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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

カテゴリー:日々の出来事

先日「洗濯機が故障した」という日記を書いた。故障したといっても、「コース」ボタンで「毛布」を選択できなくなっただけで、通常の洗濯はできていた。ちなみに洗濯機はシ○ープ製。なんでシャ○プの洗濯機なんて買ったんだったけな。そうそう、他の製品と同じ大きさなのに容量が大きかったし、安かったんだった。

5月3日に故障して、すぐに修理に来てもらったのだが、交換する部材が515日以降にならないと入荷しないということで、修理待ち状態だった。ようやく今日修理に来てもらった。

修理はタッチパネル部分の基盤の交換で、30分足らずで終わった。一通り動作確認をしてサービスマンは帰っていった。「他の家電でお困りのことはありませんか?」と聞かれたので、特にないが、シャー○さんの動向が気になると話したら、「はい、ただいま全社をあげて云々・・・潰れることは絶対にございません」と、ちょっと焦っていた。ちょいと意地悪だったかな。

これでようやく毛布の洗濯ができる、と思って妻がさっそく洗濯しようとしたら、なんかおかしい。いつまでたっても水がたまらない。よく見ると、いやよく聞くと、排水管から音がする。どうも給水してもそのまま排水されてしまい、洗濯槽に水がたまらないようなのだ。毛布のコースではなく、通常のコースで試してみても、やはり水がたまらない。今朝まではちゃんと洗濯できていたのに。

 

どういうことやねん。


修理してよけい壊れるって、こんなことは
20数年(若干サバ読み)生きてきて初めてだ。即効でÒャープの修理相談窓口に電話した。オペレーターが修理状況を確認しますと言っていったん電話を切った後、ついさっき来てくれたサービスマンから電話がかかってきて、そのまま戻ってきてくれた。

調べること数十分。その間、会社といろいろ電話でやり取りもしていたようだが、結論として、

「交換部品の初期不良」

だということが判明。給水とか排水のコントロールも、全部その基盤の回路でやっているらしい。元の「故障した基盤」と交換したら元に戻ったとのこと。そういうわけで、明日また新品の基盤を「2個」持って修理に来てもらうことになった。1つ試してだめだったら、もう1つで試すとか。今日払った修理代金はいったん返金してくれた。

家電に限らず、初期不良というものがどうしても出てしまうのは仕事柄わかっているのだが、故障して交換した部分がまた初期不良というのはいかがなものか。まあ、ハズレくじを引いてしまったと思うしかない。

しかし、この後に妻が洗濯機の操作を試すと、

「タッチパネル、直ってるよ」

とのこと。

なんと、ちゃんと「毛布」が選択できるようになっているではないか。当然給水もうまくいく。これは、もう修理する必要はない。そう思ってまたまたシャーÒプに電話した。修理をキャンセルできるか、と話すと、「明日サービスマンが何時頃お伺いするか、10時までにお電話で連絡するので、そのときにお伝えください」とのこと。

しかし、いったん故障したものを、正常に戻ったからといって、そのままにしておいていいのか。どうせ壊れかかっているから、またすぐ故障するかもしれないし、しないかもしれない。修理をキャンセルすると、修理代はかからない。どうしようか。

おそらく、修理しなかったらまた故障するだろう。マーフィーの法則である。やはり交換してもらうことにした。うちの業界で言うところの「予防保守」というやつだ。これは侮ってはいけない。ずっとインフラの道を歩んできた自分は痛いほどわかっている。

しかしまあ、「壊れる可能性のあるものは壊れる」だなあ。

昨日、妻が毛布を洗濯機で洗おうとしたときのことである。

「なんかおかしいから見て」

そう言われて、見てみた。

確かにおかしい。

電源を入れると、通常こういう状態になる。

洗濯機

 

この状態から「コース」ボタンを4回押すと、「毛布」のモードになる。1回だけ押すと、

洗濯機

 

もう1回押すと、

洗濯機

 

となるのだが、それから何回押してもここから進まないのだ。タッチパネルの問題のようであるが、全く反応がないというわけでもない。

さて困った。普通の洗濯はできるが、それだけでは不便である。オートメニューでなく、マニュアルモードで細かく設定すればなんとかなるかもしれないが、タッチパネルの故障だとしたら、更に他のボタンもおかしくなる可能性がある。

しかたがないのでお客様相談室に電話して、今日修理に来てもらった。見てもらったところ、タッチパネル部分の基盤交換になるというが、その基盤が今は在庫切れで、15日にならないと入ってこないという。10日以上先ではないか。普通の洗濯はできるのでまだ助かったが、下手したらコインランドリー通いになるところだった。修理の日をリスケして、今日はおしまい。

