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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

日別アーカイブ:2020年2月26日

昨日は20時半に寝た。翌日がお仕事の日は21時半に寝るのだが、ちょっと調子が悪いので1時間繰り上げた。2日連続で寝付きが悪かったので眠れるかどうか心配だったが、無事眠れた。朝は7時の目覚ましが鳴って、とりあえず止めたが5分おきに鳴ってはまた止める状態に。おもしろいものでその5分だけですぐに全く違う夢を見る。いくつかの夢を見たあと、7時20分に起きた。疲れはほとんど残ってない。「ほとんど」ということは少しは残っているということなので、これはこれでやばさを感じていた。とりあえず朝は少しゆっくりしてから作業所に出勤。

今日は横浜市の某施設でパンやサラダなどの出張販売。この仕事は12月から新しく始まったもので、うちの作業所から月に1回行く。メンバーが2人ずつ順番で行っているのだが、自分の番がまわってきた。50分くらい封入作業をしてから時間になったのでメンバー2人と職員1人で車で現地へ行った。

いつもは2時間半の販売なのに今日は時間短縮で1時間半。その施設のホールでミニコンサートなどのイベントをよくやっていて、そういうのをやっているときに販売に行くのだが、今日はそのイベントが中止だから短くなった。イベントカレンダーが置いてあったので見てみたら、最近のイベントは軒並み中止。ああここでも中止ばっか。コロナウイルスの影響が自分の仕事にもあるとは思わなかった。お客さんぜんぜん来なかったよ。暇だった。

パンとかサラダとか

どこの施設かはちょっと書けないのだが、こういうものがあった。去年ここで上級救命講習を受けたのだ。

ホース延長車

作業所へ戻って作業の続き。封入をやっていたがすぐに終わったので、パンの販売で商品に貼る値札シールを切っていた。この辺のものも全部手作りで、シールの用紙にPCで作った値札を印刷して、それをちょきちょき切る。ここでこの前持ってきていた左利き用のマイはさみの出番、と思ってちょきちょきやったのだが・・・

不器用なのはやっぱり変わらないのね。さんざんなできばえ。右利き用のはさみでやるより若干ましかな~という感じ。生き方も手先も不器用な自分である。

今日は面談なので終業後はその足で福祉施設へ。行ったら利用者が誰もいない。誰もってのは珍しいな。寒いから?それともこれもコロナの影響だろうか。カウンターに貼ってあるチラシを見ていたら、私が行こうと思っていた「誰もが暮らしやすい共生社会ってなんだろう」という講演会が中止になっていた。これもコロナの影響らしい。もう1つ行こうと思っている講演会があるのだが、これはどうなんだろう。3,000円と有料だがまだ申し込んでない。申し込む前に電話して聞いてみよう。

16時からは面談。いつものとおり1ヶ月の体調などの経過を書いたレポートを渡してそれを元に話をした。体調の話はまあいいとして、話の中心は「自己権利擁護」という点に絞られた。作業所でレクの実行委員が6人いるのに、全部自分に振られていて大変、他の人もちょっと何かやってほしい、と言いつつ言えないという状態が続いている。どうしたら言えるのかね、伝えられるのかね、なんで伝えらないのかな、そういう話をしていたら、自分の中でいろいろ思い出してきた。

単純な話、「ノーと言えない」というところなのだが、なぜそうなのか。ノーと言えなくて抱え込んで潰れる。自分が病気になったきっかけともなる根深いところである。でもなぜノーと言えないのか。人に任せるより自分でやった方が早いからとか、そういうのは今まで思っていたのだが、話すうちに、随分昔にカウンセラーと話したり考えたりしたことが頭の奥底から出てきた。多分、自分は子どもの頃から「期待を背負って生きてきた、期待に応えようとして生きてきた」というところに繋がるような気がする。

自分でこういう言い方をするのはなんだが、子どもの頃は優等生だった。優等生を演じて育ってきたと言ってもいいかもしれない。成績がいいから高校は進学校へ行って、そこでも成績がいいから、一応一流と言われる大学に行って(大学名を出すと「それは一応とは言わない」と言われるが)、どの場面でも親の期待、先生の期待、周囲の期待に応えようと生きてきた自分の姿があった。それは今の自分の起源である。

結局会社でも作業所でも、「期待に応えなくては」と思ってしまい、任されたことを「できません」「やりません」と言うことができない自分がいて、そして潰れてしまう。そういう感じなのかな。じゃあ今から自分はどうすればいいのだろう。福祉施設の職員は「今はノーと言う訓練をするいい機会」という。まさにそのとおりである。それをこれからどうやって具体化すればいいのか。ゆっくり考えよう。この殻を破れたら、自分はひとつ進歩するかもしれない。自分の中でパラダイムシフトを起こすのはなかなか難しい。

しかしまあ、いろいろ事情もある。3つの作業所に2人ずつ実行委員がいるので、他の4人とは日常的に話ができない。うちの作業所のもう1人は気まぐれであまり来ない。いつ来るかわからない。そういう勤務が許されているというのはうちの緩いところだが、実行委員に関しては自分で手を上げたからちゃんと来てほしいところ。それからこういう言い方をするのはちょっとあれだが、6人のうち4人は知的障害者で、みんなから意見を吸い上げて調整をしてプランニングするというのはハードルが高そうなのだ。そんな中でどうやって「他に委ねる」ということができるのか。むむむ難しい。

帰ってきたら17時半。夕食を食べてこの日記を書いていたらもう今日が終わってしまった。疲れちった。明日は午後からピアサポート学習会、明後日はSSTがある。きついのでとりあえず明日は作業所は休みにした。なんとかバランスを取りながらやらなければ。「バランス」。またこれも私の苦手なところの1つだ。