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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

月別アーカイブ: 2019年2月

今日は9時半起床。8時50分に目が覚めたがその時は起きれず、定刻に。

メールチェックすると、私が公開している他のページへの質問が来ていた。私が使用している家計簿ソフトMicrosoft Moneyに、金融機関からダウンロードしたCSVファイルを取り込むためのExcelマクロを作成したという話を以前ブログに書いたところ、そのマクロがほしいという人がいたので公開したのだが(「CSVファイルをMicrosoft Moneyに取り込むExcelマクロ」)、そのマクロがうまく動かないとの質問。原因を調べたがよくわからなかったので、回避策を調べてメールで送信。無事動いたというメールが返ってきた。こういうのは久しぶりだ。エンジニアをやっていた頃を思い出す。嗚呼エンジニアに戻りたい。

午前中はいつもどおりネット巡回に動画を観て読書。今日は日曜日なので屋上の工事はないはずなのに、近くで道路工事だかなんだかわからないけど、それっぽい騒音がしてうるさい。はあ、工事ばっか。

午後からは図書館へ。2冊返して2冊借りてきた。前に借りたのは4冊なのでまだ全部読み終わってないのだが、天気もいいので散歩がてら行ってきた。予約している本もまだ全部揃ってないけど、用意ができている本だけを借りてきた。

本2冊

筒井康隆「カメロイド文部省」
池井戸潤「下町ロケット」

「カメロイド文部省」は筒井康隆の「自選短編集5」と副題がついている。今日読んだ「怪物たちの夜」が「自選短編集2」なのでそのシリーズ。「下町ロケット」は、下町の工場がロケットを作るという話・・・いや解説はいらんか。映画やドラマになった本はきっと面白いだろう作戦(?)で借りた本である。

帰りにはいつもの公園を半周して帰ってきた。今日は日曜日で天気もいいので割りと人がいた。ハーモニカを吹いてるおじさんがいた。腕前を披露してると言うよりか、譜面を見ながらつっかえつっかえ練習していた。家でやるとうるさがられるのかな。私はオカリナを吹くのが趣味だったが、近所迷惑になるのでもう10年以上吹いてない。昔入院していた病院では敷地が広大だったので、よくその敷地内で吹いていた。この公園だったら吹いても迷惑にならないかなあ。また音楽をしたいのだ。

図書館の近くの自販機にこんなものが売っていた。

アフリカ開発会議の水

「横浜市オフィシャルウォーター 第7回アフリカ開発会議横浜開催」。「はまっ子どうし」と小さく書いてあるが、これは横浜市の水源のひとつである道志川の清流水のことである。値段が電子表示なのでカメラでちゃんと写らなかったのだが、これで120円である。水道水ではないとは言え、富士山麓とか六甲とかよりも格段にブランド力が落ちる水に120円も払うかなあ。コンビニでも水は100円で売ってるよ。

夕方、筒井康隆の「怪物たちの夜」を読了。今まで読んだドタバタエログロナンセンスではなく、正統派のSFもしくはコメディー、ギャグ、ブラック、ホラーなどのショートショート集。おもしろい。1ページで終わる作品もあり、4コマ漫画を読んでいるようだ。ほとんどが自分が生まれる前の作品なのに、色褪せることなくちゃんと面白いのはさすがである。

本文との脈絡はないが、今日も昨日に引き続き宇多田ヒカルの動画を貼っておこう。「真夏の通り雨」。「花束を君に」同様、自ら死を選んだ母親を思って書いた歌。歌詞の一つ一つが深い。「いつになったら悲しくなくなる」「思い出たちが不意に私を乱暴につかんで離さない」といった歌詞に胸が痛くなる。「自由になる自由がある」という歌詞があるのだが、「自由になる自由」というのが自死を選ぶ自由と解釈されていたりと、とにかく意味深なキーワードらしい。最後の歌詞「ふりやまぬ真夏の通り雨」。「通り雨」なのに「ふりやまぬ」というのは、もし自分がそこで死んでしまったら、次の瞬間というのはない。だから「ずっとやまない」のだと、宇多田がNHKのSONGSで言っていた。

人は自由になる自由はあるのだろうか。自戒をこめて問う。

今日は9時起床。屋上の工事の音で起こされた。すぐ天井裏でドリルを使っているかのようだ。土曜日もやるの~?

