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鬱るんです
躁鬱病の元ITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、派遣のエンジニアをやったり小さなIT企業でほそぼそと働いたり、Web制作事業を立ち上げようとしたりしたが、今は就労継続支援B型事業所でリカバリーを頑張っている毎日。

日別アーカイブ:2001年9月21日

昨日は21:00就寝後、23:30だったか、一度目覚めたような気がする。その次は3:00に目が覚め、その時点で頭がすっきりして起きようかと思ったが、いくらなんでも早すぎるのでもう一度寝た。そして起床時間の6:00まで断続的に寝たり起きたり、を繰り返していた。睡眠のパターンが変わってきている。6:00に起きたのはいいが、なんだか頭がぼんやりしている。この間みたいに「起きられない」ということはなかったが、どうも「むりやり起きたけど寝ぼけてる」状態だ。

昨日の寝る前から、カーネギーの「道は開ける」を読んでいる。驚いたことに、最初の章の内容は去年読んだばかりなのにもう忘れている。こりゃいかん。2章の内容は自分にとって「目から鱗」だったのでよく覚えているのだが。やはり繰り返し読まないといけないし、この本に書かれている「ものの考え方」を日常生活で実践することが大切なのだろう。

朝食後もその本を読み進めるが、途中から頭がぼんやりしてきて、書いていることが頭に入ってこなくなった。読んでも内容が頭に入ってこないのであれば、読もうとするだけ時間の無駄である。本をそのままにし、横になって頭を休める。すると、いろんな不安、特に先日私が起こした「ウイルス避難訓練」に対する非難など、様々な不安が頭を支配してきた。不安なことを考えてもマイナスにしかならない。必死で不安を頭から追い払おうと、明るい未来を想像する。が、不安は大きなパワーでもって押し寄せてくる。途中からヒーリングのCDをかけて心を静めようとしたが、なかなか対抗できない。「自分の中にある不安は最大の敵」であり、それを追い払うには、やはり強い精神力が必要とされる。その精神力は今の私には足りないのか。それを発揮するには、やはり「自分の中の神」に祈るほかないのか。

できるだけ休んでから作業棟に行く。そのちょっと前に「今日は午前中にソフトボールをします。出る方は集まってください」という放送が入った。N看護士が率先してやってるみたいだが、なんで作業療法の時間と重ねるんだろう?私が畳でストレッチしてるときに、N看護士から「ソフトボール出る?」と誘われたが、「私は自分のメニューをこなしますので」と断ってしまった。出てもよかったが、今日は自分の体調はあまりよくない。却って無理をしてしまっても困る。通常の体力トレーニングメニューをこなすことにした。

心拍数を計ると、やはりかなり高い。体力テストを行うと「6段階中の1。劣る」まあ、今日はこんなものか。10分インターバルをとってから20分1セット漕ぐ。やはり今日はかなり調子が悪いようで、負荷はあがらないのに心拍数だけ上がっていき、消費カロリーも少なかった。今日は無理をせず1セットで終わりにした。あ、腹筋するの忘れた。まあいいや。

エアロバイクを漕いでいるときに、隣でピアノを弾いているMちゃんが話しかけてきた。「明日、外泊するんだ。それがうまくいったら退院なの。うまくいくかな~。多分ダメかも」それに私は答える。「大丈夫、うまくいくよ」すると彼女は「うん、うまくいくよね」と笑ってくれた。「うまくいかないかも」と考え出した瞬間から、自分の心はマイナスの方向に走り、結果的にうまくいかなくなることは「心の法則」らしい。「大丈夫、うまくいく」いつでも前向きにそう考えられれば、私ももっと楽になれるのだろう。

その後でMちゃんが「陶芸で作ったんだ」と言って、自作の灰皿を見せてくれた。なかなか素朴で味があっていい。「色付けに失敗しちゃったんだ。本当は全部ここの色で染めたかったのに、周りがうまく染まらなかった」残念そうにそう言う。「何も完璧にできる必要はないよ。はじめてでこれだけできたんだから、『よくやった』って自分を誉めてあげなよ」人には簡単に言えるが、自分でそう思うのは難しい。私もご多分に漏れず完璧主義で、一点の曇りも許せない性格だから。それが自分を今の状況に追い込んだことはわかっている。が、そういう性格、ものの考え方を変えるのは難しい。難しいが、不可能ではないはずだ。少しずつ、少しずつ。あせらずに自己変革をしていこう。

昼の服薬後、みんながテレビを見ている。「ここが変だよ日本人」の「心霊特集」という、ちょっと変わったテーマを録画したビデオだった。私はこういう「心霊もの」が実は好きなので一緒に見ていると、心霊ものの後に、中国一番と言われる気孔士が出てきて、「気」の力で人を動かしたり倒したりする、というのをやっていた。一緒にビデオを見ていた人達は「やらせじゃないの?」と言っていたが、私自身は「気」というものの存在はなんとなく「あるんじゃないだろうか?」と思っている。実際自分が体験したわけではないが、世の中にはまだ科学で解明されていないことがたくさんあるはずだし、私があるに違いないと思っている「人間に秘められた未知なるパワー」の一つが「気」かもしれない。私の素人考えだが、「気」とは精神的エネルギーの形態の一つで、「気を送る」とは、精神的エネルギーを何らかの伝播路を通じて伝達することであり、「気によって人を動かす」のは、精神的エネルギーを何らかの形で物理的エネルギーに変換し、それを空間を超えた伝播路を通じて伝達させることなのではないか。その「エネルギー」やら「変換メカニズム」「伝播路」が科学的に解明されていないだけなのかもしれない。まあ、テレビ番組だから当然脚色はあるだろうが、私は他の人のように全否定するつもりはなく、とりあえず見ていておもしろかった。

