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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

月別アーカイブ: 2003年11月

今日は午後からだが、やっとデイケアに行くことができた。

昨日は22時半頃に寝たが、やはり寝付けずに23時半過ぎに追加眠剤を飲み、眠たくなるまでまたネットをしていた。また懲りずに懸賞に応募していた。もうトータルで2000件以上に応募している。いったい何をやっているんだか。もうやめよう。結局1時過ぎに起きた。

できれば今日は朝からデイケアに行くことにチャレンジしてみようと目覚ましをかけておいた。実は早朝覚醒が起こるようになってからしばらく目覚ましをかける習慣がなくなっていたのだが、久しぶりに目覚ましをかけてみた。だが7時にセットした目覚ましが鳴る30分も前に目が覚め、目覚ましを止めておいてから大量に来ているメールを処理していた。メルマガが大量に来ているので、その中から当選発表のやつだけ探して当たっているか確認し、外れていたらメルマガを解除していく。30分くらいして終わったので、7時半に目覚ましをセットしなおし、もう一度布団に潜り込んだ。その時は体は動く、と思った。

7時半に目覚ましが鳴った。止めたのはいいが、さっきと違ってまるで体が動かない。そのまままた寝てしまった。

お昼になって彼女に起こされ、昼食を食べる。そのあと、のろのろと着替えているうちに「今日はこのまま動けそうな気がする」そう思ってそのままカバンをもって家を出た。久しぶりに病院に行った。

デイケアでは月曜の午後からはミーティングをやっているが、今日は12月に行く鎌倉散策のプランを練っている。3つのグループに分かれてそれぞれプランを練る。私はなんちゃら切り通し、というハイクコースに入ってどこを歩くかみんなと相談した。

15時から3週間ぶりのカウンセリング。今の状態をかいつまんで話した。前と同じ状況に陥ってしまったが、あれだけ注意していたのになぜまた調子を崩したのか。何が原因なのか自分ではわからない。これからどうしたらいいかもわからない。前回は入院という外的手段で元に戻したから、自分でなんとかする方法はまだわからないのだ。

カウンセラーは、調子を崩した原因が心理的なものではない、つまり内的要因ではなくて外的要因にあるのではないかと推測した。あれだけ気をつけていたのに何がきっかけとなって調子を崩したのか。その外的要因となったのが、「職場復帰のリミット」である。このリミットは、本当に最後の最後のリミットではなく、自分が職場復帰の計画としてたてていたリミットである。実際にはまだ1年以上の猶予はあるのだが、傷病手当金が来年の3月からぐっと減ってしまうことなどを考え、できれば来年の1月、遅くとも4月には復帰したい、と計画を立てていた。そして退院してデイケアに3ヶ月通って調子を崩さなければ会社の人事部と復職の時期について相談しよう、そう考えていたし、カウンセラーにもそれを伝えていた。

しかし、実際にそのリミットが近づいてくることを意識したことで、感情面の不安が大きくなり、結果的にその不安が鬱を引き起こしたのだろう、そうカウンセラーは指摘する。ではこれからどうすればいいのか。あれこれ話をしたが、とりあえず自信をつけること。自分もそう思っていたが、カウンセラーもそう言う。それももっと大きなレベルでの自信。たとえ今の職場に復帰できなくとも、自分のポテンシャルを信じて、どんな形であれ何か仕事をしてやっていけるだろう。そういう漠然とした自信を持つことだという。そうすれば不安は消えるだろう。そういうことらしい。

私も数年前まではそういう自信があった。システムエンジニアという専門職の能力には自信を持っていたし、いざとなったら腕一本でフリーで食っていける、と考えていた。しかし、この業界は技術の進歩が激しい。もう何年も現場から遠ざかっている自分にとって、エンジニアとしてこれからやっていけるのだろうか。今の会社に戻れば、私のブランクを考慮して仕事の配置を考えてくれるかもしれない。しかし、他の会社で働いたり、自分一人でやっていくとなると、どうなるのか。自分のできる範囲でできることをやっていくしかないが、そこの自信は以前よりもかなりなくなっている。そして、一番大きな不安材料、それは「この病気は治るのか?」そこにたどりつく。たとえどんな形でも、健康で体が動きさえすればなんとかやっていけるだろう。しかし、今のように体が動かなければ何にもできない。結局一番おおもとの大きな不安「この病気が治るのか?」そこに辿り着くのだ。その不安を消し去ることはできるのだろうか。そして、本当にこの病気は治るのだろうか。

