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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

昨日、このサーバで取り返しの使えないことをやってしまった。

泣く泣く、徹夜でOSから再インストール’&各アプリの設定。

まる1日かかっても、まだ完全ではない。こういう時に、やりながら「再構築マニュアル」作成をやればいいのだが、結局あまりメモしていない。

とりあえずこの記事はちゃんと投稿できるだろうか?

先々週くらいからしばらく寝たきりだったが、先週の後半くらいから調子は上がってきた。でもまだ外にでるのはしんどくて、引きこもっていた。サーバに新しいアプリを入れたりセキュリティを強化させるために、1日じゅうPCに向かって四苦八苦していた。その程度の元気はあった。

一昨日の土曜日に、どうしても外せない用事があったので久しぶりに外に出た。出るまですごく億劫だったし、出かけても疲れは抜けない。でもなんとか持ちこたえて家に帰ってきた。

昨日の日曜日は団地の清掃日で、7時半開始。最近の自分にとってはきつい時間である。起きられる自信はなかったが、ちゃんと起きて参加できた。2年前に引っ越してきてから、今のところ皆勤賞だた。どうして仕事だと起きることができないのだろう。清掃は月1回で、1時間で終わるからだろうか。

いや、そんな問題ではないような気がする。前に契約社員で働いていたときは、14時半から18時半という昼からの4時間勤務だったのに、半分も出勤できずに1年で契約終了となった。プレッシャーの質が違うのか。義務感が違うのか。「仕事は行かなければならない」が、「清掃は出られる人は出ればいい」ということなのだろうか。実際、まじめに出ている人は3分の1くらいだし。

しかし、お陰で体調が少し上向いた様子。今日は無事メンタルクリニックへ通院できた。先週の寝たきりの状態だったら、また病院すら行けずに妻に薬だけ取りに行ってもらうところだった。「なんとか頑張って早起きして体を動かす」という当たり前のことがなかなかできないもどかしさ。

明日は内科、明後日は皮膚科。自分のスケジュール帳は通院予定ばっかり。他の予定も書き込みたい。

一昨日くらいから、寝たきりである。
朝から晩まで寝ている。
しんどい。
しんどい。
ひたすらしんどい。

困ったことに、調子が悪いとお腹が空く。過食気味になる。昨日の晩も、1日じゅう寝ていたのに、夜中にラーメンを作って食べてしまった。そうすると、自己嫌悪に陥る。危機感がつのる。せっかく今までダイエットを続けてきたのに、リバウンドしてしまう。しんどくて運動もできない。でも我慢するとすると、またそれがストレスになって悪循環になる。どうしよう、どうしよう、どうしよう。

許すことにした。

食ってもいい。リバウンドしてもいい。また元気になったら規則正しい食生活に戻して、運動もすればいい。だから今は、寝たいだけ寝て、食いたいだけ食えばいい。自分を許すことができないと、この病気はとてもつらい。

それにしても、この不調はいつまで続くのだろうか。先週の通院では「割と調子がいい」と話したところなのに、その直後に調子が悪くなった。この寒暖の差のせいだろうか。

全部天気のせいだ。そういうことにしておこう。

ずっとしんどい。

朝起きた時から全力で疲れている。いや、起きたのは朝というより昼近い。

暑いのか寒いのかわからない。

ずっとしんどい。

最近食が細くなってきて、ダイエットのためにはちょうどいいと思っていたのに、また過食気味になってきた。よほど調子が悪い証拠。

気温とともに、自分の体調も上がり下がりが激しい。

先週の土曜日に、最初に勤務していた会社の同期会があった。体調が心配だったし、当日も好調だったとは言えないが、行ったら行ったでテンションがあがって、その反動が来て毎日疲れている。まあ、想定の範囲内ではあるが。

同期会は、半分は楽しかったけど、半分はつらかった。みんな仕事もプライベートも充実していて、出世して偉くなっていたり、転職して会社を起こした人もいた。なんだか自分が場違いなところにいる気がした。

何人もの人に「今どうしてる?」と聞かれて困った。自分がうつ病であることや、休職していたことを知っている人は限られている。遠回しに言ったり、「ほそぼそと働いている」と言ったり。楽しい場であまりしめっぽい話はしたくなかった。

3年も休職した挙句、復職しても半年しかもたずにひっそりと辞めた自分である。寮にいた頃は同期の仲間とドライブに行ったりしていたが、だんだんプライベートなつきあいも浅くなり、寮を出たあとや携帯を変えた時にも、誰にも自分のプライベートな連絡先を教えていなかった。

それから9年間、今まで鳴りを潜めていた。

新人研修以来、20年ぶりに会った人もたくさんいた。そうでなくとも、ずっと疎遠になっていた自分である。自分を覚えている人も少ないだろう、そう思っていた。しかし、案外そうでもなかった。「お前、太ったな」と何人もの人に言われた。普段ならあまり嬉しくない言葉であるが、そう言われるのは自分を覚えてくれている証拠。素直に嬉しかった。

再びつながった細い糸である。その糸をたぐり寄せると、たくさんの仲間がいた。それだけで十分な収穫だった。