延長保証なんてとっくに過ぎているので、有償での修理となってしまった。見積額は、16,000円あまり。痛すぎる。あまりにも痛すぎる。新品を買うよりは安いが、なんで電子レンジといい洗濯機といい、こんなに次々と壊れるかなあ。

できるだけ支出を抑えようとしているのに、なぜこう臨時出費が続くのか。また一歩崖っぷちに近づいた。

前々からときどき、ネットが切れることがあった。

うちのネット接続は、B-FLET’SマンションタイプのVDSL方式であるが、ネットが切れる時は、モデムのVDSLランプが点滅している。たいていは1分くらいで復旧するのだが、一度現象が現れると、それからちょくちょく切れるようになる。しばらくすると安定する。

自分がインターネットに接続して何かするだけだったらまだいいが、このサイトは自宅サーバで運用しているため、ネットが切れると、このサイトに外部からアクセスできなくなる。そっちはそっちで困る。

VDSLは光配線方式よりも不安定なのかなあ、こんなものなのかなあ、と思っていたのだが、先日NTTに電話して調べてもらうことにした。その日のうちにNTTの人はやって来て、いろいろ調べてもらった結果、

「ケーブルの不具合」

だったことが判明。

なんてこった。

初歩の初歩ではないか。

NTT側の機器や配線などの問題であれば、料金は無料だったのに、こちら側の問題の場合、料金が7,875円かかるのだ。まさかのそのパターンだった。てっきりVDSLモデムか、その先の問題と思っていたのに、がっくりである。最初からVDSLモデムに付属していたケーブルを使えば問題なかったのだが、それができなかった経緯がある。

この団地に引っ越すとき、あまりにも何もないのでびっくりした。なんせ、モジュラージャックもなかったのだ。築30年の団地なので、建設された時はモジュラージャックなどなく、壁から直接黒電話への線が出ている状態だったと思われる。モジュラージャックにするにはNTTの工事が必要だが、退去時には「原状回復義務」により、わざわざ撤去しないといけない。入居者が変わるたびに、延々とそれが繰り返されている。呆れた話である。

全くお役所ってやつは。

同様に「風呂がない」という呆れた状態でもあった。入居するときには自分で風呂釜を設置し、出るときには原状回復のために撤去しなければならない。もちろん全部自腹である。そんな不合理が何十年も繰り返されていたのだ。

風呂の件は置いておいて、NTTに工事はしてもらったものの、宅内配線をしてモジュラージャックを壁に設置してもらうことはできなかった。なぜなら、宅内配線工事をするには「県に模様替申請書を提出して、承認してもらう」必要があったからである。

全くお役所ってやつは。

そういうわけで、最初はモジュラージャックは壁からぶらーんとぶら下がった状態であった。この状態ではVDSLモデムに付属していたケーブルでは届かない。しかたがないので、ADSL時代に使っていた長めの電話線ケーブルを掘り出してそれで接続した。

宅内配線とモジュラージャック設置の工事は、後日電気工事店にお願いしてやってもらったが、そのままそのケーブルを使い続けていた。それが、どうやら不具合の原因だったようだ。部屋またぎのための薄いフラットケーブルだったのが災いした。

それにしても、仕事でネットワーク管理をしていた身。ケーブルの不具合という最も初歩的なところを疑わなかったとは、プロ失格である。本来ならVDSLモデムに付属していたケーブルに交換して終了だったのに、高い料金を支払うはめになってしまった。

先月は電子レンジが壊れるし、泣きっ面に蜂である。

昨日、友だちからメールが来ていた。何やら悩み事があるようだったので、自分でよければ相談にのるからメールでも電話でもください、と返事をしたら、電話がかかってきた。内容としては、自分の将来を左右する急ぎの判断を迫られる話が突然降ってきたのだが、人にはあまり相談しにくくて、意見を聞きたい、ということだった。話を聞いて自分なりの意見を言ってみたりして、1時間くらい話をした。

今日になって、昨日はありがとう、あの件はこうすることにしました、とメールが来た。うんうん、今の段階ではそれは懸命な判断ではないかな、と思って読んでいた。

そのメールの返事に、ふと「前からぼんやりと思っていた」ということを初めて明文化して書いてみた。この日記にもまだ書いてない(と思う)ことなので、頭を整理するつもりで、改めてここに記すことにしておく。

 

