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鬱るんです
躁鬱病の元ITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、派遣のエンジニアをやったり小さなIT企業でほそぼそと働いたり、Web制作事業を立ち上げようとしたりしたが、今は就労継続支援B型事業所でリカバリーを頑張っている毎日。

月別アーカイブ: 2013年1月

昨日に引き続き、今日のお昼にまた友人FからSkypeに入電。昨日のチャットの続きなのだが、なんでも、
「しんどい時や鬱の時に、眼球を上に向けるといい」
と教えてくれた。

目の周りの筋肉の運動かな、でも上だけ?と思って「下とか横はやらなくていいの?」と聞いたところ、「下はだめ」とのこと。

人はしんどいときや辛いときに、無意識に下を見る、というか眼球が下を向くという。だから、眼球を上に向けたら、脳が錯覚して明るい気持ちになるのだとか。そう言えば、作り笑いでもいいから笑ってみれば、不愉快な気持ちが消えていくということを聞いたことがある。彼女曰く、これがNLPらしい。

NLPという言葉はときどき聞くが、具体的にどういうものかはよく知らなかった。Wikipediaで調べても「神経言語プログラミング」という名前と、いろんな方面の学者から問題視されている、ということが書かれているだけで、これは一体なんだろうと思っていた。

一口にNLPといっても、いろいろ流派はあるみたいで、彼女が学んだのはこのような、
「目や体を使った脳へのアプローチによる気分の改善」
というものを体系だてたものらしい。

別に科学的に解明されていてもいなくてもいい。科学は万能ではないし、解明されていないといっても、それは「まだ解明されていないだけ」かもしれない。最終的には「良くなればいい」「治ればいい」のだ。頭ごなしに否定はしない。先日書いたスピリチュアルなものに対するスタンスも同じである。

しかし、そのスタンスと相反するようだが、次から次へといろんな人が持ってくる民間療法的なものにはうんざりしている。今回の「眼球を上に向けるだけ」というような「金がかからないもの」ならウェルカムである。

昨日のお昼前に、友人FからSkypeに入電。友人Fとは最近ちょくちょくSkypeでチャットをしている。(友人Fについては過去の記事を参照)

最初は、
「iPadやAndroidでアプリ作るのには、何から勉強したらいい?」
という質問だったのだが、しばらくチャットをしていたら話があちこちに飛んで、減薬の話題になった。減薬を勧めてくれたのは彼女なのだが、私の日記を読んで、
「減薬のペースが早すぎない?」
とのこと。

確かに、自分でも、
「少し減らしてからしばらく様子を見て、大丈夫そうだったらまた少し減らす」
という感じで、医者も慎重に減らしていくかと思っていたが、前々回の診察でデパスを3mgから2mgに減らしたばかりなのに、前回また1mgに減った。これだけ早いと逆に離脱症状が出ないか心配である。今のところは大丈夫みたいだが。

デパスとは抗不安効果や催眠効果があり、メンタルな病気でよく用いられる精神安定剤で、「エチゾラム」という成分を配当したチエノジアゼピン系の薬である。エチゾラムは抗鬱剤や安定剤、眠剤などでよく用いられるベンゾジアゼピン系の薬に近い依存性を持つ。

ベンゾジアゼピン系の薬には特に依存性があり、いきなり薬を抜くと離脱症状(禁断症状)が現れるので、減薬は慎重に行わなければならない。友人Fが教えてくれたのだが、「アシュトンマニュアル」という、ベンゾジアゼピン系を減薬するためのマニュアルがあるという。(詳しくはこちら )けっこう長いので、自分もまだ全部は読んでないのだが、とにかく減薬は慎重に行わければならないとのことだ。

しかし、医者はかなりのペースで減らしていっている。減薬は自ら希望したのだが、こんなペースで減らしていって大丈夫なのだろうか。今度の診察で、減薬についてのリスクについて、医者に聞いてみることにしよう。

それにしても、友人Fは次から次へと情報を持ってきてくれるし、アドバイスをくれる。自分が彼女に依存しないように気をつけなくては。

ここ2~3日くらい、ちょっと調子が悪い。体調に波があるのはしかたがないが、自分の自己管理もなってない。悪い時に、さらに悪い方向にいかないようにしなければいけない。悪循環を続けてはいけない。

再来週の日曜日は母の三回忌である。先日の日記では、事情があって行かない、と書いたのだが、思い直してやはり行くことにした。去年、自分は母からもらった大切な命を粗末にして捨てようとした。母が生きているときのみならず、死んでからも親不孝をするところであった。挙句の果てに、自分の勝手な都合で母の法要に行かないなど、人としてどうか、と自分で思い直した。

