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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

『 はまー 』の記事一覧

誰か耳元でささやいたような気がして目が覚めた。時計を見ると5:00過ぎ。そうだ、今日は採血・採尿だ。6:00起床なのに、指定時間は5:00。なんでなんだ。看護婦が耳元でささやいていったのだろう。眠い目をこすりながら起きていって採血を済ます。今日の担当はI看護士。あまりうまくなく、1回では済まずに左右の腕に2回刺されてしまった。その後タバコを一服吸ってから、6:00までもう1回寝ようとした。

私がもう一度寝ようとして部屋に行く途中で、Mちゃんに「Kさんからの返事来ている?」と聞かれた。「あ、まだメールチェックしてない」そう答える。部屋に戻ってメールチェックすると、返事は来ているが読まずにそのままハンドヘルドPCの蓋を閉じて寝に入る。

ベッドに横になっていたら、洗面所で大声がする。T看護婦がMちゃんに「ドライヤーはダメ!」と注意して、取り上げるのなんの言っている。起床時間前だと言うのに、病室に響きわたるようなそんな大きな声を洗面所で出すなよなぁ。思わず起きていって、看護婦に注意する。やれやれ。こいつも投書してやれ。

夜中は割とよく寝ていたような気がするが、一度ものすごく咳き込んだ記憶がある。なぜだろう。寒くなったからか?そう言えば最近朝起きると鼻の調子が悪い。鼻炎なのだろうが、これも気温が下がったからだろう。

結局眠いのに眠れず、あと十数分で起床時間なので、あきらめてメールを読んだりこの日記を書いたりしている。やれやれ。6:00になって起床を知らせる放送が入ったので、しかたなく起きていって洗面をすませ、コーヒーをいれて一服する。それでも眠い。ラジオ体操をやってもまだ眠い。やれやれ。

朝食後、「あくせくするな、ゆっくり生きよう」を読み進める。第三章「心を『今』に向ける」を読み終える。とにかくこの本では心を「今」に向けること、つまり過ぎ去った過去のことをくよくよ考えたり、まだ起こってもいない未来のことについてあれこれ悩んだりすることをやめることについて書いてある。まあ、それはいろんな本に書いてあることだが。

続いて第四章「ストレスと心の健康の関係」に入る。途中まで読んだが、「ストレスとは自分の考え方が作り出したもの」と説明されており、ストレスを感じなくするための具体的な方法が解説してある。なかなか実践的な本だ。その基本にあるのは、すべて「流動的思考」のようだ。この本はけっこう気に入った。「流動的思考」、ぜひ意識して採り入れよう。

8:00過ぎから散歩に出る。いつものように音楽堂でオカリナを吹く。いつものようにコンサートの曲を一通り吹いた後、ポルタメントの練習をちょっとやった。それから「竹田の子守歌」の即興の部分から元に戻る部分のフレーズを決めて、その練習もやった。その後は、久々に思う存分即興で好きなように吹いた。そのときそのとき心に浮かんだメロディーを奏でたり、たまたま指を置いた音からイマジネーションを派生させていくのはとても楽しい。かなり長い間即興で吹いた後、小山の周りを一周して帰ってきた。

今日の体育館レクはいつになく盛り上がりを見せた。今週から来ている新しい看護実習生も含めて2チームに分かれて、そのチームでドッジボール、バレーボールはいつものことだが、その間に運動会の練習として「バドミントン競争」と「玉ころがし」の練習をした。なんてことない競技だが、いざ勝負!となるとけっこう燃える。4種目とも2セットずつやって、どれも接戦で、すべて1-1の引き分けに終わった。体育館レクがこんなに盛り上がっておもしろく感じたのははじめてだ。終わった後のシャワーが気持ちよかった。

昼食時、見慣れない顔が増えているのに気づいた。新しい患者がいっぺんに入ったようだ。どうやら男性1人、女性2人らしい。女性のうち1人は明らかにアルコール依存症の症状を呈していて、顔が黒ずんでいる。アルコール依存症の特徴だ。もう1人の女性は喫煙所に来てタバコを吸いながら挨拶して「私、少し変なところがあるけど、誤解されやすいのです」と話す。みんな「みんな変だから大丈夫だよ。ここは精神科だし、そういう人ばっかりだから気にしないでいいですよ」などと声をかける。私は「そのうちよくなっていきますよ」と声をかけた。

11:30頃から情報セキュリティアドミニストレータの参考書を読み進める。昼食後、13:00から再開し、途中で目や神経を休めながら読み進め、14:00前に一服して休憩。売店に行って飲料を買ってきた。ホールでは運動会に向けてフォークダンスの練習をしているが、午前中は体育館レクで勉強があまりできなかったので、私は勉強することにする。

