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鬱るんです
躁鬱病の元ITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、派遣のエンジニアをやったり小さなIT企業でほそぼそと働いたり、Web制作事業を立ち上げようとしたりしたが、今は就労継続支援B型事業所でリカバリーを頑張っている毎日。

月別アーカイブ: 2001年10月

寝薬が減ったのはいいが、夜中に目がさめる回数が増えてしまった。目がさめると言っても、ぱっちり目がさめるわけでもなく、そのまま寝られなくなるわけではないが、「まだ夜か」「まだ夜か、朝まで長いな」とぼ~っと思ってまた寝てしまう、というのが何度かあった。ただ、眠りが浅いわけではなく、そこそこ深く眠れた気はする。一度時計を見ると4:00過ぎだった。その後もう一度寝て、何度か目をさましかけたあとに、ざわざわしてきたので時計を見ると6:00前だった。今日は採血、採尿だったと思い出し、採尿コップを持って起きてきた。今日はあっさり起きれた。

通常の検査に加えて甲状腺ホルモンの検査と抗原検査があるので、5本も血を取る。多いなあ、何回刺されるんだろうと思ったら、一回で済んだ。すんなりと血が出ていく。H看護婦もうまい方だな。採血のあと、その足で体重を計ってみると64.5kg。体重は少しずつ減っている。病室に戻って着替えて洗面し、この日記を書いているところでI看護士が来て脈を計っていった。80だった。朝から80と言うのは私にとってはやはり高い。

メールチェックすると17通も来ている。そのうち15通が山岳会のMLだ。会の祭りが近づいてきたのと、お試しの会員の自己紹介などでにぎわっている。こういうメールを読んでいると、もう自分は取り残されたような気がして寂しい。クライミングにしてもみんなどんどんレベルアップしているようなのに。

朝食後、シーツ交換を済ませてからオカリナを吹きに音楽堂へ行く。今日もギャラリーはいないので、思う存分吹いてから帰ってくる。戻ってきて外出の準備、はすでにしてあったから外出届をもらって外出。家に戻ってちょこっとだけ片づけをして帰って来よう。

家に帰ったら、まず「入院前からたまっている流しの洗い物」に取りかかる。う~ん、すごい。カビだらけだ。必死に洗う洗う洗う。こするこするこする。なんとかきれいにしたものの、鍋の底についた紫色のカビがどうしてもとれない。どうすればとれるかわからず、煮沸消毒してみようと思って鍋に水をいっぱいにし、洗剤を入れて火にかける。沸騰して吹きこぼれそうになったところで弱火にしてそのまま置く。その間に「入院前からたまっているたたんでない洗濯物」をたたもうとしたが、長い間床に放り出しておいたままなので、もう一回洗い直した方がよいと思い、洗濯機に放り込む。そして前の外泊で洗濯して乾燥機に放り込んでおいた洗濯物を出してたたみ、整理する。

その他は、「捨ててもいい」あるいは「明らかにゴミ」と判断できるもので目についたものをどんどんゴミ袋に入れていく。家計簿ソフトに入力するために、クレジットの明細を整理して直近のものをデイパックに入れる。こういう明細の類もずっと前から整理せずにぐしゃぐしゃに置いてあるが、とりあえずクレジットの明細だけ今日は整理した。他の電話料金や電気代は今度にしよう。やっているうちに病院の領収書を発見した。今年の分だ。この分だと他にもどこかに埋もれている領収書があるかもしれない。

それから、今週の日曜日に友人の女の子の送別会&結婚祝いの食事会があるので、その場所をネットで調べて地図を印刷したり、山岳会の掲示板に書き込みをしたりしているうちに時間は過ぎ、洗濯が終わったので乾燥機に放り込む。これが終わるのを待っている時間はないので回しっぱなしで家を出る。

昼食を摂ってコーヒーショップに寄り、コーヒーの豆をその場で挽いてもらって買う。ちょっと値が張るが試しにキリマンジャロを買ってみた。どれだけ自分が味の違いがわかるなあ。わからなかったら今度からは安い豆でいいや。

