TOPに戻る
鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

今日は久々にヴォーカルアンサンブルの練習に出ることができた。

いつもと同じように朝5時頃起きてメールチェックしたり朝食を食べたりした後、どうせ今日は昼からだから、ともう一度寝てしまう。この「もう一度寝る」ということを当たり前にしてしまうのが問題かと思うが、とにかくもう一度寝てしまった。

11時半頃彼女からメールが入った。それで目が覚めたが、体が動かなかった。なんてことだ、10月も2回とも練習に出られなかったのに、なんで今日もまた体が動かないんだろう。久々にメンバーと会って歌いたいし練習後にお茶もしたいし、なぜなのか。今週ずっと調子が悪かったから、まだそれをひっぱっているのか。13時から相模大野で練習なので、行くならもう起きないと間に合わないのに〜。

そんなことを思いつつ、寝たまま「行かなきゃ行かなきゃ」を頭の中で繰り返していた。1時間くらいたって、ふと体が動くようになった。何がきっかけか自分でもよく覚えてない。とにかく「今なら行ける」そういう瞬間があったので、以前にもやったように、極力何も考えずに機械的にすばやく身支度を整え、外に飛び出した。時間は12時半くらいだった。今なら30分遅れくらいで間に合う。早く、早く。久々に飛び出した「焦りの心」。電車に乗っていても「早く、早く」と焦りが消えない。自分がいくら焦ったところで電車は速く走るわけではないのに、この「早く、早く」という思いが湧き出して止まらないことがある。これが自分の「焦りの心」で、これが災いの元になることが多い。焦るあまりに何かミスをしでかすことがあったりする。今日は幸い何もなく練習場についた。

久々の練習は楽しかったが、やはり疲れた。歌うのはもちろん楽しいのだが、少人数のアンサンブルはかなり神経を使うのだ。大人数だと神経を使わなくていいかというと、そういうわけではないが、少人数のほうが緊張するのは確かだ。途中休憩をはさんで3時間半。今の自分にとってはかなり厳しい。が、充実した時間だった。練習後に久々にファミレスでみんなと飯を食ってバカ話に花を咲かせるのも楽しかった。次の練習は2週間後だ。次も行けるといいが、どうなることやら。

今日はデイケアに行けないとか行かないとかいったレベルではなかった。
なんと、14時過ぎまでぐっすり寝ていたのだ。当然そんな時間に起きて行けるはずもない。と言っても14時まで一度も目を覚まさなかったわけではない。いつもは4時とか5時くらいに一度目が覚めていったんは起きるものの、6時くらいに調子が悪くなってまた寝てしまう。今日は起きたら6時頃で、朝食を食べてから異様に眠たいのでまた寝てしまった。8時頃携帯が鳴った。実は、以前に彼女と電話で話をしたらスイッチが切り替わったようにデイケアに行けたときのことを思い出して、そのパターンを試してみようと思って昨日彼女にモーニングコールを頼んでおいたのだ。が、何を話したか覚えてないが、完全に寝ぼけていて二言三言話しただけで切って(切れて?)しまった。そしてその後14時過ぎまで爆睡していた。電話で自分が何を話したのか、あとから彼女に聞くと「何を言ってるのか全く聞き取れなかったけど、寝ぼけてると思って切った」そうだ。これだけ見事に寝過ごしてしまうと自分でもあきれるしかない。昨日は別に疲れが残ることをしたわけではない。眠剤が効き過ぎたのだろう、そう思って開き直ろう。今週も実質ほとんどデイケアには参加できなかった。また来週しきりなおしだ。

今日は診察の日だった。が、行かなかった。いや、これは行けなかった、と書くべきだろう。
デイケアは休んでも別に支障はない。カウンセリングは行くのが原則だが、行かなかったとしても一回休みになるだけですぐに何がどうなる、ということはない。もちろんカウンセラーに迷惑はかけてしまうが。しかし、診察をすっぽかすと薬がきれてしまう。最低でも薬はもらいに行かないといけないのだ。だから休んではいけない。にもかかわらず今日は体が動かなかった。

