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鬱るんです
躁鬱病の元ITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、派遣のエンジニアをやったり小さなIT企業でほそぼそと働いたり、Web制作事業を立ち上げようとしたりしたが、今は就労継続支援B型事業所でリカバリーを頑張っている毎日。

月別アーカイブ: 2005年9月

昨夜は22時過ぎに寝ようとチャレンジ。でも神経がたかぶってなかなか眠れない。追加眠剤を飲んでも眠れない。喉が渇いて何回も牛乳を飲んだ。結局眠れたのは何時頃だろうか。でも夜中は比較的よく眠れた方で、3時とか4時とかに目は覚ましたものの、6時に起きた。

会社に行っても仕事に身が入らない。昨日のミーティングの結果を課題管理表に反映させ、お客さんやその先の取引先、基盤チームとネゴっておかないといけないような急ぎの項目をまとめ、午後からチームのメンバーにレビューした。なかなか前に進まない。このプロジェクトは、なぜか私はサポート役だったはずなのに、いつの間にか推進役になっている。しかし、まだ自分もわけがわかってないのだ。タスクが洗い出せてない。だからスケジュールも作成できない。「とりあえずさあ、スケジュールひこうよ」と上司に言われてミーティングは終わった。しかし、私はもう今日はその時点で疲れ切っていた。席に戻っても虚ろな目で何も存在しない空間をずっと見ていた。

そんな私の状態に気がついたらしい上司が「大丈夫か、スケジュールひけるか?」と聞いてきた。「わかりません」と答えた。本当にわからないのだ。昼食のときに、昨日の人事部との話は上司にした。もうあとがない、今度調子を崩して休んだら、即退職になるかもしれない、という話をしたばかりだ。それで私がこういう状態なので、これはやばいと感じたのか、「わかったスケジュールは○○さんにひいてもらうから」と、私がやるべきスケジュール作成を協力会社に任せてしまった。

何も考えられなかった。頭の中が空虚な空間だった。何をしていたか覚えてない。と言うか何もしていなかった。何もできなかった。気がついたら17時半になって、しかたがないから帰ろうとしたら、「みんな集まって」という声がかかった。今日をもって寿退社する女性社員の挨拶だった。先週送別会をした女の子だ。彼女の挨拶があって、花束贈呈があって、みんなで書いた色紙を手渡して、その後はその子と女性社員がわいわいやっていた。「写真撮ってあげようか?」私が声をかけると、その子が「じゃあこれでお願いします!」と自分のデジカメをバッグから取り出したので、花束を抱えたその子を中心に、他の部署や派遣の女の子一同の写真を撮ってあげた。幸せな退職をする人間を、不幸せな退職をするかもしれない人間がカメラで撮る。皮肉なものだ。

昨夜は22時頃寝ようとしたが、なかなか寝つけなくて、23時頃追加眠剤と牛乳を飲んだ。やはり最近は追加眠剤がないと眠れない。なんでだろう。夜中寝苦しくて3時半くらいに目が覚め、しばらく眠れなくなった。なぜか悪寒がする。我慢して横になっていたらまた眠れた。5時過ぎくらいにも目が覚めたが起きずに、7時頃起きた。

会社に行ったら今日は忙しかった。午前中は課題を整理するのに一生懸命。13時から15時半まで協力会社さんと打ち合わせをぶっ続けでやった。2人でやったので喋りっぱなし。その後すぐに基盤チームの人を交えて16時20分くらいまでミーティング。これも喋りっぱなし。喉が痛くなってしまった。そして16時半から人事部と面接。

「これ以上うちの会社には、制度としてあなたを守れる枠組みはありません」

人事部の人は静かにそう言った。

あと3ヶ月。とりあえず12月いっぱいまで首はつながった。しかし、それが限度かもしれない。

年次有給休暇はあと8日残っている。休職期間は、実はあと4日だけだが残っている。休職満了日が7月4日だったのだが、仮出社は6月30日までで7月1日付で復職となったから、微妙な残り方をしているのだ。

あと3ヶ月間調子を崩さなければ、まだ首はつながる可能性はある。しかし、それまでにまた調子を崩して休んでしまった場合、私の場合はもう通常の欠勤というものはない。有給休暇を8日使い切り、それにもかかわらず出勤できない場合、自動的に休職となり、4日たてば自動的に退職となる。

