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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

カテゴリー:日々の出来事

先週の週末、高校時代の部活仲間10人で旅行に行ってきた。体調もなんとかなって、とても楽しかった。何年ぶりかわからないくら久しぶりの友達なのに、まるで昨日まで一緒に遊んでいたようだ。集まると高校時代に戻ってしまう。

体調を崩さないために、水分をたっぷり摂ること、できるだけ細目に自分なりの休息(心身のリラックス)をすること、テンションを上げすぎないことに気をつけた。しかし、テンションは勝手に上がってしまう。無理もない。

いつもなら誰か2~3人はカメラを持ってくるのに、今回は私一人しかカメラを持って来なかった。必然的にカメラ係になり、撮りまくった。その数300枚以上。昔ならフィルムの残り枚数を気にしながら、現像してみないとどう写っているかわからなかったカメラでの撮影も、今のデジカメでは何百枚も撮れるし、撮った画像がすぐ確認できるので、いまいちだったらすぐに撮り直しができる。「とりあえず撮っとけ」的にシャッターを切りまくったのだ。しかし1泊2日で300枚超とは、物事には限度があると昨日までの自分に言ってやりたい。

いつもなら旅行記を書くところなのだが、とにかく疲れてしまったので、ダイジェスト。

  • 岩手県は花巻でわんこそば初体験。10人中1位の50杯を記録。成人男性の平均は32杯くらいとのこと。
  • 宮沢賢治記念館を訪れ、宮沢賢治の足跡を辿る。学生時代に合唱団で歌った「永訣の朝」の直筆原稿を見て少し感傷に浸る。作品のタイトルやセリフ、登場人物名にまつわるお店も周りにいろいろあって楽しい。「賢治」という名前の奴(漢字も同じ)が2人いて、館内の「賢治は・・・」という解説に「呼び捨てにすんな」とツッコミを入れていた。
  • 自分史上最高の豪華なホテルに宿泊。滑り台付きのプールなんかもあった。JTBが頑張ってくれたのか、ゴールデンウィーク明けという日程もよかったのか、10人2部屋というちょうどいい人数ということもあってか、宿泊料は12,000円弱とリーズナブル。絶景の露天風呂。夜は当然宴会。25周年記念イベントで、懐かしい写真やら秘蔵映像の映写会など思い出話にふける。
  • 釜渕公園散策。釜渕の滝という美しい滝に癒される。10年前なら「登りたい!」と思ったところだろう。いや、今でも登れるんだったら登りたいぞな。山岳会に入っていた頃は、よく沢登りに行っては藪漕ぎではあはあ行って、臭くなって外界に降りてきたものだ。山から離れて随分経つが、これだけの緑に囲まれたのは久しぶりかもしれない。
  • 東北自動車道で平泉に移動し、毛越寺(もうせんじ)を拝観。名物だという餅料理をいただく。素晴らしく美しい大きな庭園といった感じである。風景写真を撮りまくる。
  • 中尊寺を拝観。かの有名な「金色堂」を見てびっくり。コンパクト金閣寺である。こんな全身金箔だとは知らなかった。金閣寺は室町時代だが、中尊寺は奥州藤原氏による建立なので平安時代。昔から日本人はきんきらきんが好きなのであった。

そんなこんなで、ダイジェストと言いつつけっこう書いてしまった。写真もアップしたかったが、めんどうなのでまた後日に気が向いたらアップしよう。

今日は予想通り疲れが溜まってずっとしんどい。まあ、想定の範囲内である。明日から持ち直すかどうかが勝負の分かれ目だ。(何の勝負やねん)

朝早く起きることができた。神様ありがとう。しんどくないよ。
これなら無事旅行に行けそうだ。
続きは twitter で。@hammer_md なうなのでよろしく。

ん~、どうも昨日、今日と調子がいまいちである。めちゃくちゃしんどいわけではないが、なんかしんどい、そんな感じがずっと続いている。今週末は高校時代の部活の友人と東北地方へ旅行へ行く予定なのだが、こんな調子では楽しめないじゃないか。

高校時代は卓球部に所属していた。同期は自分を含めて11人。高一の春に部活で出会ってからの腐れ縁。この仲間たちは、我が人生において最大の悪友にして親友たちである。卒業してからも旅行やらスキーやらドライブやら、よくもまあ一緒に遊んだものだ。高校は大阪だったが、私が大学を卒業して上京してからは、あまり頻繁に遊びには参加できなくなった。それでも若いうちには夜行バスで帰阪して旅行に行って新幹線で戻ってきたりしていた。

