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鬱るんです
躁鬱病の元ITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、派遣のエンジニアをやったり小さなIT企業でほそぼそと働いたり、Web制作事業を立ち上げようとしたりしたが、今は就労継続支援B型事業所でリカバリーを頑張っている毎日。

昨日は疲労困憊でへとへとだったので20時半に寝た。しかし寝付けない。疲れているのに眠れない。40分経ってからいったん起きて牛乳を飲んでチーズを食べた。たいていそれで眠れるのに、それでも眠れない。もう一度22時頃に起きてきて、PCに向かった。音楽を流しながら単調なことをしようとして、アンケートに答えていった。数がたっぷりあるので黙々とこなしていた。そのうち眠たくなるだろうと思っていたが、なかなか眠気は来ない。もう開き直って、起きられるだけ起きていよう、そのうち眠くなるだろう、明日は休んでもいいや。そんな感じでPCに向かっていたら23時過ぎに眠気を感じて、今だと思って寝た。それでもなかなか眠れない。

ふと気がつくと0時40分だった。おお、いつの間にか眠れてた。と思ったが、その後もたびたび目が覚めて、結局眠れたのは0時~3時の3時間くらいだった。5時にはもう布団の中にいるのが苦痛で起きてきてなんだかんだやっていた。今日は生活支援センターで面談があるので、そこで話す内容をまとめたワードの文章に今日の不眠の件を追加したりした。

しんどいので作業所はどうしようか迷った。昨日のレクの実行委員のミーティングを受けて、所長がまとめた年間計画のたたき台を実行委員の目でチェックしないといけないという任務がある。FAXで家に送ってもらおうかと思ったが、なんとか頑張って出勤し、2枚のプリントをチェック。ミーティングで合意した内容ではあったが単純ミスが2箇所あったので第1作業所に連絡。

今日の作業は封入と封緘だったが、しんどいので午前中で早退した。そのまま帰らずにお気に入りのカレー屋に行ってご飯を食べて帰ろうとしたのだが、バス停に来て福祉特別乗車券を忘れてきたことに気がついて、とぼとぼと家に帰った。家で簡単な昼ごはんを食べた後はしばらく寝ていた。

15時半過ぎに家を出て今度は生活支援センターへ。16時から面談なのだ。1ヶ月に1回やっていて今月は既にやっているのだが、調子があまりよくないのでもう1回やりましょうということで今日やることになった。いつもどおり私がこのブログとは別に書いている日記兼体調記録を、前回の面談のあとから昨日の分まで読み返して箇条書きで経過をまとめておいた。朝5時に付け足したやつである。これをやれば頭がかなりすっきりされる上に、この体調レポートをそのまま職員にも渡して読み上げながら補足するという感じでやってるので、職員もわかりやすいと言う。

面談で話したのは、ここ1ヶ月の様子が低空飛行で上がったり下がったりしていること、午後から生活支援センターのプログラムがある日は先月までは作業所を休みにしていたが、今月から午前中勤務にしてみたら体調がいまいちでどうもうまくいってないから戻そうかどうか考えていること、作業所からレク委員などいろいろ振られて忙しくて大変なこと、プログラム自体もいろいろ首を突っ込んでいるけどどれも自分にとって必要なものだから削れないけど、そういう中でどう体調をコントロールしていけばいいのか、というようなこと。睡眠が不安定な件も話した。

おもしろいことに、話しながら「あれ、これはこういうことじゃないの?」と自分で発見がある。職員に指摘されたわけではないのだが、たとえば自分は手の抜きどころがわからないといか、ノーと言えずに抱え込んでしまうタイプで、昔の会社でも仕事を抱え込んで潰れたり、というようなことがあったが、今は逆に作業所で「手を抜く練習」「ノーと言う練習」ができるのではないか?作業所のレクなんて、そんなに骨身を削ってやらなくてもいいものだろうし、「できません」「やりません」と言う、アサーティブにセルフアドボカシーを実践するチャンスである。

それからいきなり「体調不良で休みます」というよりあらかじめ「明日は休みます」という方が双方ともにいいだろうから、プログラムのある日はやはりきっぱりと「休みます」ということにした方が、後から体調を崩して休むよりいいだろう。本音を言うと作業所はあまり休みたくないのだが、それでうまくいってない現状ではいかに「細く長く」やっていけるか、模索しないといけない。

今は毎月予定がたくさんあって大変、という話をしたら、以前に比べてずっと忙しくなったのは、自分がいろんなことに興味を持っているからだろうと言われて、たしかにそれはそのとおりである。スケジュール帳を見たらちゃんとどこに何の予定が入っているかわかるから、それをみていつ頃忙しくなって、それでどれくらい消耗するか、体調を崩しやすくなるかを予見しながらやればいいのではないだろうか、と言ったらそうですねと言われた。話しているうちに自分で気がついた。自分の頭の中にあるものを文字にして外に出し、それを声に出して読むことで自分をより客観視できるというのは、言葉によるパワーである。今まで「書くこと」によって自分を客観視できるというのは実感していたが、それを「口に出して読むこと」でさらに強化されることにはじめて気がついた。

他にも第1と第2で職員やメンバーの意識がかなり違って、レク委員はその間に入って調整するのがとても大変で・・・なんて作業所の中のごたごたを愚痴ってしまった。「そういう調整は職員がするのでは」と言われたが、「その職員たちが仲が悪くて、自分が間に入っているんです」という話をしたら同情されてしまった。なんでこんな役回りをしないといけないのだ。ああ、これも練習である。

あと、これもちょっと愚痴ですけどと前置きをして前回の朗読の会に乱入した躁状態っぽい困った人の話をしたら、職員はびっくりして「その人については他の利用者からも苦情が出ています」とのこと。「朗読の会のときに職員はいましたか?」と言われたが、少なかった記憶がある。「これからその人がフリースペースにいたり朗読の会に来て困った時は遠慮なくスタッフに知らせてください。なんらかの対応をします」と言われた。ちょっと安心したのだ。病気のせいかもしれないが、あの人と相手をしていると寿命が縮む。自分も躁状態の時は他の人にそういう思いをさせていたかもしれないと思うと、つくづく病気を恨んでしまう。

「ところで、こんな長いレポート(1ページ半)を毎月書いていてプレッシャーになりませんか?」と言われたので、「あ、僕文章書くのは好きなんです。ブログも書いてます。昔はブログという形ではなくWeb日記というやつでしたけど、2001年から書いてます。記事数は4,600以上あります」と話したらびっくりされた。そうだなあ、2001年からというとけっこう時間が経ったなあ。2年間くらいブランクもあったけど、今となってはこのブログを書くのが自分のライフワークである。

面談の後は、ちょっと迷ったが足を伸ばして昼間に行くはずだったカレー屋に行った。今週の週替わりメニューがおいしそうだったのだ。自分の好きなもの、うまいものを食うと元気になる。そう信じているのだ。というわけでネギ豚カレーを食す。安定の旨さ。こんなの食ってたら自分が豚になるなあ。ネギにはならないとは思う。

ネギ豚カレー

明日はかつて自分が所属していたボーカルアンサンブルグループが出演するジョイントコンサートがある。少し遠いのだが、聴きに行けるだろうか。行きたいんだけど、無理は禁物だし、どうしようかな。明日決めよう。


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