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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

月別アーカイブ: 2001年8月

昨日の鬱のせいか、睡眠障害は少し悪くなった。予想していたことではあるが。

21:00消灯後、すぐ寝付いたものの、23:00頃、隣のベッドのHさんの物音で目が覚める。ポータブルCDをなにやらいじくっている。そのまま寝るが、うつらうつらの状態で寝たり起きたりを繰り返し、2:30に追加眠剤をもらって飲んだものの眠れず、あきらめて4:00にホールの喫煙所にやってきた。またMちゃんがいる。いつもこの時間にはMちゃんがいる。今日から社会復帰の練習のため、2日間実家に外泊だそうだが、家に帰るとまたリスカをやってしまうかも、と言う。3度自殺未遂もしていて、ここにいる間は自殺願望は出ないが、外に出るとまた出てくるかも、と心配そうに言う。詳しく聞くことはできないが、何か強烈なトラウマがあるらしく、ずっと忘れていても、ある日突然ふと思い出してパニックになるらしい。この時間にはいつも暗い話で盛り上がる(?)。

話していると、看護婦が来て注意された。

「眠れなくてここに来るのはいいけど、お喋りするのはやめてくれない?小さい声で話してるから、寝てる人にうるさいとかじゃなくて、ちょっと目が覚めて一服しにきただけの人も、他の人が話をしていると加わってしまうから。ここは病院なんだから、他の患者のこともちゃんと考えて」

そんなことはわかりきっている。私もちょっと一服しに来ただけの人か、眠れなくて朝まで起きているつもりの人の区別はつくし、もう一度寝ようとしている人にはできるだけ刺激しないように気をつけている。あの看護婦は、今年入ったばかりの新米で、患者の間では「一番厳しい」と評判が悪い。要は新米なので、教えられたことは教えられた通りにしかできないのだ。それはまあ、しかたがないだろう。いつもだいたいこの時間にこの場所にいるが、他の看護婦さんはそんな注意をしたことがない。看護士のMさんは一緒になって話を聞いてくれたりするくらいだ。

どんな仕事でもそうだが、最初は基本を教わり、教えられたとおりに一から十まできちんとする。慣れてくると、一連の仕事の中でも、どこが重要でどこが重要でないか見えてきて、「手の抜きどころ」がわかる。すると、うまく「手を抜く」ことによって労働生産性はアップする。ここの看護婦の場合は、ベテランになるほど「規則」から外れることでも事情を説明すると、ちゃんと判断して目をつぶってくれる。新米看護婦はその「目のつぶりどころ」がまだわからないのであろう。これを書いているハンドヘルドPCも、事情を説明(電子手帳です、というちょっとごまかした説明だが)すると、婦長さんが「医者に許可をもらえばOKです」と言ってくれた。充電許可ももらっている。医者はベテランなので、そんなの別に問題ないですよ、と言ってくれた。

ホールの隅っこに体重計がある。体重を量ってみると、ここ数年来で一番低い数字が出た。おそらく入社して以降、一番軽い数字である。去年の今頃と比べると、5キロくらいは減っている。毎日卓球して運動しているのと、バランスの採れた病院食のためだろう。卓球はまじでやると、ものすごく体力を使う。行動範囲は狭い(と言っても素人が考えているよりも広い)が、その中をものすごいスピードで動き回るのだ。

ここの病棟にはヘッドギアをつけたおじいさんが3人いる。ヘッドギアと言っても、変な電極が埋め込まれているわけではない。転倒したときの怪我の防止のためである。3人ともほとんどしゃべらない。入院4回目のHさんによると、もう3人とも2~30年この病棟にいるそうだ。入院費はどうしているのだろう。家族の人が出しているのか、あるいは生活保護を受けているのだろうか。

入院してから煙草の本数が増えた。暇なのと、喫煙所でコミュニティができてるので、まあ当然と言えば当然だが。昔は煙草は吸ってなかった。吸い出したのは会社に入って2年目か3年目くらいだろうか。たまたまいつも一緒に昼食に行く人達がみんな吸う人ばかりだったので、いつも昼食後は喫煙所で一服しながら雑談していた。私もその仲に加わって、自分は吸わないけど、話に加わりたいから煙たいのを我慢していっしょにお喋りしていた。

が、ある日の会議で上司がいきなり昨日決めたことを覆すようなことを言った。朝令暮改である。みんな頭に来て、喫煙所で「何を考えてるんだ」みたいに上司の悪口を言ってうさをはらしていた。私も頭に来ていたのだが、そのとき勢いで「一本くれよ」と同僚の煙草をもらって吸ってしまった。そのとき、妙に気分が落ち着いていくのを感じた。それ以来、ストレスは煙草へ逃がすようになってしまった。

うつ病になって精神科へ通うようになったとき、煙草はやめた方がいいのか、ついでに医者に聞いてみたことがある。医者は「まあ、煙草が体によくないのは当然だけど、一日10本くらいなら、我慢してストレスを溜めるよりは別に吸ってもいいんじゃない?」と言われた。それ以来開き直って吸っている。自分にとって今一番大切なのは、ストレスをためないことである。先日の「ぼのぼの」の話ではないが、将来肺ガンになるのを恐れることによって、今ストレスがたまってうつ病がひどくなったら元も子もない。大切なのは、「今」をいかに生きることだ。ただし、煙草は吸ってもマナーはできるだけ守るようにしている。

喫煙所というのは、この病棟に限らず不思議な力を持っている。会社でもそうだ。喫煙所で雑談しているときに、何気ない会話の中で、人の本音がぽろりと出る。その場で重要な情報が手に入ったり、仕事のヒントを得たり、何かをひらめいたりする。あの独特の雰囲気は喫煙所だけでしか経験したことがない。この病棟でもそういったコミュニティの中心の場は喫煙所で、煙草を吸わない人でも、会話に参加するためにそこに来たりする。ここの喫煙率はとても高い。職場なら煙草を吸う人は全体の1割程度だが、ここでは7~8割に達するだろう。

朝食の時間だ。でもぜんぜん食欲がない。ご飯を一口食べ、卵焼きを一かじりだけし、味噌汁を少しだけ飲んで、あとはほとんど残してしまった。かろうじて牛乳だけは飲んだ。

調子悪いけど、少しくらいオカリナ吹きたいな、と思ってグランドへ行った。S君も一緒に行くというので2人で行った。頭がぼ~っとしたまま、何曲か吹いた。「何かリクエストしようかな」そうS君は言ったものの、思い浮かばないらしい。考え込んでいるので「涙のリクエスト」を吹いてあげた。

