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鬱るんです
躁鬱病の元ITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、派遣のエンジニアをやったり小さなIT企業でほそぼそと働いたり、Web制作事業を立ち上げようとしたりしたが、今は就労継続支援B型事業所でリカバリーを頑張っている毎日。

月別アーカイブ: 2012年11月

昨日はそんなに調子は悪くなかった。
しかし、夜の何時頃だっただろうか、お気に入りの肘掛けつき座椅子に座って、DSでゲームをしていたところ、急にしんどくなってきた。いつの間にかうつらうつら寝てしまっていたような気がする。

寝室に行って倒れこむように布団に潜り込んだ。妻が少し驚いたようで「大丈夫?」と聞いてくるのだが、大丈夫なのか大丈夫でないのか、自分でもわからない。妻が寝る前の薬を持ってきてくれて、それを飲んでそのまま泥のように寝た。泥って寝るのかなあ。

朝は8時頃に普通に起きれた。特にしんどくはない。昨日に突然来たあの疲れというか、だるさというか、不調はなんだったのだろう。そう思って朝の時間を過ごしているうちに、11時頃だっただろうか、また急にしんどくなり、そのまま布団へ。2時間くらい寝ただろうか。妻に起こされて、少ししんどいが起きて昼食を食べた。なんなんだろう、この「何もしてないのに急にしんどくなる」というのは。いつもとパターンが違う。

そして、今日の昼からずっと頭の中がぼんやりしている。気がつくと、頭の中はまた過去のことを思い出して、

「あのときの自分はなぜあんなことを・・・」
「あのときのあの人はいったい何を・・・」
「あのときに自分がああしていれば今頃は・・・」

などと考えている自分がいる。楽しい思い出に浸っているわけではない。自分の過去のことで、心にずっと引っかかっているようなものがいくつもある。しかし、普段ならそんなことは記憶の奥深くに眠っているのだが、なぜか自分の心が郷愁モードに入った時に、「懐かしむ」のではなく、こういう「ずっとひっかかっていたこと」が気になりだす。なぜかわからないが、勝手に頭に浮かんできて離れないのだ。

「あのときの自分に会って直接聞いてみたい」
「あのときのあの人に会って、直接話がしたい」
「あのときに戻って、別の選択肢を選びたい」

などと、非現実的な願望に頭が支配されている。

つい先日、友だちとメールを何回かやり取りして、自分がいかに過去の出来事に執着しているのかが少しわかった。しかし、わかったところですぐに自分を変えることは難しい。今日のように、いつの間にか「頭の中にタイムマシン」モードに入っていることがやはりある。

思えば、今のような境遇になる以前の自分はこんなことはなかった、というわけではない。昔から自分はぽっかり心に穴が開いた時、よく「あのときは・・・」モードに入っていた。これは性格というか、「心の癖」なのだろう。今の現実がつらくて明るい未来が見えてこない、ということが、その「心の癖」に拍車をかけている。

自分を変えることができるのは自分しかいない。過去は変えることができないが、未来は変えることができる。だから、過去のことにとらわれずに、これから先のことについて、自分は何をすればいいのか、自分はどうあるべきなのか、現実世界の自分自身と対峙しなければならない。

それでも、「心の癖」はすぐには変わらない。気がつくと、「あのときにああしていた自分の姿」が存在するパラレルワールドを頭の中に描いている。空想癖は昔からだ。

退院してから2週間が経つ。

入院中にはいろんな検査をしたのだが、その時に首のレントゲン写真で異常が見つかった。首の骨と食道の間の組織が腫れているそうだ。(と言われて写真を見せられたが、よくわからなかった。)この腫れが大きくなってくると、神経を圧迫して両手足が痺れたり麻痺したりする。一時的なものかそうでないのか、原因は何なのか、その時点ではわからなかった。退院時には経過観察ということで、2週間後にまた検査をすることになっていた。

