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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

カテゴリー:メンタルヘルス

最近は夢を見ない。いや、見てるのかもしれないが、内容をさっぱり忘れているのだろう。しかし、今朝はいくつかの夢を覚えていた。
 
理由はわかっている。なぜか目覚ましをセットしていないのに目覚ましが鳴って、それを何回も止めたからだ。目覚ましが鳴った理由はわからないが、何回も鳴ったのは、元のスイッチをオフにせずに、上のボタンを叩いて止めただけだったからだろう。こんな風に、無理やり起こされた時には、夢を覚えていることが多い。そして、無理やり起こされた時には、ものすごくしんどくなって、一日中体調が悪くなる。だから私は目覚ましをかけずに自然に目が覚めるのを待つことにしている。
 
夢の中では、自転車を必死にこいで前の前に働いていた会社に到着した。実際に会社の最寄り駅からチャリで通勤していた。しかし、自転車を止めた時に、中から「はまーさん、辞めたのに来たわよ」という声が聞こえて、ああそうだった、もうここには用がないんだった。と気づいてとぼとぼと引き返した。
 
もう一つの夢では、学生時代の友達3人と食事に行って、みんな豪華なメニューをオーダーしているのに、自分だけ「俺、金ないから」と言って(なぜか牛丼屋の)牛丼1つ、と注文した。その後、中間部分はよく覚えていないが、確かいったんその場から逃げさって、もう一度戻ってきて自分も豪華な食事をやけくそのように食べていた。
 
深層心理、というほどのものではない。未だに体調が安定しなくて仕事を探すことすらままならない焦りと、どんどん貯金が減っていって正直やばいので、外食もほとんどすることもなくなり、できるだけ切り詰めていろんなことを我慢していることが多いから、その願望がそのまま出たようだ。そして「なんで自分だけ」という要素も夢の中に取り込まれている。別に苦労しているのは自分だけではないのだが。
 
精神的には相当追い詰められているようだ。開き直ろうとしても、心は正直である。焦りで充満している。それが夢の中であんな形で出てきたのか。学生時代の友達3人も、あれは友達というわけではなくて、かつての自分を投影した姿だったのかもしれない。
 
 
体調のことについては最近あまり書いていなかったが、極めて悪い状態が続いている。もちろん波があって、昨日のように夕方に歯医者に行くようなことができることもあるし、夕方になってもしんどい日も多々ある。今週の月曜日は尋常でないくらいに調子が悪くて、通院日だったのに病院に行けなかった。しかし、病院がお盆休みに入ってしまうので、キャンセルすることもできない。最後の手段として妻に代理に行ってもらった。
 
他の受診科では「代理診察」というのはあり得ないが、精神科の診察は、診察といってもほとんど問診である。その時の患者の様子や表情なども医師は見ているが、前回の診察からその日まで、体調がどんな様子だったか、ということを自分で話すのがメインである。その状態を走り書きだがなんとか紙に書いて、妻に持って行ってもらった。その内容に加えて、私の状態について妻が気づいたことを2つくらい補足したようだ。こうでもしないと、薬がきれてしまうのだ。お盆休みに入ってしまったら、最低1週間は薬が切れた状態になってしまう。
 
なかなか安定してくれないなあ。トンネルの出口が一向に見えない。

今日は起きたのが11時前だった。
無理もない、昨日は寝たのが午前3時を過ぎていた。
夜になると無駄に頭が冴えて、ブログをいじくったり、最近はAjaxの勉強をしたりしているのだが、それがおもしろくて、「ついもうちょっと」がだらだら続き、結局夜更かしが過ぎる結果に。
 
まず「早寝早起き」という生活習慣から改めないと、調子がいいだとか悪いだとか言ってられないのに、全くもって自業自得である。そういう状態の自分をコントロールするのが、自分の永遠の課題のような気がする。
 