病棟に戻ると、洗濯機が空いていたので洗濯をする。部屋に戻る途中、Mちゃんに「さっきオカリナ吹いてたでしょう」と言われた。そうだ、病棟まではかすかに聞こえるんだった。「うるさかった?」「ううん、いい音色だね」そう言ってもらって嬉しかった。調子が悪いのでこれからしばらく横になって休むことにしよう。昨日は不調なのに、やっぱり無理しすぎた。

横になってしばらく休むが、なんだか落ち着かない。いろいろな邪念が頭の中を駆けめぐって不安をかき立てる。ヒーリングのCDをかけ、自律訓練法をやってみる。自律訓練法はセルフコントロール系やリラックス系の本には必ずと言っていいほど載っている有名な手法で、全身の神経をリラックスさせるとともに、その後に覚醒させる。交感神経と副交感神経のバランスを調整するのだ。私はこれを、昔所属していた合唱団のヴォイストレーナーに教わった。その先生には2年ほど発声を習いに通ったが、レッスンの最初はいつもこの自律訓練法で体と心をリラックスさせることから始まった。ヒーリングのCDも心地よい。聞き覚えのある優しいメロディーを優しい音色で包みこみ、脳のα波を引き出してくれる。このCDの中では、グレゴリオ聖歌の「Hodie Christus natus est」をアレンジした曲が一番好きだ。

だんだん神経が安らいでいき、体が休まり、そして徐々に覚醒していくのを感じた。そろそろ大丈夫かな、と思った頃、卓球をやっている音が聞こえたのでホールに行ってみた。しばらくやっているのを見物しつつ、自分の精神状態と体の状態を観察する。うん、大丈夫そうだ。回復傾向に向かっている。回復傾向に向かっているときは軽い運動をした方が効果的だ。初心者相手に軽く卓球をして、ちょっと汗をかいたところでやめておいた。無理は禁物だ。

乾燥機に放り込んでおいた洗濯物が乾いていたので取り込む。今日は朝調子が悪かったので、干しに行くのも億劫だったのだ。今まではちゃんと外に干しに行っていた。だが、私は家ではいつも乾燥機を使い、外に干すことはまずない。その理由は2つあって、一つは、私が会社の寮にいた頃、寮のランドリー室には洗濯機と乾燥機があったが、洗濯物を干す場所がなかった。なので、みんな乾燥機を使わざるを得なかった。それで、すっかり洗濯物は乾燥機で乾かすもの、という癖がついてしまった。二つ目の理由は、私はアトピーで、主なアレルゲンはハウスダストやダニ、黴、花粉などである。外に干すと汚れた空気で埃がついたり花粉がついたりする。それが嫌なので、乾燥機を使う。以前、アレルギーを引き起こす蛋白質である免疫グロブリンE(IgE)の血中濃度を調べたことがあるが、標準の数値が250以下なのに対し、私は14,000である。「立派な重症患者ですね」と医者は言ったが、何が立派なもんか。

Mちゃんがなんだか困っている。上に書いたように社会復帰の訓練のため、実家に2泊する予定なのだが、外泊は今回で3回目で、前の2回は2回ともリスカをやってしまったらしい。「またやりそうで怖い。1泊にしようかな。どう思う?」彼女はいろんな人に聞いていた。やらない自信がないのなら、1泊にしておいた方がいいと思うが、両親もいることだし、自分は医者ではないのでなんとも言えない。彼女は「不安から逃れるために切る」そうだが、その不安を取り除くことは、どうしてもできないものなのだろうか。

13:30から土日恒例のカラオケ。今日も別の病棟から若者向けのディスクを借りてきている。昨日よりかはうまく歌えるかな、と思ったが、昨日よりはましなものの、やはり高音がうまく伸びない。ファルセットの練習に、と思って平松愛理の「部屋とYシャツと私」をオールファルセットで歌うとみんなうけていた。この曲には「ヘアがわいせつな私~」という替え歌があるので、途中でそれを入れようかと思ったが自粛した。

カラオケのあと、しばらく喫煙所でしゃべっていたら、軽い疲れを感じてきた。ちょっと休もうと思い、病室に戻ってしばらく寝ていた。S君が「散歩行きましょう」と言うので、まあ散歩くらいなら大丈夫かなと思って、夕暮れの病棟の敷地内を一周した。病棟に戻ってきたとき、疲れがますますひどくなっているのを感じ、また横になる。夕食のアナウンスがあったので、夕食をとり、その後また寝る。やばい、また下降線をたどっている気がする。ヒーリングのCDをかけ、自律訓練法を行う。ちょっと卓球したりカラオケして散歩しただけで、こんなに疲れるなんて。火曜日には山岳会の集会が夜にあって、それに出席するために遠出して外泊する予定なのに、大丈夫なのだろうか。

少し状態がよくなったので、前から作ろうと思っていたバス時刻表をPocket Excelで作る。駅からと病院からの2シート構成。火曜日の外出のために駅前探検倶楽部で時刻を調べようとすると、Pocket IEでは検索結果が表示されん。なんでじゃ~。

ホールに出ていくと、外泊のはずだったMちゃんに廊下ですれ違う。「あれ?」と言うと、「帰って来ちゃった」やはり自信がなかったようだ。そう言えば朝からずっと心配していたし、卓球してるときも少し疲れ気味だった。

とかやっているうちにもう20:00だ。薬を飲んで就寝準備。今日は低空飛行の中でアップダウンのあった一日だった。病院の中だけでもこの調子だと、社会復帰はまだまだ無理そうだな。最近どんどん「入院日記」から逸脱するのを感じつつ、もう何でもいいからつれづれなるままに書いてやろうと思ふけふこのごろである。

昨日の睡眠はちょっといまいちだった。寝付きはいつも通りよかったし、0:00頃目が覚めて眠れなくなって、0:30頃に追加眠剤をもらうところまではよかった。そこまでは昨日と同じだが、その後2:30に目が覚め、その後何回も中途覚醒を繰り返し、4:00過ぎにはもう眠れなくなって、起きてきた。熟睡感が少し足りない。

夜明け前の喫煙所でKさんと話をする。Kさんは自分自身が優秀なカウンセラーにカウンセリングを受けた経験があり、よく他人のことを観察していて、カウンセラーばりにいろいろなことを言ってくれる。彼女によると、私は「凝り性」「完璧主義」「こだわりが強い」「なにごとにも全力投球」ということで、それは自分でも自覚している。

彼女に言わせると、「凝り性」という面に関しては、私は「いい意味での凝り性」らしい。趣味に関しても、自分の興味の持った分野に関しては徹底的に追及する。それはいいんじゃないか、ということである。