1995年に10周年記念パーティーを開いたのをきっかけに、5年ごとに記念のイベントをやっている。しかし5年前の20周年には私は参加しなかった。いや、参加できる状態ではなかった。「25周年には必ず出る」と切に願っていた。

友人たちはそれぞれ偉くなって、弁護士になって法律事務所を開いた奴もいれば、サラリーマンをしながら勉強して弁理士の資格をとり、特許事務所を開いた奴もいる。東大の大学院を出てからずっと物理の研究をやっている奴もいれば、一級建築士の試験に合格した奴もいる。

11人のうち9人が関西在住とあって、この25周年の企画は、関西組が飲み会で打ち合わせて決めたらしいのだが、みんな経済的に余裕があるのか、「5月に第一弾でみちのくツアー、夏に第二弾で海外旅行」という企画になった。その企画の内容を聞いたとき、私は既にリストラ宣告済みだった。

「あかん、金かかるからこの話、断るよ」

そう言った私に妻は、

「行ってきなよ。これが最後になるかもしれないじゃない」

と言ってくれた。そう、まだまだこの先どうなるかわからないが、下手したら本当に最後になるかもしれない。今ならまだ国内旅行に行くくらいはできる。仕事に子育てに忙しい40歳の11人のうち、今回のみちのく旅行は10人が揃うのだ。10年くらい会ってない友もいる。妻の言葉に甘えて、参加することにした。夏の海外は多分無理だろうだが、この旅行には行きたい。

四半世紀のイベントである今回の旅行に備えて、なんとか今週中に体調を整えなければ。

昨日の夜と今日の午前中は、先に書いたサーバの暫定復旧に追われた。なんとかなったので、午後からは雨も降っているし、おとなしく家で映画鑑賞。先週TSUTAYAの半額クーポンがメールで来たときに借りておいた「ゴースト」を観た。妻が前からお勧めだと言ってたので借りたのだ。

観ている途中、妻がコンビニまで行くというので中断して一緒に行った。坂の上にあるうちのアパートからコンビニまで傘をさして歩く。最後はけっこう急な坂を下りるのだが、その坂の最後の辺りで、側溝の蓋に足を滑らせて思い切り転んで尻もちをついてしまった。

痛くて泣きそうだったが、幸い手を少しすりむいただけで済んだ。頭でも打ったら自分がゴーストになるところだった。それにしても、転倒した瞬間は何が起こったのか全くわからなかったのに、気がついたら傘を持っていたはずの手はいつの間にか受け身をとっていた。条件反射、恐るべし。

転んだときに、しばらく動かずに、どこが痛いか、どこか捻ったり打ったりしてないか自分で観察していたのだが、そのときに坂の上からわざわざ見知らぬおばさまが来て、「痛かったでしょう」と言ってバンドエイド(と一般的に言われている何か)をくれた。捨てる神あれば拾う神ありとはこのことか。(そうか?)

帰ってからゴーストの続きを観たら泣いてしまった。最近ちょっと涙腺が弱いのかもしれない。

それにしても昨日、今日と続けてPCといい転倒といい、ついていない。ついていないが、なんとかなった。いろいろ教訓を得たような気がする。

・バックアップを過信するな
・雨の日の側溝の蓋はあなどれない
・アンラッキーの中にもラッキーはある

今日も朝はいまいちで、午前中はずっと寝ていた。

しかし、午後からは元気になり、めちゃめちゃ暑いのもなんのその、歩いて30分以上かかるスーパーまで、今日は妻と一緒ではなく一人でウォーキングがてら買い物へ。帽子をかぶり、眼鏡の上からかけるゴーグルみたいなサングラスをかけ、デイパックを背負ってペットボトルの水筒を斜めがけにして早足で歩いていく中年男性。ちょっと怪しいかもしれない。

スーパーで安い食材をゲットした後、横浜へ移動してさらに買い物の続き。一風堂で待望の「ホットもやしソース」をゲット。ラーメン屋の一風堂には、自由に食べていいピリ辛のもやしがあるのだが、それがとてもおいしいと前々から妻と言っていた。同じことを考えている人がたくさんいたらしく、レシピの問い合わせが一風堂にたくさん来るので、その素を商品化したらしい。最近その情報をテレビで知り、スーパーで探したけど売ってなかったのでネットで調べたら、一風堂か一部のデパート、あるいはネットでないと買えないのであった。

というわけで今日の戦利品である。今日は飛び切りホットだったが、明日はこれでさらにホットな「一風堂のピリ辛もやし」を作るのだ。

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