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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

カテゴリー:メンタルヘルス

今日は朝7時半起床。体調はまあまあである。ちょっと最近はまあまあというより、少し躁気味かもしれない。でも午前4時とかに目がさめるわけでもないから、いわゆる躁状態というわけでもなさそうだ。

しかしなんだな、今日は本当に4月16日なのか?この寒さはなんなんだ・・・。最高気温が一桁ってどういうことよ。いつまで寒いつもりやねん、という苦情はどこに言えばいいのやら。野菜が高くて困っている。

しかし、今日は待ちに待ってた離職票がようやく送られてきた。さっそくハローワークへ、とその前に寄ることがある。むちゃむちゃ寒いので、4月中旬にしてまさかのヒートテックを着てダウンジャケットを着てマフラーを巻いてマスクをして、雨の中傘をさして区役所へ。そこで国民年金の全額免除手続きを済ませた。

国民年金の免除制度については、私も自分が生活に困る身になってから調べてはじめて知ったことが多い。まず免除にも全額免除とか半額とか1/4とかあるのだが、いずれにせよ免除期間中も「納付期間」としてカウントされる。年金は25年払わないと受け取る権利がないが、その年数にちゃんとカウントされるのだ。ただし、免除の分、将来もらえる額は少なくなる。

妻は障害基礎年金2級を受給しているので「法定免除」という制度で全額免除、私は失業による「特例免除」で全額免除である。妻の手続きは障害年金の証書を持っていったらすぐできたが、私は離職票がないと手続きできなかったのだ。ちなみに免除と未納は異なる。単なる未納はもちろん納付期間としてカウントされない。

とりあえずこれで月3万円くらいは削れた。再び働けるようになるまで、次の仕事が見つかるまで、今はとにかく支出を削れるだけ削るのだ。将来に備えている余裕はない。生命保険も解約した。私が死んでも「ぼったくりの儀式」である葬式なんてやらないでいいから、死体遺棄にならない程度に適当に処理してくれと妻には言ってある。

そしてハローワークへ行ったら、障害者専用の窓口であるみどりのコーナーは、3~4人いた人員が3年前とすっかり入れ替わっていた。前にいた頼もしいお姉さま(とここでは書いておこう)も残念ながらいなくて、なんとも事務的な事務員が事務的な口調ですばらしく事務的な応対をしてくれた。

とりあえず手続きはした。これでたいした額ではないが、失業給付金を受け取ることができる。なんとか食いつなぐのだ。そしてなんとか次のステージへ進むのだ。焦ってはいかんが、のんびりしててもいかん。できることを一つずつやるしかない。

今日は朝6時半頃目が覚めて、7時前に起きた。昨日からいい調子が続いている。昨日は少し躁気味だったかもしれない。気をつけなければ。

昼過ぎに区役所へ行って、その後バスで横浜へ出てヨドバシへ。昨日とうってかわって死ぬほど寒い。4月半ばでまさかのダウンジャケットを着てちょうどよかった。

夜になって首が異様に凝ってきた。寒いせいだろうか。自分でもんでもひねっても凝りはとれず、痛くなってきた。そして今は頭全体が痛い。早く風呂に入って寝よう。

明日もまた雨で、そしてまた寒いらしい。4月のくせに。できればひきこもりたいところだが、そんな日に限って通院である。やれやれ。

中国でまた地震が起きた。なんだか地球がおかしい。

昨日も今日も昼に2時間あまり寝てしまった。朝は相変わらず9時頃起きるのだが、昼を過ぎてからしんどくなるのだ。いや、しんどくなるというより、少ししんどいのを我慢していたが、我慢できなくなったから横になったら寝てしまったという感じである。体調はまだ上向きではなく、むしろ悪くなっている。

この調子では社会復帰はまだまだだ。焦ってもしかたがない。それにしても離職票がまだ来ない。ハローワークへも行けないではないか。早くしてほしい。

昨日も今日も朝起きたのは9時を過ぎてから。起きてから日中はそんなにしんどいというわけではないが、積極的に外にでかける気になるほど元気でもない。

糖尿病のため、以前のように自由に間食ができなくなった。がまん、がまん、がまんしないといけないのに、我慢ができずに最近寝る前にパンを食べたりすることが多くなった。いかん、いかん、いかん。

そして昨日、なんとか我慢して眠剤を飲んで寝た。しかし眠れない。なぜか昨日は眠れなかった。すると、むしょうにパンが食べたくなって来た。食べたい、食べたい、食べたい・・・・。

食べてしまった。

ロールパンを1袋半、魚肉ソーセージを1本、ノンシュガーチョコレートを2箱。

ひとつ手を出したら止まらなくなった。自分で自分をコントロールできない。そして食べてから罪悪感に陥る。

お腹がすいているわけではない。猛烈に「何か食べたくてしかたがない」という欲求に襲われるのだ。そしてそれを抑えることができない。

「自分にとってマイナスだということが頭ではわかっているのにもかかわらず、どうしてもそれをやめることができない」

依存症そのものである。今回の場合は「過食」という依存症にあたる。過食や拒食などの摂食障害は依存症の一つであり、脳内の神経伝達物質の働きなどはうつ病と非常に密接な関係がある。

いくつの病気と戦っていかなければいかないのだろうか。今思えば、食べることは自分にとってストレス解消の一つだった。その自由を奪われた今、ストレスを何か別の方向に向けられないか、有意義になエネルギーにできないか。

「自分の生き方」はまだ見つからない。

今日も朝起きて動けるようになったのは9時過ぎ。再就職活動への道のりはまだまだ遠い。まあ、焦っても無理してもいい結界にはならないだろうから、ここはガマンだ。

そうは言っても、現実問題として経済的にどんどんやばくなっているのもまた事実。これからどうやって食べていけばいいのか。今の段階で考えていることを、少しずつ書いていくことにしよう。

とりあえず今のプランの大枠は、まずはハローワークのみどりの窓口(障害者専用窓口)に行って、最近の精神障害者の雇用状況について情報を集める。体調が安定した頃(できれば躁転してから落ち着いてきた頃)、オープン、クローズド両方の線から仕事を探す、という大雑把なものだ。

そして、どうしようにも手が打てなくなったときは、最後の手段である「生活保護」に頼るしかない。私は日本人である。憲法第25条により「健康で文化的な最低限度の生活をする権利」は保証されている「はず」である。生活保護についてはその最後のセーフティネットの「はず」である。

しかしながら、生活保護について調べていると、この不景気で生活保護を申請する人は増え続けているのに、不景気だから税収が減って財源も減っている。そのため、申請しても通るかどうか審査が厳しくなっているという現実もあるようだ。その点うちは幸か不幸か二人揃って病気である。ただの失業者ではなく「ワケあり」なわけで、審査が通りやすいというありがたいような悲しいような現実もあるようだ。

生活保護は、それを前提にしているわけではない。あくまでも「最後の手段」である。どんなに窮してもこれだけはやるまい、と決めていることがある。

・借金はしない(返すあてのない金は借りない)
・家賃は滞納しない(大家さんに迷惑はかけない。また住むところがなくなったら生活保護も受けられなくなる)
・犯罪は犯さない
・自殺、心中はしない
・テロには屈しない

最近は生活に困って万引きや食い逃げをする中高年やお年寄りが増えているらしい。お金がないからしかたがない、つかまっても留置場に入れられればそこで飯を食わせてもらう。そういう開き直りである。そこまで落ちぶれたくはない。モラルを捨ててはいけない。

私はあきらめない。