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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

自殺未遂の記録(補足1)

2013年4月2日

自殺未遂をしてからおよそ5ヶ月。

忘れたい記憶、忘れさられた記憶、忘れられない記憶、忘れてはいけない記憶、いろいろとあるが、この件に関しては、「忘れてはいけない記憶」だと改めて思う。自分の過ちを風化させない。これからもまた同じことを繰り返さないためにも、あの時のことはときどきは思い出したほうがよいだろう。

「自殺未遂の記録」は、救急搬送された病院で入院しているときに書いたメモを元にし、退院直後にまとめてアップしたものである。これから何回かにわけて、そこには書いていないことを綴ってみようと思う。自殺未遂をするまでの経緯に関するもう少し詳しいこと、あとから思い出したこと、妻から聞いたことなどを書き留めておく。

まず最初に、前の記録にはある重要なことが書かれていないことを記しておく。

自殺未遂のきっかけとなったのは、妻からあることを打ち明けあられたことである。それを自分が受け止めきれずにおかしくなってしまった。そしてその怒りの矛先が直接妻に向かったかのように読み取れるが、実際はそうでない。その矛先は、前の記録では一切触れられていない第三者に向けられていた。それが歪んだ形で妻に向かってしまった。

これに関しては、これ以上ここには書くことができない。

そして前の記録では、自分がおかしくなってから自殺未遂をするまでの経緯がかなり省略されているが、実はいろいろなことがあった。自殺の兆候は確かにあったのだ。

ある夜、寒いのに薄着のまま、財布も携帯も何にも持たずにサンダルを履いて、急にふらっと外にでて、あてどもなくふらふらと夜道を歩きまわったことがあった。頭の隅っこででは「自分、車にはねられてくれないかな」などとぼんやりと考えていた。

何分歩いたかわからない。今夜は寒いなあ、と急に現実的なことを感じたときに、ちょうどセブンイレブンが見えた。あ、おでんが食べたい、と思ったが、そこで財布も何も持ってないことに気づいた。ふと我に返り、踵を返して家に帰った。

妻は待っててくれた。何も持たずに自分が出て行ったことに気がついて、ずっと待っていてくれた。警察に電話しようかどうか迷ったらしい。自分は妻に向かって土下座して謝った。危うくまた捜索願が出されるところだった。

発病した1999年の秋、うつ状態がひどいときに、何をどうしていいやらわからず、携帯の電源も切って電話のケーブルも引っこ抜いて、自宅で3日間布団にくるまっていたことがある。

そのときは、自分と連絡がとれなくなった会社の上司が実家に連絡し、父親がすぐに警察に捜索願を出した。「あいつが3日も無断欠勤するはずがない。何かの事故や事件に巻き込まれたに違いない」そう思ったらしい。

3日目の夜、警官が大家さんとともに家に入ってきた。警官は「なんだ、いるじゃないか」と言って、無線で「行方不明者、自宅で身柄を確保」などと報告していた。こっぴどく叱られるかと思ったが、優しいお巡りさんは親身になって話を聞いてくれた。私が病気であることを家族が知ったのは、このときである。それまではずっと隠していた。

自殺の兆候はこれだけではない。

かなり自分が不安定なとき、大量の薬が入った袋を寝る前に妻に預け、「これを自分のわからないところに隠して」と頼んだことがある。そのときは自分で危険を感じていて、自分が自殺するかもしれない、ということを恐れていた。

しかし、このことを思い出したのは、自殺未遂をしてから退院してしばらく経った頃である。しかも自分で思い出したのではない。妻に「こういうことがあったから、最悪の場合を想定して、いざという時に何を準備すればいいか考えていた」と聞かされて、はじめて思い出した。

自覚していたようで、油断していた希死念慮。鬱という病は本当に恐ろしい。

まだまだ続きがあるが、今回はここまでにしておく。

 

2013412日追記

これを書いてから、さらにあとから思い出したことがあったので、書き加えておく。

前述した、ふらっと家を出て行った頃だったと思うが、外を歩くのが怖くなってしまっていた。

信号待ちをしていたら、発作的に走ってくる車の前に飛び出しそうな気がして、車道からかなり離れて立っていた。歩道橋を歩いていたら、発作的に飛び降りそうな気がして、左右の視界を塞ぐように、ひたすら下を向いて歩いた。14年前にも、自分は発作的に歩道橋から飛び降りそうになったことがある。もしあれが歩道橋でなく駅のホームだったら、どうなっていただろうか。その時の恐怖を思い出すと、今でも背筋が凍る。

駅のホームに飛び込む人が絶えないのは、簡単に飛び込めるようになっているからだと思う。薬をたくさん飲む必要もない。首を吊るための紐を探したり、ぶら下げるところを探す必要もない。飛び降りるために高い建物に上る必要もない。一歩足を出せば、すぐそこに究極の逃げ道が口を開けて待っているのだ。

最もたくさんの人に迷惑をかけてしまう死に方が、最も手っ取り早い死に方だという皮肉な現代社会。

さらに記憶を遡ると、あることを思い出して血の気が引いた。

これらの日記を読み返すと、自殺しようとする夢を立て続けに見ているのだ。自分でもなぜこんな夢をみるのかわからない、と書いている。これは妻からの告白を聞く前のことである。

自分の中の希死念慮は、この頃から触手を伸ばしていたのだろうか。
自殺未遂の記録
自殺未遂の記録(補足1)
自殺未遂の記録(補足2)
自殺未遂の記録(補足3)