今日改めてレントゲンとMRIの検査をしたところ、腫れはひいていて正常になっていた。beforeとafterの写真を見比べると一目瞭然だった。一時的なもので、心配ないでしょうとのこと。とりあえずホッとした。原因は特定できなかったが、自殺未遂をしてから自分が目が覚めた時に、口に大きな管が入っていて両手足が拘束されており、パニックになって頭をがんがんと打ちつけたからかもしれない、と話すと、医師もその可能性が一番高いですね、とのことだった。

とりあえず、不安要素がひとつ減ってほっとしている。医師も看護師もその他のスタッフや事務の方たちなども、みんな優しくていい人だった。病院自体もとても綺麗で設備も新しいみたいだった。院内のレストランのカレーを今日食べたのだが、これが超うまかった。次に救急車で運ばれる時には、ぜひまたこの病院をお願いしたい。

・・・・・・・いやいや、救急車はもうごめんである。救急搬送されたのはこれで4回目。入院にいたっては8回目。決して好きで病院に行ってるわけではないのだが、何の仕事も趣味もない今、自分のスケジュール帳にはいろんな病院の通院予定が書いてあるだけ。今回、またひとつ診察券が増えた。こうなったらコンプするのだ。(意味不明)

昨日の日記で、

それにしても今日は雨が降って寒かった。予想最高気温は18℃だったのに、とてもそんな気温ではない、夕方の天気予報によると、明日の予想最高気温は18℃で今日より4℃高いとのこと。これが繰り返されるのだろうか?

と書いたが、今朝の天気予報をネットでチェックしたら、

「神奈川県東部 最高気温12℃」

性懲りもなく。

今日はメンタルクリニックへの通院日だった。通常は2週間おきだったが、自殺未遂をしてからマメに通っていて、今日は1週間ぶりだった。抑うつ状態が残っている状態からだんだん安定してきて、昨日はちょっとイラッとしたけど頓服を飲んだら落ち着いた、という話をした。この調子で続けていきましょう、ということで、次の通院は従来通り2週間後となった。ただ、調子が悪くなったらすぐに病院にいくつもりではある。

 

それにしても今日は雨が降って寒かった。予想最高気温は18℃だったのに、とてもそんな気温ではない、夕方の天気予報によると、明日の予想最高気温は18℃で今日より4℃高いとのこと。これが繰り返されるのだろうか?

 

寒いのは気温だけではない。お財布も相当寒い。貯金はあと何ヶ月もつだろうか。ある程度のシミュレーションはできても、予想できない臨時出費もあるだろう。今回の自殺未遂での入院も、結果的には健康保険が適用されて、高額医療費の制度も使えたが、それでも数万円はかかってしまった。

 

予想されている臨時出費としては、来年の2月に母の三回忌があるので、夫婦二人で横浜と大阪を往復するための交通費。あと3ヶ月だから、よほどの臨時出費がない限りまだ多分大丈夫だと思う。しかし、その後は当分大阪に帰れないかもしれない。せっかくだから、関西方面の友だちとも会っておきたいとか思っているが、財布よりも体調のほうが問題だ。今まで一周忌にもお盆にもお彼岸にも体調不良で帰れず、今までまだ一度もお墓参りができていない。なんとか大阪に帰れるあいだに、お墓参りをしないと母に申し訳ない。この前はあやうく直接会いに行くところだった。

 

横浜は2010年に東京を抜いて、日本一物価が高いという。食費もなかなか抑えられない。

きゅうり

きゅうり一本70円近くするのって、いったいどういうことだ。他の地方ではいくらくらいなのだろうか。

今日、ちょっとイラッとすることがあった。普通ならそれくらいの「イラッと」は、そのまますぐに忘れてしまう。しかし今日は、その「イラッと」がずっと続き、「イライライライラ」にだんだん変わってきた。

やばい。

この感覚は。

と思って、鎮静剤の頓服を飲んだ。そのままゲームに没頭していたら、そのイライラが治まった。

あのままだったら自殺未遂をする前の数日間のように、突然「ブチッと」キレてしまうような気がした。

最近はキレルこともなく、鎮静剤を使うこともなく、割と安定していた、と思っていたが、まだまだ心のなかには悪魔が潜んでいる。

「イラッと」には注意しよう。同じ過ちを犯さぬために。