16:00まで予定通り勉強を進めた。「セキュリティポリシの運用管理」の章をもう少しで読み終わるところだった。内容は「セキュリティポリシの運用管理」と「セキュリティ監査」に大きく分かれていて、「セキュリティ監査」は運用管理の中の一部だが、かなり詳しくクローズアップして解説していた。

16:00からリラックス体操。いつも通りのスケジュールだ。30分ほどかけて行い、その後はこの日記を今書いている。やりながら部屋の人と話をする。Wさんは何と54歳であることが判明した。どう見ても40代にしか見えない。そういう私は30代なのに、20代に見えると言われた。20代のときはどう見ても30代に見えると言われたものだが、ここ数年顔は変わってない、というより若返っているらしい。

いつも厳しいA看護婦にYさんがまた何かきつい言われ方をしたらしい。Wさんはそれを聞いて「人権啓発委員会に訴えてやる」と言っている。本当にここの看護婦はきつい人が何人かいて、みんなそれに対する不満が爆発している。私も主治医にそのことを言ったことがあるが、他にも医者に言った人は何人もいるようだ。それなのに改善されないのは、婦長から注意を受けても治らないのか、あるいは「あえてそういう方針」で「そういう役割を演じている」看護婦がいるのか。本当に「単なる自分の気分で患者を叱りとばしている」のなら、人権啓発委員会に訴えてもいいかもしれない。

「あくせくするな、ゆっくり生きよう」を読み進める。「ストレスと心の健康の関係」の章を読み終える。ストレスは自分の「思考」が作り出したもの。「ストレスを感じてる」と言うのは、そういう思考に陥っているというサインで、それに気づき、流動的思考に切り替え、するりと逃がしてやると「なんでもないじゃないか」と感じられるようになるらしい。ほんとかな?今度外出したときにやってみよっと。

連絡会でWさんが上に書いた件について訴えた。「心の病を治療しに来ている患者にきつい言い方をするベテラン看護婦がいる」という抽象的な言い方だったが、その前に「看護実習生が患者について男子トイレに入るときに、『入ってもよろしいですか』と尋ねました。患者の人権を尊重している、とても立派なことだと思います」という話を先に持ってきた。この辺の話術はさすが教師だ。

連絡会の後は喫煙所でWさんと教育談義になった。なかなかおもしろい会話だった。今の日本の教育制度の欠点は、教師自身も自覚していてなんとかしないと、と思っているらしい。教師全員がそうかどうかはわからないが、そう思っている教師がいるということは頼もしい。問題は、それよりも上のお偉方だろう。

「あくせくするな、ゆっくり生きよう」を再び開く。次の章は「良い人間関係はつくれる」だ。途中まで読んだところだが、なかなかいいことが書いてある。例の「流動的思考」を活用することによって、他人との関係がよくなるというのである。自分の気持ちを変えるのみならず、相手にも影響を与えることができるという。まだ読んでいる途中だが、いちいち「なるほど」と納得させられる。一番納得したフレーズは「他人が不機嫌なとき、自分を非難しているのだと勘違いしないこと」ということだ。たまたま相手がイライラしていて、それできつい口調や攻撃的な言葉を発したとしても、それを自分が背負うことはないのだ。「ああ、この人は今調子がわるいんだな」そう思うことでその人に対する思いやりが生まれ、思いやりを持って接してあげればその人にも影響を与えることができるという。なるほど、目から鱗だ。

20:00になったので、一時中断。みんなは服薬だが、私は21:00なので、便通の回数だけ書いて戻ってきた。今日は早めに就寝準備をしてから、この本を読み続けよう。

夢を見た。会社の人と、なぜか「修学旅行」に行っている。帰ってきてから現実生活に戻れず、どうしてよいか困っている。途中何回か目が覚めた、というより浅い眠りがずっと続いていたような気がする。6:00の起床の合図。まだ体も頭も眠い。

朝食を挟んで週刊アスキーを斜め読みする。ソフトウェアのファイアウォール製品の紹介があった。ブロードバンド時代になり、ついに個人でもファイアウォールを導入する時代になったか。私も自宅はADSLだが、ADSLモデム直結なので少し心配だ。退院したらファイアウォールソフトを導入するか、ルータを間にはさむことにしよう。

朝食後、すぐに洗濯をする。バケツ方式で時間短縮。終わったら干しに行き、そのまま散歩に行く。今日はいい天気だからよく乾くだろう。洗濯物はまだたまっているというほどではなかったが、明日から天気が崩れそうなことを聞いたので、今日のうちにやっておいた。散歩はいつも通り音楽堂に行ってオカリナを一通り吹く。その後はまた山道をぐるぐると、何周もしようかと思ったが、なんだか気が乗らずに一周で帰ってきてしまった。