バス停に着いて病棟に戻ろうとしたところ、グランドを突っ切ろうとしたらグランドでソフトボールをやっているのが見えた。よく見るとうちの病棟の連中だ。N看護士が一緒にやっている。私を見つけて「やあ、一緒にやる?」と言うので「やりますやります」と言って急いで病棟に戻り、外出届を返して病室にデイパックと上着を置いてまたグランドに走っていった。フリーバッティングを10本、その後守備をやった後、また5本売った。今日はけっこう当たりがよかった。勘が戻ってきたようだ。少し疲れて帰ってきたが、いい運動になった。発散できてよかった。

戻ってからN看護士が風呂に入らせてくれた。家で入って来ようと思って忘れていたのでよかった。

夕食の10分ほど前、「病棟の担当医、及び婦長からお話したいことがありますのでホールにお集まりください」と放送が入る。集まって話を聞いたところ、毎日の連絡会で患者の意見を吸い上げているが、そのときは准夜勤の2名しかいないので、話が上までちゃんと伝わらないことが多く、直接婦長とここの病棟の担当医を交えて話し合う場を設ける、という話だった。それは毎週火曜日の13:30から行うことにし、毎日の連絡会は廃止するという。今まで連絡会で伝えていた当番や検査などの伝達事項はあらかじめ個別に本人に伝えると言う。これはいろんな人が「いつまでたっても修理されない空気清浄機」に文句をつけたりした結果、そういうことにしたらしい。火曜日の「患者懇談会」は月曜日に司会を看護婦が誰か患者から選出し、「患者主体」で進めて行きたいとのことだ。直接婦長や医者に生活環境などについての意見を言える場ができたのはいいことだが、Qさんは「私ごとだけど、毎週火曜日はミーティングで外出するので、自分が言いたいことを誰かに伝えたいときのジョイント役を明確にしてほしいし、そこでどういう議題があってどういう内容の話がされたのか、後からきちんとわかるようにしてほしい」と意見した。それはもっともだろう。それをどうするかも議題になるかもしれない。

夜はそのQさんと延々と話をした、というかQさんの話を延々聞いていた。この人も喋り出すと止まらない人だ。いろいろな仕事の経験話を聞いているとおもしろい。いわゆる、いろいろな「現場」で働いていた人の話はなかなか聞く機会がないから、リアリティがあっておもしろい。電力会社の鉄柱を立てる仕事の話など、おもしろかった。

S君と卓球やったり、また喫煙所で話をしているうちに20:00になり、さっさと病室に戻って就寝準備をしてしまった。メールチェックして、今は20:20。就寝時間まで日経オープンシステムでも読もう。明日は体育館レクだ。

朝、また起きれなかった。起床の放送が入って目がさめたが、体は重い。なんとか少しずつ「目覚めのヨーガ」をやって体を動かしていったが、途中で挫折してまた寝てしまった。ラジオ体操を知らせる放送でまた目がさめたが起きれず、服薬の放送でも起きれず、結局T看護婦が病室まで呼びに来たとき、なんとか伸びをして起きることができた。寝付きは、まあ悪くはなかったんじゃないかと思う。夜中もほとんど目を覚ました記憶がない。

喫煙所で一服した後、新聞を見ようとテレビのコーナーに移動する。1ヶ月近く前に入院した女性のTさんと話をする。Tさんとは今朝も洗面所で話をした。20代後半か30代前半だと思っていたら、明日で39歳になるという。若く見える。「私、まだ少女なんです」彼女は言う。「15歳のときと、25歳のときに、男の人に変なことされたんです」彼女は突然喋りだした。どうやら15歳のときに同級生か誰かから性的な行為をされてびっくりしたらしい。それから25歳のときにつきあっていた男性が、変態的な性的要求をして、嫌なのになすがままにされていたと言う。変態的な、というのは女性器を30分くらいなめられたとか、精液を顔にかけられたとか、どこでもかまわずキスをしたがるとか、そういうことらしい。それで彼女は男性不振に陥ってしまったらしい。でも、私とは普通に話をしている。「ここのお兄さんはいい人ばかりですね」以前にも彼女はそんなことを言った。「本当に男らしくて、一本筋の通った人って、世の中にいるんでしょうか」そんなことを言うので「そりゃあ、いくらでもいるでしょう」と答えるが、果たして本当に「いくらでもいる」のかな。最近は「一本筋の通った」たくましい?男性は減っているのかもしれない。「一緒に頑張りましょう」お互いにそう言う。