だが「完璧主義」というのは、この病気になる人に共通していることだけど、気をつけないといけない。なんでも100%でないと気が済まなくて、100%を達成できないと、とたんに挫折感を感じてしまう。それがうつ病のきっかけになる。たとえ100%じゃなくても、0%ってわけでもないんだ、50%でも60%でもいいじゃないか、そう思えるようにならなきゃならないんだ。「もっといい加減になりなさい」彼女はカウンセラーにそう言われたそうだが、「いい加減」とはちゃらんぽらんというわけでなく、「『いい』加減」を知る、ということだそうだ。納得。「なにごとにも全力投球」というのも、それが悪く出るときは「『いい』加減」で適当に抑えなければいけない。私は遊びはいっぱいあるが、「あそび」はない。自動車のハンドルやブレーキの「あそび」に相当する部分がないのである。

その後、彼女に「あなたには『否定する心』がある」と言われたとき、それはどういうことかわからなかった。私が人と話しているとき、言葉の端々に「否定する心」が見え隠れするらしい。「否定する心」ってなんだろう?いろいろ説明してくれたけど、いまいち理解できなかった。「そんなに難しく考えなくていいよ」と言うが、気になる。何を「否定」する心なのか。「こだわり」が強いために、自分のこだわりと相反するものに対して無意識のうちに「否定」をしているのだろうか。今はわからないが、そういう自分への「気づき」が大事だと彼女は言う。ま、あせらないようにしよう。

昨日Hさんに「ストレッチは朝一番にはやらない方がいい。まだ筋肉が固すぎてよくない。ある程度、体が起きてきて自然にほぐれてからの方がいい」と言われたので、朝のストレッチはやめることにした。作業療法の日は9:30からエアロバイクを漕ぐので、その前にすることにしよう。その他の日は午前中に適当な時間にやろう。

朝食後、すこし頭がぼ~っとするのでヒーリングのCDをかけて横になる。やはり眠りが浅かったせいだろう。あまり調子がよくない。昨日まで上り調子だったからといって、ずっと良くなり続けるということはなく、やはり波があるようだ。今日は無理をしないようにしよう。

気がつくと、外に出てもいい時間を過ぎていたので、のろのろとオカリナを持って昨日のグランドへ行った。今日ははじめからベンチの端っこに座った。何を吹こうかな、と思ったすえ「眠れぬ夜」をとりあえず吹いてみた。今の自分にぴったりだ。何曲か吹いたところで、すぐに疲れてしまったので病棟に戻った。

今朝メールチェックをしたら、友人から「昨日の日記の、果物チームと野菜チームの東北版には不覚にも笑ってしまった」とある。一人でもうけてくれて幸いである。ところで、彼のメールを無断引用するが、

僕はこの間まで、「メールをもらうとすぐに返事をしないといけない」と思いがちでした。それでストレスが溜まることもありました。しかし、この間見たストレス解消系HP(というのかな)に、そういう考えはテクノストレスの原因の一つでもあると書いてあったので、そういう考えはやめるようにしています。

と書いてある。その傾向は私にもあって、メールをもらったらすぐに返事を書かなきゃ、と思っていた。それは、相手が返事を期待しているだろうというのもあるが、一日に来るメールの数が多いので、すぐにレスを返さないと後で忘れてしまいそうだったからである。だが、最近私はちょっとした技を開発した。技と言うほどのものでもないが、メールを見て、これは返事する必要があるな、と思うメールには、とりあえず「返信」(または「全員に返信」)ボタンを押し、メールの編集画面を開いて、そのままドラフト保存するのである。こうすれば、返信する必要のあるメールの書きかけがドラフトのメールボックスに入るので、すぐに返事を書かなくても、あとで暇なときにドラフトをチェックして、返信してないメールがあればそのときに返事を書けばいい。返事をし忘れることもない。

おなかの調子があまりよくない。少し腹が痛くなってきた。私は便秘と下痢を繰り返すので、いつものことなのだが、今日はちょっと痛い。看護婦に言うと、「今日は土曜日なので当直の医師しかいなく、10:30か11:00頃に回診にくるので、そのときに相談してください」とのことだ。それまで痛みが続くようだったら薬をもらおう。

ところで、毎晩その日の便通の回数を各自が表に記入するのだが、昨日の夜「18」と書いてある人がいてびっくりした。と思ったら「泊」という字だった。「この人は外泊してます」という印で、看護婦が記入したものだった。一日に18回もトイレに行くようであれば、トイレに住んだ方が手っ取り早い。と言うのは冗談だが、私の趣味の山登りの世界では、山でのトイレ問題が最近活発に行われている。山に残していいのは足跡と思い出だけ。排泄物もできるだけ持ち帰らないといけない。と言うわけでうちの山岳会でも携帯トイレを試しに購入してみた。が、誰か試した人はいるのだろうか?山ではいろいろなトラブルに遭遇したときの対処法を知っておかなくてならないので、私もいろいろ本を読んで勉強したが、「山で下痢になったら」というのはまだ見たことない。

今日の午前中はみんな休んでいるのか、ホールは閑散としている。私もあまり調子がよくないのでしばらく横になって休むが、11:00前にホールに行ってみると、だんだん人が集まってきた。EさんとMさんが卓球を始めた。その後Eさんが用事があるというので、私が代わってMさんと打ち合ったが、調子が悪いためかいつもよりかどうも反応が鈍く、動きもスローモーだ。Oさんが「私にも卓球教えて」と言ってきた。彼女が卓球をやっているのを見たことがないので、興味がないのだと思っていたが、そうでもないらしい。「経験は?」と聞くと、「温泉でちょっと」と言う。とりあえずちょっと打ち合ってみたが、確かに初心者らしく「ピンポン」のレベルである。これなら基本から教えやすい。少し基本を教えて打ち合うが、どうもこちらの反応が鈍く、いつものように相手が打ちやすい所になかなかボールを返すことができない。その後、数日前に入院したOさん(Oさんがいっぱい出てくるが全部別人である)が、「私もお相手願います」と言ってきたので相手するが、なんかその時点で私はへろへろだった。調子悪いときに無理しちゃいかんが、「教えて」と言われて「今、調子が悪いから」と言って断れないのも私の悪いところだ。一応Oさんに「経験は?」と聞くと、「以前、ここで」と言う。そう、彼女も出戻り組の一人だ。へろへろだったのでちゃんと教えてあげられなかった。

昨日、私の隣のベッドに入ったHさんが「商売でトラブって裁判中」と書いたが、それは私の勘違いで、彼の友人の話らしい。彼の友人もまたうつ病で、そういうきっかけだったという話だったのを私が誤解したのだ。彼自身はトラックの運転手をやっていて、あれも相当体にきつく、時間もめちゃくちゃな仕事だったので、自律神経がおかしくなってしまったらしい。トラックの運ちゃんをやる前は4年間自衛隊にいたそうだが、その訓練内容を聞いたら、ものすごく激しいものだった。「真夏の暑い中、長袖長ズボンにいろんな装備をつけて、70km歩かされた」と聞いたときは、「俺だったら死ぬな」と思ってしまった。

