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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

年別アーカイブ:2012

最近は夢を見ない。いや、見てるのかもしれないが、内容をさっぱり忘れているのだろう。しかし、今朝はいくつかの夢を覚えていた。
 
理由はわかっている。なぜか目覚ましをセットしていないのに目覚ましが鳴って、それを何回も止めたからだ。目覚ましが鳴った理由はわからないが、何回も鳴ったのは、元のスイッチをオフにせずに、上のボタンを叩いて止めただけだったからだろう。こんな風に、無理やり起こされた時には、夢を覚えていることが多い。そして、無理やり起こされた時には、ものすごくしんどくなって、一日中体調が悪くなる。だから私は目覚ましをかけずに自然に目が覚めるのを待つことにしている。
 
夢の中では、自転車を必死にこいで前の前に働いていた会社に到着した。実際に会社の最寄り駅からチャリで通勤していた。しかし、自転車を止めた時に、中から「はまーさん、辞めたのに来たわよ」という声が聞こえて、ああそうだった、もうここには用がないんだった。と気づいてとぼとぼと引き返した。
 
もう一つの夢では、学生時代の友達3人と食事に行って、みんな豪華なメニューをオーダーしているのに、自分だけ「俺、金ないから」と言って(なぜか牛丼屋の)牛丼1つ、と注文した。その後、中間部分はよく覚えていないが、確かいったんその場から逃げさって、もう一度戻ってきて自分も豪華な食事をやけくそのように食べていた。
 
深層心理、というほどのものではない。未だに体調が安定しなくて仕事を探すことすらままならない焦りと、どんどん貯金が減っていって正直やばいので、外食もほとんどすることもなくなり、できるだけ切り詰めていろんなことを我慢していることが多いから、その願望がそのまま出たようだ。そして「なんで自分だけ」という要素も夢の中に取り込まれている。別に苦労しているのは自分だけではないのだが。
 
精神的には相当追い詰められているようだ。開き直ろうとしても、心は正直である。焦りで充満している。それが夢の中であんな形で出てきたのか。学生時代の友達3人も、あれは友達というわけではなくて、かつての自分を投影した姿だったのかもしれない。
 
 
体調のことについては最近あまり書いていなかったが、極めて悪い状態が続いている。もちろん波があって、昨日のように夕方に歯医者に行くようなことができることもあるし、夕方になってもしんどい日も多々ある。今週の月曜日は尋常でないくらいに調子が悪くて、通院日だったのに病院に行けなかった。しかし、病院がお盆休みに入ってしまうので、キャンセルすることもできない。最後の手段として妻に代理に行ってもらった。
 
他の受診科では「代理診察」というのはあり得ないが、精神科の診察は、診察といってもほとんど問診である。その時の患者の様子や表情なども医師は見ているが、前回の診察からその日まで、体調がどんな様子だったか、ということを自分で話すのがメインである。その状態を走り書きだがなんとか紙に書いて、妻に持って行ってもらった。その内容に加えて、私の状態について妻が気づいたことを2つくらい補足したようだ。こうでもしないと、薬がきれてしまうのだ。お盆休みに入ってしまったら、最低1週間は薬が切れた状態になってしまう。
 
なかなか安定してくれないなあ。トンネルの出口が一向に見えない。

以前は定期的に歯医者に行って、歯石除去と口腔チェックを受けていた。しかし、しばらくずっとさぼっていた。いつから行ってないっけ?と思って記録を見たら、なんと2年以上歯医者に行ってない。歯はしっかり磨いているつもりだが、それでも完璧であるはずはなく、虫歯も歯周病も心配である。めんどうでもちゃんとメンテナンスしないと、将来につけをまわすことになる。

 
そう思ってかかりつけの歯医者に電話したのが5月くらいである。しかし、予約が取れたのが7月1日。先生の体調が悪く、ずっと午後からだけの診療になっていて、予約がとりづらいのだ。しかもちょくちょく休診になるという。そういう噂は前から聞いていた。
 
しかし、7月1日は先生がお休みで臨時休診になり、改めて8月1日に予約を取りなおした。しかしまたもや8月1日も臨時休診。このときは電話であらかじめ確認したのだが、先生の具合はだいぶ悪くて入院する可能性もあり、もうそこの歯医者は続けていけるかわからないといった状況らしい。
 