夜XX時以降はPCを起動しない、などと決めてしまうのは簡単だ。しかし、それは根本的な解決にはならない。本質的なところは、「区切りが悪くても、途中で中断する勇気」を手に入れることだから。
 
ところで、昔テレビでどこかの僧侶が
 
「自業自得」という言葉はもともと仏教用語で、自分の行い(業)が、自分の利益、不利益(得)につながるということ。だから、「一生懸命勉強して、志望大学に合格しました」というのも自業自得のひとつ。
 
というようなことを言っていた。もちろん今では「自業自得」という言葉はネガティブな意味で定着しているので、実際に「それはよかったですね。自業自得ですね」などと言ったら白い目で見られるのがオチだろう。
 
良い行いが自分にとって良い結果をもたらす。本来の意味での「自業自得」のために、まず「今日はこの辺で切り上げる勇気」をもてるように努力しよう。

一昨日は元気にウォーリーを探したりしていたのに・・・・、
 
今日はストンと落ちた。朝、起きた瞬間からしんどかった。
 
昼を過ぎてもしんどかったが、今日は15時にメンタルクリニックの予約が入っている。しんどい、どうしようか、キャンセルして予約を変更するか、う~ん、ぎりぎりまで努力しよう。
 
ずっと横になっていたが、そうだ、自律訓練法を忘れていた、と思って自律訓練法を始めた。30分くらい両手足に意識をぐるぐる回していたら、なんとか少し動けるようになったので、重い体をひきずって病院へ。帰ってきたらぐったり。でも行けてよかった。
 
自律訓練法というのはご存知の方も多いと思うが、一種の自己催眠である。しかし、自律訓練法を自己流でやるのは危険。両手足の重量感と温感まででにした方がいいらしい。今の主治医からも、前の病院の臨床心理士からも同じ事を言われた。両手足のあとの腹部の温感やそれ以降のステップは、自律訓練指導士の管理の元でやらないと、心と体のバランスのバランスが崩れて危険らしい。それから、消去動作をちゃんとやらないと、これまた危険とのこと。
 
危険って、実際にはどうなってしまうんだろう。

今日、朝起きたらめっちゃしんどかった。
 
しんどくてずっと寝ていた。
 
昼はちょっと起きて、昨日の夜中に録画しておいたサッカーの試合、なでしこ対フランス代表を観戦した。負けてよけいへこんだ。
 
夜になってもしんどい。少し回復したと思ったのに、また落ちてしまった。昨日までの猛暑から一転、今日は気温が下がったからだろうか。暑いからブログのデザインをクールにしてみたのだが、戻せというのか?(いや、誰もそんなことは言ってないと思う)
 
そして、不覚にも昨日、また年をとってしまった。何も成長しないのに年だけとっていく自分が悔しい。来年こそ年はとらないぞ、と去年誓ったのに。こうなったら、もう死ぬまで年はとらない!
 
て、よくよく意味を考えたら怖いこと書いてるな、自分。深い意味なぞ何もないのだが。

めちゃめちゃ調子悪い状態は脱したようだ。
でもまだ油断ならない。外へ出てどこかへ行くという気力が全く起きない。
しかし、新聞を読んだりテレビを観たり、ブログを改造するくらいはできるようになった。
 
というわけで、Ajaxを使って左サイドバーのアーカイブ一覧を、プルダウンから年別一覧にした。年をクリックすると月が開く。
 
しかし、デザインを変えてさんざん微調整をしたが、どうも画面全体がごちゃごちゃしている。背景のコルクボードも、最初は凝ってていいかと思ったが、今となってはちょっとうざい。バックが濃いから文字も太字にしないと見づらかったりして、よけいにうざい。あちこちバランスも悪い。その割にナビゲーションがトップの位置になくて使いづらい。他のいろんなサイトを見てみたが、もっとシンプルな色使いの方が断然見やすい。
 
自分にはデザインのセンスがないので、またどこからのサイトからフリーのテンプレートを持ってきて、四苦八苦しようか・・・。