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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

今日も調子が悪い。いっこうに良くなる兆しを見せない。夕方になってもしんどくて、内科に行くつもりだったのに行けなかった。近所なのに。

今回の不調は今までと違う。つらさが違う。一昨年に再就職してから、調子を崩してもここまで「しんどい」「だるい」「つらい」という状態に陥ったことはない。本格的な「鬱」に入ってしまった。「こじらせた」とはこういうことを言うのか。

会社のメールをしばらくチェックしてなかったが、夕方にまとめてチェックしていたら、テーマ管理システムに書き込むと同報で送信されてくるメールに、同僚のDさんからこんなのがあった。

> ・××管理システム(はまーさん)
はまーさんダメそうなのでとりあえず私の方で着手しました。

あああああああ、ごめんなさい、ごめんなさい、すみません、すみません。私がずっとこの日記でも「手をつけなくては」と書いていたやつだ。申し訳ない。Dさんごめんよ。私がずっとこの調子だから。私が悪いんだ。私がこの会社で働いていたばっかりにこんなことに。私が何もできない癖にのうのうと生きているからこんなことに。私なんかやっぱりはじめから存在しなければ良かったんだ。産まれてすみません。すみません。すみません。

はあ、思い切り凹んでしまった。大袈裟かと思っただろうか?本人にとってはちっとも大袈裟ではないのだ。鬱で心が弱っているところに、傷に塩を塗り込まれたような感じで、とてもつらくなる。

調子が悪いとはいっても、もう少し自分の状態がよければ、これくらいのメールは

「ああ、迷惑をかけてしまっているなあ。でも調子が悪いし、しかたかがないか」

と開き直れるのに、今のような鬱が強い精神状態では、

「他人に迷惑までかけて生きていくのはもう嫌だ。消えて亡くなりたい!」

そういう思いに駆られる。最近話題にしている「希死念慮」である。

別に悪意があって「ダメそうなので」なんて書いているわけではないのだろうが、精神的に参っている人間にとっては、これくらいのちょっとしたことに非常に敏感になってしまう、ということを、周りにうつ病の人がいる方々は注意してほしい、と思うしだいである。うつ病の患者と接するのは難しい。何年も連れ添っている妻もそう言うし、自分自身もそう思う。だからこそ自ら伝えたい。知ってもらいたい。理解してもらいたい。

その思いこそが、私がこの日記を書き出した原点なのである。


コメント

  • Ebi 2009年10月26日 19:43

    はまーさん
    たいへんでしたね。
    はまーさんの気持ち、よくわかります・・・私は敏感でとても傷つき易かったので(現在完了進行形?!)、はまーさんと似たような気持ちを味わってきました。
    でもはまーさんはDさんのようにやさしくフォローしてくれる同僚の方や会社の方々に恵まれていて、お幸せですね♪・・・それもきっとはまーさんの人徳のなせるワザっという気がします。
    Dさんたちがフォローしてくださるからこそ、はまーさんも仕事を続けることができるのだと思いますが、そんなとてもありがたいと思っているフォローさえ『塩を塗り込まれた』ように感じられてしまうというのは、はまーさん自身一番お辛いでしょうね。
    私は、一番しんどかったときに開き直ったというか(笑)、気がついたことがありました。
    『人に迷惑を掛けないようにちゃんとできる』とか『人並み(以上)にできる』から『人は素晴しい』とか『生きている価値がある』のではなく、『生きている(その)人の存在自体が素晴らしく、絶対的な価値があるのだ』としみじみ思い、涙が込み上げてきました。
    はまーさんが大変な状態を抱えながらも〔自分なりに精一杯生きている〕、そのこと自体、そしてはまーさんの存在自体が絶対的に価値があり素晴らしいのだと思います。
    そして、すべての人がそうなのだと。
    「ダメ」って言葉に敏感なのは、誰よりも自分自身が「ダメ」なことに罪悪感を持ち、深く傷ついているからなんだなぁって・・・無意識に誰よりも自分自身を裁いている自分に気がついて、愕然としたことがありました。
    「ダメ」「「できない」ということは「いけない」ことではないですよねっ♪
    はまーさんがこうやって一生懸命自分なりに生き抜いている様子に、私は勇気づけられています。
    ふふふ、でも「頭ではわかっちゃいるけれど、やっぱり生きていること自体がとてもつらく感じられてどうしようもなくってこの世から消滅できたらいいのに・・・という想いがわき上がってしまう。」っていうの、ありますよね・・・ホント、人生ってヤツはさまざまなテイストを味わせてくれるものです。
    はまーさんのシンドさには比べたら病気になったことのない私の経験などぬるま湯のようなものなのかもしれませから、生意気なことを書き、気を悪くされたらごめんなさいっ。