午前中はいつもどおりネット巡回して動画を観て本を読んでいた。昼から妻がカトレアプラザに行きたいと言うのでお出かけ。カトレアプラザと言ってもぴんとこない人が多いと思うが、伊勢佐木モールの松坂屋のあったところにできた商業施設である。ゆずが昔路上ライブをやっていたあの場所である。わからんか。

その前に天下一品で腹ごしらえ。ふたりで来たのは久しぶりだ。いつもひとりで中途半端な時間に来るのですいているのだが、土曜日のお昼どきだったので混んでいた。いつもは見ないファミリーも何組かいた。今日はガッツリと豚キムチ定食。

天下一品の豚キムチ定食

天下一品の伝票って暗号だな。

天下一品の伝票

そしてカトレアプラザへ。妻のお目当ては小さな手提げバッグらしく、ダイソーフルルとミカヅキモモコを見たいとのこと。

ダイソーフルル。ダイソーの「ファンシーなものメイン」な店。

ダイソーフルル

ミカヅキモモコは300円ショップ。ここもファンシーなものメインなお店。

ミカヅキモモコ

カトレアプラザには時計のような謎の物体が壁にかかっている。時計ではないと思う。1の前がBなので、多分階数表示だと思うのだが、ここは3階までしかないし、これがかかっているのは2階なので2と3の間を指しているというのも謎である。

謎の物体

無事お目当てのバッグをゲットした後、昨日妻が母親に「近所の公園に桜が咲いている」という話を聞いてきたので、妻の実家の近くの公園へ行ってみたら、確かに咲いていた。義母によると河津桜らしい。早咲きの桜は他には熱海桜などがあるとのこと(今日の「王様のブランチ」情報)。

河津桜

河津桜

河津桜

そしてスーパーで買い物して帰ってきたのだった。今日は昨日と打って変わって日差しもあって暖かかった。このまま続けばいいな。

DA PUMP「桜」。「USA」が「洋」ならこちらは「和」な曲。「奈落だって裾だって人生の舞台」という歌詞がいいな。PRムービーなので途中で一度切れます。

今日は母の命日。今から8年前、2011年2月16日に母は69歳で亡くなった。早すぎた。もっともっと生きてほしかった。私は何一つ恩返しができてないのだ。母は最後の最後まで病床で私のことを心配していたらしい。ずっと心配ばかりかけてばかりいた親不孝者だった。「親孝行したいときには親はなし」という言葉が突き刺さる。母が亡くなったあとは喪失感でいっぱいだった。改めて母の偉大さを痛感し、母に感謝した。

うちはアニバーサリーみたいなイベントとは無縁の家族で、昔から父の日とか母の日とかに何もやっていなかったのだが、ある母の日、中学生の時だったか大学生の時だったか忘れたが、スーパーで花を売っているのを見て、ふとなんとなくカーネーションを1本買って帰ったことがある。母はそれをたいそう大事にして枯れるまで一輪挿しに挿していた。

母が亡くなる前年、うちの家族にしては珍しく母の日を祝う食事会が実家であった。兄や弟の家族、そしてうちら夫婦が集まったのだが、私は鉢植えの花束を持って行った。養分や水分がゲル状になって入っているお手入れ要らずのやつだ。母はそれがとても気に入って、幼稚園生だった姪が欲しがっても渡さなかった。思えばそれが最初で最後の母に捧げた花束だった。

母の三回忌のときだっただろうか、母が大切にとっていたという手紙を2通父が見せてくれた。そのうちの1通は私が母に送った手紙だった。と言ってもたいしたことは書いてない。お正月に横浜名物の崎陽軒のシウマイを送った時に、「今年もまんねりですがシュウマイ送ります。お体に気をつけてください」みたいなことを書いただけだった(実際はもう少し長い)。よく考えたら母に手紙なんてほとんど書いたことなかったので、そんな手紙でもとても大切にしてくれていたのだろう。兄弟の中では私は一番かわいがられていたし、遥か遠くの地でこんな病気になった私をいつも心配していた。最後の最後まで心配かけっぱなしだったことを申し訳なく思った。

天国の母は今でも私のことを心配しているかもしれない。いつになったら安心させてあげられるのだろうか。今の自分にできるのは、一日一日を一生懸命に生きることしかないのだ。

宇多田ヒカル「花束を君に」。宇多田が自ら死を選択した母親に捧げる曲。「普段からメイクしない君が薄化粧した」という歌詞から始まるが、これはもちろん死化粧のこと。私も次に帰省する機会があれば、母の墓前に花束を手向けよう。

今日は9時半起床。毎日書いてるが、今日も寒い。この寒さはいつまで続くの?天気予報では明日から少し気温が上がるような感じだが、最近の天気予報は当たってないからなあ。

午前中はいつもどおりネット巡回をした後、動画を漁ったり本を読んでいたりしたが、妻が「雪が降ってるよ」と言ったので外を見たら、けっこう降っているではないか。雪が降るなんて言ってなかったよ。寒いわけだ。今日は午前中から暖房を入れてしまった。電気代が怖い。