休んでいると、カラオケの音が聞こえてきた。今日は土曜日なので、昼からカラオケ大会なのだった。今日も別の病棟から若者向けのディスクを借りてきてるらしい。ちょっと調子悪いけど、カラオケくらいならできるかな?と思っていってみた。先週、尾崎豊の「I Love You」を歌ったあと、Kさんに「うまかったけど、ちょっと力んでたんじゃない?力抜けばもっとうまいと思うけど」と言われたので、リベンジでまたしても「I Love You」に挑戦。「力む」というのは私が何事に対してもやってしまう悪い癖だ。今回は力を抜いて、と思ったら逆に力が全く入らない。なんか体全体のコントロールを失っているみたいで、リズムもまともに取れないし、高音がぜんぜん出ない。普通、高音は張ることができなくても抜くことはできるのに、まともに抜くこともできない。なんか悔しくて、次に勢いのいい曲を、と思ってThe Blue Heartsの「Train Train」を歌ったところ、またしてもぜんぜんリズムに乗れず、しかもアンザッツをあてることもできず、声帯をもろにこする地声歌いになってしまい、喉がへろへろになってしまった。カラオケも今は無理だ、とあきらめて病室に戻って休んだ。

夕方、ベッドに横になりながら、やはり隣のベッドに横になっているHさんとお互いの話をした。ケースは違うが、2人とも家庭環境に何らかの問題を抱えている。この病棟の患者と話していると、家庭環境に問題がある人、トラウマを抱えている人、性格的に鬱などの病気になりやすい人ががほとんどである。特に家庭環境に問題を抱えている人は非常に多い。

Hさんは生活保護を受けているそうだ。生活保護を受けると、通院費も入院費も一切ただになるらしい。32条を申請すれば通院費が5%負担になるのは知っていたが、生活保護の場合は通院費も入院費もただになるとは知らなかった。それでS君が「生活保護を受けたい」とずっと言ってる理由がわかった。S君は、父親が全く病気のことを理解していない、そもそも病気と思ってなくて、うつ病をただの「怠け者」と思っており、「なんで入院なんかしてるんだ。病気のふりなんかしてないで働け」と言うらしい。入院費は父親がお金が出しているが、父親は病気と思ってない子供の入院費なんか払いたくない。S君も父親に負担をかけたくない。かと言って父親が病気を理解してくれてないので家にも帰りたくない。でも今の病状では働ける状態ではない。それで生活保護を受けたいと言ってるのだ。

「夕食の準備ができましたので皆さんホールにお集まりください」放送が入った。いつもなら腹が減ってるので飛んでいくのだが、なんだか妙に腰が重い。体を動かすのがひどくめんどうだ。なんとかホールまでのろのろと歩いていく。今日はずっと軽い鬱だ。心と体がちゃんとつながってない。卓球もカラオケもおかしかったのは、そのせいだ。昨日まで上り調子にあった波が、今度は下り坂に入ったのか。明日も鬱が続くのだろうか。夕食後、ヒーリングのCDをかけて、またベッドに横になる。

いつの間にか眠ってしまっていたらしい。夢を見ていたようだ。悪夢ではないが、後味の悪い夢だった。ホールに行ってみると喫煙所でまたいつものメンツが集まっているので、加わるが、なんかまた下ネタで盛り上がっている。なんでも、ある薬の副作用で胸が大きくなるらしく、男性でも乳房が出てきたり、女性でも妊娠していないのに母乳が出てくるとか、最初は薬の副作用の話だったのに、そういう話からエスカレートしていった。しゃべっていると、「いつもとしゃべり方が違うね」と言われた。まだなんか全体的にスローモーだ。心と体がちょっと疲れてた一日だった。

Kさんから森田療法の体験記を聞いた。「あるがままの自分を受け入れる」いろんな本に出てくるが、いまだに私は理解できていない。「遊びたくないときは寝ていろ、遊びたいときは遊べ」それはわかる。だが、「だから月曜日から金曜日はしんどくても会社に行け」それができないから病気ではないのか?「調子がいいからといって、夜遅くまで仕事をしてはいけない」これはわかる。「調子が悪いからといって、早退してはいけない。定時まで必ず仕事をしないといけない」そうなのか?それは「あるがままを受け入れる」に反するのではないのか?森田療法は有名だが、体験記を聞いても、やはりいまいち理解できない。

20:00になった。眠剤を服用する。今日は調子はよくなかったけどいいこともありました、と「いいこと探し」をしながら眠ることにしよう。

やった、ついに中途覚醒が1回まで減った。眠剤の効きを感じる。21:00の消灯後、0:30に目が覚めて1:00まで眠れなかったが、追加眠剤をもらって、その後4:00まで熟睡できた。眠りもけっこう深い。頭も比較的冴えている。いつのもように4:00に喫煙所に行くと、いつものメンツが集まっている。私が100円ショップで買ってきた肩たたきがみんなに好評で、Mちゃんが使っていた。「昨日それで足の裏たたいていたら、Kさんが『やだ~、もう使わない』って言ってたけど、Mちゃんは使ってるね」と言うと、「え~、もう使わない~」と言って放り出してしまった。

朝5時になるとポットが出る。ポットが出るとお湯が沸くまでポットの前でコーヒーを入れたカップを持ってじっと待つ。これも日課の一つだ。

昨日O嬢にマッサージをしたところ、「彼、うまいよ」といつの間にか評判になっていて、Kさんが「私もやってもらっていい?」と言うので、椅子に座った体勢でやってみる。お、彼もなかなか背中のあたりがこっている。「お客さん、こってますね~」と言いつつ、畳に移動してうつぶせに寝てもらって本格的にやってみる。非常に喜ばれた。みんなにやってあげるから、みんなにマッサージがうまくなってもらって、ぜひ自分にもやってほしい、と言うと「その頃には退院してるよ」とO嬢はのたまう。そうかもしれない。

そういえば、以前「丘で歌を歌うのやめてくれない?」と注意されたとき、「おもての通りまで聞こえるから」と言われたのだが、他の人にあとから聞いたら、単に歌声がうるさいというだけでなく、海風にあおられて、歌声でなくて変な人が唸っているように聞こえていたらしいのだ。「ますますおかしい人ばっか入ってるところだと思われちゃうからさ」うむ、確かにそうだ。「歌うんだったら、裏のグランドの方だったら迷惑にならないから」そう言われて、一度行ってみようと思っていたのだが、台風の影響で外に出られなかったし、昨日は暑くて外に出る気がしなかったので、まだ行ったことはなかった。

