状によって塗り分け、ときには弱いステロイド剤と保湿剤を混ぜ、自分で調合して塗ったりしてる。炎症を起こしていない箇所は保湿剤で角質層を保護する。顔と首は体と比べて吸収力が圧倒的に高いので、非ステロイド系の免疫抑制剤と抗炎症剤で対処する。この前じんましんが出たときは、本来ならばレベル5のステロイド剤で一気に抑え、症状が治まればさっと抜く、というやり方をしないといけなかったのだが、その軟膏がきれていて、レベル3のステロイド剤を使ったので、治まるのが遅くなってしまった。本当は弱いステロイド剤をだらだら塗るのが一番いけない。なかなか良くならない上に、副作用を引き起こす可能性も高くなり、そのうち強いステロイド剤も利かなくなってくる。そうするとリバウンドする可能性も高くなる。

夕食まで時間があったので、「リラックス体操」をまじめにやってみることにした。昨日はちょっとだけかじった程度で、あんまり真剣にやってなかった。まじめにやってみると、なかなか難しい。「意識を体の一部分に集中する」ということが、なかなかできないのである。気がつくとこの日記のネタなんかを考えていて、意識がそれてしまっている。ちゃんと意識を集中させ、雑念を払っていくと、だんだん瞑想状態になっていくそうだ。それがヨガの本来の目的であるのだが。最後の「屍のポーズ」では自律訓練法を行う。自律訓練方も自己催眠の一種なので、途中で中断されるようなことがあってはならない。四肢の重みを感じ、四肢のぬくもりを感じ、おなかのぬくもりを感じ、心臓の鼓動を感じ、自分の呼吸を感じ、額の涼しさを感じとる。そして、ゆっくりと5つ数えながら覚醒させていき、少しずつ体を動かしていく。一気に動かしてはいけない。少しずつ覚醒させていくのだ。全部やると30分以上かかった。

夕食時、看護婦から「毎日シャワーOK」の許可が出たと告げられた。よかった、これでつらい思いをせずに済む。うつ病で入院してアトピーがひどくなったら元も子もない。ただし、時間は入浴日以外は15:00と指定された。まあ、その時間ならだいたい病棟にいるから大丈夫だろう。気がつくと真っ赤になっていた腕がかなりきれいになっている。やはりレベル5のステロイド「マイザー」の威力はすごい。これでしばらく安定状態を保てるだろう。後はこまかい炎症をレベル4の「リドメックス」、レベル3の「リンデロンVG」でコントロールして抑えていけば落ち着くだろう。数日でステロイドは不要になるはずだ。

夕食後は連絡会までCDを聴いて時間をつぶす。今のBGMは、今は活動してないアメリカのアカペラグループ「Vox One」の「Vox One」というそのままのタイトルのCD。「エーデルワイス」や「アメイジンググレイス」などのメジャーな曲が、かっちょいいジャズアレンジで繰り広げられる。メンバーの一人は松岡由美子という日本人で、最近は彼女を講師に呼んでジャズアカペラの講習会も行われている。その次のBGMは「acapella」というそのまんまの名前の、やはりアメリカのアカペラグループのCD「Hymns」。彼らは新しいゴスペルの世界を築いたのではないか、と私は思っている。巷で最近はやっているゴスペルっぽくなく、どちらかというとコンテンポラリー系のアカペラっぽいアレンジながら、歌詞の内容は完璧にゴスペルだ。ゴスペルはキリスト教の教えに基づいた歌詞を歌にした音楽であると、いったいどれくらいの人が理解しているだろうか。ミサ曲、モテット、アンセムの次に来るのがゴスペルだと私は感じている。

連絡会が終わって19:00近く、夕食が17:00で量も多くないので、みんな小腹がすいてくるのか、お菓子をひろげたりカップラーメンを食ったりしている人が多い。「かっぱえびせん胡椒味」をKさんがわけてくれた。うん、なかなかいける。「これでご飯3杯はいけますね」というと、Kおばあさんが「ま~さっきご飯食べたところなのに、若い人の食欲はすごいね~」と全く冗談を理解していない。このおばあさん、とてもおもしろくて、さっきも「私の入れ歯がない、入れ歯がない、誰か取ったでしょう」と騒いでいた。他にも、いつも「看護婦さん、看護婦さん、助けてください、助けてください」とずっと言い続けている車椅子のおばあさんもいる。入院当初、私はびっくりしたが、別に何もないのにそう言ってるだけなので、今は看護婦も含めてみんな無視している。ところが、今日は「看護婦さん、看護婦さん、これから私はどうなってしまうんでしょう」と新しいパターンで来たので、思わずみんな吹き出してしまった。S君がカップ焼きそばを作っている。「かやくは下から入れるといいんだよ」と言ってるが、他にも同じことを言っているやつがいたような気がする。結構これって常識?私が「うん、座薬も下から入れるんだよね」と言うと、Mちゃんに「退場!」と言われてすごすご病室に戻ってきた。

いい大人が集まって、テレビで「ドラえもん」を観ている。「最近大人にも人気があるんだよ」とTさんは言うが、私はあまり「ドラえもん」は好きじゃない。「夢がある」と言うが、「ドラえも~ん、なんとかしてよ~」とすがるのび太に、ドラえもんが何の努力もせずに楽ちんできる便利な道具を安易に出すのが気に食わないのだ。もっとも、結末はだいたいのび太が道具に頼りすぎて失敗する、というストーリーになっているので、一種の教訓ではあるのだろうが。「私はまじかるタルる~との方が好きだなあ」と言うと、「マニアックですね」と言われた。そうかなあ、元々「タルる~と」は、ドラえもんのアンチテーゼとして最初から企画された漫画で、え~と、主人公の男の子の名前を忘れたが、彼が何か困ったとき、タルる~とが出すのは、彼を「特訓」するアイテムだ。そして特訓を重ねた結果、相手に勝つ。まあ、少年ジャンプだからな。私の性にはあってる。ところで私の顔は「少年ジャンプ系」と言われたことがある。何のこっちゃ?

