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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

日別アーカイブ:2001年8月26日

昨日の鬱のせいか、睡眠障害は少し悪くなった。予想していたことではあるが。

21:00消灯後、すぐ寝付いたものの、23:00頃、隣のベッドのHさんの物音で目が覚める。ポータブルCDをなにやらいじくっている。そのまま寝るが、うつらうつらの状態で寝たり起きたりを繰り返し、2:30に追加眠剤をもらって飲んだものの眠れず、あきらめて4:00にホールの喫煙所にやってきた。またMちゃんがいる。いつもこの時間にはMちゃんがいる。今日から社会復帰の練習のため、2日間実家に外泊だそうだが、家に帰るとまたリスカをやってしまうかも、と言う。3度自殺未遂もしていて、ここにいる間は自殺願望は出ないが、外に出るとまた出てくるかも、と心配そうに言う。詳しく聞くことはできないが、何か強烈なトラウマがあるらしく、ずっと忘れていても、ある日突然ふと思い出してパニックになるらしい。この時間にはいつも暗い話で盛り上がる(?)。

話していると、看護婦が来て注意された。

「眠れなくてここに来るのはいいけど、お喋りするのはやめてくれない?小さい声で話してるから、寝てる人にうるさいとかじゃなくて、ちょっと目が覚めて一服しにきただけの人も、他の人が話をしていると加わってしまうから。ここは病院なんだから、他の患者のこともちゃんと考えて」

そんなことはわかりきっている。私もちょっと一服しに来ただけの人か、眠れなくて朝まで起きているつもりの人の区別はつくし、もう一度寝ようとしている人にはできるだけ刺激しないように気をつけている。あの看護婦は、今年入ったばかりの新米で、患者の間では「一番厳しい」と評判が悪い。要は新米なので、教えられたことは教えられた通りにしかできないのだ。それはまあ、しかたがないだろう。いつもだいたいこの時間にこの場所にいるが、他の看護婦さんはそんな注意をしたことがない。看護士のMさんは一緒になって話を聞いてくれたりするくらいだ。

どんな仕事でもそうだが、最初は基本を教わり、教えられたとおりに一から十まできちんとする。慣れてくると、一連の仕事の中でも、どこが重要でどこが重要でないか見えてきて、「手の抜きどころ」がわかる。すると、うまく「手を抜く」ことによって労働生産性はアップする。ここの看護婦の場合は、ベテランになるほど「規則」から外れることでも事情を説明すると、ちゃんと判断して目をつぶってくれる。新米看護婦はその「目のつぶりどころ」がまだわからないのであろう。これを書いているハンドヘルドPCも、事情を説明(電子手帳です、というちょっとごまかした説明だが)すると、婦長さんが「医者に許可をもらえばOKです」と言ってくれた。充電許可ももらっている。医者はベテランなので、そんなの別に問題ないですよ、と言ってくれた。

ホールの隅っこに体重計がある。体重を量ってみると、ここ数年来で一番低い数字が出た。おそらく入社して以降、一番軽い数字である。去年の今頃と比べると、5キロくらいは減っている。毎日卓球して運動しているのと、バランスの採れた病院食のためだろう。卓球はまじでやると、ものすごく体力を使う。行動範囲は狭い(と言っても素人が考えているよりも広い)が、その中をものすごいスピードで動き回るのだ。

ここの病棟にはヘッドギアをつけたおじいさんが3人いる。ヘッドギアと言っても、変な電極が埋め込まれているわけではない。転倒したときの怪我の防止のためである。3人ともほとんどしゃべらない。入院4回目のHさんによると、もう3人とも2~30年この病棟にいるそうだ。入院費はどうしているのだろう。家族の人が出しているのか、あるいは生活保護を受けているのだろうか。

入院してから煙草の本数が増えた。暇なのと、喫煙所でコミュニティができてるので、まあ当然と言えば当然だが。昔は煙草は吸ってなかった。吸い出したのは会社に入って2年目か3年目くらいだろうか。たまたまいつも一緒に昼食に行く人達がみんな吸う人ばかりだったので、いつも昼食後は喫煙所で一服しながら雑談していた。私もその仲に加わって、自分は吸わないけど、話に加わりたいから煙たいのを我慢していっしょにお喋りしていた。