しかし、今日久しぶりに病院に行ってみて、少し自信がついたような気がする。一歩前へ踏み出せた感じだ。「まだ自分は大丈夫だ。ちゃんと外へ出てそれなりにやっていける」そういう小さな自信だが、小さな自信を積み重ねていって大きな自信をつけるしか今の自分にはできない。明日もデイケアに行けますように。

昨日も寝付けなくて、追加眠剤を飲み、音楽でも聴きながら寝ようと思ってMP3プレイヤーを持ってきて、ボリュームを最小に絞って聴きながら寝た。いつの間にか眠れたようだったが眠りは浅く、夜中に何度も目が覚めた。

朝は7時頃に起きてメールチェック。またもや大量のダイレクトメールが来ている。その中から懸賞の当選発表のものを探し出して確認する。テンションはそんなに高くはないが低くもない。今日は何にも予定がないから精神的プレッシャーが少なく、割と調子がいいのだろうか。

彼女は今日もバイト。9時半に家を出るというので、一緒に出て私は選挙に行った。投票して帰ってきてから昼までテレビを観る。10時からのサンデージャポンを観たあと、前にビデオに撮っておいたバラエティ番組を観る。

本が送られてきた。「プロポリスで癌が治る」とかいう本だが、懸賞で当たったようだ。こんなもの応募したかなあと思って確認すると、この本か図書券3000円分が当たるはずだったのだ。「すごいつまんないものが当たるんじゃない?」という彼女の予想はおおいに当たっている。こんな本、読む気にもならんが誰ももらってくれそうもない。古本屋で売れるかなあ。

彼女のバイトは13時まで。13時過ぎに帰ってきてから一緒にお昼ご飯を食べる。また2人で撮りだめしてあったビデオを観る。昼過ぎまではそうやってのんびり過ごしていた。が、またしてもだるくなってきて、いつの間にか寝てしまった。

買い物から帰ってきた彼女に起こされたのは18時半頃。目覚めが悪い。なんか悪い夢を見ていた。寝る前よりも体がだるい。「サザエさん症候群」ではないが、日曜の晩は憂鬱だ。誰しもそういうことはあるが、私は必死に会社に行っていた頃、特にこれが顕著だった。明日への不安。明日からまた一週間が始まる。明日こそはデイケアに行けるだろうか。カウンセリングに行けるだろうか。そう考えることがまたプレッシャーになってくる。明日の朝、私はどういう状態になっているだろうか。

昨日は寝付けなかった。またである。昼間寝ているからだろうか。1時間ちょい経ってから追加眠剤を飲んでまた寝る。

今朝は6時に起きた。以前は4時とか5時とかに早朝覚醒していたのが、最近では朝早く起きられなくなっていた。なのでこんな時間に起きるのは久しぶりだ。起きてからまたせっせと懸賞に応募する。もうなんか、何かにとりつかれたかのように懸賞に応募している。

彼女が起きてきて、今朝は一緒にフレンチトーストを作って食べる。二人とも自分で作るのははじめてだったが、なかなかうまかった。彼女がバイトで9時半頃に家を出た後、昼までまた寝てしまった。

昼に起きてフレンチトーストの残りを食べ、また寝てしまった。起きたら16時頃。そしてひたすらまた懸賞に応募する。まるで依存症のようだ。もう今日限りにしよう。

実は今日から明日にかけて山岳会の10周年祭があって、はじめは参加表明をしていたのだが、最近のこのコンディションでは参加は無理だろうと思い、昨日のうちに欠席連絡を出していた。夕方になった頃、今の状態だと合唱団Pの練習には出られるかなあ、どうかなあと思っていたところにバイトが終わった彼女から電話が入り、合唱団Pは行かないの?」と聞かれて何も考えず「うん」と言ってしまった。思考能力がまるでない。ということは調子が悪い。テンションが低い。行かずに正解だったのか、行った方がよかったのか。