その後、音楽堂へ行ってオカリナを吹いていると、Hさんが来て少し離れたところに座った。一曲吹き終えて私が「おはようございます」と挨拶すると、向こうも挨拶して「どうぞ気にせずに吹いてください」と言うので、適当にいろいろ20分ほど吹く。今日は作業療法なのでそろそろ戻ろうかな、と思って「もう戻りますけど」と声をかけると、「一緒に戻っていいですか?」と聞いてくるので一緒に歩く。今日は賛美歌を歌いに来たのかと思ったら、私が出ていくのが見えたので、うちの下の病棟の彼女が追いかけてきたらしい。いつの間にか私のオカリナのファンになってしまったのか?ちょっと嬉しい。

作業棟へ行っていつものメニューをこなす。今日はWさんは外泊でいないので、壊れていない方のマシンを使う。体力テストは「6段階中の3。普通」で、最近はコンスタントに3が出るようになってきた。この間喘息が出た件で内科医と面接するため、トレーニングは30分1セットで切り上げたが、消費カロリーが190kcalを超えた。今までの最高記録だ。

昼食時、院内のミーティングから帰ってきたKさんがいきなり苦しみだした。ものすごい勢いでぜいぜい息をしている。看護婦が来て「ゆっくり大きく深呼吸して」と言い、ナース室に連れていき、ビニール袋を口にあてる。どうやら過呼吸らしい。その後処置室に連れていかれた。昼食が終わって一服し、戻ろうとすると、立ち直ったらしいKさんが食事をしようとしている。「大丈夫ですか?」と聞くと「過呼吸だった」と言う。どうやら発作は治まったらしい。話を聞くと、ミーティングで子供のことやらいろいろ考えることがたくさん出てきて、頭がそれらでいっぱいになってパニックになったらしい。精神的な原因で過呼吸が起こるらしい。隣のベッドのSさんは「Kさん立ち直りが早いなあ」そう言うので「Sさんも過呼吸になるんですか?」と聞くと、「俺の場合は職場に行くとああなる」と言う。Sさんの場合はそういう状態になると、「いきなり注射」らしい。つまりKさんほど立ち直りは早くなく、病院に連れて行かれて注射されて治まるらしい。やはり精神的なことが原因なのだろう。

日経オープンシステムの8月号を読み終え、9月号を読み始める。いくつかの小記事を読み終え、特集記事「2001年版モバイル・システム構築法」を読もうとしたところで休憩する。ホールに出てタバコに火をつけ、一息吸ったところで「雨が降ってきてるらしいよ」とIさんに言われる。中庭を見ると下の病棟の人たちが洗濯物を取り込んでいる。あわてて私もダッシュして洗濯物を取り込んできた。まだ少し冷たくて生乾きなのと、少し濡れてしまったので30分だけ乾燥機に放り込む。

その後もシャワーを挟んで日経オープンシステムを読み続け、16:00少し前に主治医から呼ばれて面談する。「普通の日常生活レベルの外泊」をして、やはり鬱が出かけたことを話し、その原因がどうも「散らかった部屋」にあるらしいこと、その部屋にいるだけでストレスが溜まるので、これから毎週外出という形で「少しずつ片づけに」家に戻ることを考えていることを話した。医者も賛同してくれて、「いっぺんにやり過ぎずに、今日はどこまで、というのを決めて少しずつやったらいいですよ」と言ってくれた。とりあえず明日はその一発目だ。どこから手をつけようか。とりあえず「入院前からたたまずにくしゃっと置いてある洗濯物」と「入院前からそのままになっている洗い物」を片づけるか。とりあえずそれだけにしておこうかな。それだけだとすぐに済むかもしれないので、「余裕があれば、ゴミとして出せるものをピックアップ」しよう。

それから、やはり眠剤が効きすぎて今朝も起きられなかった件を話すと、だいぶ様子を見てきたので、少し薬を減らしましょう、ということになって、眠剤代わりに飲んでいたメジャートランキライザーを減らすことになった。

面談を終わったら16:10くらいだった。夕薬を飲んでリラックス体操&自律訓練法。いつものパターンだ。

その後はずっと日経オープンシステムを読み続ける。夕食と連絡会の時間以外、読むのに没頭してしまい、9月号を読み終えたらもう20:20だ。一気に読んでしまった。う~ん、首と肩が凝った。そろそろ着替えて就寝準備をしよう。明日は部屋の整理のために外出する。少しずつ、あせらないようにしよう。採血、採尿があるので早く起きないといけない。看護婦が起こしてくれると言うが、起きれるかな?

