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鬱るんです
躁鬱病の元ITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、派遣のエンジニアをやったり小さなIT企業でほそぼそと働いたり、Web制作事業を立ち上げようとしたりしたが、今は就労継続支援B型事業所でリカバリーを頑張っている毎日。

月別アーカイブ: 2013年3月

昨日に続けて、今日も何か妻のお手伝いをしようと思い、「今日は何をやろうか?」と声をかけたら、「疲れたからいいよ」とのこと。

そう、昨日はガスレンジの大掃除をやったのだが、けっこう大掛かりだった。毎日そんな調子でやる必要もないだろうし、妻も一緒にやったから、妻は妻で疲れてしまったようだ。

一過性のブームにしてはいけない。細く長く地道に続けられるとよいだろう。つくづく、家事というのは、裁量の大きい仕事である、と思う。手を抜こうと思えばかなり手を抜けるし、やろうと思えばいくらでもやることはある。毎日大掃除をする必要はない。

そんなわけで、今日はお休み。と思ったが、いやいや、大きな仕事だけでなく、手伝えることはいくらでもある。昼食のあとの片付けをしたり、妻が夕食を作り始めたら、一緒に手伝ったりした。夕食のあとの片付けも自分から率先してやってみた。今までは妻の体調が悪い時だけ手伝っていたが、日頃から一緒にやればいい。

二人三脚の道のりはまだまだ続くのだ。病めるときも、病めるときも。

最近、いろいろと煮詰まっている。
薬もぜんぜん効かないし、何をどうしたらよいやら、ずっと悩んでいる。心理ワークショップのお誘いを受けて、そのお世話にもなっているが、他に何ができるだろうか、考えてきた。体も動かしたいが、なかなか外にも出られない。

10年以上前から自分が鬱であることをオープンにしている自分には、「実は自分も鬱です」と打ち明けてくれている人がけっこういる。今でこそオープンにしている人も増えてきたが、他の人には秘密、という人もまだまだいる。沢山の人の秘密を抱えているのだが、それはそれでけっこうしんどい。

しかしまあ、裏を返せばそれは仲間がたくさんいる、ということでもある。そして、今では回復して通院しながら仕事を続けている人もいれば、通院する必要もない状態まで回復した人もいる。

そしてふと思った。そうやって良くなった人は、普通に通院する以外に、いったいどういうことを試してみたのだろうか。それを聞いてみよう。いろいろな人の話を改めて聞いてみると、何か自分のヒントになるものがあるかもしれない。

沢山の人に一度にメールをすると、返事を書くのがプレッシャーになるかもしれないので、とりあえず2人にメールしてみた。そのうち1人の女性とはいろいろやり取りがあったのだが、そこでひとつ、大きなヒントをもらった。

彼女の場合、旦那は病気ではなく(と言うか二人とも病気な自分たちがレアケースか)、鬱に対して一般的な理解はあるが、つらさや気持ちをわかってもらうのは難しかったとのこと。まあ、それはそうだろうと思う。自分も鬱のしんどさを言葉で伝えることはどうしてもできない。一緒に住んでいたとしても、やはりわかってもらうのは難しいだろう、と思う。

そして、その次の一文が自分にとって目から鱗だった。

「家事や買い物はまったく苦にならないらしく率先してやってくれるので、途中からは病気のことをわかってもらうよりも得意な方面で助けてもらうように切り替えました。」

ふむ。

自分、家事はほとんど妻に頼りきっている。
妻も病気なのに、任せっきりである。

ご飯を作っていてしんどそうなときは、時々手伝ったり、簡単なものなら自分で作ったりする。食事の後で妻がしんどくなって寝ている時には、後片付けをやったりする。妻は起きてきてから「小人さんがやってくれたのかしら」ととても嬉しそうに言う。

それでも、ときどき、

「もっと部屋もきれいにしたいし、やりたいこともたくさんあるのに、しんどくて掃除が行き届かない」

と泣いていることもある。

なぜ自分が手伝わない?

