TOPに戻る
鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

都会では自殺する若者が増えている。

 

ではなくて。

 

昨日は21時半に寝た。クレマン・ジャヌカンというルネサンス期のフランスの作曲家の合唱曲集のアルバムを聴きながら寝た。このアルバムの1曲目の「Le Chante des Oyseaux(鳥の歌)」は1999年の社会人合唱団の定演で歌った。あれはフランスのルネサンス期のシャンソン集のステージだった。この曲はなかなかおもしろく、歌の中に鳥の鳴き声が出てくるのだが、軽やかに歌うのが、これがなかなか難しい。そんな鳥の声を聴いているうちに眠ってしまった。朝は7時半起床。気分は悪くない。

作業所に行ってお仕事。昨日の続きで封入作業。今日は昨日よりも疲れをためないように気をつけながら作業した。ちょこちょこ肩を回したり、できるだけ体の力を抜くことを意識しながらやっていたら、昨日よりも疲れなかった。単に昨日よりも調子が良かっただけかもしれないが、この調子で続けよう。休憩も5分だけ。

今日のお昼ご飯。セブンイレブンの9種具材の海鮮中華丼。イカの食感がいい。

9種具材の海鮮中華丼

今日は14時から朗読の会なので早退。しかし12時に出たら早すぎるので、お弁当を作業所で食べて13時までゆっくりしてからセンターへ行った。歩いている途中、ポツポツと雨粒が顔に当たった。おや、雨かな?まあ折りたたみ傘なら鞄に入ってるし、さすほどでもないし、と思っていたら突然シャワーの栓を全開にしたかのような土砂降り。あわわ、傘、傘、と思って慌てて鞄の中を探すが見つからない。その間にどんどんずぶ濡れになる。

とりあえずコンビニの前を通り過ぎたばかりだったのでコンビニまで戻り、その中でゆっくり傘を探すが見つからない。妻に電話してちょっとその辺にないか見てもらったところ、先々週に面接に行ったときに持って行ったビジネス用鞄の中に入っていたらしい。しまった、いつも折りたたみ傘は持ち歩いているのに、こんなときに限って痛恨のミス。さっさとビジネス用鞄をしまえばよかったのに、そのままほったらかしになっていた。

しかたがないのでコンビニで折りたたみ傘を買ってセンターまで行った。1,298円。ちょっとお金が無駄になった。いや使い捨てじゃないし、ワンタッチで開閉するわりといい傘だったので無駄ではないのだが。ボタン1つで開く傘は使ったことあったが、閉まるのははじめてだ。閉まるついでに縮んでくれたらよかったのだが、まあこれはこれで便利かもしれない。今のが壊れたときの予備にしよう。それにしても時間にしてみれば数十秒くらいだったろうに、すげー濡れてしまった。

朗読の会で職員から連絡事項。メンバー間の連絡手段についてとか、フェイスシールドはみなさんしてくださいとか。それからこの会で話し合って決めたことなどを記録して職員と共有するためにノートを作りましたから活用してください、とのこと。さっそく言われたことを議事録として書き込む。

なんか久しぶりの練習のような気がするが、先月もやったっけな。前はずっと発表会の練習だったので群読だったが、先月からひとりずつ順番に読むスタイルに戻した。今年はイベントも中止で発表会も当分ないし、この方がおもしろい。ひとりひとり個性があり、特にキャリアの長い上手な人の読み方はものすごく参考になる。群読だとこういう個性が全部殺されてしまうんだよな。私も負けないようにできるだけ「うまく聞かせる」のを意識して読む。始めた頃よりかはうまくなっただろうか。

そう言えば9月に入ったからもうマイナポイントがつくんだよな、と思って作業所でPayPayに2万円チャージしてみた。すると見事に5,000円入った。

PayPayチャージ

マイナポイントゲット

そういう話を他のメンバーと話してたら、60代後半の職員2人が「自分は現金しか使わない」「目に見えないデータかなんだかは信用できない」「データなんか消えるから、紙しか信用しない」みたいなことを言っている。こういう人がいるから日本はいつまで経ってもIT後進国なんだよなあ。

とりあえず5千円入ったからそれでいいのだ。

昨日は21時半に寝た。前の日がぜんぜん眠れなかったので、そういうときは「また眠れなかったらどうしよう」と布団に入るのがちょっと怖い。ジェズアルドの「5声の宗教曲集」を聴きながら寝た。1999年の社会人合唱団の定演で歌ったのだが、この曲集はたくさん曲があるので、この中のどれを歌ったのかあまり覚えてない。このステージの直前に舞台袖で控えている時に、男性のステージ衣装が黒い礼服に蝶ネクタイだったのだが、ある団員がポケットに何か入っているのに気がつき、おもむろにそれを取り出して「数珠あるど」と言ってみんな爆笑した記憶がある。ネタではなくて本当の話である。