とかやってるうちに20:00になった。いつも通り就寝の準備をする。今日も比較的安定して、睡眠障害も改善しつつある。今夜もよく眠れることを祈りつつ、今日の日記はおしまいにしよう。

昨日は何とか追加眠剤でつないで、よく眠れたほうだ。21:00就寝で、22:40頃いったん目を覚ましたが、また眠れそうなので寝た。で、いつものことだが0:30頃目が覚め、追加眠剤をもらいに行った。最近、中途覚醒したときに「今はもう一度眠れる」「これはもう眠れないだろう」というのが感覚でわかるようになった。追加眠剤を飲んでから、わりとぐっすり眠れ、2:40にまた目を覚ます。追加眠剤も効果は2時間が限度。まだ3時前なので、2回目の追加眠剤をもらって飲み、4:00過ぎまで眠る。トータルで結構よく眠れた。また調子があがってきたようだ。夢を見てない。深く眠っていた証拠だ。

5:00になった。ポットが用意されたので、コーヒーをいれて飲む。朝一番のコーヒーはうまい。本当はブラックで飲むのが好きなのだが、ブラックは、本当にちゃんと焙煎していれた、香りを楽しめるものでないと飲めない。インスタントコーヒーのブラックは飲めたもんじゃないので、砂糖とクリームをぶち込んで味をごまかす。横ではMちゃんが中年女性のKさんとひそひそ話。どうも性の相談をしているようなのだが、こちらはなにげないふりをしつつ、どうも左耳がダンボになってしまう。この間胸をはだけて見せたTさんは、今度はショートパンツをまくりあげて尻を掻いてる。半ケツ状態だと言うのに本人はぜんぜん気にしてない。と思ったら、誰かからの手紙を読み出して、するとぼろぼろ泣き出した。どうやら、息子さんが少年院に入ってしまって、彼がそこから出した手紙らしい。「お母さんも辛いかもしれませんが、また会える日までお互い頑張りましょう」という内容だと言う。みんな全力で慰める。こっちまでもらい泣きしそうだ。「またオカルト聞かせてよ、あれ聞くとなごむから」そう私に言う。「オカリナ」をずっと「オカルト」と勘違いして覚えているが、この場ではつっこめない。「うんうん、今日も散歩行ってオカルト吹くね」複雑な思いでそう答える。

今朝の散歩は人数が多かった。最近私のオカリナが評判になってきて、「聴きたい」と言って一緒に来る人が増えたのだ。今日は7人でグランドに行った。数日前に入ってきた、若い女の子も誘ってあげた。煙草を吸わないので、なかなかみんなが集まっている中に入っていけないみたいだったけど、今日の散歩でみんなと話をして、ちょっとうちとけてくれたみたいだ。

今日は皮膚科も診てくれる婦人科の先生にアトピーとじんましんについて相談するつもりだったので、「今日は婦人科の先生と面談なんです」と言うと、案の定つっこみが入る。「妊娠?」「生理不順?」いや~、最近も私は腹がへっこんで来たが、一時期は本当に「妊娠3ヶ月?」と冗談で言われるような腹をしていた。友達の奥さんがちょうど妊娠3ヶ月のときに、その奥さんを連れてきたとき、横に並んでみたら、マジで同じくらいの腹だった。

会社に送る郵便物があったので外来玄関のポストまで出しに行く。そこまで行くのに5分近く歩いていかないといけない。まったくよく歩かされる病院だ。その後に洗濯物を干しに中庭へ。昨日ハンガーを買い足したので、これで足りるかな?と思ったけど、Tシャツを干すのに1個足りない。ちぇっ、まだ足りないかと思ったが、Tシャツの一つが登山用のウィックロン素材だったので、脱水しただけでほとんど乾いていて助かった。そいつは干さずに持って帰ってきた。ベッドの手すりにでもかけとけばすぐ乾くだろう。今日は曇りだ。他の洗濯物はちゃんと乾いてくれるだろうか。

やはりよく眠れた日は体調がいい。体育館レクもうきうき気分だ。今日はまたまたドッジボールとバレーボール。なんかまんねりだなぁ。キックベースをやったときもあるらしいので、今度希望を出してみようかな。卓球台もあるのだが、みんな「卓球は病棟でできるからいいよ」というので、レクでやることはほとんどないらしい。病棟だと狭いので、元卓球部の私としては、同じく元卓球部のS君と広い体育館で思い切り勝負をしてみたいと思っている。卓球は素人が考えているよりもずっと行動範囲が広い。ロビングも天井近くまであげたりする。深くつきささるドライブの落ちてきたところを狙ってループドライブすることも狭い病棟ではできない。台から1~2メートルくらい後ろから打つのだが、そんなスペースはないからである。

体育館レクの後にシャワーを浴びたら、また肩が凝ってきた。Hさんの言うとおり、血行がよくなると肩が凝るようだ。Hさんからもらった「リラックス体操マニュアル」という薄い冊子をまだ見てなかったので、試しにやってみる。最初に説明書きがあって、それによると、この体操は基本的に「ヨガ」のポーズらしい。ただし、ヨガは深遠な思想や多種多様のやり方があるため、まじめにやると大変なので、これはその中の「リラックス体操」の部分を抜き出して、気楽にできるようにしたマニュアルらしい。

全部で10種類の体操が載っている。ヨガなので「~のポーズ」と書いてある。説明を読みながら順番にやってみる。基本的にストレッチと似ている。だが、通常のストレッチと異なるのは、伸ばしてるときに、自分の体が伸びて痛い部分に意識を集中させること、そしてすぐに戻さずに、意識を集中させた部分を含めて自分の体をよく観察しながら、ゆっくり体を起こしていく。この「体の一部に意識を集中させる」「自分の体を観察する」というのは自律訓練法とよく似ている。そう言えば、私がヴォイストレーニングを受けていた先生もよく同じことを言っていた。彼はインド気功をやっていると話していたが、いろんなところで少しずつ共通している部分がある。何事もつきつめれば基本は一緒ということなのか。おっと最後のポーズ「屍のポーズ」は仰向けに寝て瞑想するだけだが、「自律訓練法を行ってもかまいません」と書いてある。やはりどこかつながっているものなんだ。それにしても、正座の姿勢から体を後ろにそらせて頭をつくポーズはきつかったぞ。かえって腰が痛くなった。よく見ると「体が固い人は無理をしないでください」とあるじゃないか。枕を背中に敷くとかすればよかった。

