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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

カテゴリー:メンタルヘルス

退院してから2週間が経つ。

入院中にはいろんな検査をしたのだが、その時に首のレントゲン写真で異常が見つかった。首の骨と食道の間の組織が腫れているそうだ。(と言われて写真を見せられたが、よくわからなかった。)この腫れが大きくなってくると、神経を圧迫して両手足が痺れたり麻痺したりする。一時的なものかそうでないのか、原因は何なのか、その時点ではわからなかった。退院時には経過観察ということで、2週間後にまた検査をすることになっていた。

今日改めてレントゲンとMRIの検査をしたところ、腫れはひいていて正常になっていた。beforeとafterの写真を見比べると一目瞭然だった。一時的なもので、心配ないでしょうとのこと。とりあえずホッとした。原因は特定できなかったが、自殺未遂をしてから自分が目が覚めた時に、口に大きな管が入っていて両手足が拘束されており、パニックになって頭をがんがんと打ちつけたからかもしれない、と話すと、医師もその可能性が一番高いですね、とのことだった。

とりあえず、不安要素がひとつ減ってほっとしている。医師も看護師もその他のスタッフや事務の方たちなども、みんな優しくていい人だった。病院自体もとても綺麗で設備も新しいみたいだった。院内のレストランのカレーを今日食べたのだが、これが超うまかった。次に救急車で運ばれる時には、ぜひまたこの病院をお願いしたい。

・・・・・・・いやいや、救急車はもうごめんである。救急搬送されたのはこれで4回目。入院にいたっては8回目。決して好きで病院に行ってるわけではないのだが、何の仕事も趣味もない今、自分のスケジュール帳にはいろんな病院の通院予定が書いてあるだけ。今回、またひとつ診察券が増えた。こうなったらコンプするのだ。(意味不明)

今日はメンタルクリニックへの通院日だった。通常は2週間おきだったが、自殺未遂をしてからマメに通っていて、今日は1週間ぶりだった。抑うつ状態が残っている状態からだんだん安定してきて、昨日はちょっとイラッとしたけど頓服を飲んだら落ち着いた、という話をした。この調子で続けていきましょう、ということで、次の通院は従来通り2週間後となった。ただ、調子が悪くなったらすぐに病院にいくつもりではある。

 

それにしても今日は雨が降って寒かった。予想最高気温は18℃だったのに、とてもそんな気温ではない、夕方の天気予報によると、明日の予想最高気温は18℃で今日より4℃高いとのこと。これが繰り返されるのだろうか?

 

寒いのは気温だけではない。お財布も相当寒い。貯金はあと何ヶ月もつだろうか。ある程度のシミュレーションはできても、予想できない臨時出費もあるだろう。今回の自殺未遂での入院も、結果的には健康保険が適用されて、高額医療費の制度も使えたが、それでも数万円はかかってしまった。

 

予想されている臨時出費としては、来年の2月に母の三回忌があるので、夫婦二人で横浜と大阪を往復するための交通費。あと3ヶ月だから、よほどの臨時出費がない限りまだ多分大丈夫だと思う。しかし、その後は当分大阪に帰れないかもしれない。せっかくだから、関西方面の友だちとも会っておきたいとか思っているが、財布よりも体調のほうが問題だ。今まで一周忌にもお盆にもお彼岸にも体調不良で帰れず、今までまだ一度もお墓参りができていない。なんとか大阪に帰れるあいだに、お墓参りをしないと母に申し訳ない。この前はあやうく直接会いに行くところだった。

 

横浜は2010年に東京を抜いて、日本一物価が高いという。食費もなかなか抑えられない。

きゅうり

きゅうり一本70円近くするのって、いったいどういうことだ。他の地方ではいくらくらいなのだろうか。

今日、ちょっとイラッとすることがあった。普通ならそれくらいの「イラッと」は、そのまますぐに忘れてしまう。しかし今日は、その「イラッと」がずっと続き、「イライライライラ」にだんだん変わってきた。

やばい。

この感覚は。

と思って、鎮静剤の頓服を飲んだ。そのままゲームに没頭していたら、そのイライラが治まった。

あのままだったら自殺未遂をする前の数日間のように、突然「ブチッと」キレてしまうような気がした。

最近はキレルこともなく、鎮静剤を使うこともなく、割と安定していた、と思っていたが、まだまだ心のなかには悪魔が潜んでいる。

「イラッと」には注意しよう。同じ過ちを犯さぬために。

昨日は大阪から兄夫婦が来てくれた。兄はもともとその日に仕事か何かの関係で東京に来る予定だったのだが、奥様も私たちのことを心配して、久しぶりに会いたいということで、兄と一緒に来てくれた。

夜、久しぶりの中華街で食事をし、積もる話もあったので、長々とあれやこれや話をしているうちに、すっかり夜遅くになってしまった。久しぶりに夜中(と言っても21時くらいだが)に外を出歩いたが、えらく寒かった。兄が「やっぱり東京の方が寒いねんなあ」と思ったらしいが、昨日は特別寒かった。

私が自殺未遂をした、まさにその時の話をしたが、改めて考えるととても恐ろしい。頭が真っ白になり、

「死んだら誰かに迷惑がかかる」
「死んだら誰かが悲しむ」
「そもそも自殺なんてしてはいけない」

という当たり前のことが完全に頭の中から消えていた。しかし、今となってもっとも怖いのが、

「全く怖くなかった」

ということである。自分は自殺なんてしないと思っていたし、もし死にたくなっても、どうせ怖くてそんなことはできないだろう、と思っていた。しかし、あの日の、あの時の、あの瞬間は、全く怖くなかったのだ。

今、たとえばそのときの1/10の量の薬を前に出されて「救急車が外で待機しているから、飲んでみなよ」と言われたとしても、

「いやいやいや無理無理無理無理怖い怖い怖い怖い」

である。

「うつ病で自殺」というのが、「病気を苦にして自殺」ではなく、「死にたくなること自体が病気の症状」ということは、基礎知識として当たり前のように知っていたが、発病してから13年が経過して、まさか自分がそんな状態になるとは思ってもいなかった。

本当に恐ろしい病気である。

勤労感謝の日。

めちゃめちゃ働かされていた昔は、「勤労に感謝も何もあるか!」などと思っていた。

しかし、今になってわかった。働けることの喜びと、働きたくても働けないことの悔しさを。

当たり前のように働いている人は、そのことに感謝してほしい。