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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

日別アーカイブ:2018年9月21日

寂しい。

同窓会が終わって1週間弱。普段妻と医者くらいしか話し相手がいない自分にとっては、夢のように楽しい時間だった。それが終わってまたいつもの日常に戻り、淡々と元の生活を送っていた。

しかし、ときどき発作のように寂しさがこみ上げてくる。寂しくてたまらなくなる。寂しい。寂しい。寂しい。この寂しさを埋めるにはどうしたらいいんだろう。

昔は、いつも自分の周りには仲間がいた。高校の部活や大学のサークル、その後もいろんな合唱団やらアンサンブルグループやら山岳会に入ったりして、いつもわいわいやっていた。それが好きだった。それが当たり前だった。それが幸せだった。

今ではこんなわけのわからない病気になって、人生台無しになって、仕事も趣味の活動もなんにもやってない。仕事なら仕事で、事務的なことだけかもしれないが何らかの会話は発生するし、それだけでも人とコミュニケーションを取ることができる。人と接することができる。

が、今の自分には何もない。周りには誰もいない。誰とも話さない。もちろん妻はいつもそばに居てくれるし、それはとても幸せなことだ。だけど、やはり寂しい。先週は楽しかった。あんなに楽しみにしていたのにもう終わってしまった。話したかった人ともあまり話せなかった。次は何年後になるのだろう。それまで自分は一人ぼっちなのだろうか。また会いたい、みんなに。発作的にそんな思いが込み上げてきて泣きそうになる。自分はとても寂しがり屋なのだ。

昔なら気軽に電話でもかけて「よう、暇か?」なんてこともできたが、今ではそういうこともできない。みんな家庭を持って、仕事に家事に育児に忙しいのだ。自分のように暇を持て余してブラブラしているわけではない。取り残された自分がここにいる。

あの頃にはもう戻れない。そんな事はわかりきっているのに、あの頃は良かった、あの頃は良かった、あの頃は良かった。そんな郷愁に浸ってばかりいる。そんなことはもう終わりにしなければ。心の中で必死に叫ぶ。

「顔を上げろ。前を向け。自分」

自分の声が自分に届かない。

昨日は良く眠れて朝は9時半起床。7時頃に妻の目覚ましが何回も鳴っていたらしいが全く気が付かなかった。今日は疲れが残ってない、と思ったが、PCに向かってるとうす~く疲れが顔を出し始めた。全くしつこい。

今日は生協の配達日。予告メールの時間は18時53分。実際に来たのは14時。なんなんだ?「北海道胆振東部地震影響による欠品に関するお詫び」という紙が入っていた。地震のせいでお届けできない商品があるとか。う~ん、北海道の地震の影響がここにも。幸いうちは欠品はなかったが、今北海道はどうなっているのだろう。募金の協力のお願い、というのも書いてある。災害が多すぎてどこに募金していいのやら。できるだけ協力したいのだが、うちの家計もいっぱいいっぱいだからなあ。

雨も降っているし、今日は一日家でのんびり。2週間分溜まっていたドラマを観て終了。明日からもあんまり天気良くないみたいだなあ。疲れはいつの間にか消えていた。だいぶ良くなってきたかな。