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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

カテゴリー:メンタルヘルス

この冬はずっと暖冬で過ごしやすいと思っていたのに、ここに来てこの寒さ。落差が激しくて震えている。暖房器具を使えばいいのだが、暖房費が勿体無くて使っていない。

 

体調はずっと悪い。「悪い」と「かなり悪い」の間を行ったり来たり。多少ましな日には外出することもできるが、ずっと1日じゅう寝ている日も多い。

 

いつになったら動けるようになるのかな。この調子がずっと続くのだろうか。

あいかわらず調子が悪い。年末年始もずっと調子が悪い。調子があまり悪くなければ、妻と一緒に妻の実家に顔を出す予定だったが、一日しんどくてぐったりしていた。

今年はもうちょっと調子が上がってくれないものかなあ。

かろうじて。

本当にかろうじて生きている。

10月の中旬から2ヶ月間、地獄だった。何もできない。ずっと寝たきりの生活。朝起きて顔を洗ったりひげを剃ったり、という当たり前のこともできなくなった。風呂も2日に1回なんとか入れればいい方だった。アトピーの塗り薬も塗る気力がなく、乾燥も相まってアトピーが全身悪化して大変だった。でも自力では皮膚科に行けず、妻に薬だけ取りに行ってもらった。

精神科の病院にだけはなんとか行った。3回もタクシーを使った。今は入院していた大きな病院にそのまま通院しているのだが、ちょっと遠いので痛い出費だった。

 

今年はさんざんな1年だった。正月は少しだけ調子がよかったが、一度調子を崩してから眠れなくなり、昼夜逆転状態になってから心身ともにぼろぼろになって4月に入院。クロノセラピーの治験やらなんやらやって一度はよくなったものの、また一気に悪化。なかなか良くならないので、最終手段として電気けいれん療法をやることにして、8月頭に同意書にサイン。そのスケジュールだったら退院は早くても10月になる予定だったのだが、いろいろ事情があって電気けいれん療法はやらずに8月末に退院した。

クリニックから紹介されてきた入院患者は、退院したらクリニックに返す。それがこの病院の決まりなのだが、実は自分には元のクリニックに戻れない事情があり、新しい病院を探さないといけない。そういう事情があるのと、病院側としても治療が中途半端な状態なので、年内を目処に引き続きこの病院の外来に通っている。その間に区役所の精神保健福祉士に相談して、次のクリニックは決めた。来年の1月に転院予定。

 

来年はどうなることやら。とりあえず転院先の病院と相性が合うといいのだが。

最近上がったり下がったり。いや、上がってはいない。下がりかけて、なんとか踏みとどまる、の繰り返し。ちょっとしんどい、という状態がずっと続いている。

しかし、昨日から踏みとどまれていない。ちょっとではなく、けっこうしんどい。しんどくて風呂も入ってないし、朝方は眠りが浅くて何度も目がさめた上に、大幅に寝過ごして光療法もやってない。毎朝6時半から7時半まで光療法をやるのが日課なのだが。そして朝から夕方までずっと横になっていた。食欲もあまりない。ちょっとやばい。

 

ここ数日、ちょっと外で無理をしてしまったし、めまぐるしい気温の変化に体がついていけない。自分は天候やら気温、気圧の変化に弱いのだが、最近は特に変化が激しい。毎日ずっとしんどい。

 

なんとか踏みとどまらなくては。

最近ブログの更新が滞っているのは、まだまだ回復していないからである。

書きたいことはたくさんあるのに、言葉が出てこない。文章を書くことができないのだ。思考能力がかなり衰えている。ずっと頭のなかに靄がかかっているせいで、何をどう書いていいやら。

なんとか眠れてはいるが、気力はなく、何をやっていいのかわからないし、何をやりたいのかもわからないし、何をやって一日が過ぎているのかもわからない。スマホ片手に地図を見ながら街中を歩き回るIngressというゲームにはまっているので、一日に2時間くらいは毎日歩いているのがせめてもの救い。

果たしてこの靄はいつか晴れるのだろうか。思考能力は戻るのだろうか。今は本すらも読めない。

 

21時半を過ぎてしまった。就寝時刻だからもう寝なければ。退院してから生活のリズムが乱れかけて、22時に寝ていると外来の診察で医師に話したら、遅すぎると言われた。とにかく気力面も含めて状態が上向くまで、入院していたときと同じリズムで生活しなければならない。せっかく改善した睡眠がまた乱れると、元も子もない。