横浜は雪

昼食後、すぐに生協の配達があった。13時15分。今日は早いな。その後来週配達してもらうものをカタログから選んだ後、どこか外へ行こうと思った。できるだけ毎日行かなくては。しかし寒い。雪はやんでいたが、いかんせん寒い。どこへ行く用事もなく、モチベーションが上がらない。なにか美味しいものを食べに行くという手はこの間使った。お小遣いがもったいないのでそんなに頻繁には使えない。どうしようかな。ずるずると時間は過ぎていく。

ずっと本を読んでいたが、14時半になって動き出した。とりあえず着替えるだけ着替えてみよう。「着替える」というのは自分のスイッチの一つである。「あれもやってこれもやって、その次になにをどうして」と考えると途方もなくつらく感じるが、とりあえず目の前のことを1つ片付けると、じゃあその次、と続けていけることが多い。寒い寒いと言っても取って食われるわけではない(よくわからんな)。着替えることいくらいできるだろう。

そんなこんなで外に出た。吐く息が白い。寒いと白くなるのは当たり前だが、この間までこんなに白かったっけ?今日は特別寒いのか?そう言えば子どもの頃は冬になると吐く息が白くなるのは毎日だったような気がする。それに指がかじかんでシャツのボタンをとめるのに難儀した記憶があるが、最近はそんなことはない。昔より気温は上がっているのだろうか。地球温暖化の影響だろうか。

いつもの公園へ行って1周して帰ってきた。いつもは2周するのだが、1周した時点で「寒いよ寒いよ寒いよ」と体がかじかんでつらかったので挫折した。帰りにローソンに寄ってまた温かい缶コーヒーを買ってしまった。コンビニのドリンクは割高だから買わないことにしてるのに、この間から買ってばかりだ。でも体が芯から冷えていてすぐに温まりたかったので速攻で飲んでしまった。

帰ってきて一息。この寒さ、ほんといつまで続くの?でも去年はもっと寒かったような気もする。凍えそうなうちの風呂に入っていても、去年ほど苦痛ではない。去年は頭を洗ってるとそのまま体が凍りそうだった。寒さに慣れたのかな。それにしても、屋上の防水工事の音がものすごい。まるですぐ天井裏で工事をしているようだ。密閉型ヘッドホンで音楽を聴いていても、音楽がよく聴こえない。早く終わってくれないかな。

ローソンはひな祭り仕様。昨日までは多分バレンタイン仕様だったんだろう。流通業界は次から次へと大変だな。

ひなあられ

今日も寒いし昨日の材料が余っているので、昨日に引き続き鍋。今日はつみれを入れた。

鍋

中島美嘉「雪の華」。言わずとしれた中島美嘉の代表曲。この頃の中島美嘉は普通だなあ。だんだん魔女みたいになっていくのだ。

昨日の夜から清水義範の「接客セブンティーズ」を読み始めた。パスティーシュ作品100選のうちの1冊である。彼のパスティーシュ作品は学生時代からずっと読んでいて、おそらく読み尽くしたのではないだろうか。もう25年くらい前なので、また読み返してみようと借りてきた。

パスティーシュとは「文体模写」と呼ばれる。パロディと似ているが、パロディがオリジナルの模倣をしつつ、その中に皮肉や風刺などの意味合いを込め、それをユーモアにするのに対し、パスティーシュは純粋に真似ることそのものでおかしさを表現する手法である(内容的にシニカルなものはある)。模倣される対象は、有名な文筆家だったり論文だったり取扱説明書だったり入試問題だったり旅の紀行文だったり、と多岐にわたり、清水義範の場合は日常の風景など文章ではないありとあらゆるものがこれまた模写される。どれを読んでも「あるある感」(あるいは「あるわけないだろ感」)満載なのである。そしてその内容がまた滑稽で面白い。爆笑必笑の世界である。

この本の三話目に「秘湯中の秘湯」が掲載されていてひときわ懐かしかった。実は私が初めて手にした清水義範の本が文庫本の「秘湯中の秘湯」で、これは本当に温泉の本を探していたときに、そういう小説とは知らずに間違えて買ってしまったのだ。そして読んでみたら抱腹絶倒だったので、一気にファンになってしまった。こういう勘違いから世界が広がっていくというのもまた楽しい。清水義範はだんだんパスティーシュ作品を離れて違う路線に行ってしまったのでちょっと残念。その方面の小説も面白いんだけどね。

岡崎体育「MUSIC VIDEO」。「MUSIC VIDEO」という名前のミュージックビデオ。それこそMVを見ながら聴かないと意味がない曲だ。岡崎体育の歌って面白いな。業界をおちょくっている曲が多い。この「あるある感」はパスティーシュ作品を読んだときの面白さに近い。