荷物が届いているというので庶務まで取りに行く。山岳会の友達がアカペラに興味があるというので、お薦めのCDを10枚貸していたのだが、久々に聞きたくなったので病院に送ってもらった。久々にお気に入りの曲を聴きながら横になり、至福の時を過ごそう…、と思ったらS君が部屋に来て、「今から卓球のトーナメント大会やるんですけど、出てください」という。いいんだけどさ、なんで「今からやるから来てください」なんだよ。そんなことやるつもりだったんだったら、もっと早く言ってくれよ。

「こんなのあるけど、興味あったら聞いてみる?」そう言ってアカペラのCDをホールでかける。スィングルシンガーズの映画音楽集が好評だった。こうやってちょっとずつアカペラの魅力を広めていってやろう。まだまだ世間一般ではアカペラはマイナーだ。知っていると言ってもゴスペラーズくらいだが、私から見るとあれは「えせ」である。だいたいゴスペルなんか歌ってないのに何で「ゴスペラーズ」なんだよ。そう言えばアカペラのアマチュアバンドで「ウスペラーズ」てのがあったな。

夕方、洗濯物を取り込んだが、案の定生乾きだ。仕方がないから30分だけ乾燥機で回す。いつも家で乾燥機を使ってる身としては、30分100円というのはぼったくられてる気がする。洗濯機も1回100円なので、少しだけ洗濯するのはもったいない。できるだけ溜めてから洗濯するようにしているが、そのため入院したときより下着やタオル類が随分増えてしまった。

主治医が来たので面談する。婦人科の先生も来る予定だったが、じんましんがストレスから来ているということから、やはり主治医にまず相談することにした。

予想通り人混みの中で強烈なストレスを感じたこと、じんましんが出たこと、今までじんましんが出たのはやはり強烈なストレスを感じたときだった、ということを話す。アトピーやじんましんに関しては、最寄り駅の近くの皮膚科を紹介してくれることになった。本当はこの病院の婦人科の先生にお願いする予定だったのだが、この病院にある皮膚科系の薬が限られているので、やはり専門の皮膚科に行った方がよいだろう、と言うことだ。本来ならば、私が通院している病院まで行くのがベストなのだが、ここからは遠くて電車を乗り継いでいかないといけないため、それがかえってストレスになる。それは今の状態ではちょっと無理だ。主治医は言う。「あまり遠出をしないように、少しずつ慣らしていきましょう」この間はちょっと無理をし過ぎたか。本当は次の日曜日に、クライミングで宙づりになったときに脱出するための「自己脱出訓練」があるので行きたかったが、やはり今の状態では無理のようだ。その訓練に参加すること自体が無理ではなく、現地まで電車を乗り継いで行く、ということが今の自分にはできそうにない。

夕食だ。しまった、ふりかけがなくなっていたのに買っておくのを忘れた。普段は私はふりかけをご飯にかけたりしないが、病院食のおかずがあまりにも寂しいので、ふりかけを愛用するようになっていた。そう言えば、会社の人に聞いた話だったっけか、誰かが新婚の時に「ふりかけある?」と聞いたら、奥さんが「あたしのおかずじゃご飯が食べれないの?!」と怒ったらしい。ふ~ん、女の人はそんな風に考えるんだ、とそのとき思った記憶がある。清水義範の小説を思いだした。たしか、ある男が弁当を食べるときに、各おかずの「飯食わせ度」を計算しながら、きちっとおかずとご飯を同時に食べ終わる、というのに悪戦苦闘するという話だった。「うむ、この塩じゃけなら一切れでこのくらいの分量のご飯だな」というのを綿密に計算しながら弁当を食べていく様子をリアルに描写しているのだ。清水義範はパスティーシュ作品がおもしろかったので文庫本はほとんど読んだと思うが、どうも最近は別の路線に走っているようだ。

夜はマッサージ大会やら健康談議になっている。次から次へとおばさま達からマッサージのリクエストが入って、順番待ち状態。おっと若い娘からも注文が。以前「あるある大事典」で見た「ウェストを細くする」太極拳の体操を教えてあげたら、みんな「これはちょっとつらい」と言ってる。つらいからこそ、継続すると効果があるのだ。楽して結果だけ出そうなんて甘いこと言ってる人は何ごとも長続きしないぞ。

その後は部屋でパソコン談義になった。パソコン談義と言っても、パソコン初心者で、市が主催しているパソコンスクールに通っているYさんがいろいろと質問してきて、パソコンに詳しいKさんと私が答える、というものだった。Kさんはコンピュータは専門でないが、趣味としてかなり使っていて、はまりすぎて病気にまでなったくらいだ。Kさんは二回目の入院だが、一回目の入院時は「コンピュータ依存症」の治療が目的だったらしい。「コンピュータ依存症」という言葉も聞いたことなくはないが、入院するくらいひどい、というのはどういう状態なのか聞いてみたら「町を歩いていて矢印があると全部マウスポインタに見える」らしい。幻覚の初期症状に近い物が出ていたらしい。で、今回は鬱で入院している。アルコール依存症を治療した結果、鬱になるというパターンはよく聞くが、結局アルコールに限らず、何かの「依存症」になってしまった場合に、その依存を取り除く過程で精神的葛藤から鬱になるパターンがある、ということだ。

20:00だ、服薬の時間だ。一列に並んで薬の順番を待つ。私の前に並んでいる、今朝散歩に来た若い娘のTシャツの背中に矢印のマークがついていた。私にはマウスポインタには見えない。私はまだまだ大丈夫らしい。

昨日のじんましんには参った。日記を書いてる途中から痒くなりはじめ、書いては掻き、掻いては書き、また書いては掻き、てな具合でなかなか進まず、結局寝たのは0:00をまわってしまった。かゆみは少し治まっていたので、寝付くことはできた。

が、2:00に目が覚める。じんましんはだいぶ治まって痒みはないが、まだ皮膚がでこぼこして赤いので、もう一度ステロイド剤を塗る。そして予めもらっておいた追加眠剤を飲み、また寝る。その後は4:00に目が覚め、また追加眠剤を飲む。病院なら3:00までしか出してもらえないが、何時でもいいや、飲んでしまえ。ということでまた寝る。

でも、眠れない。結局起きてきて、この日記を書いたり、テプラで自分のネームシールを作り溜めしたり、「いっこく堂」のDVDをビデオに落としたり、なんだかんだやっている。ネームプレートは、自分のコップや箸箱に貼るためである。ときどきわけがわからずに他の人のものを取っていってしまうお爺ちゃんがいるからね。