話が変な方向にそれたが、わりと早い時間に眠れたと思う。ぐっすり眠って朝は7時の目覚ましで起きたが、眠たくて動けず。7時40分にやっと起きた。

作業所に出勤。そんなに体調は悪くないと思っていたのに、封入作業をやっていたらミスを連発してしまった。冊子とA4のチラシ3枚を重ねていくのだが、ミスって同じチラシが2枚重なって入ってしまったことが午前中だけで4回くらいあった。指サックもしてるのになんでそんなミスするんだろう。気をつけてるのに。こんなにミスをするというのは集中力が切れている証拠で、ということは自分が思っている以上に自分は調子が悪いのかもしれない、帰った方がいいのだろうか、と思いつつ午前の作業は終わった。

とりあえずお昼ご飯を食べる。セブンイレブンのえび天そば。エビがぷりぷりでおいしかった。

えび天そば

午後に入ってから午前の仕事の続き。ミスは一度だけしてしまったが、午前中よりは減った。しかし疲れが実感できるくらいに出てきた。どうしたらいいのかな。やっぱり帰った方がいいのかな。でもこういう体調のときに、仕事をしながらうまく手を抜いて、ではなかった体の力を抜いてコントロールしながらゆっくりでいいから作業を続けられるように訓練しないといけないよなあ、と思って呼吸法をやったり首をぐるぐる回したりしながら作業をしていた。そうしてなんとか午後は切り抜けた。休憩時間も5分だけにした。あとは家に帰ってゆっくり休めるかどうか。

ところで今日から1ヶ月だけだが週に2回、第3作業所の人が来ることになった。職員や古くからのメンバーは顔なじみのようだ。一緒に仕事してみてすぐにわかったが、この人思ったこと何でも口に出す人だ。まあ無害っぽいからいいけど、喋り方がなんだか棒読みというか無感情なのが自分的には少し気になる。この作業所には今までいなかったタイプだ。まあ今までいろんな障害者を見てきたから、どんな人が来ても驚かない自信はあるんだけど。

Googleからメール来た。

20万回閲覧

私がGoogleマップに投稿した写真が20万回閲覧されたとか。

けっこうローカルなところばかり載せてるのだが、ローカルなところもみんな見てるのね。

昨日は寝るときに2回生のときに歌ったブラームスの「Drei Motetten(Op.110)」を聴きながら寝た。と言ってもこの曲は3曲とも短く、あっという間に終わってしまい、「Ave Maria」になって、「Fest- und Gedenksprüche」になって、「Geistliches Lied」になった。この「Geistliches Lied」は私はブラームスのモテットの中でも一番好きな曲である。一度歌いたい、と思っているうちについに歌うことなしに声界(?)を引退してしまった。

この2回生というのは、私が合唱団で技術系委員をやっていた年である。技術系というのは団員に練習をつける立場の人で、指揮者2人と各パート(ソプラノ、アルト、テノール、ベース)のパートリーダー、サブリーダーの10人で構成される。私はベースのサブリーダーをやっていた。ふだんはパート練習で、パートリーダーが練習をつける横で補助として音取り用のキーボードを弾いたりする。

この年の定演では、上に書いたブラームスの「Drei Motetten」と武満徹の「うた」、それからブルックナーの「ミサe-moll」をやったのだが、ブラームスはドッペル(ダブルコーラス)と言って、2群の合唱体から成る曲だった。SATBの塊が2個ある。それからブルックナーは8声の曲だった。上からSSAATTBB、つまり各パートが最初から上下の2つに別れている。ということで、パート練習は普通なら4つのパートに分かれて技術系が2人1組でやるのに、これらの曲の練習では8つに分かれて、パートリーダー、サブリーダー8人が1人ずつパート練習をつけた。

夏休みの終わり頃、毎年合宿があった。前期の演奏会が終わり、12月の定期演奏会に向けての練習がそこから始まる。この合宿というのが7泊8日と長丁場で、朝から晩まで歌いっぱなしで、楽しいのだがかなりきつい。特に技術系はずっと前で練習をつける立場なので、気を緩める暇がない。合宿は技術系はパート練習ばっかりつけていて大変なのだ。

その合宿の少し前に、ベースのパートリーダーの父親が亡くなって、リーダーが来れなくなってしまった。私はベースのパート練習を全部ひとりでつけることになってしまった。これはかなりきつかった。もともとドッペルや8声の曲は1人ずつパート練習をやるので、他の技術系メンバーとそんなに負荷が違うわけではないのだが、とにかく自分しかいない、という気負いでかなり精神的にきつかった記憶がある。合宿では途中でレクとか肝試しとかあって、他の年の合宿ではどういうことをやったとか覚えているのに、この合宿ではほとんど記憶がない。なんかそれだけ必死だったのだと思う。最終日の前日夜に「ホームコンサート」というのがあるのだが、それが終わってからぶっ倒れた。その後の打ち上げにも出ずに寝ていた記憶しかない。

まあ、それもまた懐かしい思い出である。合宿って楽しいよなあ。なんの合宿でもいいからまた行きたい。誰か合宿行こうよ。