病棟に戻って喫煙所でしばらく話をする。夢の話になった。退院するので旦那さんと会計を待ってるOさんは、ユング派の元で1年半くらい夢分析をしていたそうだが、深みにはまりすぎて危険だったそうだ。私は大学時代の心理学の講義で教わったフロイトの夢判断の話をした。みんな自分の見たいろいろな夢の話をする。

O嬢は放送大学に行きたいらしく、パンフを取り寄せ中だという。入るのは簡単だが、出るのは難しいらしい。アメリカの大学みたいだ。本来ならそれが望ましいのだろう。日本の大学は、入れさえすれば出られる。だから「○○大学卒」というのは、「○○大学に入学できた」ことを意味し、それは「受験勉強がよくできた」ということにしかならない。あるいは「子供の頃に塾に行ってエスカレータ式の学校に運良く入れました」という意味かもしれない。日本の「大卒」なんてあてにならんもんだ。

10:00。Oさんが旦那さんの車で他の病院に移っていった。S君とMちゃんがメッセージカードと、花壇からつんできて作った小さな花束を手渡し、みんなで見送る。OさんもMちゃんも涙もろいので、二人ともぼろぼろ涙を流して泣いていた。「元気でね」「無理しないでね」みんなで声をかける。「がんばって」と言う人もいるけど、私は励ましていいのかどうかわからないので、そうは言わない。病棟に戻ってもMちゃんは泣いていた。「きっとまた会えるよ」そう言って慰める。昼になるとKさんが退院していく。そのときまた泣くのだろう。

今日は第一水曜日なので体重測定があった。「65.6kg」先月から1kg減っている。適度な運動と栄養のバランスのとれた食事のおかげだろうか。このまま継続していい痩せ方をしていけばいいのだが。そして退院後もそれを維持できたらいいのだが、外食中心になったり運動不足になると、リバウンドするかもしれない。

その後は昼食まで、情報セキュリティアドミニストレータの参考書を読む。「リスク分析」の章を読み終え、「セキュリティポリシの策定と評価」の章に入る。今日は調子がよく、なかなか集中力が続くが、ときどき意図的に目を閉じて神経を休める。躁状態ではない。自分で確認する。「疲れる前に休む」ことが重要なのだから。

入浴を挟んで参考書を読み進める。今日は集中できて、内容がさくさく頭に入ってくる。14:50に「セキュリティポリシの策定と評価」を読み終えた。多分100%に近い状態で理解できた。なんだかすごく勉強になった気がする。

その後15:00に休憩を入れた後、16:00まで参考書を読み進める。「情報セキュリティ管理システムの企画・設計・構築」の章の途中まで読んだ。ここまで来てようやく「トータルなセキュリティ管理」が見えてきた。

勉強は16:00までとし、夕薬を飲んだ後は洗濯物を取り込んで、その後リラックス体操。いつものパターンだが、だいたい毎日9:00~12:00と13:00~16:00が勉強時間、16:00からはリラックス体操、それ以外の時間は、自分の内面を磨く活動、すなわち心や病気に関する本を読んだりすることや、卓球や雑談などの運動やコミュニケーションにあてる、という生活パターンが定着してきた。もちろん勉強時間に関しては、作業療法や体育館レク、入浴などの時間はそれが優先されるし、調子の悪いときは無理をしないことにしている。調子が良くても、ときどき意識的に休むようにしよう。それは今日から意識し始めたことだが。

メールチェックすると、「WindowsCE FAN」のメルマガが来ていて、おもしろい記事があった。「手回し携帯充電器」なるものが英米で発売されるそうだ。山でピンチになったときに役に立つかもしれない、と思って山岳会のMLに紹介文を書く。8月の定例の報告メールがこの間あったばかりで、その中に「携帯電話が通じるところでは積極的に活用する」というのがあったので、それを引用して紹介文を書いた。

連絡会の前に、MちゃんがKさんにメールを打ってほしいと頼んできた。そう言えば、Kさんは私が勉強している間に行ってしまった。しくじった。見送ることができなかった。Mちゃんが、そろそろ家に着いた頃だろうと思って電話したけど留守だったので、「元気ですか?連絡ください」とメールしてほしいとのことだ。連絡会の後に彼女がもう一度携帯に電話したが、やはり留守電になっていたので、上記の旨を伝言としてメールする。彼女は転院騒動のときに携帯を取り上げられてしまって、携帯でメールができなくなっている。これからもたびたび利用されると困ってしまうな。

