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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

月別アーカイブ: 2002年10月

今日も調子はいまいちだった。
はっきりと記憶があるのが14時過ぎ以降。とは言え、それまでずっと寝ていたわけではない。朝4時だか5時だかに目がさめ、メールを読んだり朝食を食べたりテレビを観ていたりした記憶がある。そうそう、6時半からポンキッキーズを観ていた。10時頃には彼女から電話があった。そのときははっきり起きていて話をした覚えがある。

しかし、それらの前後の記憶がないのである。ずっと起きていたわけではなく、寝たり起きたりを繰り返していたのだが、何時ごろにまた寝てしまって何時ごろにまた起きたのか、さっぱり覚えていない。上記のように覚えているときにしたことを断片的に覚えているだけだ。

おそらくこれは眠剤の副作用だと思う。眠剤にはその効果が切れるまでの副作用として一時的な記憶障害というのがあり、その間にしたことを忘れてしまうことがあるのだ。私はこの副作用に悩まされた人を入院中に何人も目撃している。自分のコップをどこに置いたか忘れてしまっていつも探し回っている人なんかもいた。

14時以降は起きてばりばり活動していたかというと、そうではなく、今週ずっとそうであったように、何もやる気がしなくて、ただ音楽をぼ〜っとしていただけだ。しないといけないことは山積みである。が、何にも手につかない。明らかな鬱ではないのだが、気合が入らない。自分の内部からパルスを発するのは難しい。

今日は4時ごろ目が覚め、そのまましばらく起きてメールを読んだりネットを覗いたりしていた。が、朝食を食べた後にまた寝てしまい、起きると8時過ぎ。デイケアの午前のプログラムに出るためにはもう行かないといけない。それなのに、なぜか行く気がしない。また昨日、一昨日と同じ状態なのか。行かなきゃ、でも行けない。それがぐるぐる頭の中を回っているうちにまた寝てしまった。

携帯が鳴って目が覚めた。彼女からのメールだった。返事を書いて送信したが、家にいるようなので電話もかけてみた。「また調子悪い」と少し話をして切ったが、その後不思議と何かスイッチが切り替わったかのように体が軽くなり、支度をしてデイケアに向かった。10時半頃だったので、余裕で午後のプログラムに間に合う。

それにしても、この変化は何なのか。少しでも調子が悪かったら「今日も行けない」と頭にインプットされてしまっていて、それで早々にあきらめてしまっているのか。外部からパルスを与えられるとそれから抜け出せるのだろうか。確かに今日は明らかな鬱状態ではなく、例えるなら冬の寒い日に暖かい布団からなかなか出られないような、そういう気分だった。何か自分に対してうしろめたいものを感じつつ、その正体がわからないので病気のせいにして逃げているような気もする。鬱の症状、病的な思考、単なるサボタージュ、いろんなパターンが自分の中に存在するのだろう。そこで負のスパイラルから抜けるためのパルスを自分の中に用意できればいいのだが。しかし、外部からパルスを与えられて動けることがあるというのは、まだ大丈夫なようだろう。その状態であるかどうかを自分で自覚できるかどうか。本当の鬱なら気合云々でどうなるものでもないが、時として気合でどうにかなることもあるということだ。

午後のプログラムが終わったあと、彼女と横浜で待ち合わせて映画「サイン」を観た。「シックスセンス」「アンブレイカブル」と同じ監督なので期待していった。けっこうおもしろかったが、シックスセンスの方がよかったかな。

今日も昨日とほぼ同じ一日を過ごした。
つまり、朝いったんは起きたものの、デイケアには行かずに14時頃まで寝て、その後起きても部屋の片付けをすることもなく、かといって他に何もするわけでなく、なんとなく時間が過ぎていってしまった。昨日と違うこと、それは昨日は最初からデイケアに行く予定ではなかったが、今日はデイケアに行く予定だったことだ。

なぜデイケアに行けないのだろうか?それはまだ休職する前に、なぜ会社に行けないのだろうか?と自問自答したのと同じ問いだ。一年のカウンセリングを経てこの答えはなんとなくわかっている。いや、「わかっているつもり」で、それを実感として捉えられているわけではない。あくまでもカウンセラーに指摘されたことだ。早い話、自分では「会社に行きたくない」という無意識が働いているということだ。