目が覚めると7:00だった。結局昨日は22:30くらいに寝たのだが、寝るときは喘息で苦しかった。が、寝付くのには時間はかからなかったようだ。夜中一回目を覚まして、今度は病院にいる錯覚をしたような気がして、ああ家に戻ってるんだ、そう思い出した記憶がある。

割と頭はすっきりしているな、と思ってメールチェックしたり昨日買ってきた菓子パンを食べたりしているうちに、また少し頭にもやがかかりだしてきている。「また寝たい」が出て来ている。やばい、このまま寝るとまた鬱だ。踏ん張らねば。でも、あえて「もう一度寝てみる」とどうなるか試してみたくもある。単なる寝不足なのか、鬱なのか。

9:30になった。電気代節約のため、不要なコンセントは元から抜き、冷蔵庫も切った。そろそろ病院に戻る準備をしよう。今日は昼までに戻るつもりだ。

なんとか家を出て電車を乗り継ぎ、今は車中の人だ。やはり頭はぼ~っとしている。あまり調子はよくない。どうも外泊はまだうまくいかない。病院にいれば今の時間にはもう頭がしゃっきりしているのに。散歩してみたりいろいろ試してみればよかったかな。でも、起きた後の「鬱に入りそうな感覚」は病院では襲ってこない。外泊したときに襲ってくる。なぜなんだ。

病院の最寄り駅に着き、バスの発車時刻までかなり時間があるので、駅ビルのスーパーをうろうろする。洗剤と500mlのペットボトルを5本買った。安いのを買いだめしておくと少しでも得だろう。洗剤も今までは旅行用の1回分が1パックになったものを使っていたが、多分コストパフォーマンスが悪いだろう。普通のサイズのやつを買った。床頭台には入らないかもしれないので、ベッドの下にでも置こう。

その後100円ショップに入ってうろうろする。床頭台の上と引き出しはプラスチックの箱を使って整理できたので、今度はその下の物置場を整理したいと思って、手頃な大きさの箱を買った。

バス停でバスを待っているとKさんに会った。会った瞬間、「疲れてるでしょ」と言われた。そんなに疲れた顔をしていたのか。Kさんは明日娘さんの誕生日だそうなので、プレゼントを買って宅急便で送るために外出しているところだそうだ。

病棟に戻ってくる。ナース室のところで主治医とすれ違ったので、思わず一言「疲れました」と言った。いやいや本当に疲れた。病院に戻ってくるだけで朝よりもかなり疲れが増しているような気がする。

昼食後、Tさんに「お帰りなさい」と言われたので「ただいま。疲れました~。外泊するとまだ疲れるんです。なんか家に戻ると『調子の悪かった頃の自分を取り戻した』みたいになるんです」と言うと「そういう人多いらしいね。調子の悪い頃の生活リズムに戻ってしまうとか。少しでもいいから部屋の模様替えをしたりして、気分を変えたらいいよ」と言ってくれた。そうなのか、自分だけではないんだ。思えば「外泊」という言葉も変なもんだ。自分の家に戻るのに「外泊」なのだから。しかし、その言葉はいま非常にしっくりくる。今の自分にとって生活のベースは「病院」にあり、そこにいれば安定する。そこから離れた場所、たとえそれが「本来自分が住んでいる場所」であっても、そういう場所にいくことは「外出」であり、そこに泊まるということは「外泊」になる。今の自分は、家から病院に行くときは、病院に「戻ってくる」あるいは「帰ってくる」という感覚に近くなっている。病院に着くとほっとする。

