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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

昨日は眠れなくて夜中になんだかんだ書いたのだが、その後3時過ぎに寝たら無事眠れて、8時過ぎに目が覚めた。でも眠いのでまた寝る。9時過ぎ、9時半、9時40分。結局10時に起きた。23時半に寝てるときと変わらないのはなぜだろう。早く寝ても遅く寝ても、起きる時間は結局一緒、というのは今までの経験から明らかなのだが。

今日は生協の日。昨日の予告メールでは16:20頃の配達。実際に来たのは14:10。毎週同じことを書いているから、もういいや。

15時頃に家を出て、今日も大きな公園へウォーキング。相変わらずの猛暑で、横浜もまたもや予想最高気温35℃。暑さにもだいぶ慣れたし、今日は風も結構吹いていたので歩いていてもそれほど不快ではなかった。

ただ、今日は上り坂や階段を登っているときにちょっと胸が苦しくなった。不整脈が出ていたかもしれない。あまり無理をしてはいけない。そう言えば昨日は3時まで眠れなかったのだ。体調は自分が思っているほど万全ではないのか。まあ、10時まで寝ていたわけだから、3時に寝ても7時間は寝てるわけだが。

ここのところ毎日のようにウォーキングしているが、ちょっと前までしんどくて寝たきりだったり、その辺りをうろうろするので精一杯な自分がいたのだ。少し調子が良くなったといって突っ走るのは自分の悪い癖。そうして無理をしてしまう。当然ながら無理はいけないが、問題はリアルタイムに「今は無理をしている」ということを自覚できないこと。そうしてまた調子を崩すということを昔から繰り返している。

過去の日記を読み返すと、カウンセラーにこんなことを言われている。「『取り戻そう』とか思わなくていいんだよ」そう、これはデイケアにずっと行けない日が続いて、やっと調子が上がった日に、今日は元気だから駅から病院まで歩いていっちゃる、と思って50分かけて病院に行った時に言われた言葉である。今でもそういう心理が働いているのだろうか。

ずっと不調だったからといって、「取り戻そう」としても別にそれで何かが帳消しになるわけでもない。今の状態を自分でできるだけ正確にモニタリングして行動に移す、それを常に心がけることが大事だろう。

昨日の睡眠は最悪だった。

いつも通りに23時半就寝。それから最近はすぐに寝付けることが多いのだが、なかなか寝付けない。しかたがないので1時前にいったん起きてホットミルクを飲み、チーズを食べた。これで普通は眠れるのだが、昨日はそれでも眠れない。眠れない。眠れない。気がつけば2時半を過ぎている。布団に入ってから3時間経っても眠れない。これは、先日のサッカーのベルギー戦のときと同じだぞ。確かあのときは、そのまま試合を観てから寝たんだっけ。

寝付けないときのパターンはいくつかある。1つは「神経が興奮している場合」。この前のベルギー戦のときがそうだ。「ベルギー戦どうなるかなあ」「観たいなあ、でも観れないしなあ」と頭がかっかかっかしているようなとき。逆にスポーツの試合を観た直後なんかも同じようになる。神経が昂ったまま寝ても眠れないのだ。

それから、「考え事で頭がいっぱいの場合」というのもある。いろいろ気になっていることがあり、横になってもあれこれ頭に浮かんできて全然眠れない。私は昔から空想癖があり、寝る時にあれこれ考え事をして、いつの間にか1時間とか経ってることがある。

昨日はこの両方に当てはまるのではないだろうか。寝る直前まで何をやっていたかと言うと、昨日の日記に書いた「最初に入院していたときの日記」を読み返していたのだ。これがおもしろくてたまらない。自画自賛しているようだが、今とは想像もつかないほどキレッキレの文章を書いてているし、それに出てくる人物やらエピソードが懐かしすぎて涙ちょちょぎれる。おまけにものすごいボリュームだ。毎日PDAでこんなたくさんの文章を書いていたのか、と圧倒される。1日分の日記を読むのに10分くらいかかるのだ。これを読んでいたせいで、続きがまだまだ大量にあるし(7ヶ月分のやっと1ヶ月分を読み終えたところ)、読んでて興奮したし、続きが気になるし、布団の中で「あのときはああだったなあ、こんなこともあったなあ」と考え事が止まらなくなってしまったようだ。