というわけで、再来週の土曜日に新幹線で地元大阪へ帰り、2泊して月曜日に横浜へ戻ってくることにした。せっかく久しぶりに大阪に帰るのだ。この機会に関西の友だちに会っておきたい、と思った。今回を逃すと、今後はしばらく大阪に帰る交通費も捻出できなくなる可能性が高いのだ。

学生時代に所属していた合唱団の同期メーリングリストに「再来週に大阪に帰るので、誰か会ってくれませんか」という連絡を急遽流した。みんな仕事に子育てに忙しいうえに、再来週の週末は三連休である。こんな直前に言われても予定が合わない人もたくさんいるだろう。でも、会える人には会っておきたい。

ただ、自分はあいかわらず体調が不安定である。どんなに頑張っても、しんどくて行けないかもしれない。去年の一周忌も行けなかった。でもまあ、これは自分のために集まるわけではないので、行けなくても「おかん、ごめんな」で、家族も「調子が悪いんだったらしかがたない」で済む。

法事のような集まりならそれで済むが、今回のように自分が「みんなに会いたい」といって友だちを集めておいて、でも行けないかもしれない、というのは自分的には非常に心苦しい。「約束を破る」のが嫌なのだ。約束を破ってしまうたびに、強い自己嫌悪に陥る。その結果、ここ数年は「誰とも約束しない」状態が続いてきた。そして人付き合いは減っていき、会話をするのは妻と医者だけ、という状態になっている。

幸か不幸か、去年ODしてしまってから、たくさんの人が自分を心配してくれていることを改めて実感し、いろんな人と久しぶりに電話で話したり、家に来てもらったりした。やはり、会えるときには会いたい、という気持ちが強くなってきた。

今回、「この機会を逃すと次はいつになるかわからない」という思いから、メーリングリストで声をかけた。ただ、集まるにしても、どこかお店を予約して、ということは自分にはできない。自分が行けない可能性が高い以上、自分で幹事ができないのだ。

そこで、勝手ながら誰かに幹事をお願いしたい、と書いたところ、友だちの一人が快く引き受けてくれた。誰か、といいつつほとんど指名したのだが、「こういうときは彼女の出番」というような、我ら同期の中心的存在である。持つべきものは友だちだと、何回この日記で友だちに感謝したことか。

みんな予定がいろいろあるだろうが、少しでも会えるといいなあ。そのために「体調よ、2週間後の週末は安定してくれ」という変なお願いを自分にしている。

再来週に向けて、自己管理を徹底しよう。

今日の朝刊の1面に、

新聞記事

の記事と、

新聞記事

の記事が載っていて、なんだかなあ、と思った。

物価は2%上げるのを目標にしてるのに、生活保護は7%も下げるんだ。へぇ~。

それぞれがそれぞれの思惑で動いているのはわかるが、これでは弱者が泣きをみる社会に。

年金支給額は消費者物価指数と連動するため、自分が受給している障害年金も、毎年じりじりと下がってきているのだが、減らすだけ減らしておいてそのまま、なんてことはないだろうな・・・。いや、なりかねん。

今は毎月1円単位まで厳密に家計簿をつけ、もし生活保護になったときのシミュレーションをしている。

毎月の支出から、生活保護になったら支払いを免除されるお金(国民年金保険料、健康保険料、医療費)と、さらに生命保険を解約すると仮定して、毎月払っている保険料とを差し引いた額を1ヶ月の支出として計算し、それを生活保護費から引くのだが、毎月マイナスである。

今はまだ貯金があるからなんとかなっているが、本当に生活保護になったら、「マイナス」はあり得ない。ゼロ以下はないのだ。今よりもさらに切り詰めないといけない。新聞すら取ってる余裕もなくなるだろう。

それに追い打ちをかけるように、支給額を7%も引き下げられたら、たまったものではない。個々の事情を汲んだ制度にしてほしい。よくある「あとから申請すればお金が戻ってくるよ」は通らないのだから。

今日はメンタルクリニックへの通院日。体調は幸い安定していて、早めに家を出て病院に行くことができた。

診察では、デパスを3mgの細粒から2mgの錠剤に減らしても、夜はきちんと眠れていることと、ノリトレンを1日100mgから70mgに減らしても、体調がひどく悪化することもなく、以前と変わらないことを伝えた。

このまましばらく様子を見るのかな、と思ったら、

「それならデパスはもう1ミリ減らして1mgにして、ノリトレンも、50mgに減らしてみましょうか」

と言われ、さらに減薬が進んだ。うむ、順調だ。このままどこまで減らせるか。自分は薬が多いので、毎日1日分の薬をピルケースにまとめるのだが、間違えないようにしなくては。

現在のピルケース。昼は2錠と少ないが、それ以外はまだちょっと異常に多い。

ピルケース