腕がいいと評判の先生だったので、歯医者はできるだけ変えたくなかったが、変えざるを得なくなった。どこの歯医者がいいのか情報を集めようとしたが、たいした情報は得られなかった。私の知っている人はみんなそこの歯医者に通っていたのだ。
 
しかたがないので、自宅から一番近い歯医者にしてしまおうと思った。歩けば5分ちょいで、いつも前を通るところにある。いいとか悪いとかといった情報はないが、Webで調べると、立派なホームページがあり、医療法人なんとか会とかの傘下?の歯医者で、歯科医も3人いることがわかった。ホームページが立派だから腕がいいとは限らないが、そういう病院であれば、廃業する可能性も少ないだろう。
 
というわけで、先日予約して、今日行ってみた。診察や歯石除去、説明なども丁寧だし、設備も最新で、なかなかよさげである。治療はしていないので腕が確かかどうかはわからないが、治療の必要がないように気をつけることにしよう。

今週の土日は団地の敷地内にある公園で、自治会の夏祭り。昼間は子供みこしが出ていたらしい。公園には櫓が組まれていて、夜は出店が出て盆踊り。妻と一緒に行ってみた。夏祭りなんて何年ぶりだろうか。今まで住んだことのあるアパートやマンションでは、隣や向かいにどんな人が住んでいるかも知らず、自治会などとは無縁で回覧板が回ってくることもなく、こういう行事の案内が来ることもなかった。
 
 
今の団地では、団地ならではの密なコミュニティが形成されている。自治会費の集金係は毎月当番でまわってくることになっており、先月はうちが当番デビューで自治会費を集めてまわった。毎月何日までに集金して常任委員のところへ持って行かないといけない、というのが決まっているので、勝手がわからずちょっと苦労した。時間が不規則な仕事の方もいらっしゃって、なかなかつかまらなかったりする。
 
 
常任委員というのは、毎年各棟から2世帯ずつ出すことになっている自治会の重要なポストである。当番が集めた自治会費を会計の方に持って行ったり、回覧板をまわしたり、その他自治会の活動でいろんな役目を果たし、自治会と各世帯との橋渡をする。けっこう大変そうである。
 
 
その常任委員の役目が、いきなり来年うちにやってくる。他の棟ではどうやって選出しているのかわからないが、うちの棟では部屋番号順に毎年2世帯ずつで回している。全部で20世帯あるので、常任委員がまわってくるのは10年に1回なのだが、その1回がいきなり来年なのだ。と言われてもまだ右も左も分からない。幸いコンビを組むお向いさんはこの団地に長く住んでいる世帯だ。今まででもいろいろ教えてもらっているし、頼りになるだろう。
 
 
話は夏祭りに戻る。正直盆踊りとか興味なかったのだが、来年は常任委員がまわってくるし、一通り自治会の活動には参加しないと勝手がわからないだろう、と思って行ってみた。うちの下の階の奥様2人がカレーの出店をやっていた。今年の常任委員の2人である。声をかけてみたら「来年はあなた達がカレーよ~」とのこと。え、なんだなんだ?
 
 
なんと、夏祭りでは常任委員が出店をやらなければならない。正直そこまでやるのか、と思った。学生時代の文化祭みたいである。しかも、うちの棟はここ数年カレーの出店と決まっているらしい。今の時点でここまで先の予定がかためられているとは正直びっくり。まあ、それはともかくまだカレーで良かった。カレーなら仕込みさえしていれば、あとは楽である。他には焼きそばやら綿あめやらおでんやらいろいろ出ていたが、せっかくなのでカレーと焼きそばをいただいた。良心的な価格である。商売ではないから当たり前ではあるが。
 
 
その後、同じ棟の別の班の人と出会って、いろいろ話をした。1つの棟の中ではさらに3つの班に別れており、それが自治会の活動の最小単位である。班ごとに自治会費を集金したり、回覧板をまわしたりする。同じ棟に住んでいても、他の班の人とはなかなか交流がないし、顔も名前もわからない。唯一の交流の場が毎月の清掃で、その時に知り合った方だった。長くこの団地に住んでいる方で、いろいろ教えてもらった。
 