11月下旬に主治医に診断書を書いてもらい、その内容によって来年1月以降の処遇が決まることになっている。どんなに調子が悪くても、主治医に頼み込んで診断書に「状態がいいから残業務含めた通常勤務が可能」と書いてもらえばとりあえず首はつながる。しかし、上に書いた有給休暇と休職の残日数の話に変わりはない。いくら首がつながったと言っても、実際に調子を崩して再び休んでしまうと、いつでもアウトになる可能性はある。「次に調子を崩せば終わり」という状態はずっと続くのだ。

「うちの会社には定時勤務で務まるような仕事は1つもありません」

人事部の人は静かにそう言った。本当かどうかわからないが。「早くやめてくれ」と言っているとしか私には思えない。なぜなら、定時勤務で働いているような一般職の女性はたくさんいる。身体障害者の人もたくさん嘱託として雇用しており、定時勤務で働いている。6月3日の面接で「どうしてもきつい場合は、嘱託という立場で残ることも可能です」と言ったのは、今日面接した人と同じ人だ。言っていることが違う。

医者は診断書に「働けない」とは書いてない。「残業は見合わせた方がいい」と書いているだけだ。定時勤務で嘱託として勤務可能といったんは言っておきながら、「そんな仕事はない」と言うのはどういうことだろうか。人事部との面接は全て録音している。それを突きつけたら、どう答えるだろうか。

万年最下位と言われていた阪神が優勝したのが2年前、実に18年ぶりのことだ。そして今日、また阪神はリーグ優勝を決めてくれた。特にプロ野球のファンというわけではないが、大阪で生まれ育った私のような人間はデフォルト阪神ファンなのだ。やはり阪神が勝つと嬉しい。死のロードを勝ち越しで折り返し、その後も中日に0.5ゲーム差まで追随されながら、突き放していった阪神。私も今は我慢の時期で、いつか今日のタイガースのように輝ける日が来るだろうか。

昨夜は22時過ぎに寝た。でもなかなか寝つけなくて、23時頃追加眠剤と牛乳を飲んだ。その後は眠れたが、2回くらい目を覚ました。5時40分に起床。しばらくネットをしたり新聞を読んだり昨日買った週刊アスキーを読んだり。いつの間にかソファで寝ていて、気がつくと7時半。朝食を食べてゴミを出す。

今日は10時出社。水曜日は16時半からミーティングがあって、17時半には帰れないことがわかっているので、1時間ずらしているのだ。なんだかんだやっているうちに仕事は終わった。ミーティングが続いて肩が凝った。今日ミーティングで基盤チームの人に出てもらったから、いろいろ聞きたいことがあったので教えてもらおうかと思ったら、途中で「別件があるから」と言って抜けてしまった。聞きたいことは山ほどあってメールで投げているのだが、忙しくて返事を書いてられないのだろう。明日か明後日にでも30分でも時間をとってもらって個別にヒアリングまたするか。すごく忙しい他の部署の人にお願いする、というのがすごく気が重い。でも聞かなきゃわからない。

明日は人事部と面接だ。連絡がぜんぜん来ないと思っていたら、今日いきなり明日の16時半から、と言われた。どうなるのかなあ。最悪クビかなあ。D.カーネギー著「道は開ける」に書いてあった「最悪のシナリオを自分で予想し、それを受け入れる勇気を持てば、どんな困難も乗り越えられる」というくだりを思い出した。どんな結果が出ようと、もうあとは開き直るしかない。

昨夜は22時過ぎに寝た。でもなかなか寝つけなくて、23時頃追加眠剤と牛乳を飲んだ。その後は眠れたが、途中1時とか2時とか3時とか頻繁に目が覚めた。5時半に目が覚めたときに、もう起きてしまおうかと思ったが、できるだけ体を休めるためにまた寝た。結局6時半に起きた。

会社に行って仕事をする。部長に呼ばれて話をした。うちの会社の評価制度で、上期と下期にそれぞれ期首に個人の目標を立てて、期末にその自己評価をし、上司と面接をする、というのがある。しかし、私はそれをやっていない。目標も立ててなければ期首の面接もやっていない。しかし、それが評価につながるので何かしらの形で面接はしないといけない。と言うわけで、とりあえず職場復帰してからこれまでの成果と自己評価を報告した。

仕事はなかなか進まない。なんせ、基盤チームにいろいろと投げた球がぜんぜん帰ってこないのだ。と思ったら、今度はネットワーク部隊からも新規のネットワークセグメントについての通信要件について、問い合わせが来た。とりあえず今回は顧客の本部のセグメントがもうあふれたので新しいのを追加したので、通信要件は今の本部とデータセンターの要件と同じ、と回答したら、現行の要件は把握していないので教えてくれ、と返事が来た。

