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鬱るんです
躁鬱病の元ITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、派遣のエンジニアをやったり小さなIT企業でほそぼそと働いたり、Web制作事業を立ち上げようとしたりしたが、今は就労継続支援B型事業所でリカバリーを頑張っている毎日。

昨日は無事、会社の業務を終了し、晴れて今日から私は無職となった。今後の仕事についてはあらゆる可能性を視野に入れて情報を集めているのだが、今の健康状態ではまだ動くことはできない。焦らずにまずはしばらく体と心を休め、安定した状態が一ヶ月くらいはキープできないと動けない。

今まで日記ではずっと「会社」と書いてきたが、私が勤務していたのは民間企業ではなく、実は最近よく耳にする「独立行政法人」という機関である。そう、例の事業仕分けで次から次へと徹底的に叩かれた「独立行政法人」である。独立行政法人といっても官僚OBの天下り先を確保するために作られたようなものとは違い、歴史のある研究機関だったのだ。しかし、独立行政法人の予算は軒並み減らされている。

私は民主党が大勝した去年の衆議院議員総選挙の翌日、8月31日の日記で、

この選挙結果によって今後の自分のクビが危うくなることに気がついた。

と書いた。そしてそれは、

独立行政法人における派遣労働契約は、随意契約から段階的に一般競争入札に移行し、最終的に全面的に入札へ移行

という結果となって現れた。派遣の職員はみんな不安な中、なかなか情報が開示されないまま仕事をしていた。自分はいつ、どうなるのか。派遣会社の担当者に聞いても、「どこの独立行政法人に行っても、現場も派遣会社も混乱している状態」だという。一般競争入札にするということは、すなわち現場で働いている人の「仕様書」を作って公示し、それに対して派遣会社が入札し、あとは価格で落札する派遣会社が決まる。自分が残れるかどうかわからない。現場の人もどんな人が来るのかわからない。2月10日の日記で書いた、

この先どうなるかわからない状況で、それは私が病気を抱えていて休んでばかりだとかいうのとは関係なく、他のメンバーも私と同じ状況なはずなのだが、みんな何ごとも起こらないかのごとく、普通に仕事している。このまま普通に仕事していていいのだろうか。

というのはそのことである。しかし、2月12日の日記で、

今日いきなり「なんともならない」ということがわかったのだ。派遣会社の担当者からはそう告げられた。

と書いたのだが、これは、

「自分に関しては来年度の随意契約による更新はなく、自分のポジションにおける入札も行われない」

ということであった。つまり、事実上のクビである。あえて悪意のあるような書き方をすると、私は独立行政法人派遣切りにあったのだ。

と書けばなんだか私の勤務先が悪いように思えるが、そうではなくて、これはこれで全く正しい判断だと自分でも納得している。

そもそも、私が自分の病気を隠して前の職場に来たとき、ネットワークチームは2人体制だった。しばらく体調は好調をキープして仕事をしていたのに、調子を崩して何週間か休んでしまい、上司にも派遣会社の担当者にも自分の病気のことを正直に話した。隠して仕事を続けるのはどうせ無理だからである。

私はこの時点で「ああ、もうだめだな」と思った。しかし、上司は私を救ってくれた。うつ病に理解のある方で、その後も何度も調子を崩してずっと休んでしまう、というのを繰り返しても、「無理しなくていいから」と言ってくれた。契約更新のときに、人事部から「この派遣職員はなんだ」と言われても、私を守って契約更新してくれた。恩人である。そしていつしかネットワークチームは3人体制になっていた。私が休みまくってもちゃんと仕事はまわっている。私がいなくても業務に支障はない。私は上司の温情で働かせてもらっていた。

しかし、入札となるとそういうわけにはいかない。うちの派遣会社以外のところが落札して、私以外の人が来ても何の意味もないのだ。そういうわけで、私は昨年度で契約終了となった。普通なら更新がなければ次の就業先を派遣会社が探してきて紹介してくるのだが、病気のことがバレてしまっている私にはもう話は来ないだろう。

それにつけても、今回の自分の身に降り掛かってみて、改めて今の政治は何をやってるんだか、と思っている。天下りをはじめとして、独立行政法人が予算を無駄遣いしているのは確かかもしれない。しかし予算を削る事によって、真っ先にそのあおりを食うのは、今回の場合は派遣社員という立場の弱い労働者、しかも私のような病気を抱えた再就職困難者だということを今の政権は少しは考えたことはあるのだろうか。「いのちを守りたい」のではないのか。誰のいのちを守りたいのだ。

高速道路の四車線化を凍結するのも結構。ダム建設を中止するのも結構。しかし、その煽りを真っ先に食らうのは、建設現場で下請けの下請けで汗水たらして働いている労働者という弱い立場の人たちかもしれない。いきなり仕事がなくなり、倒産する企業もあるかもしれない。そういう人たちの雇用は、生活はどうなる?彼らの「いのち」は守らなくてもかまわないのか。そういう問題があるということも今の政権は考えたことはあるんだろうか。「最大多数の最大幸福」でかたづけられてしまうのだろうか。

まあ、毎日ニュースを見ていると、もうしっちゃかめっちゃかで、首相がイエスマンでどうするよ、何がトラストミーだよ、と呆れることばかりで、上で書いたことなんか誰ひとりとして問題として認識してないのではないだろうか、と思っている。年間の自殺者が十何年連続で3万人を超えたとかいうニュースが飛び交い、3月は自殺者が多いから自殺防止月間だとかやってるが、そもそも自殺者がそんなに増える状況をなんとかしようとは思わないのか。「いのちを守りたい」のではないのか?景気対策はどうした。失業率を、就職氷河期をなんとかできないのか。

子ども手当で金をばらまいたって、アンケートでは半分以上の人が貯金すると答えているし、その金をギャンブルに使ってしまうどうしようもない親がいるかもしれない。待機児童が増えている今、子育てを支援したいんだったら金をばら撒くのではなくて、無駄なダムや道路を作ってる人に保育所をばんばん作ってもらい、その保育所に補助金を出したり保育士の育成を助成するのではだめなのだろうか。「コンクリートから人へ」って、人に直接お金を渡してどうする。もっと人が豊かになるようなハードウェアなりソフトウェアなりにお金を回すべきなんじゃないか?

うう、ふだんは自分の知識の浅薄さを露呈したくないから政治ネタなんか書かないのだが、今日一日だけは特別な日として書いてみた。4月1日、エイプリルフールくらいは嘘がまじっててもいいだろう。


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