が、ある日の会議で上司がいきなり昨日決めたことを覆すようなことを言った。朝令暮改である。みんな頭に来て、喫煙所で「何を考えてるんだ」みたいに上司の悪口を言ってうさをはらしていた。私も頭に来ていたのだが、そのとき勢いで「一本くれよ」と同僚の煙草をもらって吸ってしまった。そのとき、妙に気分が落ち着いていくのを感じた。それ以来、ストレスは煙草へ逃がすようになってしまった。

うつ病になって精神科へ通うようになったとき、煙草はやめた方がいいのか、ついでに医者に聞いてみたことがある。医者は「まあ、煙草が体によくないのは当然だけど、一日10本くらいなら、我慢してストレスを溜めるよりは別に吸ってもいいんじゃない?」と言われた。それ以来開き直って吸っている。自分にとって今一番大切なのは、ストレスをためないことである。先日の「ぼのぼの」の話ではないが、将来肺ガンになるのを恐れることによって、今ストレスがたまってうつ病がひどくなったら元も子もない。大切なのは、「今」をいかに生きることだ。ただし、煙草は吸ってもマナーはできるだけ守るようにしている。

喫煙所というのは、この病棟に限らず不思議な力を持っている。会社でもそうだ。喫煙所で雑談しているときに、何気ない会話の中で、人の本音がぽろりと出る。その場で重要な情報が手に入ったり、仕事のヒントを得たり、何かをひらめいたりする。あの独特の雰囲気は喫煙所だけでしか経験したことがない。この病棟でもそういったコミュニティの中心の場は喫煙所で、煙草を吸わない人でも、会話に参加するためにそこに来たりする。ここの喫煙率はとても高い。職場なら煙草を吸う人は全体の1割程度だが、ここでは7~8割に達するだろう。

朝食の時間だ。でもぜんぜん食欲がない。ご飯を一口食べ、卵焼きを一かじりだけし、味噌汁を少しだけ飲んで、あとはほとんど残してしまった。かろうじて牛乳だけは飲んだ。

調子悪いけど、少しくらいオカリナ吹きたいな、と思ってグランドへ行った。S君も一緒に行くというので2人で行った。頭がぼ~っとしたまま、何曲か吹いた。「何かリクエストしようかな」そうS君は言ったものの、思い浮かばないらしい。考え込んでいるので「涙のリクエスト」を吹いてあげた。

病棟に戻ると、洗濯機が空いていたので洗濯をする。部屋に戻る途中、Mちゃんに「さっきオカリナ吹いてたでしょう」と言われた。そうだ、病棟まではかすかに聞こえるんだった。「うるさかった?」「ううん、いい音色だね」そう言ってもらって嬉しかった。調子が悪いのでこれからしばらく横になって休むことにしよう。昨日は不調なのに、やっぱり無理しすぎた。

横になってしばらく休むが、なんだか落ち着かない。いろいろな邪念が頭の中を駆けめぐって不安をかき立てる。ヒーリングのCDをかけ、自律訓練法をやってみる。自律訓練法はセルフコントロール系やリラックス系の本には必ずと言っていいほど載っている有名な手法で、全身の神経をリラックスさせるとともに、その後に覚醒させる。交感神経と副交感神経のバランスを調整するのだ。私はこれを、昔所属していた合唱団のヴォイストレーナーに教わった。その先生には2年ほど発声を習いに通ったが、レッスンの最初はいつもこの自律訓練法で体と心をリラックスさせることから始まった。ヒーリングのCDも心地よい。聞き覚えのある優しいメロディーを優しい音色で包みこみ、脳のα波を引き出してくれる。このCDの中では、グレゴリオ聖歌の「Hodie Christus natus est」をアレンジした曲が一番好きだ。