ノートPCで作業をするが、ハンドヘルドPCの小さいキーボードに慣れてしまったので、ノートPCのキーがやたらでかく感じる。ちゃんとタッチタイピングができるはずの私が、かなりの確率でキーを押し間違える。あることに慣れると、それに似たちょっと違うことができなくなる。私がテニスをやると卓球打ちになっちゃうし。

今日は、調子がいいというわけでもないが、人混みを歩いても昨日ほど神経が疲れていない。少し慣れてきたかな。病院に戻るまでに少し時間が空いたので、家電量販店に寄ってポータブルCDプレーヤーを買う。実は今まで使っていたのが、かなりいかれていて、音が割れるし、左側のイヤホンだけ音が小さいし、かと言って旧型なのでリモコンとイヤホンが一体になってるので、イヤホンだけ取り替えるわけにいかない。そろそろ買い替えどきかなぁと前から思っていた。今回の外泊で、今まで使っていたのを家に置いてきて、新しいのを買ってきた。前のを買ったのは6年くらい前だったかな?前のに比べるとめちゃくちゃ軽いし、揺れる電車の中でも音飛びがぜんぜんないのに驚く。光出力端子まであるではないか。電化製品やらこういうオーディオの類は、久しぶりに買い換えると、その進歩に驚いてしまう。私も何年かぶりに会った友達に「めちゃくちゃ進歩したな、お前」と言われるようになりたいもんだ。

病院の最寄り駅まで着いた。バスの時間まで時間があるので、100円ショップをうろうろする。洗濯物を干すのにハンガーが足りなくて難儀してたので、ハンガーをかごに入れる。帽子をひっかけるためのS字ハンガーもかごに入れる。引き出しの中がすぐぐちゃぐちゃになるので、整理するための小さなかごを二つ買った。う~ん、どんどんものが増えていく。退院するときに持って帰れるのだろうか。そうだ、大変だったら誰かに手伝ってもらえばいいんだよ。仕事が大変なときみたいにさ。最初からそう考えることができていたら、今ここに入院することはなかったかもしれない。

帰りのバスでY嬢と一緒になった。作業所に行った帰りらしい。作業所とは、社会復帰の訓練のために、実際にお金をもらって軽作業を行う訓練所のことだ。ただし、賃金は驚くほど安い。

病棟に帰ってきた。やはり疲れてる。少し横になって夕食まで体と神経を休める。新しいプレーヤーでヒーリングのCDをかける。音もだんぜんクリアでいい音だ。うん、買い替えてよかった。機械は壊れたら買い替えたらいいが、人間の体や心はそうもいかないのが残念だ。

夕食後、Oさんの主人が面会に来ていたので、Oさんに紹介してもらって挨拶する。そのうち、「面談ですから」と言って、奥さんと一緒に行ってしまった。そうなんだ、「保護者」という立場の人がいる場合、保護者も一緒に医者と面談することがあるのだ。今の私に「保護者」はいない。もはや両親は私を「保護」してくれない。自分は自分で保護しなければいけない。

100円ショップで買ってきたかごで引き出しの中を整理してみる。うん、かなりすっきりしたぞ。小物が散乱することもないし、見た目もすっきりしている。引き出しって言うのは人間の頭のようなものなんだな。コンピュータのメモリやディスクもそうなんだけど、よく使う物は手前に置いてあってすぐに取り出せるようになっている。だけど、ときどきしか使わない物は奥の方にしまっている。コンピュータはそれをきちんと管理しているが、引き出しは放っておくとエントロピーが増大していく。今回の場合、それを食い止めるのが「しきり」である「かご」だ。さて、人間の頭の中も同じような仕組みになっていて、脳の記憶を司る部位によって、「すぐに覚えてすぐに忘れる記憶」と「永続的な記憶」がある。それが少し狂うと、「昔のことはよく覚えているけど、昨日のことは覚えていない」なんて状態になる。

夜、調子が悪いなりにゆっくり卓球をやった。狙いが定まらなくても動きがとろくてもいい。それなりに、自分のペースでやればいいのだ。頭を空っぽにして少し体を動かすと、ちょっとすっきりしてきた。今日はやんちゃな看護婦まで乱入してきた。ほんと、患者相手に看護婦が卓球してるなんて、普通の病棟じゃ考えられんよな。

と言ってるうちに20:00になった。今日は今日で疲れていたが、それなりに低め安定だった。明日は明日の風が吹く。左腕のじんましんはまだ斑点模様だ。明日になってまだ残っていたら、医者に相談しよう。

睡眠障害は続く。20:30には就寝して寝付きはよかったのだが、0:00には目が覚める。その場で追加眠剤をもらって寝たが、2:00頃また目が覚める。2回目の追加眠剤をもらったが、3:00には目が覚め、その後は寝ても寝ても10分おきに目が覚める。結局4:00に、また喫煙所にきていつものメンツとひそひそ話。おっと昨日入院してきた派手おばさんTさんもいる。彼女は躁鬱で、躁状態のときはじっとしてられないし、横柄な感じになってしまうらしい。昨日は躁状態だったらしい。気を失ったのは単なる貧血だとか。居酒屋を経営しているそうで、派手なのは儲かってるからか、単に性格なのか。まあ、よく考えるとそういうおばさんは街中にいくらでもいる。パジャマの前がはだけて乳房が片方丸見えになっていて目のやり場に困る。思わず、「あの、前はだけてますけど」と言うと、まったく気にしてないようで「あ~ら失礼」と言ってボタンを留める。

彼女は2回目の入院らしい。どうりで手慣れていると思った。ここのメンツで話をしていると、この間と違うT看護婦が「この時間にここで喋らないでください!」と注意してきた。また注意された。昨日私にわけもわからず怒った看護婦だ。「I看護婦は新米でまだまだだね」「T看護婦は厳しいし、患者を見下してるよね」Tさんと話していると、結構話が合うことがわかってきた。そのうち、「あっついわね~」とTさんが言い出したので、私が冗談で「脱いでいいですよ~」と言うと、あっと言う間にパジャマのボタンを外して私の目の前にばーっとはだけて見せた。まさか本当にやるとは思わなかったので、今度は目のやり場に困る間もなく唖然としてしまった。あっけらかんとしたおばさんだ。その後「着替えて来るね」と言って普段着に着替えてきた。なんつーか、楽しいおばさんだ。悪い人ではない。