なんか話がおかしい。周りのメンバーに聞くと、そこはネットワーク部隊がおさえているはずだ、と言う。しかし、わからないから教えてくれと来たのでとりあえず資料を漁ってみると、それらしいExcelファイルがあった。が、開こうとしたらパスワードがかかっていて開けない。しかし同じフォルダにあるテキストファイルの記録を見ると、そのパスワードをかけたのはそもそもネットワーク部隊らしい。なので、パスワードはそっちでわかるでしょ、とそのままそのファイルを送った。いいのか、こんなので。

帰宅してからテレビで「ウォーターボーイズ選手権2」を見た。去年も見たが、とにかくおもしろいし、なかなか泣かせるドキュメンタリーっぽくも作ってある。涙腺がもろい私はうるうるしてしまった。それにしても、だんだん全体的にレベルが高くなってきて、技術にしろ演出にしろ、本当によくこんなのできるなあ、とか誰がこんなの考えたんだろうと感心する。いろんな人たちがいろんなことをやってきた中で、オリジナリティを追求するのは難しいだろうなあ。

昨夜は22時頃寝ようとしたのだが、昼寝をしたせいかなかなか眠れない。23時前に追加眠剤と牛乳を飲んだが、まだ眠れず、23時半に一回起きてきた。PCを立ち上げ、調べようと思っていたことを検索した。まず横浜ビブレにできるというユニクロ。10月上旬と書いてあったが、はたして何日なのか。ユニクロのHPを覗くと、前は載ってなかったのに、今日は「10月1日」と書いてある。おお、1週間後ではないか。来週は新規開店のユニクロ横浜ビブレ店に行くのだ。何かオープン記念セールやってないかなあ。横浜の三越跡にできる、マルチメディアアキバに続く大きなヨドバシはいつ開店だろう?それも探してみたが、11月中ということしか発表されていない。

30分くらいネットしてそのまま寝た。そして5時半起床。ネットをしたり朝食を食べたり新聞を読んだり。ちょっと眠くなってきた。と言うか少し寝たかな?でもちゃんと起きて会社に行った。しんどくはない。

今進めているタスクは、ようやく「何がわからないか」がわかりだして、そのわからないところを基盤チームのメンバーに「ここはどうなってんの?」「あれはどうしたらいい?」と質問メールを投げまくり。返事が返ってきたり返ってこなかったり。連中も忙しいだろうが、教えてくれないとこちらも動けない。一日中メールを書いていただろうか。

15時半からはミーティングで、自分たちのチーム内でも認識がずれていることが発覚。いったい誰がとりまとめてるんだ、このプロジェクト。と言うか誰もとりまとめていない。「新しい本部システムのOA基盤はOffice2003だ」なんて、どこにも書いてないし誰も教えてくれない。ただ「OSはWinXP SP2で統一します」だった。だからこのチームでは、現行のAccess2000で作られた一部のシステムを、同じAccess2000でWinXP上でせっせと動作確認している。私がこのチームに来る前からだ。なんでこんな基本的なことが情報共有されてないのだろう?うちのチームは誰も知らないが、基盤チームやその他の新システムチームは当然のように知っている。いかんなあ、コミュニケーションはSEの基本なのに。

とりあえず「うちだけOffice2000ではだめなのか?」と基盤チームに聞くと、OA基盤の画面でExcelと連携していて、それが2003でしかテストしてないという。複数のシステムを統合するプロジェクトで、ここだけの為に全てをExcel2000でテストし直すわけにはいかない。そんな状態でバトンを渡されて、いったい私はどうすりゃいいの?という感じであるが、Office2003でAccessだけ2000というソフトウェア構成が可能かどうか調査したら、マイクロソフトのナレッジベースによると可能らしい。ただし古いバージョンを先にインストールしておかないといけないので、Access200を先に入れて、その上からAccessを消さないようにOffice2003を入れないといけない。これはキッティングチームのマニュアルから逸脱してしまう。それはそれで特別対応を依頼しないといけない。

状況を整理して「早急にどっちのバージョンでいくか決めないといけないので、さっさと決めてください」とチームのメンバーに同報で投げてから、定時なので退社した。お客さんと話を通さないといけないが、私は動けない。私の存在はお客さんから隠蔽されている。まだ名刺も作ってもらえないのだ。

会社からそのまま病院に直行。先週の水曜日から調子がよくなったことを話した。今日はそれくらいしか話さず、とりあえず今の薬を続けて、2週間後は祝日なので3週間後にまた来ることとなった。