夜、「あくせくするな、ゆっくり生きよう!」を読み進める。第一章の「ゆっくりと、集中して生きる」を読み終え、続いて第二章の「思考をコントロールする」を読み終えた。とてもおもしろい。この本に書いている考え方自体は、今まで読んだ各種の本や、タイムマネジメントの研修で受けた内容と共通するところが多いが、この本の特徴は「思考をコントロールする具体的な方法」を解説していることだ。今まで読んだ本は「こういう考え方をしよう」ということは書いていても、実際にはなかなか実践できないものが多かった。宗教ではそれを「修行」によって習得するのだろうが、この本ではもっと単純に、自分の感情が「マイナス」に陥っているときに注意し、そう気づいたときに自分の考え方を見つめ直す、というように自分の感情を羅針盤としてコントロールする方法が書いてある。

20:00になって、ちょっと一服するつもりで喫煙所に行ったら、スポーツ談義で盛り上がってしまい、気がつくと20:30をまわっていた。病室に引き上げて就寝準備をした。この日記を推敲してから眠剤をもらって寝ることにしよう。

昨日は多分21:00までには寝付いたと思うが、かなり長い時間寝たと思って目が覚めて時計を見たら、まだ23:00頃だった記憶がある。そして、その後はよく覚えてない。5:30頃目を覚まして6:00前に起床したが、それまでの間に目が覚めたような気もするが、覚えてないのだ。そう言えば薬の本の「眠剤の副作用」に「一時的な記憶障害。途中目を覚ましたときのことや、起きてからしばらくのことを忘れる」とあったが、ひょっとしてそれなのだろうか。

テレビを見ていると、NHKのニュースで「うつ病やPTSDなどのメカニズムを科学的に解明するための研究を厚生労働省が始める」というのが出てきた。今の段階では、これらの病気はきちんと解明されておらず、根本的な治療でなく対症療法しか行われていないというのが現状だと言っていた。やはりそうなのか。入院してよくなったとしても、それはやはり「対症療法」に過ぎないのか。もっと早くこの研究が始まっていればよかったのに、と思う。今のところ再発を防ぐには、自分自身で何かしら「自己変革」を行う必要があるのは間違いなさそうだ。それには精神科医だけに頼っていてはだめなのだろう。医者、カウンセラー、自助グループ、ケースワーカーなどいろいろな人や組織がいるが、その住み分けや連携はどうなっているのだろうか。

外泊時に買ってきた本「あくせくするな、ゆっくり生きよう」を読み始めるが、ちょっと読んだところで頭がぼ~っとしてきたので、途中で本を閉じる。やはり集中力がない。

朝食後、なんだか眠い。頭がぼ~っとしている。こういうときは無理せず休んだ方がいいのか、散歩にでも行って体を動かした方がいいのか。どちらがいいのか未だにわからない。

今まではストレス耐性訓練として週に1回外出、月に1回外泊する予定で、今回の外泊に成功したらペースをあげていこうかと思ったが、失敗した。今のペースを維持した方がいいのか、それとも「慣れる」という意味ではもっと頻度を増やした方がいいのか。とりえあえず主治医に相談することにして、面談の希望を看護婦に伝えた。

7:40くらいから散歩に出かけた。廊下にたくさん猫が集まっていて、O嬢が手なづけている。それを横目にグランドをつっきり、音楽堂を目指す。と、一匹の猫が私についてきた。少し私が歩くと、後ろからぴゅっと抜かしてきて先回りし、じっとこちらの方をうかがっている。私が追い抜いてちょっと歩くと、また追い抜かす。どこまでついてくるんだろう?音楽堂に着いて、私がオカリナを吹き出すと、聴いているんだかいないんだか、ともかくずっと音楽堂の「観客席」のあたりをうろうろしていた。コンサートで吹く曲を一通り吹き終えると、いつの間にか猫はいなくなっていた。相手にしてもらえなかったので、あきらめて帰っていったのだろうか。

その後は、短い山道を何回もぐるぐるとリングワンデリング。一周3分という短いコースだ。もうちょっとコースにバリエーションを取り入れてもいいが、今日は半ズボンで来たのと、昨夜雨が降って草が濡れてるのもあって、歩きやすい道だけをぐるぐると回った。

作業棟へ行って、基礎データの計測をすると、やっぱり心拍数はかなり高い。あれだけ散歩してもあまり意味はないのか。なぜなんだろう。ただ、体脂肪率は過去最低を記録した。少しずつ効果は出てきているのだろうか。体重は変わらないのだが。

