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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

形あるものはいつか壊れると先人は言う。

10年使ってきた電子レンジが壊れてしまった。

なんてこった。

ネットで調べてみたら、修理したら1万5千円~2万円くらいかかるようだ。

電子レンジの値段を調べたら、2万円出せば新品が買えるではないか。

しかたがない。明日ヨドバシに行こう。

まだお金があるうちに壊れてくれてよかった、と思うことにしよう。

うちにある家電製品は、皆10年以上のものばかりだ。もし生活保護になってから壊れたら、どうすればいいのやら。

今朝、起きたら鬱だった。
何の前触れもなく鬱だった。
何の心当たりもなく鬱だった。

メンタルクリニックの通院日なのに、行くことができなかった。妻に薬だけもらいに行ってもらった。

昨日までは、外に出るのが億劫だとか、いまいち気力がないとか、気が重いとか、「鬱」とまでいかないレベルだった。これらは一般的に言われる「鬱」の症状のように思えるかもしれないが、自分の中では「鬱」ではなく、まだまだ「憂鬱」のレベルである。何度も何度も何度も何度も書いてきたが、「鬱」と「憂鬱」は全く別物である。

どう違うと言われても、説明できない。はじめて「鬱」に陥った時、自分の心身に何が起きているのか、全くわからなかった。今まで体験したことのない感覚であり、それ故に何かに例えることができなくて、言語化することもできなかった。今でも人には説明できない。「鬱」はあくまでも「鬱」なのだ。他の何者とも違う心と体の状態である。

鬱に陥ったのは、おそらく去年ODしたとき以来だろう。なにがトリガーになっているかもわからない。季節の変わり目などに、ホルモンのバランスがちょっと崩れただけで、だだだっと体調を崩すことが多いが、鬱もまたその一つに過ぎないのだと思っている。

鬱は22時を過ぎて、少し落ち着いてきた。それまでは布団にくるまって、目をぎゅっとつぶり、眉間にしわを寄せて、妻に「ごめんよ、ごめんよ」と言っていた。何にもないのに罪悪感や自己嫌悪を感じたり、「自分なんて死ねばいいのに」という希死念慮が出るのも、鬱の特徴である。ちょっとややこしいが、「死ねばいいのに」は「死にたい」と少し違う。違うからこそ去年は油断した。

外では嵐のように凄まじい風が吹いている。自分の鬱も、この風とともに吹き飛んでしまえ。

前回の記事の続きで、昨日参加した心理ワークショップで、「気」を送ってもらった後の話。

カウンセリングの受講生の実習が催眠療法ということで、被験者なる自分は催眠療法を受けた。自分は自律訓練法を昔からやっているので、催眠に対する誤解もないし、その辺の話は早い。まずは先生が自律訓練法を私の左手の温感で行ない、トランス状態に誘導し、言葉で潜在意識に働きかけてきた。

と書いたが、大半の人は???かもしれない。

自律訓練法というのは、たとえば「右手が重たい、右手が重たい」とか「右手が温かい、右手が温かい」とか、頭の中でつぶやきながら、その部位に意識を集中させる、という自己催眠である。この例で言うと、実際に右手がずしんと重く感じたり、本当に温かくなったりする。体をリラックスさせ、心身のバランスを取る効果がある。

自己催眠というと胡散臭そうに思うかもしれないが、医療現場でも用いられている、れっきとした治療法である。スポーツ選手なども取り入れていると聞く。私が教わったのは、ボイストレーニングの先生である。レッスンの最初に必ずこれをやらされた。

その後、受講生の実習として、再び催眠療法を受けた。その前に自律訓練法を行ったばかりだったからか、すぐにトランス状態に入ったような気がする。ヒーラーの話がオーケストラの話だったのだが、オケ伴で合唱曲を歌ってた頃のいろんな場面が、かなりはっきりとしたイメージとして視覚的に頭の中に出てきた。

自律訓練法では体をリラックスさせることはできても、それ以外の暗示を自分にかけることは難しい。訓練すればできるものなのだろうか?