 
そして「せっかくだから盆踊り踊っていきなよ」「いや、踊り方わからないですから」「いいのいいの、前の人の真似をしてればいいから」というやり取りがあって、半ば強引に輪の中に放り込まれた。幸いそのときは炭坑節で、動きも難しくはなく、適当だがなんとかついてはいけたが、その次の曲は全くわからず動きも複雑なので早々に離脱。でもなんだか楽しかった。
 
 
帰ってきてから、改めて4月に行われた自治会の総会資料に目を通す。今年度の事業計画書によれば、毎月常任委員会があり、近くの小学校のおまつりに協力したり、夏休みのラジオ体操があったり防災訓練があったり日帰りバス旅行があったり餅つき大会があったりクリスマス会があったり、他にもいろいろ盛りだくさん。来年は苦労しそうである。

今朝の朝刊を見て唖然とした。1面トップに

柔道男子、初の「金」ゼロ
 
である。なぜそんなに金メダルにこだわるのか。柔道は日本のお家芸と言われているが、とっくの昔から「JUDO」として世界的に盛んに行われている競技の一つとなっている。海外の選手だって切磋琢磨している。「柔道発祥の地」だからと言って、金メダルをとって当たり前というのは、選手にとって本当に酷である。
 
銀メダルだって銅メダルだって、世界の2位、3位である。実に立派なものである。数だけで言えば、柔道男子は7階級のうち4階級でメダルをとっている。他の競技ならこの数は大健闘である。金メダルこそなかったものの、メダル4個というのはアトランタ、シドニー、アテネと同じである。北京大会では金メダル2個だったが、メダルはその2個だけであった。十分まだ日本の柔道は強いと思う。
 
それなのに、「金」ゼロのニュースが新聞の1面トップを飾り(もちろんアーチェリー古川選手の銀メダルも大きく取り上げられているが)、
 
北京五輪後、指揮官に就いた篠原信一監督は「私の責任」と認めるが、どう解決するかが問われる。
 
などと報じられている。「金ゼロ」が責任問題に発展するほど深刻な問題なのだろうか。銀メダル、銅メダルをとった選手だって十分立派なのに、その健闘が讃えられないような気がして気の毒だ。

今日は15時半頃にかかりつけの内科に行ったのだが、めちゃめちゃ暑い。暑いことはわかっていたが、ずっと家に引きこもっていて、この時間帯に外に出るのが久しぶりだったので、かなり体にこたえた。
 
ずっと引きこもって何をしていたかというと、前の日記に書いたように、一日中ずっとテレビでオリンピックを観戦していた。最初の3日くらいは、朝から晩までずっと観戦していたのだが、その結果、
 
疲れた。
 
なんか、
 
せっかく今は時間があるから、観れるだけ観ないともったいない
 
とか、
 
VHSビデオの時代と違って、HDDレコーダーだと24時間分の録画とか当たり前にできて、追っかけ再生もできるので、その機能をフルに活用しないともったいない
 
とか思って、意地で観ていたような気がする。最初のうちは、
 
へ~、柔道っていつの間にか「効果」の判定がなくなったんだ
 
重量上げの試合ってはじめて通して観たなあ。ただ順番に重いのを持ち上げればいいと思っていたけど、最初の重さを何キロに設定するとか何やらで、作戦とか駆け引きがあるのか、ふ~ん。
 
アーチェ-リーの試合も通してみたのははじめてだけど、なんで弓をひくときにみんな唇の端が上がるのだろう?
 
などとおもしろがっていた。しかし、朝から晩まで観ていたらさすがに疲れる。だんだんしんどくなってきて、ノルマをこなすがごとく、ずっと観ていたら3日目くらいで
 
「もう疲れた。一日中観るのなんかやめる!」
 
となってしまった。体調を崩してしまってはもったいないも何もあったものではない。今は、「女子バレー」「なでしこ」「男子サッカー」は必ず見たいけど、あとは適当に個人別の体操や、陸上などをつまみ食いするだけでいいや、どいうことにした。
 
しかし、世間ではみんな選手に「メダル」を期待する声が多く、いや多いのはいいのだが、多すぎるというか、選手にとって相当なプレッシャーになっているのでかわいそうだ。2回戦で負けた柔道の穴井選手が試合後のインタビューで、泣きながら「負けてすみません」と言っていたのを見て、負けて一番悔しいのは自分自身なのに、なんで謝らないといけないのだろうか、と思った、
 
もっとプレッシャーもなく集中して試合をさせてあげたい。