昼食後、売店に行って「依存症 溺れる心の不思議」という本を買ってきた。けっこうみんな読んでいる本だ。私は別に何かの依存症で入院しているわけではないが、性格的に何かの依存症に陥ることは十分ありうる。それは昔から自覚していて「一度何かにはまってしまうと、どっぷりはまって抜けられなくなる」のだ。だからゲームもやらないし、学生時代に麻雀に誘われても、あえてルールさえ覚えようとしなかった。今後何かの依存症になる可能性はある。その予防策として、「依存症」について予め勉強しておこう、そう思って買った。また読む本が増えてしまった。

昼一番に入浴後、「道は開ける」を読み進める。改めて書いてあることに納得するとともに、書いてあることをすっかり忘れていたことに気づく。やはり、何かの形で実生活にこの考え方を取り入れなければならないだろう。Kさんと話していて「悩みのない人ってのは、ここに書いてあることは自分で会得しているんだろうね」そうかもしれない。

だが、ふと気がついた。去年も一昨年も、9月になって鬱が急にぶり返した。自分の分析では、それまでが自分にとって「躁状態」であり、そのときにエネルギーを使いすぎたため、その反動で鬱が来たのだろうと思っている。季節的なものやバイオリズムも関係あるかもしれない。とにかく、そのときは「悩みがない」のにぶり返したのだ。一度この病気になってしまったら、悩み以外の原因で病気がぶり返すのだろうか。あるいは「ぶり返した」のでなく、「鬱から躁に転じた」のを「治った」と思いこんでいただけで、それがまた逆転しただけなのか。

この本に書いてあることがすべてではない。たとえば、悩みをなくす方法の一つとして「忙しくすること」があげられている。「やることがたくさんあって自分を忙しい状態に追い込むと悩んでる暇なんてない」そうだ。しかし、忙しすぎて悩んでいる人もまたいることだろう。この本は一つの指針ではあるが、すべての場合において自分にあてはまるとは限らない。そもそもこの本に限らず、どの本もそうなのだ。だからこそ、いろんな本をまんべんなく読んで、「自分に役立つ」と思ったところを少しずつ取り入れたりカスタマイズしたりして自分の「生き方」「心のあり方」を習得していくべきなのだろう。

自分の場合、上に書いた「忙しくすること」を取り違えて「パワーを使いすぎる」状態にならないように気をつけないといけない。今の自分の悩みは「何かの拍子で鬱状態に入ったときに、悪循環に陥らないようにするにはどうすればいいか」と「躁状態であることを自覚するにはどうすればいいか」だ。悩みというより、課題と言った方がいいかもしれない。

同室のRさんが調子が悪いようだ。彼は分裂症らしいのだが、「被害妄想」ならぬ「加害妄想」があるようで、「世界がこんなにひどいのは僕のせいなんです」と必死に看護婦に訴えている。同時多発テロ事件の影響だろうか。

連絡会で、ある患者が「洗面所の蛍光灯がまだ直ってないのですが」と質問したとき、T看護婦が「スイッチがおかしくなっているんです」と答え、それに対してその患者が「修理はしてもらえるんでしょうか」と言ったら、T看護婦はいきなり「依頼中です!」と大声で叱りつけるように言った。みんなそれでびくっとしていた。なぜそんなに叱りつけるような言い方をするのか。私には、単に看護婦が自分のイライラしをぶつけているようにしか見えない。看護婦のいらいらは患者に伝染する。確かに看護婦はストレスのたまる仕事かもしれないが、それを患者の前に出してしまっては、プロではない。看護婦の仕事は「看護」であるはずなのに、その逆をおこなっている。他の看護婦にもそういう人がいる。なんとかならないだろうか。

「道は開ける」を読み進める。「悩み」の章が3つ続いた後に、「平和と幸福をもたらす精神状態を養う方法」に入る。そうだ、そういう章もあったんだ。改めて目次を見ると、他にも「批判を気にしない方法」「疲労と悩みを予防し心身を充実させる方法」なんてのもある。そうそうあったあった。すっかり忘れていた。「疲労」の予防にもちゃんと書いてあるんだった。まだ再読していないので内容はわからない、というかすっかり忘れている。

「平和と幸福をもたらす精神状態を養う方法」を読んでいくと、うんうんなるほど、どっかで読んだ気がする、と思っていると、基本的な考え方は、例の「宗教関係」の本とほとんど同じではないか。そうだよ、こういう風に書いてくれれば納得するんだがなぁ。とりあえずこの手の本を繰り返し読んで、どうにか実生活に採り入れる方法を考えよう。

夜は卓球。以下省略。

20:00になった。みんなは服薬だが、私は日記を書いている。これを書いたら就寝時間まで「道は開ける」を読み進めよう。明日は午前中に駅前まで買い物に行くし、洗濯もしたい。晴れるといいな。