今朝はオカリナを吹きに行こうとして、ふと思い立ってそのグランドに行ってみた。グランドといっても土ではなく一面芝生で、丸太でできたベンチやシーソー、ちょっとした高台みたいなところもある。しかも全面的に山の影になって涼しい。高台に上ってオカリナを吹く。心地よい風が頬をなでていく。ああ、気持ちいい。ここも気に入った。丘の方が海がきれいに見えるので眺めはいいが、ここも緑に囲まれて、山好きの私としてはとても癒される。これからはここでオカリナを吹こう。

吹いているうちに、だんだん日向が射してきて、暑いので高台から降りてベンチで吹く。が、どんどん日向が寄ってくるので、少しずつ逃げるようにベンチの座る位置をずらしていく。が、とうとう完全に日向になってしまったので、あきらめて帰ってきた。8:10までが勝負だ。と言ってもこれからだんだん日が短くなってくるので、日陰で休める時間は増えていくだろう。

金曜日なので本来なら午前中は作業療法で、自転車を漕ぎたかったのだが、今日は作業棟が休みなのでできない。作業棟の職員の夏休みだそうだ。みんな午前中は暇をもてあましていて、結局いつものごとく卓球が始まる。私が見物してると「コーチ、教えてくださ~い」と言ってきたりする。相手をしたり、横で見たりしていろいろアドバイスをする。初心者でも基本から教えると、短期間でとてもうまくなる。

卓球をやってると、山岳会の仲間のEちゃんが面会に来てくれた。会のオリジナルTシャツを作ろう、と私が企画して進めている途中だったのだが、入院してしまったため、彼女が私のあとを引き継いでくれた。今日は面会がてら、そのTシャツができあがったので持ってきてくれたのだ。花も持ってきてくれたので、看護婦さんから花瓶を借りて部屋に飾ると、病室が明るい雰囲気になった。精神科独特の、廊下から窓越しに丸見えでベッドの間にカーテンもない殺風景の病室が華やかになった。

Eちゃんとは久しぶりにいろいろと話をして楽しかった。彼女は、うちの山岳会の中でも一番最初に私が自分の病気をうちあけた貴重な「友達」であり、しかもうつ病についての理解があった。「励ましてはいけない」ということもちゃんと知っていた。昼食の時間になったので、その間待ってもらい、また話を再開するが、13:00になって入浴タイムになり、われわれが一番最初の番であとがつかえていたので、彼女はそこで帰っていった。入浴後にシャツを取り替えるので、持ってきてもらったTシャツをさっそく着てみた。モンベルのウィックロンでできたTシャツである。ウィックロンは登山用の速乾性素材の一つだが、実は私はウィックロンは今まで持ってなかった。ダクロンより少し厚めかな。でも乾きはいいと聞く。今日これで卓球をやって汗をかいた後、乾き具合を試してみることにしよう。喫煙所でたばこを吸ってると、Mちゃんが「そのTシャツかわいいね」と言ってくれた。やった、受けがいいぞ。

入院が4回目だというHさんと話をしていると、さすがにいろいろと詳しい。ここの看護婦はずっとナースステーションにいて暇そうに見えると思っていたが、実は事細かに患者の様子を観察していて、それをすべて医師に報告しているらしい。たとえば「誰々が何時にカップラーメンを食べてた」とか、そんなことまで記録しているらしい。決して暇なわけではなかったのだ。精神科の患者の状態は、検査などでわかるものではない。日々の言動や表情などが、患者の状態を判断するための重要なファクターなのだ。ここのナースたちは、日々それらを観察し、医師に報告するのが一番の役目らしい。

風呂からあがった後、なんだか急に肩が凝ってきた。めちゃめちゃ凝ってきた。Hさんがマッサージしてくれたが、これがめちゃめちゃうまい。私なんかよりもずっとうまくて、思わず「うぅ~」と甲骨、いや恍惚の表情を浮かべて唸ってしまう。聞けば彼もかなりの凝り性で、やはりマッサージに通ううちに自分で覚えてしまったらしい。「なんで風呂に入って血行がよくなったのに肩が凝るんだろう」と言ったら、彼によると、凝りがひどいと普段はもう麻痺してしまっているのが、血行がよくなることによって却って表面化してしまうらしい。これからは彼と切磋琢磨して、さらにハイレベルなマッサージャーを目指すことにしよう。

荷物が届いているというので取りに行く。内容はわかっていて、会社に送付してもらっている購読雑誌だ。「私宛ての雑誌がたまっていると思うけど、暇だから送って」と連絡しておいたのだ。取りに行ってみると、けっこう重い。「日経オープンシステム」3冊、「日経コンピュータ」4冊、「日経バイト」2冊の計9冊が入っていた。そりゃ重いわ。これからは暇なときにはこれらを斜め読みしようっと。

実習生の女子大生に、何かクラブかサークルはやってるの?と聞くと、なんとジャズサークルでアルトサックスを吹いているらしい。ビッグバンドではなく、コード進行だけ決めておいてあとはインプロビゼーションで音楽を作っていく本格派のジャズだ。かっちょい~。私は数年前に、アメリカのヴォーカルアンサンブルグループが来日したときに受けた講習会でインプロビゼーションのレッスンをしたが、普段の譜面に沿った音楽とは離れて、インスピレーションで、即興で作る音楽というのもとても楽しい。その講習会では他にも、モンゴルの伝統芸能で、倍音を利用して同時に2つの音を出す「ホーミー」のやり方を教えてくれた。そのときはうまくできなかったが、練習しているうちに今では結構倍音が鳴るようになってきた。よく響くところでホーミーをやると自分でいつの間にか恍惚状態に入ってしまう。

夕方、今朝のグランドに行って今度は歌を歌う。シューベルトの「美しき水車小屋の娘」と、Tちゃんに持ってきてもらった歌集を持っていった。「美しき水車小屋の娘」は私の好きな歌曲集の一つで、単純でなじみやすいメロディーの繰り返しで、とても素直でいいな、と思っている。同じ三大歌曲集でも「冬の旅」や「白鳥の歌」はちょっとこむずかしい印象がある。ところで、この歌集は20曲から成る一連の物語になっており、ある青年が「美しき水車小屋の娘」に恋をし、その思いを歌っていくのだが、結末は結局うまくGETできないというものだ。その歌詞の中で、「彼女が緑色のリボンをつけているので、あの娘は緑色が好きに違いない。自分も緑色の服を身につけよう」という展開になっていくのだが、16番が「好きな色」という曲名で緑色のことを歌っているのに対し、転機となる17番では「嫌いな色」という曲名で緑色のことを歌っている。「好きな色」が短調で、「嫌いな色」が長調で書かれているのがおもしろいな、と思っている。