今さらながらそう思った。

それで、昨日妻に「何かやることある?」と聞いてみたら、

「山のようにある」

とのこと。とりあえず、ガスレンジの周りをずっと前から掃除したいのに、手をつけていない、というので、キッチンクリーナーでガーッと拭いてみた。割ときれいになった。ちょっと達成感を感じた。

そして妻は、ものすごく喜んでくれた。

まだお手入れ用の洗剤も買ってなかったので、その日のうちに妻はマジックリンを買ってきた。

今日、時間をかけてごとくやらグリルやら全部ばらして、つけ置き洗いし、レンジをピッカピカに磨いた。

気持ちがいいほどきれいになった。自分は大きな達成感を感じた。妻は感動していた。

外に出られない、とうじうじしていたが、家の中でもできることはいくらでもあるではないか。そして、妻を楽にさせてあげられるではないか。なぜ今まで気がつかなかったのか。なぜ今までやらなかったのか。

やり過ぎて疲れてしまうと、かえってよくないかもしれないので、毎日疲れない程度に、少しずつ妻のお手伝いをすることにした。小さくて大きな目標である。

その後、妻と一緒に買い物に行き、一緒に夕食を作った。そう言えばまだ妻が通い妻だった頃は、二人でスーパーに行って夕食の買い物をしたものだった。ただ、そのときも作るのは妻だけで、私は待っているだけだった。ふたりで一緒に作るのは、なかなか楽しい。

あれ、そう言えば自然に外に出られたよ、今日は。

まず自分にできること、それは案外近くにあった。

今日は着替えることができた。

と書いても、何のことやら。とりあえず経緯を書こう。

先々週の土曜日、心理ワークショップに参加したときのこと。セラピストの先生から、

「今一番困っていることはなんですか」

と聞かれた。今の私が困っていることは、

「なぜか外に出られない」

ということなので、そう答えた。

暑いとか寒いとかいうわけでもなく、行きたくないところに嫌々行くのでもなく、とにかく外に出ることができない。最近は、けっして調子がいいわけではないが、ものすごく調子が悪いというほどでもない。

それなのに、外に出る気力がない。外に行く用事があれば、なんとかがんばって出られる日もあるが、出られない日もある。家の中では普通に過ごしているのに、外に出ようか、と思った瞬間、急に憂鬱になったり気が重くなったりして、体調が悪くなる。そのまましんどくて寝てしまうことすらある。

時には用事がなくとも、少しは外に出なければ、と思って、なんとか頑張って着替えて外に出てみることもある。少し歩いてみれば、気分が上がってくることもあるが、よけいしんどくなって、家に引き返すことも多々ある。これは出てみないとわからない。しかし、やはりそれ以前に「外に出る」までのハードルが高い。

そうなると、なんというかもう「着替えることすら面倒」になるのだ。普段は家の中ではスウェットなどのルームウェアを着ているが、

「外に出る?じゃあ着替えないといけない。着替える?いやいやいや無理無理無理」

我ながら書いていてアホらしい。しかし、これが現状なのだ。ただ着替えること、それだけのことが高いハードルになってしまっている。気が重たくて着替えることすらできない。「着替えるのがめんどくさいから外に出たくない」ではない。その先にある「外に出る」ことに対する拒否反応がいち早く出ているのだと思う。

「着替えられれば外に出られのですか?」

と先生に聞かれたので、出られるかもしれないし、出られないかもしれない、と答えた(と思う)。さらに、その週は割と調子がよく、3回着替えて外に出ることができた、と話した。

「じゃあ、とりあえずの目標を『着替える』ということにしよう。1週間のうち、何回着替えられたらいいと思う?」

「着替えるだけなら、できるだけ毎日できればいいと思うのですが」

「最初からそんなに高い目標を掲げてはいかん。とりあえず、週3回着替えられたらいいことにしよう」

ふむ、そうなのか。

目標が高すぎると、却って早く挫折する、というのはわかっているつもりだ。だから今では、「とりあえずこれくらいできれば」という、自分としては「高くない」目標を設定しているつもりなのだが、それが今の自分にとっては既に高すぎる、ということを自覚していないようだ。そこのズレが、悪循環を生み出している要因の一つかもしれない。

だから自分は言われた通り、とりあえず「週3回は着替える」ということを目標にした。

先週は、1日は妻と一緒にスーパーに行った。もう1日は電子レンジを買いにヨドバシに行った。そして土曜日。

「今週はまだ2回しか着替えてない」

ということに気がついて、外に出るつもりもないが、とりあえず着替えるだけ着替えてみた。外に出るのではなくて、ただ着替えるだけ、と思ったら、気が重くなることも何もなく、普通に着替えられた。そのまま部屋で過ごした。

最初はこれでいいのかもしれない。

今週は今日はじめて着替えた。妻が皮膚科に行くというので、まだ薬はあるが、自分もついて行って診察してもらった。ちょっとしんどかったが、着替えられた。よし、これで今週はあと2回。最悪の場合「着替えるだけでいいんだ」と思えば、ずいぶん気が楽である。どうせだから3日分まとめて着替えてしまえ。あ、いやいや、それは違う。