会社に行っていた頃、たびたび繰り返し見る夢があった。それは、朝になって「起きなきゃ、起きなきゃ」と思っているのになかなか起き上がれない。目が覚めているのに体が動かない。そしてえいっと気合を入れてなんとか起き上がることができ、そのまま会社に行く。という夢で、しばらくすると自分がまだ寝ていることに気づき、「しまった、さっきのは夢だったのか」と思ってもう一度「起きなきゃ」と思って、えいっと起き上がる、がまたそれが夢だった…、というのを10回くらい繰り返すのだ。

その話をカウンセラーにしたところ、ものすごく強い強迫観念に取りつかれていて、本当は会社に行きたくないのにそのことに自分自身気がついてない、と指摘された。「会社に行かなければ」という「超自我」の束縛を、疲れ果てて悲鳴をあげている心と体が必死に夢の中でブロックしている、そういうことらしい。

そして今、そういう夢は見ていないが、デイケアに行けない、かといって他に何か有意義なことをしているでもない自分がここにいる。状況は全く同じである。自分としてはそんなに強いうつ状態に陥っているわけではないと思っているが、どうにも体が動かない。本当にデイケアに行きたくないのだろうか。だとしたらそれはなぜなのか。あるいは単に外に出るのがめんどうなのか。人と会うのが嫌なのだろうか。もっと単純に、ただ寝ていたいだけなのだろうか。いつもわからなくなる。考えはループする。いや、ただループするだけでなく、回りながら落ちていく。スパイラルに下降していく。

今日もデイケアはお休みした。と言っても調子が悪くて行けなかった、というわけではない。今日は他の病院とバレーボールの対抗試合だったのだが、私は最近バレーは全く参加してないし体力も落ちているので、最初から不参加表明をしていたのだ。

と言うことで、久々に散らかった部屋の片付けでもしようかと考えていたのに、結局何もできなかった。不覚にもまた14時過ぎまで寝てしまった。昨日ほど体が疲れているわけではないし、眠たくてしょうがないというわけでもないのに、布団から出ることができないのだ。こういうときに自分がわからなくなる。果たしてこれはうつの症状なのだろうか。明らかに「鬱が襲ってくる」という調子の悪さとは違って、微妙に何もやる気がしない、というようなことがたびたびある。これが軽い程度の鬱なのか、単なる怠け癖なのか自分でも判断できない。「今日もだめだったか」という自己嫌悪だけが後に残る。

今日はデイケアに行けなかった。
なんとか毎日行こうと思っているのだが、週に2,3日しか行けていない。2日続けて行くことがなかなかできないのだ。今日も朝は早く起きたのだが、昨日の疲れが残っていて体が動かなかった。うつの症状ではなく、肉体的に疲れていたのだ。情けないことに昨日のスポーツの準備運動だけでかなり消耗し、筋肉痛も少し出ている。準備運動といっても、ストレッチはまあいいとして腹筋、背筋、腕立てふせを20回ずつやるのがけっこうこたえる。

結局また寝てしまい、途中何回か目が覚めたものの14時ころまで寝てしまった。これだけ寝ると過眠なんじゃないかと思うが、ひょっとして眠剤が残っているのではないのだろうか。今は短期間作用型のロラメットと中期間作用型のサイレース2mgを服用しているが、サイレースは1mgに減らしてもいいかもしれない。

常連になった近所のパン屋に行ってお気に入りのパンを買い、家に帰って食べる。いつのまにか天井の蛍光灯がちかちかしている。どうやら玉が切れたようだ。近所の電気屋に行って蛍光灯を買ってきた。どうも外に出て歩くたびに体のだるさを感じる。身体的な疲労だけでなく、少し鬱が入りかけているみたいである。

また横になって目を閉じる。「マタサボッテルノカ」(さぼっているわけじゃない、調子が悪いんだ)「ソレガイイワケカ」(言い訳じゃなくて本当なんだ)心の中で自分の思考と行動を支配する超自我の声と、普段は封印している本音がぶつかりあう。何かうしろめたい感じがしてくる。何に対して?何もしていない自分に嫌気がさす。わけのわからない罪悪感、自己嫌悪を感じる。「ネテバッカリイヤガッテ」自分が自分を叱る声がする。