夕食後の喫煙所のおしゃべりで、看護婦のTさんが入ってきて延々と恋愛論をしていた。彼女曰く、「女は絶対に男におごらせるべきだ。女におごらない男はダメだ」と言っていたが、世の中にはそう思ってる女性がやっぱ多いのかなぁ。少なくとも私の友達の女性は「おごってくれたらラッキー」とは思ってても「おごらせて当然」とまで思っている人は少ないような気がする。あんまり熱く恋愛論を語るので、もう彼女いない歴が数年に及ぶ私は「どうしたら彼女ができますか」と聞いてみた。いろいろ話をすると「う~ん、あなたは『押しが弱い』のと『誰にでも優しいいい人』で終わっちゃうタイプだね。誰にでも優しくしちゃダメだよ」などと言う。「誰にでも優しくしちゃダメ」って言われてもなぁ。

連絡会の後、いつもは木曜日にする冷蔵庫の整理をみんなでする。昨日やるはずだったのに、看護婦も忘れていたらしい。この一週間で退院した人が残していったもの、期限切れのものはどんどん捨てていく。冷蔵庫はブラックホール化しがちで、奥にはどんな得体の知れないものが入っているかわからない、というところも多いと思うが、毎週これをやってるおかげで、冷蔵庫はいつもきれいに整頓されている。一般家庭でも毎週一回冷蔵庫の整理をすればいいんじゃないだろうか。

喫煙所のテーブルに、Oさんの差し入れで梨が切ってあったのでありがたくいただく。私が古いなぞなぞを出した。

「野菜チームと果物チームが野球の試合をしました。野菜チーム先攻で、1-0で野菜チームがリードしています。9回裏ツーアウトランナーなし、そこで果物チームのバッターがホームランを打ったら、果物チームが勝ってしまいました。なぜでしょう」

割と有名なので、みんな答えを知っているかと思ったら誰も知らなかった。答えは「ランナー梨」だったから、である。

実はこの「東北版」というのもあって、それは「果物チームが先攻で1-0でリードし、9回裏野菜チームの攻撃でツーアウトランナーなす」というものなのだが…。

この間たばこをあげた、ほとんどしゃべらない女性が病室の外から「すみません」と声をかけてきた。「お菓子ないですか?」と言う。私は間食をしないのでお菓子なんぞは一切持ってないので「持ってないんです。ごめんね」と言うと「あ、いいです」と言って行ってしまった。私の性格としては、「誰か他に持ってないか聞いてみましょうか」と言ってついて行きたいところだが、この間、看護婦に「関わらないで」と言われたので、そのまま見送る。他の人に聞いたところ、けっこう他の人にも「たばこくれませんか」とか言ってるらしい。他人にしゃべるときは物をねだるときだけ。みんなもできるだけ関わらないようにしているらしい。やはり彼女は甘やかしてはいけないタイプなのだろうか。

20:00になった。薬を飲んで就寝準備。今日はいっぱい書いてしまった。

昨日もよく眠れた。昨日とほぼ同じパターン。0:00頃目が覚めたが、眠れそうなのでもう一度寝る。2:00頃また目が覚めて、今度は眠れなかったので、2:30に追加眠剤をもらって飲み、そのまま 5:00まで熟睡。鬱が入らなかった日はかなりちゃんと眠れるようになってきた。

そういえば、昨日の就寝前に、朝たばこをあげた女性が私の部屋の前で、私に向かって「すみません」と声をかけている。「どうしたんですか?」と尋ねると、「たばこ一本くれませんか」と言う。看護婦は「関わり合いになるな」というようなことを言っていたが、私にはそうはできない。「いいっすよ」一本渡して「ライターはありますか?」と聞くと「大丈夫です」そう言って行ってしまった。朝は「煙草忘れちゃった」と一人でつぶやいただけだったが、今回は確実に私に話しかけてきた。他の人と話すことはまずないのに。心を開いてくれるのは嬉しいし、彼女の病気がそれで少しでもよくなるならいいのだが、かえって悪化したり、看護婦の言う「巻き込まれる」事態になってしまうとどうしようかと思う。 

朝の服薬。毎回服薬時は、みんなコップを持って一列に並び、「○○です」と自分の名前を言って薬を受け取る。私の番になったとき、たまには看護婦にもぼけてみようと思って「三波春夫でございます」と言うと、寒い顔をしていた。次は別の看護婦のときにリベンジしてみよう。

朝食後、台風が過ぎ去ってようやく晴れたので、洗濯をする。洗濯機がまわっている間に散歩に行って、いつもの丘でオカリナを吹く。が、照りつける太陽と無風状態に数分で汗びっしょりになり、早々に引き上げる。

たばこを吸ったりこれを書いているうちに、洗濯が終わったようだ。さっそく中庭に干しに行く。今日はいい天気だ。よく乾くことだろう。下の病棟の若者が3人上半身裸でひなたぼっこしている。もちろんみんな男である。ところで昔から「ひなたぼっこ」「ぼっこ」って何だろう?というのが私の3大疑問のうちの一つであるが、いまだにわからない。若者の一人はこの間オカリナに拍手を送ってくれた彼だ。「今日は洗濯機が順番待ちなんですよ」と言っているが、それはこっちも同じで、私が「洗濯終わったかな?」と思って見に行ってみたときには、私の洗濯物はかごに出されて次の人のが回っていた。洗濯物を干していると、靴下が片方ない。どうして靴下は片方ずつなくなるのか。その答えは、両方なくなったら、なくなったこと自体に気がつかないからである。私は会社に入社した頃、スーツ用のいわゆる「サラリーマン靴下」を大量に全部同じ製品でそろえた。これなら片方破れたりなくなったりしても、残りで使い回せるからである。

午前中は体育館レク。今日は前半はドッジボール、後半はバドミントン。休憩中に飲む一杯の冷たいお茶が気持ちいい。体育館の床に大の字に寝そべり、目を閉じ、ドイツの精神科医シュルツが考案した「自律訓練法」を行って神経を休める。無理をしない程度に、ちょっとやっては疲れたら休み、また少しやっては疲れたら休む。仕事もそういうペースでやらせてくれればいいのに。

うちの病棟に、福祉系の大学からケースワーカーの実習生が来ている。今日と明日いるそうだ。むむ「ぢょしだいせい」である。みんなで取り囲んで質問責め、ではないが、いろいろとお話をする。

