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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

カテゴリー:日々の出来事

昨日からいきなり寒くなった。最高気温が前日から10℃以上下がった。

そして、その結果というか何というか、昨日は出勤できなかった。昨日はシャツ一枚着替えることもできなかった。
 
しょぼーん(´・ω・`)
 
そして今日は、11時半から目医者で視野検査の予約が入っていた。
 
私の眼の奥は「視神経乳頭陥凹」といって、眼球の奥の視神経が集まっているところがボコっと凹んでいる。そうなっていると緑内障の疑いがあるのだが、緑内障ではなくても凹んでいる人はいる。緑内障になると視野が欠けてくる(狭くなるというのではなく、見えていない部分が広がるといった感じらしい)ので、視野検査をする必要がある。
 
それで、私の場合は今のところ視野検査で異常はなく、1年に1回くらい念のため検査を受けてください、と言われていた。が、2年以上受けていなかった。検査機器が一台しかないため、視野検査は完全予約制である。
 
という訳で、朝11時前には家を出ないといけないのだが、朝はとてもつらかった。寒いししんどいし、ちょっと今日は無理かも、とあきらめかけたのだが、
 
 

「ここで負けてたまるかああああ!!!」

 
 
と雄叫びをあげてそのままの勢いで着替えて準備をして家を出た。眼科には無事に着き、検査結果も異常なしだった。それから昼食を食べて会社へ。
 
しかし、その時点でちょっとへろへろだった。頑張って仕事をしようとしたが、2時間でギブアップ。早退して帰ってきた。
 
今週出勤できたのは5日のうち2日と半分。打率5割と考えると、まあいいとしよう。

昨日facebookに登録した話を書いたが、いろいろ機能がわかってきて、書いた情報が間違っていたことがわかった。なので昨日の訂正。

 
自分が書いたものは誰でも見られるわけではなく、公開範囲を「友達」に限定したり、それ以外にも自分で「友達リスト」をいくつか作ってカテゴライズし、ある特定のリストの人たち限定で書き込みを公開できることもわかった。この辺りは twitter や mixi よりも柔軟性があるようだ。
 
そんなこんなしているうちに、「友達」は40人まで増えてしまった。本当に何年ぶりかで「お久しぶり~、今どうしてますか?」程度の挨拶を、何人もの人と交わせて嬉しかったが、数だけ増やせばいいという訳でもないので、とりあえずリクエストを送るのは今日までだけにした。
 
それにしても、みんな元気そうでよかったよかた。

アラブの春を巻き起こしたりなんだかんだ話題の、facebookとやらに登録してみた。

実名をネットに晒すということに今まではどうも抵抗があったのだが、facebookをやっている友人から、けっこうみんなやっているよ、と聞き登録してみた。
 
登録してびっくり。予想以上にたくさんの知り合いが登録しているではないか。確かにこれは実名だからこそわかることだし安心できることでもある。相手がどこの誰か、わかっているのだから。
 
という訳で、片っ端から友達リクエストを送ったりしたところ、本当に久しぶりの人たちとネット上でお久しぶりの挨拶ができたりした。大学の合唱団関連の知人から、社会人になって知り合った合唱関係の人たち、高校の同級生、大学の研究室の先輩、以前所属していた山岳会の友人など、あっという間に「友達」は増えた。
 
確かにこれはツールとしては強力なものだが、一歩間違えると大変危険なものを感じた。下手なことを書くと、facebook上の「友達」みんなに伝わってしまうし、「友達」以外も私の書き込みを閲覧することができる。ある意味twitterよりも恐ろしいかもしれない。
 
twitterと言えば、お笑い芸人の宮川大輔が、先日twitterでDM(宛先を指定した本人だけに届くtweet)に、自分の携帯の番号とメールアドレスを書いて返信したところ、誤って普通にtweetしてしまい、大騒ぎになったという事件があった。ネットでも炎上していて、結局携帯の番号とアドレスを変えたそうだ。
 
こういうツールに手を染めたからには、そういうリスクがあるということを意識しながら、慎重に情報発信していくべきなんだろうな。

昼よりも夜のほうが暑い。

大雨警報まで出るほどの雨だったのに。
先週はあんなに寒い日があったのに。
 
明日の最高気温は24℃の予報。
おいおい、もうすぐ12月だぜ。
 
体がついていけない・・・。

今日もしんどくて会社に行けず、2連敗。明日こそ会社に行ってやる。必ずや。

 
それは置いといて。
 
先日の日曜日、合唱団の演奏会を聴きに行った。私も一瞬だけ所属していた合唱団で、学生時代に入っていた大学の合唱団のOB/OGが中心となって結成された合唱団である。大学は京都にあったので、本家のOB/OG合唱団は京都で活動しているのだが、その関東組であり、姉妹合唱団である。
 
演奏会はとてもすばらしかった。前回よりも人数は減っていたのだが、その実力は更にも増していて、聴いていてとても嬉しかった。
 
嬉しいことはそれだけではない。OB/OG合唱団なので、演奏会には知り合いが多く来ていた。同期の友人や先輩や後輩、とてもたくさんの人たちに久しぶりに会えることができた。それが何よりも嬉しかった。10年以上ぶりの人も何人もいたと思う。本家の関西からわざわざ聴きに来てくれた人たちもいた。
 
そして昨日、もう一つ嬉しいことがあった。
 
今年の2月に母が亡くなったので、喪中につき今年は年賀状は出さない。その喪中欠礼のはがきを毎年年賀状をやり取りしている方々にお送りしたのだが、そのうちの一人から、お悔やみのメールが来た。
 
そのメールをくれたのが、先に書いた大学の合唱団の同期で、私と一緒につるんでよく遊んでいた仲良しの友人であり、私が天才だと思う人間の一人である。彼は東大でしばらく研究をしたあと、別の大学に移って研究を続けていたが、2年前に倒れて生死の境をさまよった。アメリカの科学雑誌「サイエンス」にも論文が掲載された優秀な研究者で前途洋々だったのに、なんで彼が、と私は嘆いた。
 
その後、意識を取り戻して、やっと自分の名前が言えたり、手でグーチョキパーができる状態になったという。しかし、社会復帰にはかなり時間がかかるだろうと言われていたらしい。その後彼が今どうしているか、ずっと心配だったが、怖くて誰にも聞けなかった。
 
そんな彼からのメール。しっかりとしたメールが書けるようになっているだけでも嬉しかったのに、今では大学に復帰して研究を続けているようで、自分の考えていることをつれづれと書いているようなWebページを作成したのでよかったら見てくれ、というので見てみると、、、、、、、、
 
ものすごい量で、まだ全部目を通せていないが、研究のことから音楽のこと、事業仕分けからお笑いに至るまで、実に多岐にわたっていろんなことが彼の言葉で語られていた。私が知っている天才の彼がそこにいた。彼は帰ってきていた。信じられないほどの回復力で、死の底かから這い上がってきていた。天才は復活していた。
 
さあ、今度は彼との再会を果たす番だ。いつの日になるかわからないが、明日を信じて生き抜く力を彼からもらったような気がする。