心拍数が高いまま体力テストを行うと、心拍数はさらにどんどんあがっていって、やはり「6段階中の1。劣る」が出た。前のように少し休んでからもう一度やると違う結果が出るかな、と思ってもう一度やってみた。が、心拍数の上がり方は最初と同じだ。これだとどうせ同じ結果が出るに決まっている。2回目の体力テストは途中で打ち切り、そのまま通常のトレーニングに入った。

今日からは20分でなく、30分を1セットにすることにした。脂肪は20分くらいから燃え始める。20分だけだとあまり効果がない。ということで、30分を2セット。途中のインターバルでは腹筋もした。作業療法の時間は11:00までだが、ぎりぎりだった。

珍しくY嬢が作業棟に来ている。彼女は2年くらい入院しているらしいが、家の事情で退院できないとか聞いた。エアロバイクを漕いだ後、腹筋している。と思ったら、腹筋用の長椅子にそのまま寝そべってしまった。しばらくして病棟から電話が入り、Y嬢は一度作業棟から姿を消したが、また後でちらっと姿を見せた。私が手を振ると、Y嬢も手を振ってくれた。

作業療法士の実習生が、患者と一緒にエアロバイクを漕いでいる。以前にグランドで会った彼だ。彼の来ているTシャツの背中に「あせらず あきらめず あてにせず」と書いてある。ふ~ん、そっか~。てな感じだ。

昼食前に、「医者からもらった薬がわかる本」を私が買ったという話をしたら、みんなが見たいというので喫煙所に持ってきた。みんな「○○は?」「△△は?」と自分の薬について調べてと言うので、片っ端から調べる。本来ならば医者が処方した薬については、医師か薬剤師か忘れたが、その薬についての説明をする義務がある。外来で診察を受けて薬を処方されると、今では必ずそういう説明書きがついてくる。が、入院患者にはぜんぜん説明がない。多分、説明してくれと頼むとしてくれるのだろうが、忙しいのでやってないのだろうか。Mちゃんが飲んでいる薬の「処方目的」の中に「人工冬眠」というのがあって、みんな「何それ~?」と首をひねっている。Mちゃんはとても気になっているようだ。「今度先生に聞いてみよう」なんて言っている。

喫煙所で話していると、2回目の入院のWさんが「前に退院するとき、主治医に『あなたはまた戻ってくるタイプですよ』と言われた」と言って、みんな驚く。「だから気をつけるように」という意味なのだろうが、もうちょっとましな言い方はないものか。

13:00頃から病院内の食堂で、明日退院するKさんの送別会を開く。食堂の外のテラスでみんなでテーブルを囲む。今日は日が照って暑い。Kさんは私の一つ年上で、私と同じように会社員で技術職で、私と同じような性格で同じような経緯でうつ病になったそうだ。そういうわけで一番親近感を持っていただけに、別れは寂しい。くれぐれも無理をしないように、元気でやってほしいと願う。「Kさんは私の旦那さんなんだ」と言っているMちゃんは「行かないで」としきりに言っている。彼女はラブアフェクションの傾向もあり、「異性とデートするにも主治医の許可が必要」らしい。依存症が移行するタイプのようだ。そのMちゃんの退院も近いようなことを言っている。今月半ばにはO嬢も退院予定だ。同世代がどんどん減っていって寂しくなる。

送別会の途中で、Oさんの主治医が来てOさんに告げた。「明日に決まったから」Oさんは転院することになっていて、その日程はまだ未定だったのだが、「早ければ10月3日」ということは聞いていたらしい。だがぎりぎりまでわからないと言っていたが、明日に決まったようだ。Kさんの送別会だったのに、突然Oさんの送別会にもなってしまった。みんなまたまた別れを惜しむ。転院の理由は「この病院の治療方針より、転院先の治療方針の方が彼女にあっていそうだから」だそうだ。ここの病院は、いわゆる普通の精神科的療法、つまり「薬物療法」であるが、転院先では「森田療法」で治療を進めるらしい。薬物に頼らず、自分を変えていく療法だ。Oさんの話によると、最初の一週間は寝たきりで、トイレと洗面以外は起きてはだめ。その後は、次から次へといろいろなことをやらせて「不安を感じている暇がない」「悩んでいる暇がない」状態にさせ、次第に不安を取り除いていくという行動療法らしい。「また戻ってくるかも」彼女は言う。その療法で効果がなかったら、ということである。自分にとってどの治療方法が向いているか、それはなかなかわからない。試してみないとわからないし、試してみてもわからないかもしれない。