彼女が帰ってきて夕食を食べる。やはりテンションが低い。テンションが低いままテレビをだらだら見る。今日電話で彼女が「合唱団P行くの?」と聞いたら何と答えたろう。やはり何も考えずに「うん」と答えただろうか。行ったら行ったで多分何とかなったかもしれない。カウンセラーも指摘しているが、外に出れば、みんなの前に出れば自動的に私はテンションがあがるのだ。その代わりその反動が後から来ることも多い。

夜遅くなってもテンションは低いままだ。これは鬱から来ているのか、それとも思うようにならない自分に対する自己嫌悪から来ているのか。いつの間にか無限ループに陥っている自分は、いつループから抜け出せるのだろうか。

昨日も今日も、一歩も外に出てない。
完全に引きこもりだなこりゃ。
今日は昨日ほど落ち込んではいないのだが。
はあ、どうなることやら。
食いすぎで腹が痛い。
懸賞に応募しすぎでメールが山のように来ていて、
それらをただひたすら流していく。
読まずに削除してもいいのだが、メールの中で
当選発表したりしているので、少しでも目を通さずにはいられない。
1000個以上の懸賞に応募してしまい、収集がつかない。
どうも「グァバ茶」なるものが当たったようだ。
それでも飲んで落ち着こう。

へこんでいる。

最強にへこんでいる。

今日こそは病院に行かなくてはならなかった。でも、また朝動けなかった。結局最後の手段として、彼女に代わりに行ってもらい、薬をもらってきてもらった。はあ、どうしてしまったのだろう、私は。

でもまだそれはいい。いや、よくない。よくないが、それはまだ自分で理解できる。今までもあったパターンだ。朝は調子が悪い。昼過ぎにならないと体が動かない。ここのところずっとそうだったから。でも、夕方くらいからなら動けるようになっていた。うつ病特有の日内変動というやつか。

そして今日は夜からリアルグループのコンサートがあった。それには、それだけには絶対に行きたいと思っていた。リアルグループを知ったのは、私が歌の仲間とヴォーカルアンサンブルのグループを結成した1997年。その頃は世間ではアカペラなんて知名度ゼロであった。そんな中で、我々のようなアカペラ好きの仲間ではリアルグループは崇拝すべき存在であった。スウェーデンの男性3人、女性2人の5人組。スウェーデンの音楽大学で、有名な合唱指揮者エリック・エリクソンの指導も受け、大学にはなかった「ジャズ科」を自分たちで作ってしまったというつわもの達。そのすばらしいハーモニーにとりこになった私は、日本では手に入らないCDをせっせと海外のネットショップで購入したものだ。リアルグループのアルバムと出版されている楽譜は全部持っているのだ。

そして、そのリアルグループがついにスウェーデンから日本にやってくる。東京でコンサートを行う。これを知ったとき、私は躍りながら喜んでいた。ついに、ついに生でリアルグループが聞ける!うおおおお、やったーーーー、と思っていたのだ。それはそれは楽しみであった。

しかししかし、今日は夕方になっても体は動かなかった。行かなければ、リアルグループを聞きに行かなければ、聞きに行きたい、行きたい、行きたい、そう思いつつも体は言うことを聞いてくれない。だるさ爆裂1000%。ついに私はリアルグループのコンサートに行くことができなかった。

今日ほどへこんだ日はない。鬱のときはだいたいへこんでいるものだが、なぜ、なぜこんなに自分が楽しみにしていたコンサートにも行けないのだろうか。悔しくて悔しくて泣きそうである。

いったいこの不調はいつまで続くのだろうか。また入院しないと元に戻らないのだろうか。でもそれは嫌なのだ。具合が悪くなったら入院すればいいや、というのではいつまで経っても前に進まない。病院依存症になってしまう。とにかく今はこのへこんだ気分をなんとか払拭したい、そしてもう一度前を向いて歩いて行きたいのだ。少しずつ、でいいから。