昼食後、改めて昨日もらった演奏会のCDを聴く。う~ん、他のグループはうまいなあ。聴いているうちに風呂の順番が回ってきたので入る。風呂に入ると少しすっきりした。

看護婦から声がかかった。「心理の先生と面談の約束になってるはずだと電話がありましたけど」あ、しまった。15:00からカウンセリングだったんだ。時計を見ると15:15。すっかり忘れていった。あわてて出ていって、結局20分遅れでカウンセリングを始めた。貴重な時間を無駄にしてしまった。今日は自分のことを聞かれた。「自分が覚えている一番昔のことを話してください」と言われたので、う~んと考えたあげく、小さい頃、3歳くらいだろうか、三輪車に乗っていてスピードを出していて、石につまづいて前のめりに転倒し、石が額にのめり込んだときのことを話した。その瞬間を覚えていること。その後は、家に帰ったら母親がものすごくあわてていたこと、手術台か何かに乗せられてまぶしい光を浴びていたことを覚えている、そういうことを話した。

幼少時代からさかのぼり、幼稚園時代、小学校低学年時代、高学年時代、中学時代、高校時代まで話したところで16:00になってしまった。続きはまた来週、高校時代の途中からやるそうだ。こうやって話してみると、自分が変化してきたことが客観的にわかる。昔は目立ちたがりで人の上や前に出るのが好きで、外向的だったのだが、高校時代には内向的になって特に女の子とはしゃべれなくなったり、人前に出なくなったりした。それはいったいなぜなのか。それはこれから明らかになるのだろうか、ならないのだろうか。

カウンセリングから戻ると服薬。そのまま喫煙所で昼間に駅で会ったKさんと話をしているうちに夕食の時間になった。カウンセリングの話や読んだ本の話をした。ダニエル・キイスの「24人のビリー・ミリガン」は勧めておいた。「家に戻ると調子が悪いときの状態に戻る」という点に関してはTさん同様「すごくよくわかる」と言った。どうやらそういう人が多いようだ。

夜、しばらくは日経オープンシステム8月号を読んでいたが、特集記事を読み終わった後で、卓球をやっているS君とKさんに乱入。神経が疲れているけど体は大丈夫だ。バランスを取るために体も動かした方がいいだろう。少し汗をかいたが、気持ちよかった。

20:00で卓球はおしまい。今は就寝準備をしながらこれを書いているところだ。さあ、歯を磨いてまた日経オープンシステムの続きでも読むか。

よく寝たのかどうか自分でもよくわからない。夜中に何度も目が覚めたような気もするが、あまりよく覚えていない。一度時計を見たが確か3:30だったと思う。寝付きもよかったのかどうかわからない。気がつくとCDが終わっていたが、寝付いてからいったん目が覚めた時のことだろうか。いつもだが、寝ているときに夢心地に、ここが病室ではなくどこか別の場所と錯覚する。あ、病院なんだな、と気がついたときには「まだ寝ていていいんだっけ」と思い、「まだ放送が入ってないからいいんだ」と思ってまた寝る、ということが今日だけでなく前もあったような気がする。

起床の放送が入って目が覚め、最初はまだ眠たいので体が動かない、と思っていたが、少しずつ「目覚めのヨーガ」で体を動かしていくと、少しすっきりしてきて起きることができた。この「目覚めのヨーガ」は、「寝ている状態」から「起きて立った状態」まで、段階的に体をほぐす動きなので、スムーズに起きることができるようになった。

今日は雨が降っている。散歩は無理なので、7:40頃から8:00過ぎまで作業棟の入り口の屋根の下でオカリナを吹く。「コンドルは飛んでいく」の最初のEからAに切り替えるところ、そして戻ってきて再び最低音のEに入るところがなかなか決まらない。この部分はもっと練習が必要だろう。

9:00過ぎに病院を出てバスに乗る。今日は歌の練習だが、楽譜を病院に持ってきていないため、いったん家に寄るつもりだ。時間はけっこう余裕がありそうだ。

病院でCDを聞いているとき、「この曲は前からやりたいと思ってたけど、確か家に楽譜があったはずだ」という曲があって、その楽譜を持っていこうと探したが見つからなかった。楽譜を持っていたというのは勘違いだったかもしれない。日経オープンシステムの記事の続きを読んだり、なんだかんだやっているうちにあっと言う間に時間は過ぎて、あわてて出発する。