居酒屋は大変らしい。朝早くから仕込みを行い、開店すると酔っぱらってからんでくるおっさんの相手をし、夜遅くまで働き通しで、夜は後かたづけ。油物なんかを大量に揚げるので、掃除も大変らしい。そんな状況で、大事にかわいがっていた一人息子に、詳しくはわからないが何かあったらしく、相当なショックを受けたらしい。

Tさんは私と同じ病院に通院していて、やはりこの病院を紹介されたそうだ。あの病院とこの病院はパイプがあるらしい。家もけっこう近くで、思わず握手を求められてしまった。彼女は体重が30kgまで減って相当やばい状態になったこともあるらしく、病歴はけっこうすさまじい。鬱のときは幻聴や幻覚が出るそうだ。私も幻聴ではないが、鬱がひどいと頭の中にすさまじいノイズが走る。

朝食後、喫煙所で話をしていると、私が散歩に行く準備のために持っているオカリナを見てTさんが「何それ?」と聞く。「オカリナです」と答えると、また「それ何?」と聞いてくる。すると、必ず誰かが「鬼太郎が吹いてる奴ですよ」と教える。このパターンは何回かあったが、世間では「オカリナ」=「鬼太郎」なのだろうか。うむむ。せめて「トトロ」くらい言ってくれ。

オカリナを聞いてみたいというので、今朝の散歩はTさんとHさんと一緒に行って、いろいろとリクエストに応える。が、Tさんは20歳も年上なので、リクエストされてもわからない曲が多かった。Hさんが隠し持っている携帯でみんな友達に電話する。途中から、遠くで電話していたMちゃんも寄ってきて、尾崎豊をリクエストするので、「O My Little Girl」を吹いた。

今日も作業棟へチャリ漕ぎに行く。今日からシャーペンでなく、ボールペンを持っていくことにした。昨日のことがあって、別にMちゃんが悪さするかも、というわけではないが、作業棟へは他の病棟からもいろんな患者が来る。他にもリスカをやる人はいるだろうし、やはり不用意に尖った物をその辺に置くのはまずいだろう。

まずは体重測定と体脂肪率測定をするのだが、ここの体脂肪率測定器はなかなか優れてる。腕を伸ばして手で計るタイプなのだが、年齢、身長、性別は自分で入力するのに、体重は、床に表示板のない体重計が置いてあって、それに乗ると赤外線で体脂肪率測定器にデータが自動送信される。これははじめてみたぞ。

一般コースのトレーニングで20分と設定して漕ぎ始める。と、あれあれ?なんだかはじめから心拍数が高いぞ。なんでだろう、今朝すごいものを見ちゃったからかな。結局昨日より心拍数はずっと高めで、ペダルの負荷もあまりあがらず、20分漕いだのに91.6kcalしか消費しなかった。う~ん、100をきってしまった。ちょっと休んでからリベンジ!そう言えばジムに通ってた頃は、「登山のような本格的な有酸素運動をやる人なら、年齢を低めに入力すると負荷があがって、ちょうどいいトレーニングになりますよ」と言われたので、いつも年齢を詐称して漕いでいたのを思い出した。今度はそうやって漕いでみたが、やはり心拍数は高め安定、負荷もあがらず、結局20分漕いでも87.7kcalしか消費しなかった。

向こうのエアロバイクを漕いでいるおばさんが、隣で漕いでいるおじさんに「水は飲んじゃだめ!水は後から飲みなさい」と言っている。かわいそうに、このおばさんは古い知識しかないんだ。昔は「水は飲むな」と言われたそうだが、現在の運動理論では、水分を補給しないと血液の濃度が上がって危険なので、発汗した分の水分はできるだけこまめに補給した方がいい、ということになっている。

今日も昼食後に、急に疲労が襲ってきた。寝不足と朝の運動の疲れが、後からくるようだ。今日は山岳会の集会のために外出するが、出発するまでに時間がある。しばらく横になって休もう。トライトーンのTop「松永ちづる」の一人アカペラCD「We’re all alone」を聞きながら。「We’re all alone」とは、本当は恋人同士が「僕と君は2人で1人」というようなニュアンスの曲名らしいが、このアルバムでは、松永ちづるが「一人で多重録音したアカペラ」という意味合いも兼ねているらしい。

すごく肩が凝ってきた。寝てるのに何で凝るんだろう。自分が100円ショップで買ってきた肩叩きで肩を叩いていると、マッサージに詳しいHさんが「叩くのはあんまりよくないんだよ。揉むとかさするとか、そういうのはいいんだけど。一番いいのは、自分で体操して凝りをほぐすことだね」と言う。彼自身、どこかでもらった薄い冊子に載っている体操を一日30分くらいかけてやっているそうだ。「これから外出するんですけど、ついでにコピーしてきたいんで、その本、今持ってたら貸してもらえませんか?」そう言うと、「あ、家にあるから取ってくるわ」そう言って出ていった。散歩が認められてるのは1時間だけだが、彼の家は病院からチャリで5分らしい。閉鎖病棟と違い、付添人がいるわけではない。散歩と言ってこっそり出ていくのは可能だ。それにしても、わざわざ暑い中、チャリで取りに行ってくれるなんて、なんていい人なんだろう。

出発時刻が近づいてきた。バスの時間までしばし喫煙所で暇をつぶす。私の寒いギャグで場が凍りついてしまった。みんな「さむ~い~」とブーイング。う~ん、寒いギャグを言うのは私の癖なんだが、たま~に受けてくれるのでやめられないのだ。でも「場が凍りつくような寒いギャグはやめにしようよ」なんて言われたので「すみません、これも病気の症状なんです」とさらに冗談で返す。が、その時ふと思い出した。「病気を言い訳にしないこと」会社のカウンセラーに、カウンセリングの初期の頃に言われたことだ。病気によって通常できることもできなくなってしまうが、何でもかんでも病気を理由にしてしまう癖をつけてはいけない、ということだったかと思う。そういう癖をつけてしまうと、「鬱を語った甘えんぼさん」になってしまうような気がする。思えば、入院する前の一ヶ月間、私はまるまる会社を休んで、ほとんど寝たきり状態だった。その間、調子が悪いのは確かだったが、「甘えんぼさん」になりかけていたような気もする。「いいや、どうせ俺は病気なんだ。会社なんか行けないんだ」そんな自暴自棄な気持ちになっていたのかもしれない。

