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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

日別アーカイブ:2001年11月8日

昨日は寝付きは若干時間がかかったかもしれない。夜中は2:00前、4:00前、5:30に目が覚めた。5:30から後は寝たり起きたり、と言った感じか。6:00の起床のアナウンス直前に起きる。目覚めはまあいい方かな。割とすっきりしている。そこそこ熟睡もできたような気がする。

今日は朝から皮膚科に行って、そのまま家に戻ってまた「少しだけ片づけ」をする予定。今日は何をどう片づけようか。とりあえず乱雑に散らかっているものを、「片づける」前に「分類」してかためることにしよう。後はロフトベッドの下の収納BOXを引き出して掃除機でもかけるとするか。

8:00に外出し、皮膚科の診察を受けてから家へ帰る。予定通り、床に散らかったものをコンビニの袋やなんやらに「分類」して放り込んでいく。「もの」そのものが散らかっていた状態から、袋がたくさん並んでいる状態になった。これだけでもちょっとすっきりした気がする。続いて掃除機をかける。コンビニ袋で整理して広くなった床の埃を吸い取り、続いて机の下、ロフトベッドの下に置いてある収納BOXや机の引き出し、その奥の段ボール箱を動かして埃を吸い取る。かなりの埃がたまっていた。自分が吸い込むと嫌なので、部屋に入ったときからずっとマスクをしている。そしてまだ整理していない部屋の奥の方も、見える部分だけはちょいちょいと掃除機をかける。使い捨てのペーパー雑巾でいろいろなところの誇りもふき取る。今日はこのくらいにしておこう。なんだかんだやっているうちに2時間くらいかけてしまった。その間にシェーバーとCDプレーヤーの充電もやった。アマチュア無線の本とスペア眼鏡をデイパックにしまい、12:00過ぎに家を出る。今日はさっさと病院に戻ろう。15:00のシャワーも浴びたい。

さっさと帰ってくると、病院の最寄り駅の前で年賀はがきを売っていたので買った。今年は出そうかどうか迷ったが、とりあえず毎年出している連中には出そう。山岳会のメンバーには出さない。なんせ、去年全員に送ったのにわずかしか返ってこなかったから。

病棟に戻ると、私宛に手紙が来ている。なんと、前にオカリナを聴きに後を追いかけてきた女の子からだ。最近見かけないなあと思っていたら、11/2に退院していたらしい。「さよならの挨拶ができなかったので手紙を送りました」と書いてある。封筒にメールアドレスまで書いてあったので、思わずメールを送った。ちょいと長々と書いてしまった。

これを書いているときに掃除のおばさんが入ってきて、このハンドヘルドPCを見て、「それ何?」と聞くので、いろいろと話をする。なんでも、息子さんが大学生の時に「学校で必要だから」とか言われてPCをデスクトップとノートと2台、それにデジカメまで買わされたそうだ。まあ、今の大学では本当に必要なんだろうが、2台必要なのかな?家にもパソコンはあって自分もワープロ機能くらいなら少しは使えるが、あとはゲームしかできず、娘にからかわれている、と言っていた。

16:00からリラックス体操&自律訓練法をまたまたじっくりやる。最後の自己催眠状態のところで夕食のアナウンスがあった。もう17:00なのか。1時間近くやっていたことになる。覚醒暗示を自分に与え、起きて出ていく。

明日はWさんが退院する。ぜひ夕食のときに挨拶をしてもらいたいと思っていたが、夕食が始まってもその気配はない。Kさんが私をつついて看護婦に言ってきて、みたいな感じだったので、ナース室に行ってその旨を告げると、意外にも看護婦は記録を見て「全員が予定通り退院するとは限らないので現状維持」と書いてあるので、それは無理です、と言う。おかしい、私の認識と違う。婦長さんは前向きなご意見として伺っておきます、というようなことを言っていたはずだ。そもそも「予定通り退院するとは限らない」のなら、なおさら確実に退院する前日に挨拶してもらうべきだろう。今週の金曜日に退院する予定だから火曜日に挨拶したら、事情で退院が一週間延びた、というような場合は翌週の懇談会にもまた出てもらうことになる。事情がよくわからないが、どうも記録ではそうなっているらしいし、婦長はその場にはいなくて、看護婦は記録に書いてあるのを読んでそう言ってるだけなので、その看護婦に文句を言ってもしかたがない。その場はひきさがった。

その後、A看護婦が私のところに来て「やっぱり挨拶してもらうことに決まったから」と言った。ちょうどナース室にいた看護婦は懇談会にいなかった人ばかりなので事情がわからない。が、たまたま懇談会に出席していた医師がナース室にいたので、その医師に聞いたところ「挨拶してもらうようなニュアンスで話していたけど」と言ってくれたので、急遽そうなったらしい。その医師がいてくれてよかったが、きちんと記録してもらわないと困るなぁ。そもそも「患者主体」の懇談会の記録を看護婦がつけるのはいいとして、それならばその査収は患者が行うべきなのだが、その辺は看護婦は認識しているのだろうか。来週の懇談会で質問してみよう。

夕食後にメールチェックすると、昼間にメールを送った女性から返事が来ている。また返事を書く。メールが来たのでびっくりしたようだ。私が何気なく書いた言葉に励まされた、と書いてあって、自分もとても嬉しい。彼女は退院した後も自助グループやデイケアに通っているらしい。

夜、Uさんと昔のパソコンの話で盛り上がった。PC-98や一太郎の話からどんどん話はさかのぼり、BASICマシン全盛期の頃の話になった。この手の話題についてこれる人は少ないので、とても楽しかった。私がモトローラ系(680x)の方がマシン語としてはザイログ系のZ80より優れていた、と言うと「みんなそう言うね」と言っていた。彼はマシン語には少し手を出したが、自分には向かないと思ったらしい。BASICではプログラミングしていたようだ。「BASIC自体が悪いんじゃないけどね。やはりサブルーチンでローカル変数が使えないので、いいプログラムを書きにくかったんじゃない」という点で意見が一致した。

これを書いているうちに20:00をとっくにまわってしまった。今日は卓球をしなかったので汗もかいてない。さっさと着替えて就寝準備をしよう。