私の隣のベッドに新しい患者が入ってきた。その向こうのベッドのKさんが「あれ、Hさんじゃないですか」と言うと「また入ることになりました」と答えた。4回目の入院らしい。歴史は繰り返す、じゃなかった歴史はぶり返す、でもない、やはりこの病気はぶり返す人が多いのか。

Hさんは自分で商売を起こして、何人かの従業員を雇って小さな商社をやっていたらしい。が、取引先とトラブルを起こし、裁判で訴えられ、今でも裁判は続いてるらしい。そのストレスから鬱になり、従業員にはみんなやめてもらって、細々と商売をしながら入退院を繰り返している、という生活らしい。生活保護を受けているが、なんとか切りつめればやっていける、という感じらしい。

今日の午後は、木曜日なので普通はレク活動なのだが、今日はなぜかなかった。みんな暇をもてあまして、結局「卓球でもしますか」ということで、卓球台をセッティングしていると、Mちゃん(今までTさんと書いていたリストカットの女の子)が「私も卓球やりたい」と言うので、軽く相手をしてあげながら教えてあげた。ほとんどやったことないのに、結構じょうずである。彼女は体力がないので、あまり長くはできなかったが、初心者は変な癖がなく、教えたことをそのまま忠実にやってくれるので、少しの時間でけっこう上達した。その後、S君と勝負したが、いつも11点ゲームの1セットマッチの短縮版でやってるのを、今回は21点ゲームの3セットマッチ、正規のルールでやった。結果は2-1で私が勝ったが、さすがに久々にフルセットを続けてやると疲れた。

私がMちゃんと相手をしているのを見て、アルコール依存症で入院中の、60歳くらいのTさんが「私にも彼女に教えてあげたように教えてください」と言ってきたので、相手をした。Mちゃんと同じく、ほとんど初心者の人で、打ちやすい球を返しながら、教えた通りに打ってもらうとどんどん上達していった。彼はアルコール依存症の影響でいつも手先がふるえているが、卓球をやっているときは全くふるえていなかった。

その後、実習生の女子大生が同じように教えてほしいというので相手をすると、彼女は「ちょっとやったことがある」らしく、ボールへの反応はいいのだが、変な癖がついていて、なかなか教えた通りにいかない。手首を変にひねる癖があるのだ。相手が打つ瞬間ごとに「まっすぐ」と声をかけていると、しだいに慣れてきていいボールが返ってくるようになったが、少しラリーが続くとすぐに元の癖が出てしまうようだ。まったくの初心者の方が教えやすい。

分裂病のSさんは、普段は精神病患者ばかりで集団生活をしている施設に暮らしているらしい。そういう施設があるとは知らなかった。入院とは違い、普通に家賃を払って普通に暮らしている。が、管理人がいろいろ面倒を見てくれたり、かかりつけのドクターが往診をしてくれることもあるらしい。普段はみんなそのドクターの病院に通院しているのだが、緊急の場合には来てくれる、ということだ。最近では普通の医者でも往診をしてくれるのは減っているのかもしれないが、そういうところもあるということをはじめて知った。

夕方、入院時にいろいろ検査した結果を教えてもらった。レントゲン、CTなどは問題なし。血液検査では中性脂肪が「かなり」高いそうだ。中性脂肪が高いのはわかっているが、「かなり」と言われるとちょっとびびった。私は見た目は割と筋肉質で、少し腹に脂肪がついてるかな、という感じなのだが、それにしては体脂肪率がかなり高い。表面についているのでなければ、中についているのだろう。脂肪肝かもしれない。幸い、肝機能には今のところ異常はないが、これから注意してください、と言われた。内臓の脂肪は一番落としにくい。せっせと有酸素運動に励むことにしよう。ここにいる限り食事は栄養のバランスのとれたものをとっているが、退院したらまた外食中心の生活になる。そのときは脂肪分をできるだけとらないように気をつけねば。

夕食後のおしゃべりで、なぜか女性陣が下ネタ話で盛り上がっている。最初は男性陣もおもしろがって聞いてたり突っ込んだりしてたのが、だんだん男性陣もついていけなくなるほどエスカレートしていった。その内容は…、とてもここには書けない。

夜、オセロをやっているO嬢が肩がこっているというのでマッサージをしてあげる。うむ、結構こっていて、つぼがぐりぐりとはっきりわかる。私自身、ものすごく首と肩がこるので、以前は鍼灸院に通って針治療を受けたり、本格的なマッサージを受けてたりした。今でもクイックマッサージによく行く。おかげで「どうやれば気持ちいい」というのがわかるようになったので、マッサージがうまくなって、人にやってあげると喜ばれる。が、自分で自分にできないのが残念だ。O嬢はオセロをやりながら「う~」「きく~」とか言って気持ち良さそうにしていたが、やっているうちにブラのホックを外してしまった。いや、もちろんわざとじゃない。わざとじゃないってば。

今夜の夜勤は卓球経験者の看護士Nさん。20:00の服薬まで時間が少し空いたので、卓球の相手をしてもらうが、ぼろ負けしてしまった。うむ、彼は手強い。

20:00になった。就寝前の眠剤を飲んで、これから寝る準備をしよう。今日隣に入ったHさんはいびきをかくのかな?一応耳栓をつけて寝ることにしよう…。

耳栓の勝利だ。よく眠れた。と言っても、昨日は2:30から起きていたし、けっこう運動もして疲れていたのに昼間寝ないようにしたためでもあるだろうが、とにかくよく眠れた。とは言え、中途覚醒がなかったわけではない。21:00消灯後、0:00に目が覚めるが、また眠れそうだったのでそのまま寝た。次は2:00に目が覚めて、今度は寝ようとしても眠れなくなったので、2:30に追加眠剤をもらう。すると4:00までぐっすり眠れた。眠れなかった30分を除けば、トータルで6時間半は寝たことになるし、眠りも深く熟睡感があった。4:00から早起き組でいつものひそひそ話。

暖かいコーヒーを飲みながらTさんとお互いのことについて話す。「自分の苦しみをずっと誰にも言えなかった。家族にも言えなかった。大量服薬をして部屋中に嘔吐したとき、自分が精神を病んでいることをはじめて家族が知った」そう彼女は言った。私の場合、鬱がひどくて3日間無断欠勤し、会社からの「大丈夫ですか、連絡ください」という留守電にも応答できなかったとき、会社から実家へ連絡が行き、父親が「あの子は絶対に無断欠勤なんかするはずない。きっと事件に巻き込まれたに違いない」と思って警察に捜索願を出し、部屋に警官が入ってきて、はじめて親が知ることになった。

