TOPに戻る
鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

日別アーカイブ:2006年10月12日

 何てことだ。

昨日は21時に寝るつもりが、15分ほど遅くなってしまった。いや、それはいい。ともかく21時15分くらいに寝た。しかし眠れない。22時半くらいになって追加眠剤を飲んだ。それでも眠れない。時計を見て23時になったのは覚えている。その後眠れたのだが…。朝7時の目覚ましが3つ。数を増やしたところで、起きることは無理だった。体が動かない。そしてまた寝てしまい、夢の中で必死に起きようともがいていた。やっと起きることができたのは9時をまわってからだった。昨日よりも遅い。どうしたんだろう、完全に体のモードが変わってしまった。

しかしながら今日は、昨日のように朝起きてから二度寝することはなく、低調ながらもネットをしたりExcelの勉強をしたりしていた。昼近くになって買い物から帰ってきた妻が「これ来てたけど」と差し出した封筒を見てがっくり。自分が受けた会社からで、この大きさからして履歴書が入ってるに違いない、ああやっぱそうだよ「今回はご期待に添えなく云々」と書いてある。だめだったかぁ。まあしかし今の健康状態で採用されても、それはそれでややこしくなったかもしれない。

とりあえず、バイトが休みの妻と一緒に昼からハローワークへ行ってみた。障害者担当の「みどりのコーナー」のお姉様(と一応書いておこう)と相談した。落ちたことを伝えると、残念だったわね〜と言われて、でもあの会社はものすごい人気だったから、と仰る。うむ、そうだろう。なんせまず「特例子会社」なのだ。特例子会社とは障害者を専門に雇用している会社だが、めったに求人が来ない。障害者枠での求職活動をしている人が殺到するだろう。障害者合同面接会にも参加していたし、待遇も他の障害者枠での求人よりもいい。私より優秀な人もたくさんいただろうし、落ちてしまったのもしかたがない。

それよりも今後のことである。先週から調子が悪いことを話して、明日が通院日なので主治医とも相談するが、今後の求職活動についてどうしたらいいか相談した。「今の状態では働けない」と医者がストップしたら、その旨を医者に書いてもらって失業給付金を傷病手当金として同じ額をもらうこともできるし、一度求職活動をストップして、また延長の手続きもとることも可能だという。

しかし、「障害者はね、4週間に1回来てくれればいいの。ゆっくり探せばいいから」と言ってくれた。原則として失業給付金は4週間のうちに2回求職活動をしなければ給付されない。しかし、障害者などの就職困難者は1回でいいということになっている。そして求職活動と認められる活動は、別に求人に応募したり面接を受けたりしなくても、「職業安定所での職業相談」や「安定所の職員の指導による求職情報の閲覧」も含まれている。

今日もお姉様と話したのが「職業相談」ということになり、その記録をしてもらったが、要は調子が悪ければ無理に求職活動をしなくても、とにかく失業認定日にはハローワークへ行って失業認定をし、そのままみどりのコーナーに行って職業相談なり求人情報を検索すれば失業給付金は下りるという。「それでもいいんですか?」と尋ねると「うちは全然かまわないわよ」とのお返事。そういうのは不正受給と見なされるのではないかと思っていたが、「いいのよ、障害者は」とお姉様は仰る。どこにも書いてないけど、そういうことになってるらしい。障害者は健常者より圧倒的に不利である。だからそれでいいのだとお姉様は仰る。

何はともあれ、求職活動はそういう形で続けつつ、とりあえず体調の回復を待つことにしよう。お姉様と話をした後、とりあえず求人検索機で新しい求人情報がないか検索したら、あららら、去年まで私が勤めていた会社が出てきたよ。直接の応募でなくて今度は東京で開催される障害者合同面接会での面接のみだが、ひやかしに受けてみようか。人事部ともかなり戦ったが、もしその人が出てきて私を見るとどう思うかなあ。

帰りに横浜によって先日見つけたマッサージ屋へ行った。多少金はかかるが、ここの男性のマッサージ師が力が強くてとてもよいのだ。今日は調子が悪いせいか、首も肩もぱんぱんに張っていてものすごく辛かった。マッサージを受けてかなり楽になった。このまま体調も回復してくれればいいのに。

帰りに妻の実家へ寄って、夕方まで姪や義母とお話し、家へ帰ってきた。さてさて、これからどうしようかなあ。失業給付金と障害年金と、あとは妻のバイト代でなんとかかんとかしばらくはやっていけそうだから、焦ることはないが、じっくりその時機を待とうか。