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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

カテゴリー:日々の出来事

へいやーすれすれー

へいやーすれすれー

あーまぐーもーびょーぶー

おもたーくとーざーしー

 

そのぜったんにー

そのぜったんにー

そのぜったんにー

 

 

いきなりガッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕映えの富士

ゆーばえーのーふーじー

ゆーばえーのーふーじー

ゆーばえーのーふーじー

ゆーばえーのーふーじー

ゆーばえーのーふーじー

ゆーばえーのーふーじー

ゆーーーばえのふじーーーー

 

 

うむ、美しい。

 

手前の三角屋根さえなければ・・・。

今日は妻が退院してから初めての通院日。
胸のレントゲンを撮り、その後しばらく待ってから診察。

 

レントゲンの結果は異常なしで、あとは手術の傷口が塞がればOK。毎日傷跡をチェックしてくださいと言われていたので、自分が一応毎日見ていたのだが、かさぶたみたいになっている上に保護テープが貼ってあるので、見ても正直よくわからなかった。濡れたりしてこなければ大丈夫、と言われていたので、膿んだりしてないか確認しておけばよかったのだろう。

 

今日、女医さん(ここ重要)が妻の傷口のテープを取り、「う~んと、ちょっと傷がくっつくのが遅いですね~。またテープでとめておきますね~」とテープを貼り直したのだが、そのときに傷口を見せてもらった。

 

唖然。

 

なんか、長さは3センチくらいだが、深さが5ミリくらいにぱっくりと割れているのだ。そしてその傷の断面は、驚くほどきれいで、かまぼこに少し包丁を入れたかのようだ。

くっつくのか、これ?と思ったのだが、くっつくんだろうなあ。人間の体って不思議。

 

 

そして、切除した病変の病理検査の結果も出ていた。

術後の先生の目視では、腫瘍ではない、との判断だったが、その見立て通りで癌ではなかった。しかし、全くの異常なしというわけではない。検体を薄くスライスして何枚も顕微鏡で検査したところ、

 

「異形成なんとかかんとか」

 

の組織が含まれていたということだ。赤字にしていて「なんとかかんとか」とか書くなよ、と言われそうなところだが、先生がしゃべるのが早くてメモするのが追いつかなかったのだ。「異形成」というのは、Wikipediaによると、

 

上皮内癌ほどではない構造異型や細胞異型を示す細胞から成る病変で、異型の高度なもの=高度異形成は、前がん病変あるいは良性と悪性の境界病変とされる。通常は体積の増加がみられないものを指す(体積が増加しているものは、「境界悪性腫瘍」などと呼ぶ)。異型度が高度でないものも、しばしば不可逆的に徐々に異型度を増してゆくこともあり、時として悪性腫瘍に進行する。

 

ということで、要は、

「前がん病変」

だったということである。

前がん病変とは、癌ではないが「癌になる確率が高い」組織である。つまり、CTでに写ったあのシロい影は、全くのシロではなかったとうことだ。

 

早期に発見できて、早期に切除してよかった。

そう言えば、妻の面会に行った時のこと。

「院長回診」というものに遭遇した。大名行列よろしくぞろぞろと。

 

妻の病室にも入ってきた。自分は邪魔になると思って病室の外に出た。

後から「何か言われた?」と聞いたら、院長は妻の方をちらっと見て、

 

「ドレーン」

 

その一言だけ言って去っていった、とのこと。

 

なんなんだろう、院長回診て。

今回、妻が入院した病院は、様々な面で恵まれていた。その1つが「病室で携帯メールOK」だった。通話も、病室を出てすぐのオープンスペースでは可能だった。

病室でメールができたおかげで、いろいろな連絡ややり取りができた。

 

「持って行ったサンダル、ちょっと大きかったから赤いスリッパ持ってきて」

えーと赤いスリッパ。どれだっけ。ここにあるやつかな、茶色いけど。とりあえず写メを撮って妻に送る。

「これ?」

「違う、どこどこに入っている赤いやつ」

えっと、ああこれか、とまた写メを撮って妻に送る。

「あ、こっち?」

「そうそう、それそれ」

 

文章だけでなく、画像も送れるというのは非常に便利である。他にもいろんな雑談やら連絡事項をやり取りできて、いろいろ助かった。

この8日間の入院で、妻と私が交わしたメールの総数は・・・、

 

202

 

なかなかの数字であった。数えるのが大変だった。

 

病室で携帯のメールがOKという病院は初めてだが、今どきは他の病院でもそういうことになっているのだろうか?

今日、予定通り妻が退院した。

荷物も多いことだし、退院時にはタクシーで帰ることにしていた。

今日も体調がいまいちな自分は、9時半に病院に着くべく、バスと徒歩で迎えに行った。へろへろだったからタクシーを拾いたかったが、行きも帰りもタクシーを使うわけにはいかない。タクシー代もバカにならない。とにかく病院に着けば、後は荷物を持ってタクシーに乗るだけだ。

病院についたら、妻はぴんぴんしていたが、自分はぐったりしていた。

そのまま家に帰るかと思いきや、自由の身になった妻は、ユニクロに行きたいと言い出した。

手術で切ったのは、脇腹を3センチくらいと、背中を1センチくらい。普通の下着だと、ちょうど傷になったところが擦れるかもしれないので、いわゆる「ブラトップ」というやつを買いたい、とのこと。

それを女医さん(ここ重要)が勧めていたのを自分も昨日聞いていたので、へろへろだったが、妻につきあって近くのユニクロまで歩いた。

結局その後はバスで帰った。へろへろになって家にたどり着いた。

 

退院にあたって一番気をつけないといけないのは、「安静にすること」だと女医さん(ここ重要)に言われた。ずっと寝ていたりすると、筋肉が固まってしまうので、よく手を回すこと、1日1時間は歩くこと、などと言われた。1時間はきつい、と妻が言うと、30分でもいいと。日常の生活も、重いものを持ったりしなければ、普通にやってかまわない、というかどんどんやってください、とのこと。

 

とりあえず、短いようで長かった男やもめの生活が終わった。

 

正直、きつかった。

 

自分自身調子が悪い中、最初はきちんとご飯を作ったり布団を干したり、家事をやっていたのだが、週の半ばからもうヘトヘトだった。

 

鬱の身体症状である「易疲労感」が恨めしい。

ただの「疲労感」や「慢性疲労」ではなく、「易疲労感」である。読んで字のごとく「疲れ易い」ということだ。少し何か家事をやっただけで、くたくたになる。しばらく休んで、また何かやると、またくたくたになる。その繰り返し。改めて、これでは働くどころではないな、と思った。

 

今回の妻の入院では、いろいろ考えさせられた。

 

家事の大変さ、自分の脆さ、そして妻の存在の大きさ。

 

いつもはちょこちょとっと手伝っているだけの家事を、本気でやるとこんなにしんどいとは。妻に任せっきりだった自分が情けなくなる。

これからは、もっと積極的に妻をサポートしなくては。それが自分の役目だから。そして妻の役目もまた同じ。支えあって生きている。

 

 

なんだか今日の日記はまとまりがないが、

 

何はともあれ、

 

無事で何より。