久々に歌の練習に出る。フルメンバーは8人だが、そのうち2人は忙しくてずっと休んでいるので、今は実働6人となっている。ソプラノの1人がお休みで今日は5人。N氏がPCのソフトで作ってきたBoyzIIMenアレンジの「Yesterday」を練習する。その後、久々に「Nightingale sang in Berkley square」を練習する。2年くらい前にやりかけて、難しすぎて途中で放り出した曲だ。何回か細かく練習しているうちに、怪しい箇所は多いがなんとか最初から最後まで通るようになった。以前よりレベルアップしてるのかな?6月のジョイントコンサートのCD-Rができあがってきたので受け取る。それにしても今日は喉の調子があまりよくない。ちょっと喉が痛いなあ。練習の合間にストレッチというか、ヨガのポーズを少しやると体の固さがとれて楽に通る声が出るようになった。

練習後はみんな帰るというので、ベースのA氏と一緒にファミレスで飯を食って帰る。帰りの電車で受け取ったばかりのCDを聴いていたが、電車の音がうるさくてよく聞こえない。こんなにも世間は騒がしいのか。

家に帰って改めてCDを聴いてみる。う~む、こうやって聴くと自分たちの演奏の荒さが目立つ。まだまだだなぁ。自分もピッチが不安定だったり、音の立ち上がりがふにゃふにゃだったり。他のうまいグループはやっぱりうまい。う~ん、いまいちうちのグループはインパクトにかけるというか、特徴がないなあ。

久々にネットサーフィンしているうちにえらく遅い時間になってしまった。いかんいかん。シャワー浴びて寝よう。今日は終わった後も電車で帰ってきた後もあまり疲れを感じない。明日朝起きたら調子はどうだろうか。前回の歌の練習の時は鬱に入ってしまって午前中いっぱい起きれなかったが。今回は多分大丈夫だと思う。

昨日は寝付きはまあまあだったかな?CDを聴き終わる前に寝付いたのは確かだ。だが、夜中に喘息が出た。咳が出て、かなり呼吸が苦しくなった。じっと我慢して寝ていた。起きたら睡眠のリズムが崩れそうだと思ったからだ。いつもそのうち治まる。そう思って我慢していたら、また寝てしまった。朝には治まっていた。喘息で病院にかかったことはないが、一度ちゃんと医者に相談した方がいいのだろうか。

朝は起床の放送で目が覚める。「目覚めのヨーガ」の体操をいくつかやって目を覚ます。いろんな動きが載っていて、少しずつ練習しているのだが、目覚めに本当に効果があるようだ。眠たくて起きれないなあと思っていても、少しずつ布団の中で体を動かしていると、徐々に体が起きてきて、ちゃんと起きることができた。

朝食後、喫煙所でKさんが紙に簡単なバスの絵を描いて「このバスはどっち向きに走るでしょう」とクイズを出してきた。クイズ、と思いきや「幼稚園の入試問題」らしい。ものすごく単純な絵で、バスの本体を表す長方形の中に窓が4つついていて、丸いタイヤが下に2つついている、それだけの絵なのだが、それだけで「どっちに走るか」考えるのだ。う~ん、いろいろ考えたけどわからなかった。答えを聞くと「右側。入り口がないからこの絵は右から見たバスの絵だから」というものだ。そうか、なるほどと思ったが、幼稚園に入ろうとする3~4歳の子供はわかるのだろうか。われわれ大人はいろいろ複雑なことを考えてしまってよけいわからなくなるのかもしれないが、案外子供の視点では簡単なのかもしれない。

8:00過ぎからいつものごとくオカリナを吹きに音楽堂へ行く。今日はいつものレパでなく、適当にいろいろな曲を吹いた。いつも聴いている宋次郎のCDに入っている曲や、尾崎豊の曲などだ。