ついでだから、皮膚科に行った話。

最近背中に白いボツボツができている。自分では見えないので、妻にiPadで自分の背中を撮ってもらい、それを見てみると「なんじゃこりゃ?」という、本当に白いボツボツが点々とある。しかもけっこう大きい。妻が「ここは何の薬を塗っていいかわからない」と言うので、今日も一緒に診察室に入り、診てもらった。すると、

「老廃物が溜まったものです。周りと同じように軟膏を塗ってかまいません」

とのこと。おそるおそる、なぜこんなものができるのか聞いてみたら、またしても、

「老化です」
「老化です」
「老化です」
「老化です」
「老化です」

もう老化は飽きたからやめてほしい。と誰に文句を言ってもしかたがない。

以前所属していた山岳会の仲間であるNさんが、関東を離れるということで、送別会に来ないか、というお誘いが先日きた。とても行きたかったが、17時から錦糸町で、ということで、まずそこで躊躇した。

横浜から錦糸町なんて、以前はそんなに遠くは感じなかったが、今では電車でずっと立っていくのはしんどい。(座れれば別だが)
それくらい自分は弱ってしまっている。

それに、今では経済的に切り詰めているところ。飲み会に行くとなると、数千円。以前はそんなに高くは感じなかったが、今ではそれだけのお札が出て行くのはしんどい。(稼げれば別だが)
それくらい自分は困窮してしまっている。

とても行きたかったが、そこはぐっと我慢、と思って、泣く泣く以下の返事を返した。


お誘いありがとうございます。

Nさんとも久しく会ってないので、ぜひ行きたいところですが、ちょっと無理そうです。いろいろと理由はあるのですが、

・17時から錦糸町となると、行くのはいいけど、途中でしんどくなっても帰ってくるのが大変。

・夜遅くに帰ってくると、次の日の体調に影響が出る可能性がある。

・経済的に切り詰めているので、飲み会への出席は困難

な状況です。

特に経済的なことに関しては、区役所の生活保護担当の方から、
「今のうちからできるだけ生活を切り詰めてください」
と言われており、生活保護になった場合を想定した生活をしているので、今後飲み会などはご遠慮させていただこうと思っています。

経済的にはまだ若干の余裕があるのですが、このままだともう時間の問題です。家計簿とにらめっこしていると、今の生活では生活保護になったときに赤字になってしまう月が多いので、妻と相談して、「お金があるうちに・・・」と言うのは極力やめて、本当に何か必要になったときの臨時出費だけにすることにしたのです。

一昨日は電子レンジが壊れて、痛い出費があったところ(T_T)

今後もいろいろ不義理をすることがあると思いますが、どうかご容赦ください。

それでは、皆さまによろしくお伝え下さい。


その送別会が昨日だったのだが、そのときの写真をNさんがfacebookに10枚もアップしていた。

それを見て、とても後悔した。

とても懐かしい仲間がそこにたくさんいた。
10年以上会ってない顔がそこで笑っていた。
自分もその輪の中にいたかった。

無理は禁物、と思ってはいるのだが、「ここぞ」というときには、多少の無理は覚悟したり、出し惜しみをするべきではないのだろうか。思い出はなにものにも代えがたい。万難を排して、いや万難があろうと行くべきだったのか、それとも行きたいのを我慢して正解だったのか。

そもそも正解などない。そんなことはわかっている。自分が最善と思ったとおりに行動する。常にバランスを考えて行動する。それらを見極める感覚を身につける。

「山は逃げない」と山屋の間ではよく言われる。仲間にも、生きていればまたいつか会えるだろう。だから、次に会えるその日まで、なんとしてでも生き延びるのだ。たとえ這いつくばってでも。

先日、電子レンジを買った帰りにカラオケ店の前を通った時、チャットモンチーの「バスロマンス」が流れていた。PVが流れていたので、思わず立ち止まって見てしまった。別にチャットモンチーのファンというわけではないが、バスロマンスは自分の好きな曲で、聞くたびになぜかせつない気分になる。

この曲をはじめて聞いたのは、テレビ番組「僕らの音楽」でチャットモンチーと蒼井優がコラボしたときだ。放送を見てすごく気に入って、CDを借りてきた覚えがある。3年間の遠距離恋愛の末、彼氏と無事結ばれるという女の子の目線で書かれた曲である。およそ自分には似つかわしくない。

なぜこの曲でせつない気分になるのかわからない。単に好みとかそういうのではないと思う。自分の潜在意識のどこかで、何かが共感しているのかもしれない。

自分の潜在意識が何を考えているか、直接聞いてみたい。