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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

断眠療法はなんとか成功し、朝遅くなったが起きて会社に行き、週例には間に合った。

昼食後、上司に改めて「どうにもならない」状態なのかどうかを尋ねた。上司もいろいろ手を尽くしてくださったがどうにもならない、とのことだった。この状況では会社の判断としては適切であろう。しかし、私には絶望への入り口だ。私は4月から無職となる。

今まで何度も「もうだめだ」と思った局面があった。でもなんとかなってきた。しかし、今回は本当にだめかもしれない。なんせ、この体調である。再就職の目処がまるで立ってないのに、貯金はもう底が見えているのだ。

今の職場にありつけたときは、調子の良い状態がかなり長く続いていた。なので、病気のことを隠して派遣社員として潜りこともできた。このままもう調子を崩すことはないのではないか、と思ったが、再就職して1ヶ月半でぶり返した。でも今の上司が病気に理解のある人で、私の事情を考慮して、ずっと今ま仕事を続けさせてくれていたし、最後まで私をどうにか守ってくれようと人事部にかけあってくれたりしたようだ。恩人である。

今の体調ではもう病気のことを隠して就職活動をするのは無理だし、派遣会社も仕事を紹介してはくれない。休みまくっていたせいで毎月赤字が続き、貯金は順調に減ってきた。失業給付金も期待できない。去年は特に休みが多く、半分近く欠勤したことになる。おそらく会社都合退職ということになるので3ヶ月の待機期間はないと思うが、なんせ去年の収入自体が少ないので、失業給付金もすずめの涙ほどだろう。

これからどうやって生きていけばいいのだろうか。

「我流」断眠療法を決行した。これより仮眠に入る。数時間後の自分に幸あれ。

朝、目が覚めたが動けなかった。とてもつらい。しんどい。妻にパンと薬と電話を持ってきてもらって会社に連絡をし、パンだけの朝食を布団の中で食べた。

昼を過ぎてもなかなか動けなかった。お昼ごはんができたと妻に言われても動けなかった。なんとか動けるようになったのは13時を過ぎた頃だったか。とても会社に行って仕事ができるコンディションではない。今後の私について、本当に「なんともならない」のか、上司と話をしたかったが、また明日以降だ。

長引かせるわけにはいかない。また無茶な荒療治をしてみようかと思ったが、かなり危険な賭けであるし、今夜も寒いし今の時点でしんどいし、もう一日様子を見てみよう。

名前はまだない。

いや、あることはある。

しかしまあ。悪いことは重なるもんだ。いろんな意味で鬱であり、憂鬱である。

明日が見えない。

今日は内科への通院日。あいかわらず寒い。少し雪になりかけている感じの雨がぱらついていた。早く暖かくなっておくれ。

先月の血液検査の結果が出ていた。糖尿病のためにカロリー制限されているものの、「たまにはこれくらいなら」とついついカロリーオーバーしたり間食したり、ということが増えてきているのだ。ちょっとこれはやばいなあ、今回は数値が悪化して医師に注意されるだろう、と予想していた。

しかし、意外にも数値は良くなっていた。過去2~3ヶ月間の血糖値を表すヘモグロビンA1c(4.3~5.8が基準値)の値はなんと4.9。去年の3月には7.6という危険な数値(8.0を超えると危ない)だったのだが、それから教育入院をしたり食事療法や運動療法をできるだけ取り入れて、10月には基準値の5.8未満である5.5まで下げ、そして今回の1月の検査ではさらに4.9まで下がった。この数値はもう糖尿病患者の数値ではない。

とは言え、自分は「重症ではないが糖尿病」であることは変りない。たまに油断してカロリーオーバーしてしまったりしたものの、基本的には間食はしないことと栄養のバランスを考えてカロリーの低い食事をしているから、この数値なのだ。だから油断はできない。ここで気を抜いて元の食生活に戻れば、またこの数値が基準値からオーバーするのはわかっている。

さらに、糖尿病になってから、生命の危険を感じて心を入れ替え、本格的に減量もした結果、ちょっとこのところ下げ止まっているが、ピーク時から22キロ体重は減ったし、それに伴って以前は健康診断のたびに肝臓の値が悪く、脂肪肝だとか心陰影肥大と書かれていたのが嘘のように正常に戻っている。

しかしながら心を入れ替えてもうつ病は治らない。と言うか、俺の心を誰か入れ替えてくれ。