しかたなく、今日は彼女に薬をもらいに行ってもらった。この手を使うのは2回目だ。本当なら自分で行って自分の口から状態を主治医に説明するべきなのだが、昨日から不調だったので「明日やばいかも」というのは感じていた。幸いなことに彼女も同じ主治医で同じ木曜日に通院で、彼女自身の診察もあったので、診察券を預けてついでに行ってもらった。家も近所で同じ主治医にかかっているので、こういうときは助かっている。実際は薬を出してもらうだけでなく、彼女から私の最近の状態について話してもらった。まあ、調子が悪いのだからしかたがないが、ちょっと気が滅入る。今日は完全に鬱だった。16時ころ、彼女が帰ってくるまで布団にくるまっていた。おとなしく浮き上がってくるのを待つか。

今日もデイケアは行かなかった
朝はいつも通りである。3時くらいに一度目が覚めたがもう一度寝て、次に起きたら5時くらいだった。メールチェックをして朝食を食べて、そしてその後の記憶がない。確か、「今日は朝からデイケアに行くつもりだったけど、調子悪いからいいや。もし調子よくなったら行ったらいいし、ずっと悪かったらお休み」とどこかの時点で思った、ということだけ記憶している。結局14時頃まで寝ていたのだ。まあいいや。ここで開き直らずに「また行けなかったよ」と悔やんでいては、また思考がループしてしまう。一度ループにはまるとなかなか抜け出せない。調子が悪かったのは鬱だったのか鬱ではないのか、自分ではわからないけど、そういうことをいちいち考えるのもやめた。調子が悪かったのは事実なのだ。行けなかったのでなく、「行かなかった」のだ。自分で決めた選択肢にしたがっただけなのだ。でも実際14時くらいに食事をしようと外に出たら、またどこに行っていいやら何も決められなかったので、かる〜い鬱ってところだろうか。

15時くらいから気分が晴れてきたので、中島らもの「心が雨漏りする日には」を読み出した。著者の躁鬱病の体験記が軽妙な語り口で書かれており、思わず一気に読んでしまった。中嶋らもはだいぶ前に朝日新聞の日曜版に「明るい悩み相談室」を連載していた頃から好きだったが、こんなにも躁鬱が激しく、アルコール依存症も患っていて、精神病院に何回も入院していたとは知らなかった。中嶋らも自身、うつ病になる前に、精神医学には興味を持っていて、はじめて鬱になったときに、自ら病院に行ってうつ病と診断されて「やっぱりそうか」と思ったらしく、その場で「リタリンください」と言ったそうだ。ぶったまげてしまう。リタリンと言ったら最後の手段というか、効き目は強烈だが、ほとんど覚醒剤に近いような危ない薬で、相当重症で放っておくと自殺してしまうとか、ナルコレプシーの患者くらいにしか処方しないものなのだが。合法ドラッグとしても出回ってるらしく、中島らもも「筒井康隆はリタリンでラリってるらしい」というのを聞いて知ったらしい。

今日はデイケアに行かなかった。昨日のうちから行かないことに決めていたのだ。昨日の通院でかなり疲れたから反動が今日に来ることは予想していたし、明日水曜日の午前中のプログラムは卓球の練習なので、それに出られるように調整しようと考えた結果、今日は最初から休むことにした。

朝はいつも通り早く起きて朝食を食べ、そしてまた寝てしまった。いつもながらこの辺りの記憶があまり定かではない。昼頃まで寝ていたことは確かである。ネットで注文していたトライトーンのニューアルバムが12時過ぎに届き、その直後にバイトが休みの彼女から電話が入った。彼女と昼食を食べ、届いたばかりのCDを聴いたり、その他のCDをかけたりと自宅でまったりしていた。「映画でも見る?」と彼女に聞いたが、「なんだか疲れてそうだからいい」と言われた。自分では自覚していなかったが、疲れているように見えたらしい。実際、言われてみてはじめて疲れが残っていることに気付き、15時くらいから17時過ぎまで眠ってしまった。その間、彼女は私が買っていた中島らもの本を読んでいた。

夜も、夕食を食べてテレビを観ていると、また眠気が襲ってきた。まだ疲れが取れていないようだ。今日は休みにして正解だった。もっとも、最初から休みということにしていなくても、どっちみち行けなかっただろうが、「休み」と決めてしまっていたほうが確かに気が楽だ。明日は朝から張り切ってデイケアに行くのだ。卓球大会は来週だ。