送別会の後、15:00のシャワーをはさんで「情報セキュリティアドミニストレータ」の参考書を読み進める。リスク管理はけっこう奥が深い。いろいろなリスク評価法がある。そもそもこれは独立した「リスクマネジメント」というものが前提にあるのだろう。会社の研修でもそういう名前の研修があった。かなり勉強になった。

参考書を読んでいると、16:00ちょっと前に主治医に呼ばれて面談した。外泊でまた蕁麻疹と鬱が出たことを告げ、週1回の外出と月1回の外泊のペースを、ストレスに慣れるという目的では増やした方がいいのか現状維持の方がいいのか相談したところ、「1回外泊して症状が出ないようになるまでは今のペースでいった方がいい」と言われた。あまり無理はさせない医者で、いつも「まあ、あせんないで」と口癖のように言っている。それから、最近は睡眠障害も改善されてきて、夜中に目が覚めたかどうかもよく覚えてないことや、起きてからもまだ頭がぼ~っとしていて、眠剤が残っているのではないか、ということも伝えた。自分としては眠剤を減らしていきたいと思っていて、それを期待したのだが、「まあ、いい傾向ですけど、とりあえずこのままいきましょう」ということで眠剤は変わらなかった。

面談の後、いつもの通りリラックス体操をする。これのおかげで体が柔らかくなったような気がする。心も柔らかくなっていくだろうか。この体操はヨガを基本としているが、ヨガ自身にもちょっと興味を持ったので、先日外泊したときにヨガの入門書を買ってきた。ついでに「気孔」の本も買ってきた。そっち方面にも少し興味が出てきて、いろいろ試してみようと思っているのだ。

夕食後、メールを2通書いた。1通は歌のグループ宛で、外泊は月に1回のペースにしたので、今月は試験を受けるため、その外泊のみで練習には参加できないこと、もう1通は会社宛で、現在の状況を報告し、まだまだかかりそうで、目標としては傷病欠勤の期限が切れる来年の7月頭を目指していることを書いた。会社の人はもっと早く出てくるものだと思っているだろうから、驚いているかもしれない。こちらが長期戦を覚悟した以上、会社の人にも覚悟してもらわねばならぬ。

連絡会で、KさんとOさんが退院の挨拶をしていた。Kさんは「ここでの3ヶ月間を無駄にしないよう、これからの糧としていきたいと思います」と言っていた。私もそう言えるくらいに回復したい。ここでの生活を決して無駄にはしたくない。Oさんは涙ぐんで「みなさん、お世話になりました」と話していた。

夜、Kさんと最後の卓球をする。Kさんは素人ながら、会社の寮で先輩に叩き込まれたそうでかなりうまい。たて続けに「最後に一勝負」とみんなが次々と相手してくるので、Kさんは汗だくになっていた。S君は自分のボールに自分の名前を書いて「僕のサインボールです。これを見て僕を思い出してください」と言って渡していた。不思議な発想をする人だ。

実家の母親から電話があった。ACのことについて両親に理解してもらいたくて、自分が持っているACの本のタイトルと著者、出版社を先日連絡して「とりあえず読んでみて」と言っておいたのだが、「探したけどなかなかなくて、取り寄せになって明日来る予定」だそうだ。正しく理解してもらえるか心配だが、「アダルト・チルドレン」ということ、それから「機能不全家族」について理解してもらいたい。理解してからどうしてもらいたい、というのは具体的にはないのだが、ただ理解してもらいたい、それだけだ。私が読んだ限り、うちの家族が「機能不全家族」と判断できる記述はいくつもあったが、両親が読んで、それをわかってくれるだろうか。「うちはそうじゃない」と思うだろうか。

20:00前から「アダルト・チャイルドが人生を変えていく本」を読み進め、最後まで読んだ。ACから回復し、人生を変えていくためのいろいろな「プロセス」が解説されてあったが、今の自分はまだその「プロセス」を実践することはできない。が、参考にはなった。これらの「プロセス」を実行するには、自助グループやカウンセラーの存在も不可欠になってくる。ACから回復する「プロセス」を実行できる日は来るのであろうか。

続いて「あくせくするな、ゆっくり生きよう」を読み進める。「小さいことにくよくよするな!」の著者リチャード・カールソンの「大ベストセラー」と裏表紙に書いてある。読んでいくと、今までいろんな本で読んできたことと共通するようなことが書いてある。やはり「悩みの種」は自分の思考が作り出した結果であり、思考方法を変えることが重要だと書いてある。そして、自分に取り入れるべき「流動的思考法」について解説している箇所を読んでいるところだ。確かに、ここに書いているような「流動的思考」ができれば、もっと気楽に生きれるだろう。しかし、それが果たして自分にできるか?それは、これから読み進めていくと、どうすればそれができるか解説してあるに違いない。赤線を引きながら読み進めている。