日勤で交代した看護婦が病室へ来て様子を聞きに来た。喘息が出て苦しかった旨を伝えて、また来週の火曜日に内科医に相談することになった。

今日は大手の企業の研究所が公開イベントをやっているので、その見学に行く。数日前にその広告が新聞のチラシで入っていて、それを取っておいたのだ。その概略地図を見る限り、ここから割と近そうだが、先日買ったこの市の地図を見ると歩くにはちと遠い。行くにはバスでいったん逆方向へ戻り、一駅電車に乗って、そこからまたバスに乗らないといけない。めんどうなのでタクシーで行ったら2,200円かかった。うん、歩ける距離ではなかったけど、こんなにかかるんだったら早く出てバスと電車で行けばよかった。

タクシーで会場につくと、家族連れでごった返している。フリーマーケットなども出ている。私はフリマは無視して展示会場へ入る。最先端の技術、いや最先端の少し前かな、「実用化が可能、もしくはもう少しで実用化可能、あるいはすでに実験的に実用している段階」の、コンピュータと通信に関するさまざまなシステムが展示してあって、どれを見てもとてもおもしろかった。専用のメガネをかけずに立体に見える映像、見る角度によって全く別の映像が見える液晶ディスプレイ、アナログ映像をリアルタイムにMPEG2に変換するPCICMAカード、車に乗っているときにメールが来たときに、メールの本文から「重要と思われるところ」を自動的に抽出して読み上げてくれる装置、譜面と歌詞を入力すると歌を歌ってくれるソフト。これは実際にもう十分実用可能で、PC用のMIDIソフトにもそのうち同梱されていくだろうと言っていた。これがあれば「音取り音源」だけでなく「音取り&歌詞覚え音源」を作れる。それはちょっとほしいぞ。500万画素の液晶ディスプレイはめちゃくちゃきれいだった。あと、メロディーの一部を歌うと、そのメロディーから曲を検索してくれるシステムがおもしろかった。カラオケに行ったときに「メロディーはわかるんだけど、誰のなんて歌だっけ?」というときに、これでちょいと歌えば検索できる、という代物で「これは十分需要がありそうですよ」と知らない人と話しながらうなずく。実際に一部のカラオケ店で実験導入しているそうだ。

展示を一通り見終わってから会場の外へ出る。子供向けのゲームをやっていたり屋台が出ていたりフリマをやっていたり、ミニSLも走るらしく、線路がひいていた。私はあまり興味がないので、さっさと帰ることにする。今度はバスと電車を乗り継いでいった。途中で、明日の外泊で買おうと思っていた買い物を済ませてきた。家賃も振り込んできた。銀行の残高がどんどん減っていく。やばい、いつまでもつだろうか。

病棟に戻って一服する。カラオケをやっているので参加する。カラオケに参加するのは久しぶりかもしれない。その後はシャワーを浴びて、日経コンピュータを読む。「ITコーディネータ」という資格ができたそうな。ふ~ん。

16:00からリラックス体操&自律訓練法。最近リラックス体操にかける時間が長くなってきた。今日みたいに外出した日は特に効果があるようだ。今日くらいの外出では全く疲れを感じていないが、体操をしてみるといつもよりリラックス度が違う気がするので、やはり気づかないうちに疲れは少したまってるのであろう。

日経コンピュータを読み終え、日経オープンシステムの7月号の拡大特集「企業システム構築法~基本を押さえ、王道を知る~」を読み始める。かなり長い記事だ。最初の「総論」を読んだところで18:30くらいだった。普通なら連絡会の時間だが、今日は土曜日なのでない。一服しようと思ってコーヒーをいれて喫煙所で飲んでいたら、S君が卓球のセッティングをしだしたので、1時間くらい卓球をやる。

その後は20:00までTVの「筋肉番付」を観る。スワローズが優勝してから12時間後に、スワローズの選手がピッチングの「板抜き」をやったものを収録したものだ。ピッチャーが案外成績が悪い。プロでもプレッシャーがかかるとなかなかうまくいかんものだな。試合でのプレッシャーのかかり方と、またひと味違うのだろう。

その後、就寝準備をしながらこれを書いているところだ。まだ体が火照ってるので上はTシャツ一枚だ。体がクールダウンしたらスウェットの上を着て歯磨きして特集の続きを読むとするか。明日は久々に歌の練習だ。