昨日は、1月からお誘いを受けて参加している、心理ワークショップに行ってきた。友人Fがカウンセリングの講習を受けていて、その実習の場として無料で治療を受けている。いわゆる被験者の立場であるのだが、受講生だけでなく先生も治療に加わってくれるので、そこは安心している。

霊的ヒーリングやら気やら、まだまだ自分にはよくわからない世界だが、わからないものはわからないまま、とりあえず受け入れて、自分の反応を見ている、てな状態。

今回は、先月のように「ネット越し」ではなくて、直接「気」を自分に送ってもらった。しかし、正直言って、

「よくわかんない」

状態である。

ただ、3人のヒーラーのうち、1人が私の胸に手を当てた時、なんか「あったかい」を感じた。これは体温の温かさなのか、それともこれが「気」というものなのか、自分には区別はつかない。

私は理系だからなのか、それともそういう性格なのか、ときどき「理屈っぽい」と言われる。(本人の自覚はあまりない)
しかし、以前にも書いたが、「気」というものも含めて、非科学的、超自然的なことやスピリチュアル系のものに関して、頭ごなしに否定するわけではない。納得の行く説明がなくても、「これは自分の役に立つ」と思ったものは取り入れるというスタンスである。レメディーもまたその1つである。

東洋医学やらスピリチュアル系やら、いろんなところで出てくる「気」というものに関して、興味はあるし、実際に自分が体感できればおもしろそうだと思っている。しかし、今のところよくわからない。「気を送っています」と言われても、それを体感できないのだ。

ただ、その後に「ちょっと何かよくなりましたか?」と聞かれると、言われてみるとよくなったような気もする。文字通り「気」のせいなのか、それとも単なる気のせいなのか。

プラシボ的なものかもしれないが、自分自身は「プラシボでも、効けばそれでいいじゃないか」と思っている。まあこれはこれでそのうち、何かを感じ取れる様になるかもしれないし、ならないかもしれない。それはそれでいい。とりあえず続けてみるべ。

今日は午前中は内科クリニック、午後は歯医者に行ってきた。

なかなか外に出られない中、内科はそろそろ薬が切れるので行かないと、と思っていたのだが、明日の土曜日は午前中に予定があり、月曜日はメンタルクリニックの通院日なので、行くとしたらなんとか今日に、と思っていた。しんどいながらも午前中から動けたのは、少し調子が上向いてきたのだろうか。

しかし、行けたのは良いが、結果は悪かった。先月に採血をしたのだが、その検査結果に問題あり。過去2~3ヶ月の血糖値の平均値であるHbA1cの値が、基準値の5.8を上回り、5.9になっていた。危険水域である。

自分は2009年の検査で、HbA1cが7.6といきなり超危険な値になり、即座に糖尿病と診断されて教育入院までした。その際、血糖値が上がるという副作用がある向精神薬を服用していたので、それを中止したところ、血糖値はみるみる下がっていって、結局その薬の副作用だったのね、ということで、それ以来HbA1cの値も基準値内で治まっていた。

しかし、今度は薬の副作用でも何でもない。まさに「生活習慣」に起因する。無理もない。ほとんど毎日動くことなく家にいて、そのくせ過食傾向で食べてばかりいる。せっかく少し減った体重も、この冬でまた増えてしまった。

そして血圧を今日測定したところ、その値も上がっていた。普通の人なら経過観察のところだが、再び糖尿病予備軍となってしまった自分にとっては、看過できない数値だという。あれもこれも数値が上がるなんて、これも全てアベノミクス効果なのか。

その結果、血圧を下げる薬が増えてしまった。今でもコレステロールを下げる薬、中性脂肪を下げる薬とともに、血圧を下げる薬は服用しているのだが、それとは別の薬が追加された。はあ、片方では減薬しているのに、こっちで薬が増えてしまった。

それに比べて歯はいたって健康。半年以上ほったらかしにしていたのだが、非常にきれいな状態とのこと。いつもどおり歯石除去だけで終わった。歯磨きは寝る前の1回だけ。全ての歯と歯の間、歯と歯茎の間、そして歯の表面と裏面を、10分間くらいかけて丁寧にブラッシングしてやれば、自分の場合はそれで大丈夫なようだ。しかし、この歳になると虫歯よりも歯周病のほうが怖い。油断は禁物。定期的に歯医者には行かなくては。

そう言えば、前回の視野検査から1年以上経っているので、眼科にも行かないといけない。めんどうだが、眼底検査で視神経乳頭陥凹大と診断されている私は、緑内障の危険性があるので、1年に1回くらいは視野検査をしてください、と言われている。失明してからでは遅いのだ。早期発見すれば、進行を遅らせることはできる。

今日で我が家の今月の医療費は、ちょうど2万円に達した。来週の月曜日にはメンタルクリニックへ通院なので、まだまだ増える。

金のかかる体だ・・・。