朝、状態が安定して気持ちがいいので、お休みにしていたストレッチを行う。すると、一度も話をしたことのないUさんが「あら、体固いわね~」と話しかけてきた。ストレッチのこととか、「こういう腹筋運動もありますよ」とか教えてあげて(それは足上げ腹筋で、足で1から10の数字を書くというものだが、かなりつらい)、いろいろ話をした。彼女はいつも不機嫌そうな表情で、挨拶もしなければ、誰ともしゃべっているところをみたことがない。私には心を開いてくれたようだ。

水曜日の朝はシーツ交換。ついこの間やったばかり、という気がする。一日は長いのに、どうして一週間は短いのだろう。手早くシーツや枕カバー、包布、タオルケットを交換する。きれいなシーツは気持ちがいい。

喫煙所で煙草を吸っていると、いつも一人で来て一人で吸って一人で帰っていく女性がきた。名前は知らないが、顔に全く表情がなく、いつも同じ服を着ていて、そして一言もしゃべらない。一つ一つの動作がものすごく遅い。どういう病気か知らないが、みんなどう扱っていいのかわからない、という人だった。その人がやってきて椅子に座り、しばらくしてからぽつんと言った。「部屋に煙草忘れちゃった」彼女が喋るのをはじめて聞いた。そのとき喫煙所には私しかいなく、「これあげますよ」と言って一本差し出すと「ありがとう」と言った。うん、コミュニケーションはできるようだ。彼女が履いていたハムスターの絵柄のスリッパを指して「スリッパかわいいですね」と言ったら彼女は少しほほえんだかのように見えた。「ハムスター好きなんですか?」と尋ねたら、だまってうなずき、その後彼女は部屋へ戻っていった。

さっき煙草をあげた女性が看護婦さんに怒られて泣いている。しばらく見ていたが、彼女は甘やかしてはいけないのだろうか。さっき煙草をあげたのもよくなかったのだろうか。後からその看護婦に聞いてみた。「さっき彼女が煙草を忘れたと言ったので一本あげたんですが、よくなかったでしょうか」「患者同士でものをあげたり貸し借りするのはトラブルの元になるので、できるだけやめてください」「いや、そういうことじゃなくて、私もいろいろ本で読んだんですが、病気によっては厳しく接した方がよかったり優しくした方がよかったりするそうじゃないですか」「本に書いてあるのはあくまでも理想論です」「いや、だから看護婦さんに彼女の場合はどうすればいいか聞いてるんです」「できるだけ他の患者さんとは関わらないでください。そうやって巻き込まれて自分が調子を崩した例をもうたくさん見てますので」なに、巻き込まれる。そういうことがあるのか。「でも、関わるなと言われても、ここでは集団生活だから、自然とコミュニティが発生するじゃないですか。どうしても関わらざるを得ないんですけど」「でも、あなたも自分の病気を治しに来ているんでしょう。自分の病気を治すことだけ考えてください」「じゃあ、彼女は無視していいんですか」「それでいいです。自分を大事にしてください」看護婦の言うことはわかるが、何か釈然としないものを感じる。

9:00からは環境整備で、身の周りを雑巾がけ。Yさんが外泊でいないので、彼のベッドの周りもついでにやってしまった。次に窓拭き。高い所に手が届かないが、踏み台になる椅子などがないので、窓枠に上ってアウトサイドエッジをきかせながらバランスを取り、窓を拭く。こんなところでクライミングの技術が役に立つとは思わなかった。

いびきのNさんが別室に移っていった。入院するときから看護婦に「自分はいびきがうるさいんで、周りの人に迷惑かけると思います」と言っていたので、4人部屋に入ることになっていたらしい。昨日Hさんが退院したので、それまで暫定でうちの6人部屋に入ってたそうだ。せっかく耳栓を用意したが、これはこれからも無駄にならないだろう。

昼食後、喫煙所で「不安」が話題になった。なぜ人は不安を感じるのだろう。誰にだって不安はある。しかし、ここにいる人達すべてに共通した不安は「社会復帰」ができるか、だ。昨日退院したHさんも「まず仕事を探さないといけないんだが、この病歴ではどうだろうなあ」と言っていたし、生活保護を受けないと生きていけない人もいる。幸い私の場合はまだ戻る会社がある。だが、無事戻れたとしても、また同じことを繰り返さないか、それもここにいる皆に共通した不安だ。

Kさんが詩を紹介してくれた。あいだみつをの詩だが、彼が禅師の元で悟りを得たときの詩だそうだ。

 昨日は過ぎてしまってもうない
 明日はきてみなければわからない
 たいせつなことは今日只今の自分自身がどう生きるかとういうことである

それから、私が「いがらしみきおの『ぼのぼの』って、けっこう哲学的だよね」と言うと、賛同者がいて、彼が一番印象的だったセリフは、ぼのぼのがフェネックギツネに何か言われて、「だって後で困るといけないから」と答えたのに対してフェネックギツネが言った、

「後で困ればいいことは、後で困ればいいんだよ。後で困ればいいことを、なんで今困るんだよ」

というものだそうだ。これは確かに私も読んだ記憶があり、そのときなるほどと感じたのを思い出した。読んだのはまだ学生の頃だっただろうか。我々には「後のことを困る」余裕はない。とにかく「今」をなんとかしないといけないのだ。

WindowsCEのメールマガジン「WindowsCE FAN」が来た。まさにこの日記を書いているハンドヘルドPC「シグマリオン」の後継機種が9月7日に発売されるらしい。ゼロハリバートンのかっちょいいボディは踏襲されつつ、CPUは高速化され、メモリも32MBから48MBに増え、次世代携帯電話のFOMAを接続できる端子もついているという。うぅ、とてもほしくなってきた。

夕食前のだんらんで、今度はドラえもんやらのアニメの話になった。アルコール依存症の中年女性Kさんは「私はアル中から鬱になったときに、自分は人間ではないんじゃないかと思った。私は妖怪人間ベラだと思った」なんて話していた。「早く人間になりたい」それはなんだか今の自分たちの心境に近いような気がする。彼らは指が3本しかなかった。今ではもう再放送されないだろう。

夜は定番の卓球大会。私が少しずつ初心者に教えているため、みんなだんだんうまくなってきた。私と同じく元卓球部のS君は、初心者相手にもサーブに回転をかけたり厳しいコースをついたりするのでみなぶーぶー言ってるが、私は相手のレベルにあわせてできるだけ打ちやすい球を返しながら、「この人はこのくらいまでは大丈夫だな」と思うと、左右や前後に振ったりスピードをあげたりして、相手も楽しんでもらえるようにしている。自分が教えてあげて上達していくのを見るのは楽しい。

20:00になったので卓球はおしまい。いつものように薬を飲んで就寝準備。今日は大いびきの主もいないことだし、安眠できますように。