バスに乗る。病院の外に出るのは先週の月曜日以来だ。この間は、少し買い物しただけで、えらく神経が疲れてしまった。今回は1泊2日の長丁場だ。できるだけ神経を刺激しないように気をつけよう。まずはバスの中でじっと目を閉じる。目からの感覚刺激である視覚情報は、情報量としては膨大であり、脳はその情報を処理するのに常にフル回転し、脳神経を非常に酷使する。だから、目を閉じるだけでかなり神経を休めることができる。神経が疲れたとき、両目を閉じることができなくても、片目だけ閉じて仕事やその他のことをすれば、それだけで脳はだいぶ楽になるらしい。ときどき開く目を替えてやればよいそうだ。片目ずつ開けて寝るのはドクター中松だっけかな。

電車の中でも目を閉じ、瞼を通して突き刺さるまぶしい光を、まぶかに帽子をかぶってシャットアウトする。電車の騒音は、お気に入りのCDをかけることによってリラックス。

集会の会場に直接行くのでなく、時間に余裕をもって出てきたので、途中で自分の本拠地の駅で降り、お気に入りの足裏マッサージをやってもらう。ここに来るまでに、すでにかなり神経がすり減っていたのが、かなり癒されていくのがわかる。

ハンバーガーショップで時間をつぶしつつ、日記の続きを書き、再び電車に乗る。さっきは座れたが、今度は座れなかったので、連結器の扉にもたれながら目を閉じ、CDを聞く。幸い次の駅で座れたので、ゆっくり休むことができた。かなり神経が安らいで来たので、ハンドヘルドPCを取り出し、日記の続きを書く。この文章はまさにその電車で書いているものである。この電車で終点まで行き、乗り換えだ。あまり神経を使いすぎるといけないので、電車の中ではこれくらいにしておこう。

今日の会場は、自分ははじめての場所だ。会場への行き方を案内したメールをハンドヘルドPC上で表示し、それを見ながら進む。こういう使い方は正に「手帳代わり」としてうってつけだ。会場に行く途中で山岳会のKちゃんに会ったので、一緒に行く。この文章は会場で書いている。まだ人数がそろわないので始まるのを待っているところだ。今日は私が企画したオリジナルTシャツを配るので、ずら~っとTシャツが並んでいる。去年と一昨年もTシャツは作ったのだが、去年までは全員同じ色だったのを、今年は「色は自由に選べる」ということにしたので、並べると実にカラフルだ。

隔離された環境にいたので、大勢の仲間に会うのは久しぶりだ。見慣れた顔を見るとほっとする。心も自分と親和性のあるものに触れると安心するようだ。話は飛ぶが、人間の体は体内に異物が入ってきたときに、それを排除しようとする免疫機能がある。人混みに行くとストレスが溜まるのは、自分の心と親和性のない大勢の人達に対して、心が拒否反応を示すのだろうか。

ある会社の人事部に勤務するGさんが、私のHPを読んで参考になった、と言ってくれた。他にも私には人事部に勤務する友人が2人いて、2人とも同じようなメールをくれた。最近では、まぢめな企業はちゃんとメンタル系のケアの必要性を感じて、何か対策をしないと、と思っているようだ。だが、どうすればいいのかわからない、というのが現状らしい。私の書いた文章が少しでも参考になれば嬉しい。

人数が集まってきたので、とりあえず机上講習から始まる。今日のテーマは「安全に登山するために~遭難対策とビバーク~」私が会の運営委員会のメーリングリストで提案したテーマである。講師は遭対部教育局(兼会長)のN氏。

講習の次は、H氏が提案した「会山行」についての話し合い。うちの山岳会のスタイルは、メーリングリストで「いつ、どこの山に登るけど、行く人は手をあげて」てな感じで誰でも企画を立てられる。基本的に「会全体の企画としての山行」というのは、一年に一回の「祭り」の時くらいだ。それだけでなくて、定期的に「会山行」を開催しよう、ということなのだ。とりあえず9月の日程と行き先を募る。とりあえず第1回は、ある山への集中登山と決まった。集中登山とは、目的の山を決めて、各自好きなルートから登って頂上で会いましょう、というものである。沢から登るのもありである。

次の議題は、毎年恒例の「お祭り」の件。毎年秋にバンガローなどにみんなで集まって、手料理を作って楽しんだり、去年は山道具のオークションをやったりした。山岳専門店のバーゲンでの戦利品や、お古を放出したりしていた。今年は会長が暫定幹事として企画を進めていて、すでに日程や場所は決まっている。残りの仕事を進めるための実行委員をじゃんけんで決める。お、今年もオークションをやるらしい。この祭りには何とか参加したいな、と思っている。私はネットオークションで小さめのミレーのザック(新品)をいくつか格安で落札したので出そうかな。

集会が終わり、駅でみんなと別れる。みんなはこれから飲み会だが、私は普段なら既に就寝時間。みんなとおしゃべりしたいけど、無理は禁物だ。できるだけ今の生活のリズムを崩さないようにしなければ。電車に乗り、一駅で乗り換える。始発駅なので、一本電車を見送れば座れる。どうしようか迷ったが、やっぱ疲れてるので一本待って座った。で、今は電車の中でこれを書いている。

22:20帰宅。とりあえず下山報告。ではなかった帰宅連絡を病棟に入れる。で、シャワーを浴びてから眠剤を飲み、最後の日記を書いて送信して寝よう、と思ってこれを書いてると…、

かゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆい!!!!!!!