自分は、昔から何らかの世話役やら運営やら、あるいは雑用的なことにすぐに首を突っ込んでしまう。今も学生時代の合唱サークルの同期の取りまとめ役として、現役のOB係と連絡をとったり、名簿の管理をしたり、メーリングリストの管理をしたりしている。高校時代の部活の仲間でも、特殊な機能のついた掲示板を自宅のサーバで運営したり、ファイルアップロードのためのグループウェアなんかも作っている。上京してすぐに入った合唱団や、かつて所属していた山岳会でも、入ってからすぐ運営に首を突っ込んだりしていた。そこでも名簿の管理をやっていた。

なんでそんなことにすぐ首を突っ込むのか、雑務をわざわざ引き受けるのか、実は自分でもよくわからなかった。そういうことが好きだから、としか言えなかったが、最近自分の内面についていろいろ考えていて、自分でも「これかな?」という答えが見つかった。

表向きの理由としては「みんなの役に立ちたい」のだが、なぜそう思うのか。それは、「自分を必要としてもらいたい」ということで、必要としてもらうことによって、自分の存在を肯定することができる、という構造が自分の中にあるからだと思う。結局のところ、エゴである。

だから、私はどこへ行っても自分の居場所、というか「自分の存在理由」を無理やり作り出しているのだと思う。そしてそれが、仕事においては裏目裏目に出て、鬱という病に陥る原因ともなってしまったような気がする。勝手に自分で抱え込んでしまうのだ。

今回、友だちが自分にヘルプを求めてきたことが、純粋に嬉しかった。友だちは自分に「ありがとう」と言ってくれたが、自分こそ「必要としてくれてありがとう」と言いたい。持つべきものは友かな、とつくづく思う。
(去年からこのパターンで終わることが多い)

それは19時頃、夕食でさんまを食べている時に起こった。

「ん?喉が痛いな。さんまの小骨でもささったか?」

ま、小骨だしそのうち取れるだろう、と思って食事を終えたが、まだ喉に違和感がある、というか痛みが出てきた。

「やばい、まじで刺さった」

自分、魚が好きで骨までばりばり食べてしまうので、ときどき骨が刺さるが、たいていはすぐに取れる。しかし、今日は違った。さて困った。

魚の骨が喉に刺さった時の対処法として、一番正しいのは「病院に行く」である。昔からよく言う「ご飯を丸呑みする」というようなことは、絶対にやってはいけない。運が良ければご飯と一緒に骨が取れる場合もあるが、逆に押し込む場合もあって危険である。

しかたがないので、救急医療センターに行った。順番を待っている間、待合室で看護師さんに「どうされました?」と聞かれ、「魚の骨が喉に刺さりました」と答えた。すると、「何の魚ですか?」と聞かれた。そんなことまで聞かれるのか、まあいいや、と思って「さんまです」と答えた。

その後、妻と話をしていると、後ろから「ブリです」という声が聞こえてきた。もしかして、けっこう多いのか?

自分の名前が呼ばれて診察室に入り、医師が「口を開けてくださーい」と言うので開けたら、「あ、これは取れるわ」と言って、ピンセットで一瞬のうちに抜き取った。見せてもらったら、小骨ではなく、もう少し太い骨だった。うう、さんまとて侮るなかれ。

そして診察室を出るとき、看護師さんが大きな声で、

「さんま取れましたー!!」

と威勢よく言った。待合室にも筒抜けである。妻は必死に笑いをこらえていた。私は顔から火が出るほど恥ずかしかった。しかし、さんまの骨が取れたのは本人も医師も当然わかっている。あの看護師さんは誰に向かって言ったのだろう?

その後、お会計で呼ばれたので、窓口に行くと、こう言われた。


4,430円です」

 

(・o・)ハッ?


「よんせんよんひゃくさんじゅうえん!?」

 

びっくらこいた。そんなに治療費がかかるとは思わなかった。

診療費明細を見ると、

医療費領収書

た、確かに4,430円。おとなしく払ってから、改めて診療費明細書を見てみる。

 

 医療費領収書

手術・・・・・・

咽頭異物摘出術(簡単)、とな。

そっか、「処置」でなく、「手術」になるんだ。たった1秒でも。

 

 医療費領収書

その1秒で756点。金額にすると7,560円。その3割だから2,268円。たった1秒で・・・。
それに初診料、休日加算などがプラスされるが、これはまあしかたがない。

魚の骨が喉に刺さって病院に行ったのは、実にこれで3回目である。1回目は子どもの頃、2回目は数年前だが、そのときは行ってみたら骨は取れていて、刺さっていたところが傷になって痛かっただけなので、処置のみ。そのときはそんなに治療費がかからなかった。

それにしても、とっても高い1秒だった。かなりショックである。