もう20:30になる。そろそろ着替えて就寝準備に入ることにしよう。

昨日は病院と同じように21:00過ぎには寝た。その前に、ネットサーフィンしようとして友達のHPを久々に覗くと、数週間前に鬱に陥ったようなことが書いてあり、数日前に「今は大丈夫です」と掲示板に書いてある。心配なのでメールを送った。その後寝たのだが、何回か目が覚めた。眠りも浅いような気がする。いつも通りか。4:30過ぎに起きてPCの電源を入れた。

その後ネットサーフィンをやったりメールチェックをしながら朝食のパンを食べた。が、6:00過ぎになんだか眠たいや、と思って寝てしまった。夢を見た。昔職場に来ていた派遣の女の子と肩を組んで歩いている。別に彼女に恋愛感情を持っていたわけでもないのに。なぜだろう。心が寂しがっているのか。いつもそうだが夢の内容はわけがわからない。断片的にしか覚えていないが、会社に行ったがエレベータに乗ると自分の降りる階のボタンがなかったり、そんな夢も見た。昔読んだ小説を読み返すと「うつ病」のことが書かれている、という夢も見た。

いつの間にか半覚醒状態に陥っていて、起きて時計を見てはまた寝て夢を見て、また起きて、というのを15分単位くらいで繰り返していた。そして少し鬱だ。病院にいるときは規則正しい生活をしているのに、家に戻ると入院前の状態に戻ってしまったかのようだ。

今は8:48。さっきなんとか起きてきてこれを書いている。眠い。今日は会社にちょっと顔を出す予定。それだけで、前と同じような状態になってしまったのか。あ、乾燥機に放り込んでおいた洗濯物をたたんで袋につめなきゃ。これを持って帰るのを忘れると大変だ。

なんとか洗濯物をたたんだが、それで疲れてしまい、またベッドに横になってしまう。鬱で会社に行けないパターンと全く同じだ。10:00が過ぎる。11:00が過ぎる。会社に電話して、ちょっと顔を出す予定だったが無理だということを伝える。もう何回もすっぽかしている。そして12:00過ぎ、ようやく起きて家から出てきた。忘れ物がないか今回はチェックした。雨が降ってきて、それだけで陰鬱な気分になる。

電車に乗って乗換駅まで来て、その駅ビルのお好み焼き屋で昼食を摂ることにする。今はそれが出てくるのを待っている状態。頭は相変わらずぼ~っとしている。人混みが気になる。そうそう、乗換駅で電車を降りたとき、そこの電鉄会社で働いている車掌姿のNちゃんに会ってちょこっと話した。山岳会の仲間で、久々に会った。忙しそうだったから一言二言話しただけだけど、それだけでもとても嬉しかった。

電車を乗り継ぎ、やっと病棟に帰ってきた。いろいろ買い物をしたかったのだが、疲れてできなかった。病院の最寄り駅の地下のスーパーでちょっとしたものを買うのが精一杯。ちょっと歩いたドラッグストアで買いたいものがあったのだが、そこまで行くのもしんどいと思った。病棟に帰ってからお風呂に入らせてもらった。本当は外出した人は入浴できないが、私はアトピーだし、また蕁麻疹が出たことも告げたらOKが出た。今日は男性が先で、女性が入っているところだったので、女性が全員入浴を済ますのを待ってから入った。

しばらくオカリナのCDを聴きながらベッドで横になり、神経を休める。しばらくして「医者からもらった薬がわかる本」を取り出して、自分の飲んでいる薬を調べてみた。この本は結構くわしく薬のことが書いてあって、作用や副作用はもちろん、飲みあわせや海外での評価、1錠の単価まで書いてある。眠剤に関してはこの間読んだ「今日の健康」と同じ内容だが、自分の飲んでいる薬の中に海外評価「0点」というのがあった。けっこうみんな処方されている薬なのだが。神経に作用する薬は「依存性が強い」と書いてある。「神経系の薬の依存症は医者が作り出している」と著者は書いている。大丈夫かいな?