体中がかゆい。調子を崩してから部屋の掃除もろくにしてなかったので、埃でアトピーが悪化したかな、と思ったが、よくみると蕁麻疹である。体中そこらじゅうに出てきている。猛烈にかゆい。蕁麻疹が出たのは生まれて3回目、過去の2回はどちらも心身ともに強烈なストレスを受けたときだった。今日もそうだ。体中が悲鳴をあげている。やめてくれ、もうこれ以上俺をいじめないでくれ。そう言っているようだ。ステロイド剤を塗って塗って塗りまくる。もう限界だ。今日はこれで落ちることにする。社会復帰はまだ遠い。

睡眠障害がひどくなってきている。寝付きはいいのだが、中途覚醒がまたひどくなってきて、たびたび目が覚める。1:00頃だったろうか、追加眠剤をもらって飲んだが、やはり寝たり起きたりの繰り返しで、結局3:00過ぎに起きてきてホールでたばこを一服。もう一度寝ようと病室に戻るが、やはり眠れず、4:00頃起きてきた。さっきは人が2人くらいしかいなかったが、今はたくさん集まっている。またひそひそ話。昨日看護婦に注意されたけど、かまうもんか。昨日結局戻ってきたMちゃんやS君がいる。Mちゃんは16歳のときに、とても仲のよかった弟を交通事故で亡くしたらしい。それがトラウマになっているのかと思ったら、「それもあるかもしれないけど、それだけじゃないの」と言う。いろいろ抱えているらしい。「死んだら弟に会えると思うの。だから死ぬのは怖くないの。これってアブナイよね」Mちゃんは言う。確かにあぶないと思う。「でも、死んじゃったら、今生きている人に会えなくなっちゃうよ」私が言うがMちゃんは何も答えない。S君は死んだMちゃんの弟に似てるらしく、かわいがられている。「弟はもっとハンサムだったけどネ」Mちゃんは寂しく笑う。自殺で死ぬ人は交通事故で死ぬ人の2倍いる。発作的な物もあるが、彼女のように希死念慮が繰り返し襲ってくる人は、いつか本当に成功して死んでしまうのだろうか。精神科病棟で一番病院が気をつけていること、それが「自殺をさせない」ことである。プライバシーもへったくれもない病室もそのためだ。

会話の中で、前にも出たが「左利き」の話が出た。なぜ左利きは「ぎっちょ」と言われるのか。私はそれをいわれると非常にむかつく。なんだか差別的なニュアンスを感じるからである。日本では「左」は「右」に対して劣っているというか、差別されているような風潮があり、言葉にも現れている。「左遷」というのもその一つだ。少し頭の足りない人を「左巻き」と言ったりもする。左利きの子供に無理矢理右手で字を書かせて矯正させるようとする大馬鹿者もいまだにいるのだろうか。昔からの日本の「型にはめる」教育のせいなのか。個性を尊重する欧米がうらやましい。ま、日本も少しずつ変わりつつあると思うけど。私が一時期通っていた整体の先生は言った。「『うつ』も個性のうち。それを容認できない日本社会が悪い」

朝食後の散歩。またグランドへ行ってオカリナを吹く。今日は曇りなので涼しい。何となく「スカボロフェアー」な気分だったので、「スカボロフェアー」から吹き始める。スカボロフェアーはサイモン&ガーファンクルのアレンジで有名だが、元はイギリス民謡である。6月のコンサートで、うちのヴォーカルアンサンブルグループはスコラーズ編曲の4声のスカボロフェアーを演奏したが、いまいちだった。アレンジがポリフォニックなのだが、ルネッサンス期のポリフォニーを含め、そういう音楽をうちのグループはあまり手がけたことがなかったから、慣れてなかったのだ。ああいう音楽はごまかしがきかなくて、本当に難しい。特に1パート1人のヴォーカルアンサンブルでは、各自の音楽性がもろに影響する。ベースが鳴ってリードが決めて、後は適当に和音ハモってればいいや、の世界ではないのだ。音楽の全体の流れの中で、自分がどのようにフレーズを形作っていけばいいのか、歌っていてずいぶん悩んだ。

オカリナを吹いてると、グランドの向こうの方にMちゃんが見える。隠し持っている携帯で友達と電話しているようだ。私は携帯自体は「友達とのおしゃべり」に使うことはない。使うのは、「緊急の連絡(練習に遅れます、とか)」や、山に登ったときに、下山時に下山報告を山行管理局に入れるくらいだ。あ、でもi-modeはよく使う。「駅探」は手放せない。「天気Plus」も重宝している。去年の9月、火打山から妙高山を縦走(というよりあれはピークハント2回だったぞ)したとき、妙高山の山頂から「天気Plus」の「ピンポイント天気予報」で、「妙高村付近」の3時間おきの降水確率を見れたときは嬉しかった。最近では山でも、山頂や稜線上ではけっこう携帯の電波が入るので、緊急時の連絡などにも便利だ。でもやはり山では無線をもっておきたい。という私はまだ免許を持ってない。携帯も、山ノボラーはDoCoMoでないと苦労する。街中では他社と大差ないが、ちょっとへんぴなところへ行くと、とたんにDoCoMo以外は圏外になる。

寝不足なので調子が悪いかも、と思ったがそうでもないので、作業棟へエアロバイクを漕ぎにいく。今回はちゃんと正常なマシンで安静時からの体力テストを行うと、体力レベルは「6段階中の3、標準です」と出た。ああよかった。先週のは、やはりちょっとおかしかった。その後少し休んでから、体力テストの結果で出た自分に適した負荷値を設定して20分間漕ぐ。消費カロリー103.8kcal。ま、こんなものか。

病棟に戻って、先週作ったカルテを作り直す。体力テスト用のシートと、一般トレーニング用のシートをわけた。体力テストは週一回、一般トレーニングは毎回やることにした。

ところで、カルテを作ったと言っても、それを記録するのにこのハンドヘルドPCを作業棟に持っていくのは抵抗があったので、手帳とシャーペンを持っていった。漕いでる間に盗まれたりするとイヤだからである。手帳に結果を記録し、病室に戻ってPocket Excelのカルテに記入することにした。ところが今日、体重や体脂肪を計ってメモ帳に記入し、そのままメモ帳とシャーペンをトレーニングルームの入り口に置いたまま、すぐ隣でくつろいでいるO嬢がいたので、数分間話をしたりマッサージしてあげたりした。その後、戻ると手帳はあるがシャーペンはない。あれ、どっか落っことしたかな、と思ってあちこち探したが見あたらない。ふと見ると、さっきいなかったMちゃんがピアノを弾いている。彼女はリストカットをするのでシャーペンを含め、いろんなものを取り上げられている。「シャーペンが一番やりやすいんだ」そう言っていた。そして昨日彼女は外泊予定だったのが、精神状態が不安定で、またやってしまいそうだからと結局帰ってきた。もしや、もしや、彼女が無意識にでも取っていったとしたら…。それは非常にまずい。私が不用意に置いたシャーペンで彼女がまたリスカをやるようなことがあってはならない。とは言え、彼女に聞くわけにもいかない。そばにいた看護士に事情を話すと「わかりました。ちょっと気をつけて見ておきましょう」と言われた。