だんだん神経が安らいでいき、体が休まり、そして徐々に覚醒していくのを感じた。そろそろ大丈夫かな、と思った頃、卓球をやっている音が聞こえたのでホールに行ってみた。しばらくやっているのを見物しつつ、自分の精神状態と体の状態を観察する。うん、大丈夫そうだ。回復傾向に向かっている。回復傾向に向かっているときは軽い運動をした方が効果的だ。初心者相手に軽く卓球をして、ちょっと汗をかいたところでやめておいた。無理は禁物だ。

乾燥機に放り込んでおいた洗濯物が乾いていたので取り込む。今日は朝調子が悪かったので、干しに行くのも億劫だったのだ。今まではちゃんと外に干しに行っていた。だが、私は家ではいつも乾燥機を使い、外に干すことはまずない。その理由は2つあって、一つは、私が会社の寮にいた頃、寮のランドリー室には洗濯機と乾燥機があったが、洗濯物を干す場所がなかった。なので、みんな乾燥機を使わざるを得なかった。それで、すっかり洗濯物は乾燥機で乾かすもの、という癖がついてしまった。二つ目の理由は、私はアトピーで、主なアレルゲンはハウスダストやダニ、黴、花粉などである。外に干すと汚れた空気で埃がついたり花粉がついたりする。それが嫌なので、乾燥機を使う。以前、アレルギーを引き起こす蛋白質である免疫グロブリンE(IgE)の血中濃度を調べたことがあるが、標準の数値が250以下なのに対し、私は14,000である。「立派な重症患者ですね」と医者は言ったが、何が立派なもんか。

Mちゃんがなんだか困っている。上に書いたように社会復帰の訓練のため、実家に2泊する予定なのだが、外泊は今回で3回目で、前の2回は2回ともリスカをやってしまったらしい。「またやりそうで怖い。1泊にしようかな。どう思う?」彼女はいろんな人に聞いていた。やらない自信がないのなら、1泊にしておいた方がいいと思うが、両親もいることだし、自分は医者ではないのでなんとも言えない。彼女は「不安から逃れるために切る」そうだが、その不安を取り除くことは、どうしてもできないものなのだろうか。

13:30から土日恒例のカラオケ。今日も別の病棟から若者向けのディスクを借りてきている。昨日よりかはうまく歌えるかな、と思ったが、昨日よりはましなものの、やはり高音がうまく伸びない。ファルセットの練習に、と思って平松愛理の「部屋とYシャツと私」をオールファルセットで歌うとみんなうけていた。この曲には「ヘアがわいせつな私~」という替え歌があるので、途中でそれを入れようかと思ったが自粛した。

カラオケのあと、しばらく喫煙所でしゃべっていたら、軽い疲れを感じてきた。ちょっと休もうと思い、病室に戻ってしばらく寝ていた。S君が「散歩行きましょう」と言うので、まあ散歩くらいなら大丈夫かなと思って、夕暮れの病棟の敷地内を一周した。病棟に戻ってきたとき、疲れがますますひどくなっているのを感じ、また横になる。夕食のアナウンスがあったので、夕食をとり、その後また寝る。やばい、また下降線をたどっている気がする。ヒーリングのCDをかけ、自律訓練法を行う。ちょっと卓球したりカラオケして散歩しただけで、こんなに疲れるなんて。火曜日には山岳会の集会が夜にあって、それに出席するために遠出して外泊する予定なのに、大丈夫なのだろうか。

少し状態がよくなったので、前から作ろうと思っていたバス時刻表をPocket Excelで作る。駅からと病院からの2シート構成。火曜日の外出のために駅前探検倶楽部で時刻を調べようとすると、Pocket IEでは検索結果が表示されん。なんでじゃ~。

ホールに出ていくと、外泊のはずだったMちゃんに廊下ですれ違う。「あれ?」と言うと、「帰って来ちゃった」やはり自信がなかったようだ。そう言えば朝からずっと心配していたし、卓球してるときも少し疲れ気味だった。

とかやっているうちにもう20:00だ。薬を飲んで就寝準備。今日は低空飛行の中でアップダウンのあった一日だった。病院の中だけでもこの調子だと、社会復帰はまだまだ無理そうだな。最近どんどん「入院日記」から逸脱するのを感じつつ、もう何でもいいからつれづれなるままに書いてやろうと思ふけふこのごろである。