とは言え、眠剤を飲んでいるのだから興奮してようが考え事をしてようが、薬が効けばころっと眠れるんじゃないかと思うが、そこが微妙なところ。眠剤はその時のコンディションによっても効き目が大きく左右される。眠剤のコントロールは微妙で非常に難しいと入院していたときに聞いたことがある。眠剤も効かないときは効かないのだ。それはそんなものとして付き合っていくしかないし、より良く眠れる自分なりのパターンを探っていくしかない。

何年か前までは眠剤は何種類も処方できた。昔の日記を読んでると、寝る前に4種類、さらに頓服で2種類、計6種類の眠剤を一晩に飲んでいた時期もあった。今日みたいに眠れないときは、とりあえず追加眠剤を飲んだら眠れていた。しかし今では2種類しか処方できないので、それはできないのだ。

困るのが、眠れないときどうするかである。理想としては、眠れなくても体は休めないといけないので、たとえ一睡もできなくても朝まで横になっているのが望ましい。しかし、今日は3時間で飽きてしまった。苦痛なのだ。まんじりともせず、ただ時間が過ぎるのをひたすら待つ。一種の拷問である。

そして昨日はどうしたかと言うと、2時半に起き出してこの日記を書いている。というわけでこの日記は夜中の3時過ぎに書いているのであった。これからどうしよっかな~。

昨日は23時30分就寝。寝付きもよく、夜中もぐっすり眠れたが、4時頃と5時頃に一瞬目をさました。中途覚醒があるのは最近にしては珍しい。では早く起きられたか、というとそうは問屋が卸さない。8時頃に妻の目覚ましで一瞬目を覚ますもののまた寝てしまい、9時頃目をさましてからうだうだしていて、結局9時20分起床。昨日より微妙に早い。

それはそうと、また今年も歳をとってしまった。アラフィフとか言ってたが、その「フィフ」にリーチをかけてしまった。来年には四捨五入したら100歳になってしまうではないか。(どの位で四捨五入してるんだか)

去年も歳をとったのに、なぜ今年も。なぜ一年に一回歳をとるのだ。もう歳をとるのはごめんなのに。他の人はどうなんだ?むむむ、どうやらみんな同じらしい。歳をとるのは平等なのだ。でも公平ではないんだな。

15時過ぎに家を出てウォーキングへ。今日もまたいつもの大きな公園へ。しかし今日は銀行に寄りたい。一度逆方向の商店街へ歩いていき、そこの銀行でお金をおろす。そして、そこから公園までは一直線。なのだが、坂がきついのだ。我々が勝手に「らくだ坂」と呼んでいるその道は、だらだらと長い坂道を延々と登った後すぐに下り坂、そしてもう一度急な坂道を登って降りて、最後にダメ押しできつい上り坂、という道。はあ、きつかった。

最後の坂を登れば公園の入口。そこから公園を1周と4分の3。なぜ中途半端かと言うと、いつもとは違う入り口から入ったからである。そしていつもの出口から出ていき、ローソンの前を気合で素通りして帰る。今日はやせ細った猫はいなかった。家に帰って一息つく。今日は1時間くらいの散歩になった。

それにしても暑い中よくこんなに歩けるものだ、と自分でも思う。調子が悪くて近所を散歩することもできなかった頃とは比較にならない。しかし夏が終わるとどうなるかわからない。終わらなくてもどうなるかわからないが、暑いシーズンは調子がいいことが多いのだ。かと言って無理をしないように気をつけなければ。すでにしているのかもしれない。