さんざん探し回ったあげく、作業療法士が見学の人に説明する場所に置いてあった。作業療法士に聞いてみると、「あ~、ごめん。そこにあったから勝手に使っちゃった」よかった。彼女が取ったのではなかったのだ。ほっと胸をなでおろす。

明日は山岳会の集会が夜にあるので、外泊届けを書いて出す。外泊時には、家に着いたら病院に連絡を入れないといけない。だが、集会は21:00までで、病院の電話取り次ぎも21:00までだ。どうやっても21:00までに家に帰って連絡することはできない。そう看護婦に伝えたら、「じゃあ外からでもいいので21:00までに連絡ください」そう言った。ところが、後から病室へ来て「22:00でも23:00でも取り次いでもらうようにお願いしたから」と言う。私のためにわざわざ病院の受付の人に頼んだのかな、と思って「普通は21:00までなんですよね」と言うと、「22:00でも23:00でも取り次いでもらうようにお願いしたんです!」と怒鳴るように言う。なんなんだ。なんでそんな怒るんだ。わけがわからんぞこの看護婦は。ちょっとむかついた。睡眠障害がまた悪化した件で主治医と今日面談する予定になっているので、ついでに「あの看護婦はなんですぐ怒るんですか?」と聞いてみよう。

昼食後、会社の上司に電話した。「まだまだかかりそうです」ということを伝える。ほんと、いつまでかかるんだろう。

なんだかだんだん疲れてきた。やはり寝不足だからだろうか。30分自転車漕いだだけで、普段ならこんなに疲れるはずはないのに。しかも直後でなく、しばらく経ってから疲れが出てきた。今日の午後の予定は入浴だけだ。ゆっくり休もう。「ろしあじんはいった~、つかれた~ら~や~す~め~」男声合唱曲「ゆうやけの歌」の歌詞である。ああ、久しぶりに男声合唱がやりたくなってきた。男声合唱には、混声合唱とまた違った独特の「ハモリ」の世界がある。私は以前、少人数だがとてもいいメンツが揃っている男声合唱団に入っていて、北欧系の曲をよくやった。指揮者の先生がとても指導者として優れていて、練習がとても楽しかった。あの頃が懐かしい。私はその合唱団はやめてしまったが、その後人数がさらに減り、先生もやめてしまったという。今でも活動しているのだろうか。廊下ではまた例のヘッドギア爺さんが慶応の学歌を歌っている。

今日の入浴は一番最後だ。それまでゆっくり体を休めよう。普段ならベッドで横になっているが、今日は風呂の順番を待ちながら、ホールの畳で寝そべる。すぐ横にレーザーカラオケがあってCDも再生できるので、トライトーンの「One Fine Sunday」を小さな音量でかけながらうとうとする。

なんだかえらく派手なおばさんが入院してきた。派手なアロハシャツにアクセじゃらじゃら、おばさんサングラス。とても場違いな感じがする。「そういう格好してる時点で病気じゃないのか?」そう言いたくなる。卓球をやってるのを見て、「私、ちょっとやったことあるのよ」と言うが、彼女がやっているところを見ると、とてもめちゃくちゃなフォームで、あれではピンポンの域を出ない。なんせ、落ちてきたボールを、バレーボールのボールを拾うようなフォームで腕を伸ばして下からボールを鬱のだ。いや、打つのだ。だめだ、ATOKが「うつ」の漢字を学習してしまっている。その後、S君に勝負を挑んで二人で真剣勝負をしていると、目を丸くして見ていた。私がスマッシュを打ったのを見て「今の、入ったの?」と聞いてくる。横に座ってて見えないのか?

主治医が来たので面談する。ここ数日、睡眠障害がまた悪化していることを伝え、日中も少し調子が悪いことを伝えるが、まあ予想通り、波がありますから、ということでもう少し様子を見ることにした。どんどん悪くなるようだったら、また相談してください。とのことだ。ただ、明日用事があって外泊するんですよ、と言うと、じゃあまた外泊から戻ってから様子を聞かせてください、と言われた。昼間の看護婦のことに対して、愚痴っぽくなってしまったけど話したら「まあ、社会に出ればいろんな人がいるから、その訓練とでも思ってください。あんまり気にしないように」と言う。まあ、それはそうだ。看護婦もたまたま機嫌が悪かっただけかもしれない。「この人は今機嫌が悪いだけなんだろう」「この人はこういう人なんだ」そう思うようにして、いちいち相手にするのはやめよう。

夕食前にHさんにマッサージしてもらった。前は椅子に座ってだったが、今回はベッドにうつ伏せになって、本格的に30分近くやってもらった。めちゃくちゃうまい。思わずひーひー歓喜の声を出してしまった。彼はあれで食っていけるのではないだろうか。

さっきの派手なおばさん、喫煙所の長椅子にだら~っと寝そべって、かなり横柄な感じだ。おいおい、それじゃ他の人が座れんだろ。と思いつつ、S君と卓球していたら、いつの間にか喫煙所が騒がしい。なんだなんだと思って見に行くと、寝そべってたおばさんがいきなり長椅子からずり落ちて動かなくなったらしい。看護婦が来て血圧を計ったが異常なし。車椅子に乗せられて病室へ運ばれていった。初日から人騒がせなおばさんだが、いったいどんな病気なんだろう。

夜は中年のおじさんMさんと軽く卓球をした。このMさん、卓球は素人とは言いつつ、相手していて一番おもしろい。ちょこん、ちょこん、と短い球をするどい角度で決めてくると思えば、打つときはバシッと打ってくる。おもしろいのは、ボールがバックに来たときに、目にも止まらぬ早業でラケットを左手に持ち替えて打ってくる。ラケットの柄の方でなく、頭の方を持って打ってくるのだ。思わずこちらは笑けて力が入らなくなる。もちろん反則である。

さっきのおばさんが復活して喫煙所にいる。なんか次から次へとお菓子やらソーセージやら配りまくってる。夕飯を食べたばかりだったのでほしくなかったが「いりません」と言うのもためらわれて、もらって食べる。

20:00になった。眠剤を飲んで就寝準備だ。今日は前の晩眠れなかったにしては調子が割とよかった。このまま回復傾向に向かって、今晩はよく眠れるといいな。