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鬱るんです
躁鬱病の元ITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、派遣のエンジニアをやったり小さなIT企業でほそぼそと働いたり、Web制作事業を立ち上げようとしたりしたが、今は就労継続支援B型事業所でリカバリーを頑張っている毎日。

今日は久々に朝から調子がよく、デイケアに午前中から行くことができた。午前中のプログラムはスポーツだったが、最近かなり体力が落ちていて、まともに参加すると午後から動けなくなるかもしれなかったので、準備運動だけやってあとは見学していた。うちの病院のデイケアは県下一厳しくて、スポーツもかなりハードなのだ。県の病院対抗のデイケアバレーボール大会では毎年優勝しているらしい。

午後のプログラムも終わり、その後は週に一回のカウンセリングだった。先週の月曜日が体育の日で休みだったので2週間ぶりである。先月も三連休が2回あったため2回飛んでしまった。来月も祝日が1回ある。月曜日はただでさえ日曜の振り替え休日が入るのに、ハッピーマンデーでさらに休みが多くなってしまった。月曜日というのはとかく損だ。

入院中から続けているカウンセリングも、もう1年になる。うだうだと悩み事をカウンセラーに聞いてもらってすっきりする、というような生易しいものではなく、どっぷりと自分の心理分析をしている。自分の話をし、それに対してカウンセラーが「そう思ったのはなぜですか?」などと突っ込みを入れてくる。そしてその答えを必死に考える。それがかなり辛い。なかなか言葉にならない。言葉にならないのは、それが無意識下にあるからで、言語化することによってそれは意識上に上ってくる。自分で自分の深層心理を必死に探っているのだ。そうすることによって自覚していない本当の自分を知り、自分を変えていくことができるという。

1年も続けてやっと少し自分がわかりかけてきたのだが、カウンセラーの指摘する「自分の姿」が自分で思っているものと食い違うためにいつも違和感を感じる。自分のことを自分では「甘えすぎ」といつも思うのだが、カウンセラーは「自分に厳しすぎ」というニュアンスで捉えているようだ。このギャップが自分を苦しめているのだと思うのだが、それを実感として自覚できるまでには至っていない。いつの日か悟りは開けるのだろうか。


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