帰ってきてから携帯にメールが入っていることに気づく。父親からのバースデーメールだ。珍しい。息子の誕生日を覚えているくらいならまだ耄碌しておらんだろう。どうせならメールより食い物がほしかった。

昨日は「生活保護は他人事ではなく、明日は我が身」とか書いていたのに、お祝いと称してお寿司を取ってしまったことは誰にも秘密である。誕生日を祝うのはせいぜい1年に1回にしておこう。

最近過去の日記を読み返していることをちょくちょく書いているが、今日は「さらにその前の日記」を読み返している。これはこのブログには掲載していない。今公開している日記を書き始めたのは2002年の10月だが、読み返しているのはその前年、2001年の8月から2002年の3月まで、初めて精神科に入院したときの記録である。

その頃は「精神科病棟入院日記」と称して、PDAと呼ばれる携帯小型端末とカード型のPHSを使い、精神科の病棟で起こっていることを毎日リアルタイムに配信していた。他の患者のこともかなり書いていた。しかしあまりにも細かく書きすぎたため、これでは読む人が読めばどこの病院の誰のことかわかってしまう恐れがある、と思ったために1ヶ月くらいで公開は中止して、アップした記事も全部消した。しかしその後も退院するまで日記は書き続けていたのだった。その後それを読み返すことは全くなかった。それを今、改めて読み返している。おそらく16年ぶりくらいだろう。過去の自分に教えてあげたいこと、そして教えられることがいろいろある。

そのうちどこかでこの日記も公開したいところだが、やはり他の人のことを書いているので無理かなあ。16~17年も前の記録なのだが。実はこっそり入院直前の2つの記事だけ、当時の日付でアップしてあったりする。

昨日は23時半就寝。寝付きはよく、夜中もぐっすり眠れた。目を覚ますと7時22分。次は8時27分。まだまだ起きれない。次は9時22分。ここで起きなければ、と布団の中で悪戦苦闘。なんとか気力を振り絞って起きた。9時台に起きたのは久しぶりだ。

午前中、昨日録画していたドラマ「健康で文化的な最低限度の生活」を観た。生活保護がテーマというのは目新しい。生活保護は他人事ではなく、明日は我が身なので興味があった。

観た感想としては、110世帯も担当していて、あんなに一人ひとりをフォローできるもんかいな、というところ。もちろんドラマだから大いに脚色が入っているだろうが、実際にケースワーカーは一人100件くらい抱えているという話は聞くし、もっとドライなもんじゃないかなあ。ドラマ中で出てきた言葉「優しすぎる人はこの仕事に向かない」というのは本当だと思う。自分の感情をあまり仕事に持ち込んではいかんような気がする。他の役所の人に比べて個人の裁量の大きな仕事かもしれないなあ、と思った。これからいろんな受給者が出てきそうだが、メンタルな患者は出てくるのだろうか?う、月並みな感想しか書けない。

ところで私の妻は自転車に乗れない。ドラマみたいにいきなり「自転車で行きましょう」と言われたら、その時点で仕事できないな。私が住んでいる街のように坂だらけのところでもケースワーカーは自転車で行くのだろうか。電動アシスト自転車を使ってるかもしれない。それともスクーターかな?

15時過ぎに家を出て散歩へ。今日は先日に引き続き、大きな公園へ。行く途中、またやせ細った猫がいた。今日は10人くらいの小学生に囲まれていた。カツアゲだろうか。

公園へ行って2周。ちょうどそれで20分くらい。1周10分というのは負荷を調節するにはちょうどいい。帰りにはローソンに寄っておつかい。レジへ行くとまたしても口から勝手に「ジャイアントポークフランク」と出てしまう。なぜだろう。何かの罠が仕掛けられてるに違いない。

今日はあまり足の小指が気にならなかった。小指、なくなったのだろうか、と思って帰ってきて靴を脱いだが、ちゃんと小指はあった。いつの間にかケジメをつけたのかと思った。

公園の鳩の群れの中に1羽だけ変わった色の鳩がいた。変種?突然変異?

変わった色の鳩