  • はまー 2009年10月26日 20:30

    EBIさん、ごぶさたしてます。お元気にされてますでしょうか?
    今日この日記を読み直して、自分で「なんて情けないことを書いてるんだろう」と思いました。
    その日の調子によって気分の善し悪しが激しいので、調子に乗っているときは冗談(のつもり)ばっかり書いているのに、調子が悪いときはもの凄く陰々滅々した内容になってしまって、読んでる人を心配させてしまってるみたいで、自分でもなんだかなあ、と感じます。
    実際は、自分が生きている意味があるかないか、価値があるかないか、とか自分ではあんまり深いことは考えてないです。鬱に陥ったときに病気の性質上、マイナス思考になってしまって、こんな日記を書いてしまうことはありますが。
    自分は多少しんどい思いはしているけど、でも人生は楽しんでいるつもりです。上を見ても下を見てもきりがないし。というか人生に上も下もないと思っていますが。「楽しいと思ったもの勝ち」かな、なんて。今は多少状態がよいのでこんな余裕なことを書けていますが。
    EBIさんもいろいろつらい思いをされた経験があるみたいですが、でもそれを乗り越えてきた自分が今ここにある、それだけで素晴らしい、と思います。お互い自分を大切にしましょうね。

  • 匿名 2009年10月30日 12:13

    はまーさん、お忙しい中レスありがとうございます♪
    はい、お陰さまで落ち込む度に底辺が少しずつ上昇するのを味わいつつ、元気にしていますっ♪
    “自分で「なんて情けないことを書いてるんだろう」と思いました。”とのことですが、”だからこそ自ら伝えたい。知ってもらいたい。理解してもらいたい。その思いこそが、私がこの日記を書き出した原点なのである。 ”という日記の原点に触れる深い内容だったんじゃないですか?!
    私は「心配して書いた」というより、「共感して心動かされて書いた」って感じでコメントしてしまったから、情けないなんて、ちっとも思いませんでしたけれど・・・(笑)
    こういう気持ちをわかる人って、多くはないかもしれないけれど、同じ気持ちを抱えて傷ついている人には共感して心が軽くなるってこともあるんじゃないかなぁ。
    私は深く考えるのが『趣味♪』なので、よく突き詰めてしまいます~・・・それもまたおもしろし♪(笑)
    ”しんどい思いはしているけど、人生は楽しんでいる”というの、ステキですね~♪
    「楽しいと思ったもの勝ち」かぁ・・・私はなにをやってもシンドク感じてあんまり楽しいと感じたことがない人生で、思おうとしても思えないタイプなのですが、「楽しい」とか「シンドイ」とかを越えたところに、私が目指すほんとうの楽しさがあるのかあなぁ・・・なんて、い、いかん、また深く考えているっ!?(爆)
    ”でもそれを乗り越えてきた自分が今ここにある、それだけで素晴らしい、と思います。”・・・ありがとうございます、そうですよね~っ!
    ”お互い自分を大切にしましょうね。”・・・そうそう、まずは『自分』を大切にしないと、他の人を本当に大切にすることもできませんものねっ♪
    私も私の『Over the Rainbow』を目指してこれからもいきますぅ~。(エッ、そんなこと誰も訊いちゃいない?!爆)
    では、これからもよろしくお願いしますっ♪

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