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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

昔のメールを読み返していたら懐かしいメールを発見した。今から18年前、2001年3月21日のメールである。その話を書いてみよう。

昨年末から過去の恋愛エピソードをいくつか書いたが、もう一つ笑い話(?)がある。夫婦ふたりともプロポーズの言葉を覚えていないという「プロポーズの話」は先日書いたが、実は私は他の女性にプロポーズしたことがある。しかもメールで、である。当然お断りされたのだが、付き合ってもいないのにいきなりプロポーズしたのだ。何を血迷っていたのだろう、などと我ながら思う。

あれは確か31歳の時だったか。私は2回目の休職中だった。1回目は3ヶ月休んだら回復してばりばり働いていたのに、半年でぶり返してまた休職し、今度はぜんぜん良くならずにとても落ち込んでいて、そしてとても焦っていた。自分はいつまでこんなところでくすぶっていなければいけないんだろう。周りの友達はどんどん結婚していくのに、自分はこんな訳のわからない病気を抱えて結婚できるんだろうか、そんなことを考えていた。

その頃はまだ私は自分の病気をカミングアウトしていなくて、ごく一部の友達だけに打ち明けていた。そのうちの一人の女の子が私のことをとても気にかけてくれて、頻繁にメールをくれたり、とてもいい音を出すバイオリニストがいるからとコンサートに誘ってくれたりした。一度誘われて、その時は都合がつかずに断ったのだが、その2ヶ月後くらいにもまた誘ってくれて一緒に行った。

そんな彼女の心遣いが嬉しかった。素直に嬉しかった。そして、こんなに優しくしてくれるなんて、ひょっとしたら自分と結婚してくれるんじゃないかと思い込んでしまった。ちょっと思い込みが激しすぎたが、それだけ追い込まれていた。そして冒頭に書いたようにいきなり「結婚してください」とメールしてしまったのだ。実際にはもうちょっと色々書いたけど、なんで直接でなくメールでだったんだろうとか、今となっては自分でも不思議である。友達としてはとても仲がよかったが、付き合いは長いものの別にお付き合いしているわけでもないのに、完全におかしくなっていた。好きだったというわけではなかったと思う(この辺自分でもよく覚えてない)。あくまでも友達だったのだが、お互いのことはよく知っているし、彼女となら結婚してうまくやれるんじゃないか、なんて勝手に思ってしまった。恋愛と結婚は別だと前々から思っていたのだが、それにしても相手の気持とかぜんぜん考えてなかった。よっぽど頭がおかしくなっていたんだろう。

彼女はとてもびっくりしたらしい(そりゃそうだ)。そして、気持ちは嬉しいけど自分はお付き合いしている人がいるので、と丁寧に返事をくれた。そんなことも知らずにプロポーズしてしまった。彼女は翌年その人と結婚して、今も幸せに暮らしている。自分と結婚していたらたいそう苦労させるところだった。

彼女はその後も私のことを気遣ってくれて、メールをくれたりした。結婚式にも出席してほしいと言われたのだが、式を関西でやるというので、申し訳なかったが辞退させてもらった。休職中の私はちょうどその結婚式の頃に職場復帰を目論んでいて、その時期に横浜と関西を往復するという負担を自分にかけたくなかったのだ。結局それまでの間にまた体調を崩したので職場復帰は叶わなかった。無理してでも結婚式に出席して彼女の晴れ姿を見ればよかた。

東京にいたその子は関西に嫁いでいってしまい、最近はほとんど連絡を取ってないが、今でも貴重な友達である。親交が断絶してしまわなくてよかった。ずっと友達でいてくれることに感謝である。

Sugar「ウェディングベル」。私が小学生の頃の曲かな。Sugarというユニット名は「しおらしくない」から来ているらしい。これは片思いの人の結婚式に出たという曲なのか、それとも「元カレ」なのだろうか。後者だとよけい酷かもなあ。今日書いた話以外に、私は昔ふられた女の子の結婚式に出席して、新郎新婦を交えてカルテットで歌を披露して、さらに2次会ではスピーチもしたという経験がある。もちろんその子とも今も仲良しである。


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