18:00から連絡会までの間、リラックス体操をやってみた。神経が疲れたときには効果的かもしれない。そう思ってやってみたら、ちょっとすっきりした。深い呼吸をして、体を伸ばす。運動までしなくとも、体操だけでもやらないよりかはだいぶましかもしれない。

夜、ACの本を読み進めようと思ったが、疲れていて読めない。ベッドにそのまま横たわり、体と心を休める。そのうち20:00になった。今日は疲れたから、早めに眠剤をもらって早く寝ることにしよう。

昨日昼寝したせいだろうか、昨晩は寝付きが悪かった。いつもなら聞いているCDが最後まで終わる前に寝入ってしまうのだが、昨日はもっと時間がかかった。寝付けなくて時計を見て22:10だったのは覚えている。その間、ずっと夢を見ては起きたり、というのを繰り返したような気がする。浅い眠りが多かったと思うが、その中に深い眠りは含まれていたのだろうか。結局5:00過ぎに起きてホールへ出てきた。今日は早朝組が外泊でいないので、2人しかいなかった。

散歩に行く。昨日と同じように「音楽堂」に行ってオカリナの練習をする。下のGの音をはずす癖がある。気をつけなければ。小指の押さえが甘いのだ。

その後はまたまた昨日と同じように山の中をぐるぐる歩き回る。ゴミがたくさん捨ててあるのがとても気になる。この辺はゴミの不法投棄も多いらしいが、患者が捨てたのか、外部の人がわざわざここに来て捨てたのか。確かに外の一般道からすぐ入ったところなので、目立たないところに不法投棄する人にはうってつけかもしれないが、こういうのを見るとどうにも悲しくなる。ゴミを不法投棄する人というのは、いったいどんな神経をしているのだろうか。

散歩から帰って少し休んでから出発。バスに乗り、駅から電車に乗る。運良く座ることができたので、今これを書いている。今のところまだ疲れはない。

駅に着いた。ここから歌の練習会場まではさらに電車を乗り継いで行かないといけないが、ここの駅ビルの本屋は広くて充実していて、しかも混んでないので私のお気に入りなので、そこに寄っていく。ほしかった本がいくつもある。「医者からもらった薬がわかる本」とかヨガの本とか、あいだみつをの本とか。時間があるので端からぶらぶらブラウジング。前にも書いたかもしれないが、本屋ブラウジングは楽しい。タイトルを見て興味を持って手にとってぱらぱらと眺めてみて、次から次へと読みたい本が出てきて、買いたい欲求を抑えるのに大変だ。それでも目的の本以外に「これは読みたい」とつい手が伸びてしまった本がいくつかあって、結局8千円以上も本を買い込んでしまった。いかんいかん、また病室の狭いスペースがますます窮屈になる。

気がつくともう11:00をまわっている。おっと、そろそろ行かなくては。練習は13:00からで、練習会場までは1時間ほどだが、途中で昼食を食べてゆっくりしたい。とりあえずまた電車に乗って練習会場の最寄り駅まで行く。途中で乗り換えが一回あるが、その乗り換え駅に行く電車で座れたので、今これをこうして書いている。今のところ神経の疲れはさほど感じない。だいぶ慣れてきたのか、あとから疲れが出てくるのか。

12:20頃、練習会場の最寄り駅に着いた。ここから会場まで歩いていく途中の、お気に入りのうどん屋に寄って昼食を食べていけばちょうどかな、と思って歩いていくと、なぜか今日は休みだった。近くにめぼしい店もない。しかたがないのでコンビニで弁当を買い、練習会場に行って一人で食べる。なんで外出したのにコンビニ弁当を食わなきゃならんのか。

ヴォーカルアンサンブルの練習は久しぶりだったが、思いのほか声が出た。特に低い方の音がいつもより鳴るのには自分でも驚いた。最近歌っていなかったのに。毎日体操しているおかげで、筋肉がやわらかくなったのかな。「よく鳴っている」N氏もそう言ってくれた。練習前にオカリナを吹いてみた。屋外で吹くのとはまた違って、いいホールなのでとてもよく響く。と同時に自分の演奏の「荒さ」が目立つ。少しのミスが目立ってしまうのだ。たとえば、曲の最後の音の切り方が、唐突だったり、逆に息を弱めすぎてピッチが下がってしまったりとか。

練習中は楽しかったし疲れを感じなかったが、みんなと別れて電車で一人になると、なんか「どっと」というほどではないが、「じわじわ」と神経の疲れが滲み出てくるような気がする。ゆっくり休もう。

家の最寄り駅のそばのラーメン屋で夕食を済ませ、明日の朝食をコンビニで買って家へ帰る。病院から持って帰って来たものをデイパックから出し、洗濯をしながら雑事を済ませる。部屋は相変わらず散らかっているが、とりあえず見えるところだけでも掃除機をかける。また腕がかゆくなってきた。また蕁麻疹か?前ほどひどくはない。これはストレスによる軽いじんましんかアトピーだろう。部屋に埃がたまっているせいかもしれない。思ったよりも神経は疲れていないように思うのだが。体は危険信号を出しているのだろうか。